第46話 星屑さやか、リングへ
いよいよ第0試合。
星屑さやか vs 轟みなせ。
今回は、
・新人として初めて花道を歩くさやかの視点
・客席で見守る両親と、最前列の“TO”まな
・みなせの「本気で受け止める先輩」としての姿
を中心に描きます。
控室のドアが、コンコン、とノックされた。
「第0試合出場選手の皆さん、そろそろ準備お願いします」
スタッフの声に、
さやかの心臓が、どくん、と跳ねる。
「行くか、星屑ちゃん」
隣でストレッチをしていた轟みなせが、
ぐいっと伸びをして立ち上がった。
「は、はいっ!」
声が少し裏返った。
道場用のジャージから、
白と紺と金のコスチュームに着替え、
ブーツの紐を結ぶ。
膝のニーパッドをもう一度確認し、
腰のベルトを締め直した。
「大丈夫?」
ティアラ☆キャンディ――らんが、覗き込む。
「顔、真っ白になってない?」
「……なってるかもしれない」
「なら、ちょっとだけ血色足してあげる」
らんはポーチから薄いチークを出して、
さやかの頬にふわりと乗せる。
「はい、“頑張る新人”仕様。
泣いたら全部落ちるから、できれば泣かない方向でね?」
「が、頑張る……!」
「星屑」
いぶきが、タオルで首筋を拭きながら近づいてきた。
「スピア、狙うタイミングはいつも通りで大丈夫。
焦って最初からぶっ放さないこと」
「うん」
「受けから入って、
みなせさんの力とスピードをちゃんと感じてから、
“ここ”って瞬間を探して」
「……分かった」
ノエルも、小さく拳を握って見せる。
「ちゃんと、ロープを掴んで帰ってきてください。
終わったら、四人で“お疲れさま”って言いたいです」
「うん、絶対帰ってくる」
言葉にして、自分で自分を縛る。
そこへ、黒岩が現れた。
「星屑」
「はい!」
「やることは、昨日までと同じだ」
黒岩は短く言う。
「受ける。立つ。諦めない。
それしかねえ。
それで充分だ」
「……はい!」
滝本しおりも、控室の入り口から手を振った。
「首と腰、さっきのストレッチで問題なかったですから。
いつも通り倒れて、いつも通り起き上がってきてください」
「はい!」
返事をした瞬間、
マイクの音がわずかに聞こえてきた。
『本日はPWS東都第二アリーナ大会にご来場いただき、
誠にありがとうございます――』
リングアナ・煌上すばるの声だ。
さやかの背筋が、ぞくりと震える。
「じゃ、花道まで行こっか」
みなせが、さやかの肩をぽん、と叩く。
二人で控室を出て、
薄暗い通路を進む。
花道裏――
まだ客席からは見えない位置で立ち止まった。
すでに会場は、ざわざわとした人いきれで満ちている。
ライトの熱が、背中まで伝わってくるようだった。
◇ ◇ ◇
そのころ、客席。
「ねえ本当に、あの子出るの?
パンフレットにも名前載ってるんだけど」
「載ってるだろ。ほら、ここ」
前方ブロックの通路側の席で、
さやかの母がパンフレットを覗き込み、父が指をさす。
そこには小さく、
「デビュー戦・星屑さやか」と印字されていた。
「こうして見ると、本当に“レスラー”だねえ」
「まだ始まってもいないけどな」
口ではそう言いながら、
父の声はどこか誇らしげだった。
その隣の席で、
まなは落ち着きなくそわそわしていた。
「星屑のご両親、ですよね?」
小さく声を潜めて話しかける。
「今日はありがとうございます。
幼馴染の、まなです」
「いつも世話になってます」
母が微笑む。
「こちらこそ。
星屑が『まながいなかったら勉強終わってない』って
いつも言ってるから」
「それ、あの子がサボってるだけですよ……」
苦笑しながらも、
まなは膝の上に置いたものをぎゅっと握りしめた。
それは、手作りの応援ボード。
黒いボードに、
大きく蛍光カラーで『星屑さやか』の文字。
周りに星のシールがびっしり貼られている。
「すごいね、それ」
父が感心したように目を細めた。
「徹夜で作りました」
まなは胸を張る。
「星屑、デビュー決まったときに言ったんです。
“TOになる”って」
「TO?」
「トップオタク、です。
一番のファンって意味で」
「……そういう言葉があるんだな」
父は、どこか複雑そうに笑った。
「でも、ありがたいことだ」
「もちろん、ご両親には勝てないかもですけど。
リングサイドだと、一番声出すのは私ですから」
その言葉に、母も声を立てて笑った。
場内暗転。
照明が落ち、ざわめきが少しだけ静まる。
◇ ◇ ◇
『――第0試合、シングルマッチを開始いたします!』
すばるの明るい声が、
会場内に響く。
『青コーナー!
PWS所属!
轟! みなせーー!!』
重めのロックが流れ、
花道に、ずん、と小柄なシルエットが現れた。
「いっくよおおおお!!」
みなせが全力で叫びながら、
腕をぶん回して花道を駆け出す。
客席から笑いと拍手が起こる。
(轟だ! ちっちゃいのにすげー筋肉!)
(マッスル・シンフォニーの人だよね?)
声援の中、
みなせは全身で観客の反応を受け止めながらリングインする。
コーナーに駆け上がり、
二の腕をこれでもかと見せつけるように力こぶを作った。
「キンニクーーッ!!」
叫びに合わせて、
何人かのファンも腕を掲げる。
『そして!
赤コーナー! 本日デビュー戦!
星屑ーーー! さやかーーー!!』
名前を呼ばれた瞬間、
さやかの足が、一瞬だけすくんだ。
(いけ)
自分に言い聞かせ、
花道に一歩、踏み出す。
ライトが一気に眩しくなる。
客席のざわめきが、耳に押し寄せる。
(うわ……)
思わず立ち止まりそうになったそのとき――
「星屑ーーー!!」
正面の最前列あたりから、
とんでもなく大きな声が飛んできた。
反射的に、そちらを見る。
そこには、
蛍光カラーで自分の名前が書かれたボードを
全力で掲げている、まなの姿があった。
両隣には、
見慣れた両親の顔。
母は手を合わせるようにして祈るように見つめ、
父は腕を組みながらも目を逸らさずにリングを見ていた。
(……来てたんだ)
胸の奥が、じわっと熱くなる。
まなが口を大きく開けて叫ぶ。
「星屑ー!!
今日からアンタ、プロレスラーだからねーー!!」
その言葉で、
足の震えがほんの少しだけ収まった。
さやかは、
できる限りの笑顔を作って
ボードのほうに軽く手を振る。
それから、
リングへ向かって真っ直ぐ歩き出した。
◇ ◇ ◇
ロープをくぐり、
マットの感触を足の裏で確かめる。
(大丈夫。
さっきのリングチェックと同じ)
心臓はまだうるさいけれど、
膝は、意外としっかりしていた。
対角線のコーナーにいるみなせが、
にかっと笑う。
「おっ、ちゃんと歩けたじゃん」
「……はい!」
「客席、見えた?」
「見えました」
「よし。
じゃあ、改めて一個だけ確認しとくね」
レフェリーの白銀がリング中央に入ってきて、
両者を集める。
「怪我すんなよ。
それだけ」
それが白銀の“いつもの”注意だ。
みなせは頷き、
さやかのほうを見る。
「星屑ちゃん。
今日、アタシは手加減しないからね」
「……はい」
「でも、“潰す”つもりもない。
本気でぶつかるから、本気で来い」
みなせは、右手をさっと差し出した。
「デビュー、おめでとう」
その一言が、
ずしん、と胸に響く。
さやかは、迷わずその手を握り返した。
「……ありがとうございます。
よろしくお願いします!」
握手が解かれ、
それぞれコーナーへ戻る。
白銀が、
タイムキーパーに合図を送った。
カンッ、と小さなゴングが鳴る。
◇ ◇ ◇
「――始め!」
白銀の合図と同時に、
みなせがリング中央へと歩み出る。
さやかも、一歩ずつ、
足の裏でマットの感触を確かめながら前へ。
ロックアップ。
腕と腕がぶつかり合った瞬間――
(うわ、重っ……!)
みなせの筋肉から伝わる力に、
さやかの足がじりじりと後退する。
「おー、前よりちゃんと踏ん張れるじゃん」
みなせは笑いながら、
ぐぐっと力を込める。
さやかは、腰を落として耐えた。
(負けたくない。
ここで押し込まれたまま終わりたくない)
いぶきに教わった通り、
腰を切り、角度を変える――
が、それも読まれていた。
「そーれっ」
体勢を入れ替えられ、
さやかはコーナーに押し込まれる。
「ブレイク!」
白銀の声で、みなせはすっと力を抜いた。
その一瞬後――
みなせの掌底が、
軽くさやかの胸元を叩く。
「悪くないよ。
震えてても、ちゃんと前には出てきてる」
さやかは、思わず苦笑した。
「まだ始まったばっかりですよ!」
「そうそう。
ここから“何回でも”立ってくるんでしょ?」
挑発でも、励ましでもある言葉。
再び中央に戻り、
今度はさやかが先に動いた。
低い姿勢から足を狙うタックル。
みなせはそれを受け止め、
ヘッドロックに捕らえる。
首にかかる圧力。
視界がじわじわ狭くなっていく。
(苦しい――でも)
ロープの位置を確認し、
じりじりと横へにじる。
ロープブレイク。
白銀の声と同時に、
みなせはきちんと技をほどいた。
その一瞬の解放感を――
みなせのショルダータックルがぶち壊す。
どん、と真正面からぶつかられ、
さやかの身体がマットに叩きつけられた。
客席から、どよめきと拍手。
「立て立て立て……!」
最前列で、まながボードを握りしめながら叫ぶ。
「星屑! 起きろー!」
母は手を口元に当て、
父は眉をひそめながらも目を逸らさない。
マットに背中を打ちつけられた痛みに、
さやかの呼吸が乱れる。
(痛い……!
でも、これで止まってたらデビューできない)
腹筋に力を入れ、
ゆっくりと身体を起こす。
膝をつきながらも、
みなせのほうを見上げた。
「……まだ、やれます」
「そうこなくっちゃ!」
みなせが、また笑う。
◇ ◇ ◇
そこから、受けに受けた。
ショルダータックル。
ボディスラム。
コーナーへの串刺しラリアット。
一発一発が重くて、
呼吸がどんどん荒くなる。
(立つ。
絶対、立つ)
ロープにつかまりながら立ち上がるたび、
客席から小さな拍手が起こる。
「星屑、頑張れー!」
まなの声が、ひときわ大きい。
両親の視線も、
さやかの背中に突き刺さるように感じた。
(みんな、見てる)
(逃げたくない)
みなせがロープに走る。
(ここだ)
いぶきの声が頭の中で響いた気がした。
『焦って最初からぶっ放さないこと。
“ここ”って瞬間を探して』
みなせの背中がロープから跳ね返る。
さやかは、
全身の力を足に込めて踏み込んだ。
「――っ!」
低い姿勢から、胸のあたりへ突き刺さるように飛び込む。
スピア。
みなせの身体が、
大きくマットに弾き飛ばされた。
会場が、どっと沸く。
(決まった――!?)
さやか自身も、
一瞬だけそう思った。
その勢いのまま、
みなせの胸に覆いかぶさりフォールに入る。
「ワン――!」
白銀の手がマットを叩く。
「ツー――!」
客席が息を呑む。
「……ッ!」
みなせの肩が、
ぎりぎりのところで上がった。
「ツー!!」
カウントは二で止まる。
「くっ……!」
さやかは、思わず天井を見上げた。
悔しさと、
それでも「今のは届いた」という感触が
同時に胸に広がる。
(届いた。
ちゃんと、今の一発は届いた)
最前列で、
まなが涙目になりながら叫ぶ。
「いいよ星屑ー!
今の、めっちゃすごかったから!!」
母はハンカチで目元を押さえ、
父は小さく頷いた。
「……ああ。
すげえよ、ほんとに」
◇ ◇ ◇
だが、先輩はそこからもう一段階速かった。
立ち上がろうとしたさやかの腰を掴み、
みなせは一気に持ち上げる。
「そろそろ、締めるよ星屑ちゃん!」
客席から歓声とどよめき。
みなせの必殺の一撃が、
さやかの身体をマットへと叩きつける。
強烈な衝撃に、
視界が一瞬白く飛んだ。
(あ――)
身体が動かない。
でも、どこかで
白銀の声だけははっきり聞こえた。
「ワン!
ツー!
スリー!」
ゴング。
◇ ◇ ◇
気づけば、
白銀がさやかの顔の近くで声をかけていた。
「聞こえるか?」
「……はい」
「どこか、おかしいところは?」
「ちょっと、息が……でも……
変な痛みは……ないです」
かろうじて言葉をつなぐと、
白銀は頷き、
レフェリーポジションから離れた。
みなせが、
さやかのそばに膝をつく。
「大丈夫?」
「……はい」
「じゃ、立てる?」
差し出された手を、
さやかはしっかりと掴んだ。
みなせの力に引き上げられ、
よろめきながらも立ち上がる。
客席から、拍手。
みなせは、自分の腕を一瞬だけ上げてから――
さやかの手首をぐいっと掴み、
そのまま高々と掲げた。
「星屑さやか!!」
叫び声が、マイクを通さずに響く。
「今日からこの子は、レスラーだから!!
ちゃんと覚えて帰ってね!!」
その言葉に、
会場の拍手が一段と大きくなった。
まなは、
ボードを抱きしめながら泣き笑いしていた。
「星屑ーー!!
サイコーだったよーー!!」
両親も立ち上がり、
手を叩く。
さやかは、
みなせに腕を掲げられたまま――
涙がこぼれないように、
必死に天井を見上げた。
⸻
ここまで読んでくださってありがとうございます。
今回は、
・第0試合:星屑さやか vs 轟みなせ デビュー戦
・最前列で応援ボードを掲げる“TO”まな
・内緒で観戦に来ていたさやかの両親
・みなせの「本気でぶつかる先輩」としての姿
・決まったスピアと、それでも届かない“先輩の一段上”
・試合後の「この子は今日からレスラーだから」と観客に紹介するみなせ
を描きました。
さやかはデビュー戦、敗北スタートですが、
・スピアはしっかり会場を沸かせた
・折れない心と何度も立ち上がる姿を、お客さんと先輩に刻みつけた
という内容での“最高の黒星”というイメージです。
次回は、
第1試合 星緋いぶき vs 赤城火智のデビュー戦を
描いていく予定です。
引き続きお付き合いいただけたら嬉しいです。




