第44話 デビュー前最後のスパーリング
コスチュームもサインも決まり、公式告知も出た新人四人。
今回は、
・デビュー前最後の「本気のスパーリング」
・それぞれのユニットの先輩たちとの最終チェック
・そして、リングの外に戻ったあとに押し寄せる「怖さ」と「楽しみ」
を描いていきます。
―――――
PWS本部道場。
いつも見慣れた、木の床とロープの張られたリング。
でも、その空気は少しだけ違っていた。
「――デビュー興行まで、あと一週間」
中央に立った黒岩剛の声が、
道場の空気をぐっと引き締める。
「今日のスパーは、“新人最後の総仕上げ”だ。
ここで見て判断するのは三つ」
指を一本ずつ折る。
「一つ、今のコンディションで“リングに上げていいか”」
「二つ、客前で使う技の精度」
「三つ、“怖さ”とどう付き合っているか」
その横には、腕を組んだ白銀リョウ。
少し離れたところには、タブレットを持った山城あかね。
コーナーには、カーディガン姿の滝本しおりが控えている。
そして、リングサイドには――
マッスル・シンフォニー、Stella☆Glare、AQUARIUS、Bloody Eclipseの面々。
先輩たちがずらりと顔を揃えていた。
(……いつもより、見られてる)
星屑さやかは、手のひらにじっとり浮いてくる汗を感じていた。
「組み合わせは、こうだ」
黒岩がホワイトボードを指す。
「一組目、星屑さやか vs 轟みなせ」
「二組目、ティアラ☆キャンディ vs 白雪リラ」
「三組目、星緋いぶき vs 白星るりあ」
「四組目、ノエル・シエル vs 紫苑イオラ」
「え、みなせさんと!?」
さやかが、思わず変な声を上げる。
「星屑ちゃん、そんなに驚かないでよ〜」
みなせが笑いながらも、
しっかりと手首を回してウォームアップを始めた。
「いつも筋トレは一緒にしてるじゃん。
今日は“プロレス”しよ」
(いつもより、絶対きついやつだ……)
さやかは、ごくりと喉を鳴らした。
◇ ◇ ◇
一組目。
さやか vs みなせ。
「制限時間は十分。
ただし、コンディションを見て俺と白銀で適宜止める」
黒岩がロープをくぐる二人を見送る。
「ホシクズ、レディ?」
対角線のコーナーで、みなせがニッと笑う。
今日は試合用コスではなく、
練習用のスパッツとタンクトップ。
それなのに、どこからどう見ても“完成されたレスラーの身体”だった。
「……はい!」
さやかも、ロープに手をかけて一度深呼吸をする。
(これは、“デビュー前”じゃなくて――
“もうレスラーとして見られてる”スパーなんだ)
ゴング代わりに、黒岩が手を打つ。
「始め!」
「いっくよー、星屑ちゃん!」
みなせが、軽いフットワークで距離を詰める。
さやかも、それに合わせて構えた。
ロックアップ。
組み合った瞬間、
みなせの腕から伝わる力に、さやかの足が一瞬ぐらつく。
(やっぱり、力が違う……!)
押し込まれながらも、
必死に足を踏ん張る。
腰を落とし、
みなせの力をいなすように体をひねる――
が、その動きも読まれていた。
「よいしょっ」
あっさりと体勢を入れ替えられ、
さやかはロープ際まで押し込まれる。
「そこまで!」
白銀の声。
ロープブレイクの姿勢を取ると、
みなせは素直に力を抜いた。
「悪くないよ」
みなせが笑う。
「前より腰、落ちてる。
最初に会ったときなんか、
押したらそのまま外まで吹っ飛びそうだったもん」
「それ、褒めてます?」
「褒めてる褒めてる」
軽口を交わしながら、
再び距離を取る。
今度は、先に動いたのはさやかだった。
「はっ!」
低く飛び込み気味に、タックルの姿勢。
スピアの踏み込み――
ではなく、あえて片膝をつく形で足を狙う。
(最初から決めようとしない。
相手を崩して、そこから――!)
いぶきに何度も叩き込まれた言葉を思い出す。
「おっ、いいね」
みなせは、タックルを受け止めるように下半身を落とし、
逆にがっちりとヘッドロックに捕らえた。
首にかかる圧。
視界が少し暗くなる。
(苦しい――でも、ここから)
さやかは、腰をひねりながらロープ方向へにじる。
足をかけ、
ロープにタッチしようとした瞬間――
「ほいっ」
みなせが、さやかの体をくるりと回して
スナップ・スープレックスの形で投げた。
マットに背中が叩きつけられる衝撃。
道場の天井が、一瞬揺れたように見えた。
「そこまで!」
白銀が即座に割って入り、
みなせを制止する。
「受け身は?」
黒岩の声に、
さやかは息を荒げながらも両手でマットを叩いた。
「だ、大丈夫です……! ちゃんと取れてます!」
「……あんま“ちゃんと”言うやつは大丈夫じゃなかったりすんだよな」
リングサイドから、滝本しおりが上がってくる。
「ちょっと首見せてくださいね」
「は、はい」
しおりは、さやかの首や肩にそっと手を当て、
左右にゆっくり動かして確認していく。
「痛みは?」
「ちょっとびっくりしただけで、変な痛みはないです」
「めまいとか、気持ち悪さは?」
「それも大丈夫です」
しおりは、少しだけ考えるように目を細めたあと、頷いた。
「じゃあ、このまま続行で。
でも、違和感出たらすぐ言うこと。
“いけるかも”は続行条件になりませんからね」
「はい!」
さやかが返事をすると、
しおりはにこっと笑ってロープをくぐり降りた。
みなせが、片手を差し出してくる。
「ほら、立てる?」
「立てます!」
がしっと手を掴み、立ち上がった。
胸は苦しい。
首も少し重い。
それでも――
まだ足は動く。
(負けたくない。
ここで“やっぱ無理でした”ってなりたくない)
呼吸を整え、
もう一度構えた。
◇ ◇ ◇
スパーリングは、
それぞれのペースで進んでいった。
二組目。ティアラ☆キャンディ vs 白雪リラ。
「もっと胸張って、ステージと同じ顔して」
リラが、らんの手首を取って回転させながら言う。
「リングでもアイドル。でも、
アイドル“だから”当たり強くていいのよ。
お客さんの悲鳴も歓声も、全部浴びるつもりで」
「は、はいっ!」
らんのハイキックがロープ際で風を切る。
ミコトがセコンドから、「ボクが受けるときは遠慮しなくていいからね」と笑っていた。
三組目。いぶき vs 白星るりあ。
「そこ、入りが浅い。
もう半歩、相手の内側に踏みこんで」
るりあの声は、静かで冷静だった。
いぶきは、るりあの腕を取りに行きながら、
何度も角度を修正する。
「技を“かける”んじゃなくて、“流れの中で落とす”の。
水みたいに」
「……はい」
汗が床に落ちるたび、
いぶきのフォームが、少しずつ整っていく。
◇ ◇ ◇
最後の四組目。
ノエル vs 紫苑イオラ。
「緊張してる?」
コーナーにもたれながら、イオラが穏やかに笑う。
「……してないと言ったら嘘になります」
「してると言えるなら、まだ大丈夫」
イオラはロープをくぐって中央に進む。
「ノエル・シエル。
今日は“ヒールになる”訓練でも、“怖さ克服”でもないわ」
「え……?」
「“今のあなたがリングに立てるかどうか”を、
一緒に確かめる日」
そう言って、手を差し出す。
「さあ、来なさい」
ノエルも、その手をしっかりと掴んだ。
ロックアップ。
体重の差はほとんどないはずなのに――
イオラの力は、重く、深く感じた。
(でも――)
押し込まれながらも、
今度はロープに逃げず、
身体を少しだけ斜めにずらして力を流す。
「……前より、逃げ方が上手くなったわね」
イオラが、くすりと笑う。
「“押される=負ける”じゃない。
“どう押されるか”を選べるのがレスラーよ」
ヘッドロック、リストロック、ショルダータックル。
どの技も、“殺す”ためではなく
“慣れさせる”ための強さで入ってくる。
それでも、怖さは完全には消えない。
投げられそうになる瞬間、
身体が一瞬固まる。
視界の端が白くなる。
マットに落ちる直前――
ノエルは、無意識に目を閉じた。
ごん、と軽い衝撃。
思ったほど痛くはない。
「目、閉じてたわね」
イオラの声が、耳元でささやく。
「……すみません」
「謝る必要はないわ。
“怖いままで受けた”んだから」
イオラは、ノエルを抱き起こすようにして立たせる。
「そのうち、“怖くても見ていられる”ようになればいい。
今日のところは、それで合格」
「……はい」
ノエルの目尻には、
うっすらと涙がにじんでいた。
それでも、
一度も「やめたい」とは言わなかった。
◇ ◇ ◇
全てのスパーが終わったころ。
リングの中央に、新人四人が並んで立たされた。
汗で髪は張りつき、
呼吸はまだ荒い。
「――お前ら」
黒岩が、ゆっくりと四人を見回す。
「まだまだ足りねえものは山ほどある。
動きも、技の精度も、受け身も。
今日だって、何回かヒヤッとした場面があった」
四人は、それぞれ思い当たるシーンを思い出して
ぎゅっと唇を結ぶ。
「でも、それでも――だ」
黒岩は、短く息を吐いた。
「これまでの一ヶ月と、その後の強化期間を見て、
“リングに立つ資格はある”と判断した」
さやかの心臓が、大きく鳴る。
「星屑さやか」
「はい!」
「星緋いぶき」
「はい」
「ノエル・シエル」
「はい……!」
「ティアラ☆キャンディ」
「はいっ!」
「お前ら四人を、
東都第二アリーナ“デビュー興行”のリングに上げる」
その言葉が、
じわじわと、胸の奥に染み込んでくる。
「ただし」
黒岩の声が、少し低くなる。
「“今がゴール”だと思ったら、そこで終わりだ。
デビューはスタートライン。
それを忘れたら、一瞬で置いていかれるぞ」
「はい!」
四人の声が、重なった。
「ヘタクソでもいい。
怖くてもいい。
泣きそうでもいい」
黒岩は、ほんの少しだけ口元を緩める。
「それでもロープくぐって、
客の前に立つ覚悟があるなら、
あとは全力でやれ」
その言葉に、
天城が静かに頷く。
「リングに上がった瞬間からは、
俺たちも“新人だから”とは見ない。
客も、カメラも、対戦相手も同じだ」
「はい……!」
さやかは、涙がこみ上げてくるのを必死に堪えた。
(ここまで、来たんだ)
あのとき、
フェンス際であまねに声をかけてしまった自分。
『あなたみたいになれますか?』
『諦めなければ、必ずなれる』
あの言葉を、
やっとスタートラインで受け取れた気がした。
◇ ◇ ◇
その夜。
スターダスト寮。
談話室のテレビでは、
過去の東都第二アリーナ大会のVTRが流れていた。
「ここが、星屑ちゃんたちのデビュー会場か〜」
ソファに寝転びながら、みなせが伸びをする。
「いいねえ、このキャパ。声、めっちゃ響くよ」
「初めての興行でここって、けっこう贅沢だよね」
ひよりが、マグカップを手に呟く。
「その分、緊張も倍増でしょうけど」
「しおり先生、プレッシャーかけないでくださいよ〜」
エスメラルダ・ルミナが、ソファの背もたれに逆さまに寄りかかりながら笑う。
「デビュー、ドキドキナンデスネ〜。
でも、ロープはどこでもロープ。マットはどこでもマット」
「その通りですけど、
あまり雑な励まし方しないでください」
滝本しおりが、苦笑まじりに注意する。
「まあ、倒れてきたら全力で診ます。
でも、できれば元気なまま戻ってきてくださいね」
「……がんばります」
さやかは、テーブルの上のスポーツドリンクを握りしめながら
小さく返事をした。
いぶきは、画面に映るリングのサイズをじっと目測している。
「道場のリングより、少しだけ広いですね」
「足が止まったら、そのぶん“見てるほうにバレる”からね」
るりあが、隣で頷く。
「動き続ける体力、あと一週間でできるだけ貯金しときなさい」
「……はい」
ノエルは、ソファの端っこで
膝を抱えながら画面を見ていた。
隣には、アサギとレナ。
「本番の日、
セコンドにはついてあげるから」
アサギがぽつりと言う。
「リング下に、ちゃんと“帰る場所ある”って思えたほうが、
ちょっとはマシでしょ」
「……はい」
「泣きながらでもいいから、
最後まで逃げんなよ」
レナが、缶のジュースを片手で持ちながら言う。
「泣き顔のまま手、伸ばしてこい。
そしたら、ロープ引っ張ってやるからさ」
「……ありがとうございます」
ティアラ☆キャンディ――らんは、
Stellaの二人の間に挟まれるように座っていた。
「ティアラ、緊張してる?」
ミコトが聞く。
「してます。でも、楽しみも同じくらいあります」
「その感じ、忘れないでね」
リラが優しく笑う。
「楽しみが全部“怖い”に飲まれそうになったら、
お客さんの顔見なさい。
そこに、一人でも“ティアラ☆キャンディだ!”って顔してくれてる人がいたら――
それだけで十分だから」
「……はい!」
賑やかな談話室の空気の中。
さやかは、ふと立ち上がった。
「ごめんなさい。
ちょっと、先に部屋戻ります」
「大丈夫? 気持ち悪くなったとかじゃない?」
しおりが心配そうにのぞきこむ。
「大丈夫です。ただ、ちょっと頭の中整理したくて」
「それなら、いい顔して戻ってきてくださいね」
「はい」
◇ ◇ ◇
自室に戻ると、
さやかは制服を掛けたハンガーの隣に、
コスチュームが吊るされているのを見つめた。
白と紺と金のライン。
胸元の星モチーフ。
(……あそこに、自分が立つんだ)
東都第二アリーナ。
ライトの眩しさ。
観客のざわめき。
想像するだけで、
胃がぎゅっと縮むような感覚がした。
ベッドに倒れ込み、
しばらく天井を見上げる。
心臓の音が、
布団越しにも聞こえる気がした。
(怖い)
正直に、そう思う。
(負けたくないし、失敗したくないし、
変なところ見せたくないし――)
でも。
こぶしを、ゆっくりと握る。
(それでも、行きたい)
怖さよりも、
悔しさよりも、
今はその気持ちが少しだけ勝っている。
さやかは、布団の中から片腕を伸ばし、
天井に向かってこぶしを突き上げた。
「……絶対、諦めない」
誰にも聞こえない声で、
自分自身にだけ届くように。
「絶対、逃げない。
リングに立つって決めたの、わたしだから」
こぶしを握りしめたまま、
ゆっくりと目を閉じた。
不安も、期待も、全部抱えたまま。
デビューの日へ向けて、
時間は静かに進んでいく。
―――――
ここまで読んでくださってありがとうございます。
今回は、
・デビュー前最後の本格スパーリング
(星屑 vs みなせ/らん vs リラ/いぶき vs るりあ/ノエル vs イオラ)
・滝本しおり先生によるコンディションチェック
・「リングに上げる」という黒岩と天城の最終判断
・寮で過ごす“デビュー前最後の一週間”の空気
・そして、さやかの「絶対、諦めない」という改めての誓い
を描きました。
これで、四人は
・名前
・コスチューム
・サイン
・公式告知
・デビュー会場
すべてが揃った状態で、
いよいよ本番のリングに向かうことになります。
次回からは、
東都第二アリーナ・デビュー興行編に突入予定です
引き続き、ブックマークや感想、評価などいただけると、とても励みになります。




