第43話 コスチュームを纏う日
いよいよ“レスラーとしての姿”が形になる、コスチューム撮影の日。
今回は、
・新人四人のデビューコスチュームお披露目
・Stella☆GlareやAQUARIUS、Bloody Eclipse、マッスル組の先輩たちとのやり取り
・「まだ完全にはヒールになりきれないノエル」と、その背中を押す先輩たち
を中心に描いていきます。
―――――
「――じゃ、次はコスチューム合わせいきまーす!」
PWS本部ビルの一室。
臨時のフィッティングルームとして使われている部屋に、
衣装スタッフの明るい声が響いた。
壁際には、ハンガーラックに掛けられた色とりどりのコスチューム。
新品特有の布の匂いが、少しだけ鼻をくすぐる。
(うわぁ……本当に、レスラーのコスチュームって感じ……)
星屑さやかは、ごくりと唾を飲み込んだ。
自分用に用意された一着は――
白をベースに、紺と金のラインが走る、ノースリーブタイプのショートコスチューム。
胸元には、小さな星のモチーフ。
腰回りには、動きやすさ優先のシンプルなショートパンツ。
膝までのニーパッドと、真新しいショートブーツ。
「星屑ちゃんは、これね〜」
衣装スタッフのお姉さんが、にこにこしながらハンガーを差し出す。
「色は“頑張る新人”感出したくて、
白基調+ネイビーで清潔感出しつつ、金のラインでちょっと“希望”足してみたから」
「き、希望……」
「そう、“折れない”と“前向き”は白コスが似合うんだよ」
その言葉に、さやかの胸がじんわり温かくなる。
「じゃ、着替えてみよっか。
サイズ調整も兼ねてるから、遠慮なくきついところとか言ってね」
「はいっ!」
更衣スペースに入って、
練習着からコスチュームへ着替える。
首元、肩のライン、腰のフィット感。
鏡の前に立ってみると――
そこには、見慣れない自分が映っていた。
(……本当に、プロレスラーみたいだ)
まだ細い腕。
練習でついた、小さなアザ。
完全には絞りきれていないライン。
それでも――
「星屑さやか」という名前に、ようやく形が追いついてきた気がした。
「星屑ちゃーん、どう? 出てこれそう?」
「は、はい!」
カーテンをそっと開けると、
衣装スタッフだけでなく、
待機していた先輩たちの視線がいっせいに集まる。
「おー! 出たね、星屑ちゃん!」
誰より早く声を上げたのは、轟みなせだった。
「似合ってるじゃん! ほら見てよミナトさん、
筋肉これからまだまだ付く余白がたっぷり〜!」
「うんうん、ここから“育て放題”って感じね〜」
翔迫ミナトが、にこにこしながら腕組みをする。
「でもさ、バランスは悪くないわよ。
腰の位置もちゃんと高く見えるし。
あとは“自信持って立つ”のが一番のアクセサリーね」
「自信……」
さやかは、思わず背筋を伸ばした。
「うん、その感じ」
ミナトが笑う。
「“私はここに立つ資格がある”って顔しなさい。
実力はこれから積み上げるとしても、
“ここに立っていいかどうか”は、もうオーディションと合宿で証明したんだから」
「……はい!」
そこへ、マディソン・グレイがひょいと顔を出した。
「ホシクズ・ガール、ナイス・フィット。
ベリー・シンプル。アイ・ライク・イット」
「マディソンさん、似合ってますか?」
「オフコース。
ユア・ボディ、フューチャー・マッスル。
ディス・コスチューム、グロウ・ウィズ・ユー」
なんとなくで意味は伝わってくる。
(……これから、このコスチュームで強くなっていくんだ)
さやかは、胸元の星モチーフをそっと指でなぞった。
◇ ◇ ◇
「じゃ、次ノエルちゃんいきまーす」
衣装ラックの前で、スタッフが別のハンガーを取り出す。
「ノエルちゃんのは、これ。
白と黒と、ちょっとだけ紫。
“天使と夜”みたいなイメージで組んでます」
差し出されたのは、
白いベースに黒いライン、片側だけに薄い紫のグラデーションが入ったコスチューム。
左右非対称のスリーブ。
片脚だけ黒いニーハイブーツ風のデザイン。
「……綺麗です」
ノエルは、小さく息を呑んだ。
「でも、その……」
「“ヒールっぽいかどうか”って顔してる?」
後ろから、少し低い声がした。
振り返ると、
紫苑イオラと黒沼アサギが、壁にもたれて見ていた。
「いきなり真っ黒コウモリにしなくていいのよ、ノエル」
イオラが、ふっと微笑む。
「あなた、“真っ黒な悪役です!”って顔じゃないもの。
綺麗なものが似合う子は、綺麗なまま少しずつ毒を混ぜればいい」
「毒……」
「そう。甘いお菓子の中に、ちょっとだけ苦いの入れるみたいにね」
アサギが、くくっと喉で笑う。
「そのうち、泣きながら相手の指、へし折るくらいにはなれるわよ。
“ごめんなさい……でも、負けたくないから……”って」
「アサギさん、それ怖いです……」
「それがヒールの仕事だからねぇ」
イオラは、ノエルのコスチュームを手に取る。
「でも、今日はまず“ノエル・シエル”としての姿をちゃんと作りましょう。
傷を抱えた翼が、もう一度羽を広げるための服よ」
「……はい」
更衣スペースに入り、
ゆっくりとコスチュームに袖を通す。
片側だけ重く感じるスリーブ。
左右で感触の違うブーツ。
鏡に映った自分は――
どこか、前の団体で着ていたガウンを思い出させた。
でも、あのときと違うのは。
(……怖いけど、逃げたくはない)
ドクター・滝本しおりに
「怖いままでもいい」と言われた言葉が、胸の奥で反芻される。
カーテンを開けると、
イオラとアサギがじっと見つめた。
「うん。いいじゃない」
イオラが満足そうに頷く。
「綺麗で、少しだけ夜の香りがする。
“これから堕ちるのか、光に戻るのか分からない”感じが、今のあなたにぴったり」
「……そう、ですか?」
「そうよ」
アサギが、ノエルの頬にそっと指を伸ばす。
「メイクは、今日は控えめにしときましょ。
目尻にちょっとだけ紫のライン。
“泣きそうで泣かない目”が一番似合うから」
「な、泣きません」
「その顔、そのままリングにも持っていきなさいな」
ノエルは、唇をきゅっと結んだ。
(ヒールになるって、まだ決めきれてないけど――)
少なくとも、
このコスチュームを着て立つリングからは、
もう逃げないと決めていた。
◇ ◇ ◇
「はーい、次ティアラちゃんね〜!」
衣装ラックから引き出されたコスチュームは、
まさに“アイドルそのもの”といってもいいくらい華やかだった。
パステルピンクと白をベースにした、フリルたっぷりのトップス。
ティアラモチーフの胸飾り。
ふわっと広がるスカート風ショートパンツ。
キラキラのリボン付きブーツ。
「わぁ……!」
ティアラ☆キャンディ――姫乃らんは、
一瞬で目を輝かせた。
「かわいい! かわいすぎる! これ着て試合していいんですか!?」
「いいんです。というか、着てください」
衣装スタッフが笑う。
「ただし、フリルはちょっとだけ“試合用”に強化してあるからね。
掴まれたり引っ張られても、そう簡単には取れないようにしてあるから」
「さすがプロ……!」
更衣スペースに飛び込む勢いで入っていき、
数分後、
そこから出てきたのは――
ステージからそのまま飛び出してきたような、
キラキラのアイドルレスラーだった。
「ど、どうですかっ?」
スカートの裾をつまんでくるりと回る。
ピンクのフリルがひらりと舞い、
ティアラモチーフの胸飾りがきらりと光った。
「……ステージには、完全に立てるわね」
いつの間にか来ていた天上院ユリアが、
少しあきれたような、しかしどこか誇らしげな表情で言う。
「リングにも、立てるように仕上げなさい」
「ユリアさん!」
「アイドルがリングに来るんじゃない」
ユリアは、らんのティアラを軽くつつく。
「リングをステージに変えるのが、
私たちStella☆Glareの仕事よ」
「……はいっ!」
「泣き虫でもいい。
でも、泣きながらでも笑って、
お客さんから目を逸らさない。
それが“ティアラ☆キャンディ”の役目」
「わたし、頑張ります!」
らんは、全身で返事をするように大きく頷いた。
「そのスカート、
ハイキックするときに少し邪魔になるから」
ミコトが横から口を挟む。
「蹴り出したときにフリルが綺麗に流れる角度、
鏡の前で研究したほうがいいよ」
「なにそれカッコいい……やります!」
白雪リラは、らんの肩にそっと手を置いた。
「どんなに可愛くても、
立ってるのはロープの中。
危ないと思ったら、迷わず逃げること。
それだけは忘れないでね」
「……はい!」
らんは、胸元のティアラにそっと触れた。
(ステージも、リングも――
両方で一番星になりたい)
その願いを、
フリルと光の中に閉じ込めるように。
◇ ◇ ◇
「ラスト、いぶきちゃんいきまーす」
衣装ラックから取り出されたコスチュームは、
他の三人と比べると、ぐっとシンプルだった。
黒と深い青を基調にしたノースリーブ。
シルバーの細いラインが要所に走っている。
ショートタイツに、サポーターがわりのスパッツ。
機能性重視のブーツ。
「……地味、ですかね」
いぶきは、少しだけ首をかしげる。
「いぶきちゃんは、これくらいでいいの」
白星るりあが、すっと横に立った。
「技の綺麗さが映えるから。
デザインで説明しなくていい子は、シンプルなほうが強いのよ」
「……そうでしょうか」
「そうだよ」
紅条アカリも、腕を組んで頷く。
「動きに無駄がないぶん、
衣装に余計なヒラヒラがあると、
逆に目が泳ぐ。
“斬る側”には、“斬るための服”が似合うの」
「斬る側……」
「合気道と古武術でしょ? あなたのベース」
るりあが、いぶきの肩のあたりを軽く叩く。
「だったら、“一本の線”として動ける服がいい。
そのラインを、ちゃんと出せるように仕上げてあるから」
「……着てみます」
更衣スペースで着替え、
鏡の前に立つ。
黒と青。
シルバーの細い線。
確かに派手さはない。
でも、そこに立っている自分は――
「戦いに来た人間」にしか見えなかった。
カーテンを開けると、
るりあとアカリの目が一瞬、鋭くなる。
「うん。悪くない」
アカリが言う。
「背中、もう少しだけ絞れる余地があるけど。
それはこれからの課題ね」
「はい」
「技のフォームを撮るとき、
肩から指先までのラインがすごく大事になるから」
るりあが、いぶきの腕を軽く上げさせる。
「投げる瞬間とか、
締める瞬間とか。
“絵になる角度”は、ちゃんと今日カメラさんと探しなさい」
「絵になる角度……」
「プロレスは“魅せる格闘技”だから」
るりあが、少しだけ微笑む。
「あなたの強さは、
きっと“静かに滲む”タイプ。
だからこそ、こういうコスチュームが似合うの」
いぶきは、静かに頷いた。
(自分がどう見えているか、なんて
今まであまり考えたことなかったけど)
リングの上に立つということは、
「見られる」ことから逃げない、ということなのだ。
◇ ◇ ◇
全員の着替えと微調整が終わったころ――
撮影スタジオに移動した四人を待っていたのは、
眩しいライトと、真っ白なバック紙だった。
「じゃ、まずは集合写真から行きまーす」
カメラマンが声を上げる。
「星屑ちゃんは前。
いぶきちゃんとノエルちゃんは斜め後ろ。
ティアラちゃんは、一歩だけ横に抜けてもらおうかな」
「は、はい!」
指示された位置に立ち、
ぎこちなく、それでも一生懸命にポーズを取る。
「緊張してる人〜」
「は、はい!」
さやかとノエルといぶきとらん、
全員の手が揃って上がった。
「全員かい!」
スタジオの空気が、少し和んだ。
「じゃ、まずは“普通に立つだけ”からね。
技ポーズとかは後でいくらでも撮るから。
今は、“プロレスラーとしてそこに立っている自分”に慣れて」
「“プロレスラーとして”……」
さやかは、胸の奥でその言葉を繰り返した。
シャッター音が、何度も響く。
ライトの熱。
カメラマンの「いいね」「そのまま」の声。
視界の端で、先輩たちが静かに見守っている気配。
(もう、“なりたい”じゃなくて)
(“なった”って、ちゃんと胸張らなきゃいけないんだ)
集合カットが終わると、
今度は一人ずつのポーズ撮影。
「星屑ちゃんは、スピアの踏み込みの直前のイメージで」
「ノエルちゃんは、ロープにもたれながら、
ちょっとだけ“夜”っぽい目線」
「ティアラちゃんは、マイク持って“ステージ感”全開で」
「いぶきちゃんは、腕を取る前の構え。
“ここからいつでも入れるよ”っていう静かな圧」
それぞれが、それぞれの「なりたい」を身体で表現しようとする。
ぎこちなくてもいい。
完成していなくてもいい。
大事なのは、
そこに一歩、踏み出すことだ。
◇ ◇ ◇
全ての撮影が終わったあと――
モニターの前に集められた四人は、
自分たちの姿を食い入るように見つめていた。
そこには、
コスチュームを纏い、リングに立つ準備を整えた四人の――
“レスラーの顔”が並んでいた。
「……なんか、すごいね」
さやかが、思わず呟く。
「自分じゃないみたいだけど、
ちゃんと“自分が選んだ自分”って感じがする」
「うん。
どれも、“練習生のとき”とは違う顔してる」
いぶきが、画面をじっと見つめたまま言う。
「怖いけど、嫌じゃないです」
ノエルは、自分のアップ写真を見て、小さく笑った。
「“前に戻る”んじゃなくて、
ちゃんと“今の自分”で立てる気がします」
「ティアラ☆キャンディ、かわいすぎない?」
らんは、完全に自分の写真に見惚れていた。
「これはお客さんも惚れちゃうやつでは……?」
「自分で言うー!」
さやかがツッコみ、
四人の笑い声がモニタールームに広がる。
後ろで腕を組んでいた天城は、
その光景を静かに見守っていた。
「ここから先は、もう戻れないからな」
ぽつりと漏らした言葉に、
黒岩が短く頷く。
「だからこそ、面白いんだろ」
「そうだな」
天城は、小さく笑った。
ライトの眩しさが、
これから始まる長い道のりを、
少しだけ照らしているように見えた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
今回は、
・デビュー用コスチュームのお披露目
(星屑=白×紺×金の“折れない新人”、ノエル=白と夜の中間、らん=完全アイドル仕様、いぶき=シンプルな“斬るための服”)
・それぞれのユニットの先輩たちによるアドバイスと一言
・「なりたい」から「なった」に変わっていく瞬間の一歩目
を描きました。
これで、新人四人は
「名前」「サイン」「コスチューム」「公式告知」まで揃い、
いよいよ本当に“デビュー目前”の状態になります。
次回は、
・コスチュームを着ての最終スパーリング
・各ユニットや先輩たちとの“デビュー前最後の時間”
あたりを中心に描いていく予定です。
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