第42話 広報さんと、サイン練習とデビュー準備
いぶきが少しだけ実家と向き合う覚悟を固め、
さやかも「まなとの約束」を胸に、両立の道を歩き始めました。
今回は、いよいよ デビューに向けた“実務”の準備編。
PWS広報兼・新人担当マネージャー、
山城あかねが初登場します。
PWS本部道場の二階、ミーティングルーム。
いつもはリングのある一階フロアばかりだったので、
星屑さやかは、見慣れない会議用テーブルとホワイトボードに
それだけで少し緊張していた。
(道場じゃないところで“集まってください”って言われると、
なんか、余計にドキドキする……)
部屋の中には、さやかのほかに
ノエル・シエル、星緋いぶき、ティアラ☆キャンディ――姫乃らん。
新人四人がそろって椅子に座っていた。
そこへ、軽いノックとともにドアが開く。
「おう、お前ら全員いるな」
黒岩剛が入ってきて、ざっと室内を見回した。
「今日は練習じゃねえ。
デビューに向けて、リングの“外”の話だ」
その後ろから、天城星弥が顔を出す。
「それと……今日から、君たちと一緒に走ってくれる人を紹介しよう」
天城の言葉と同時に、
落ち着いた色のジャケットを羽織った女性が一歩前に出た。
「はーい、どうも。
PWS広報部の、山城あかねです」
明るく通る声だった。
きりっとした目元に、話しやすそうな笑顔。
「今日から、君たち新人四人の――
メディア対応とスケジュール管理と、あとグッズやら何やら、
ひとまとめで面倒を見る係をやらせてもらいます。よろしくね」
「あ、あの……!」
立ち上がりかけたさやかたちに、
あかねはひらひらと手を振る。
「そんなにかしこまらなくていいから、座って座って。
こっちも“怖い上司”って柄じゃないし」
四人があわてて座り直すと、
天城がその横でうなずいた。
「練習や試合は黒岩たち現場スタッフが見る。
それ以外の――
取材、撮影、グッズ、移動スケジュール、学校との調整なんかは、
基本的に山城が窓口だ」
「つまり、“困ったらだいたいこの人に聞け”です」
あかねが自分の親指で胸を指す。
「もちろん、全部が全部叶えられるとは限らないけど、
“聞かないまま”で失敗するよりはマシだからね。
分からないことは、怖がらずに質問してちょうだい」
「は、はい!」
さやかが勢いよく返事をする。
「じゃ、まずは――」
あかねは、手に持っていたクリアファイルをテーブルに置いた。
「デビューに向けて、今日決めてほしいことリストです」
四人の前に、一枚ずつ紙が配られる。
そこには、項目がずらりと並んでいた。
・リングネーム表記の最終確認
・プロフィール用の一言キャッチコピー
・サイン(フル版・簡易版)
・デビュー用宣材写真の撮影日
・公式サイト・SNS告知の日程
・デビュー記念グッズ第一弾の方向性 …など。
「……すごい」
さやかは、思わず紙を見つめた。
(“デビューする”って、
リングに立つだけじゃないんだ……)
名前。
サイン。
写真。
キャッチコピー。
それら全部を、
「プロレスラー・星屑さやか」として世の中に出す。
「じゃ、一個ずつ行こうか」
あかねが手を叩く。
「リングネームは、もうほぼ決まってるね」
プリントを指差す。
「星屑さやか」
「ノエル・シエル」
「ティアラ☆キャンディ」
「星緋いぶき」
「表記とか、読みのニュアンスはこれで最終確認にさせてもらうよ。
問題ある?」
「だ、大丈夫です!」
「わたしも、これでお願いします」
「同じく」
「ボクも平気です!」
即答する四人に、あかねは満足そうに頷いた。
「じゃ、次。
サイン」
クリアファイルから、白紙の紙束とペンを取り出す。
「ファンの人に書くとき、
毎回フルネームを丁寧に書いてたら、
手首と肩が死ぬからね」
「し、死ぬんですか……?」
「イベント三時間とかやるとね。
地獄の筋トレとは別方向の筋肉痛になるよ」
リアルな言葉に、さやかは想像して震えた。
「とりあえず、“フル版”と“簡易版”の二つ。
今日のところはラフでもいいから、
方向性だけ作っちゃおう」
それぞれの前に紙が何枚も置かれる。
「星屑さん、漢字むずかしいからさ」
あかねが、さやかの名前をちらりと指す。
「星マーク+ひらがな、っていう手もあるよ。
例えば――」
ペンを取り上げ、「☆さやか」と書いてみせる。
「“星屑”って名字は、もうそれ自体がキャッチーだから。
サインの中では“星マーク”で代用しちゃうとかね」
「……かわいい」
ぽつりと口をついて出た。
「じゃあ、ちょっとそれ真似してみてもいいですか?」
「もちろん。いろいろ試してみよ」
さやかもペンを持ち、
何度か「☆さやか」「☆ほしくず」など試し書きをしてみる。
(書きやすいし、あんまり崩さなくても読める……)
「ノエルさんは?」
「わ、わたしは、その……」
ノエルは、少し恥ずかしそうに紙を見つめていた。
「前の団体のとき、
父が考えてくれたサインがあって……」
ためらいがちに、ペンを取る。
すらりとしたアルファベットで
「Noel Ciel」と書き、その上に小さな星と月のマークを添えた。
「うわ、オシャレ!」
らんが身を乗り出す。
「なんか、絵本みたいで可愛い!」
「……でも、あれは“前の場所”で使っていたもので」
ノエルの表情が、少し曇る。
「ここでも使っていいのか、迷っていて……」
「いいんじゃない?」
あかねが、あっさりと言った。
「“前の場所”での自分も、
全部なかったことにしたいわけじゃないでしょ?」
「……はい」
「だったら、そのままじゃなくても――
ちょっとアレンジして、新しいノエル版にしちゃえばいい」
紙に、あかねがさらさらと書く。
さっきのノエルのサインに、
ほんの少しだけ線を増やし、
星と月を「翼」のようにつなげてみせた。
「例えば、こんな感じ」
「……すてきです」
ノエルが、ほんのり頬を赤くする。
「じゃあ、“新生ノエル”用に、
ここからもうちょっとだけアレンジしてみよっか」
「はい!」
「らんちゃんは?」
「ティアラ☆キャンディはですね〜」
らんは、すでにペンを走らせていた。
くるくると丸みのある文字で
「Tiara☆Candy」と書き、
ハートとティアラマークを添える。
「もともとアイドル時代に使ってたやつを、
ちょっとリング用にアレンジしようかなって」
「さすが、もう完成度高いね」
あかねが感心する。
「ただ、ライブ会場と違って、
こっちは汗で紙がよれたりとかもあるからね。
あんまり細かい装飾つけすぎると大変かも」
「じゃあ、ティアラの線、ちょっと減らそうかな……」
らんが、サインの上にペンを走らせ、
線の数を少し整理する。
「いぶきちゃんは?」
「自分、不器用なので……」
いぶきは、ペン先を少し迷わせながらも、
丁寧な字で「星緋いぶき」と書いた。
その横に、線を重ねて、
小さく「IBUKI」とローマ字も加える。
装飾は、
名前の下に一本、
まっすぐな横ラインを引いただけ。
「シンプルだけど、いいと思うよ」
あかねが頷く。
「いぶきちゃんのキャラ的に、
むしろこれくらいクールなほうが似合ってる」
「……そうですかね」
「派手さは試合内容で見せればいいからさ。
サインは“書きやすくてブレない”ほうが強い」
四人それぞれの紙には、
まだ不揃いながらも、
“プロレスラーとしての名前”が形になり始めていた。
◇ ◇ ◇
「よし。サインの方向性は、
今日のところはこんなもんかな」
あかねが、テーブルの上を片付ける。
「次は――宣材写真とデビュー告知ね」
プリントの別の段を指差す。
「近いうちに、道場と別スタジオで撮影をします。
道場側は“練習風景”とか“スパー風景”用。
スタジオのほうは、ポーズ決めた“レスラー写真”」
「れ、レスラー写真……」
さやかの心臓が、どくんと跳ねた。
「コスチュームで、ですか?」
「そう。
コスチュームと簡単なメイクは、衣装スタッフと相談しながらね」
あかねは、四人の顔を順番に見る。
「星屑さんは、スピアが決め技だから――
突っ込んでくる瞬間の写真を撮りたいなぁ、とか」
「そ、そんな瞬間、撮れるんですか!?」
「撮るのがプロなんだよ」
あかねが笑う。
「ティアラ☆キャンディは、
マイク持ってポーズ決めてるカットも欲しいし」
「やりたいです!」
「ノエルさんは……」
一瞬、あかねの目が少し柔らかくなる。
「最初の一枚は、あんまり“ヒールです!”って固めずに。
ちゃんと“ノエル・シエル”としての素顔が見えるカットも撮ろう」
「……はい」
「いぶきちゃんは、技のフォーム見せたいから、
るりあたちにも協力してもらって投げの形を撮りたいな」
「……光栄です」
いぶきは短く答えたが、
耳までほんのり赤くなっていた。
「で、撮影が終わったら――」
あかねは、プリントの一番下を指で叩く。
「公式サイトと公式SNSでのデビュー告知」
その文字を見た瞬間、
さやかの喉が、ふっと乾いた。
「サイトのほうは、
写真とプロフィールと、短い紹介文が載る。
SNSは、画像+数行のテキストだけど……」
「たくさんの人が、一気に見るんですよね……」
「そうね。
良くも悪くも、“世界に一斉に投げる”感じ」
あかねは、そこで少しだけ真面目な顔になる。
「だからこそ、
最初の一文は、大事に決めたいの」
「最初の、一文」
「“どんなレスラーとして世に出たいか”っていう、
方向性みたいなものね」
ホワイトボードに、あかねはマーカーで書いた。
『折れない心で立ち上がる、新人レスラー。』
『傷を抱えた翼、再起のリングへ。』
『ステージをリングに変える、アイドルレスラー。』
『古武術仕込みの技巧派ソルジャー。』
「例えば、今書いたのは、
あくまで“例”だけど」
マーカーをくるくる回しながら、
あかねは言う。
「星屑さんは、“折れない心”で押してもいいと思う。
ノエルさんは、“傷を抱えた再起”って要素がどうしても付いてくる。
姫乃さんは、言わずもがな“ステージとアイドル”だよね」
「わ、わたしは……?」
いぶきが、少しだけ戸惑った声を出す。
「いぶきちゃんは、“静かな技巧派”かな。
最近は派手なハイフライヤーも多いけど、
いぶきちゃんの魅力は、
“技術でねじ伏せる強さ”だと思う」
「……そんな大層なものじゃないです」
「それを大層なものにするのが、これからの試合だからさ」
あかねが笑う。
「いきなり完璧な言葉を出す必要はないよ。
でも、“こういうレスラーになりたい”って方向だけ、
今日のうちにざっくり胸の中で決めておいて」
そう言って、
四人の視線が、それぞれの紙へ戻る。
(“折れない心”……)
さやかは、自分の名前の下に、
小さくその言葉を書いてみた。
技も、体力も、センスもまだまだだけど。
それでも、何度も立ち上がって、
諦めずに前に進み続ける。
自分が、自分でいられる、
たった一つの“武器”。
(そういうレスラーになりたい)
胸の奥で、小さく決意が灯る。
◇ ◇ ◇
その日の夜。
寮の自室で、さやかは布団に寝転びながら、
スマホの画面を見つめていた。
PWS公式SNSの更新通知が光る。
【お知らせ】
PWSより、新人選手デビューのお知らせです――
リンクをタップする指が、
ほんの少し震える。
画面に表示されたのは、
まだラフの集合写真と、仮のロゴ。
そこに並ぶ四つの名前。
『星屑さやか』
『星緋いぶき』
『ノエル・シエル』
『ティアラ☆キャンディ』
(……本当に、載ってる)
胸の奥が、じんわり熱くなった。
そのとき、メッセージアプリの通知が
ポン、と鳴る。
送信者は――まな。
『見た。
なにこれ、すごくない???』
続けざまに、メッセージが飛んでくる。
『公式のやつじゃん
公式のやつに星屑の名前載ってるじゃん
これガチのやつじゃん』
画面越しに、まなに肩をつつかれているような気がする。
『デビュー戦、絶対教えてね
まな、ほんとにトップオタになるから』
さやかは、笑いながら返信を打った。
『うん。
ちゃんと勝てるように、がんばるから』
送信ボタンを押してから、
布団の中で天井を見上げる。
(デビューに向けて、
いよいよ“本物”になっていくんだ)
こぶしを胸の前でぎゅっと握る。
(絶対、諦めない)
その言葉を、
誰でもない自分自身に向けて強く刻み込んだ。
―――――
ここまで読んでくださってありがとうございます。
今回は、
・PWS広報兼・新人担当マネージャー 山城あかね 初登場
・サインの方向性決め(☆さやか/ノエルの新アレンジサイン/らんのアイドル風/いぶきのシンプルサイン)
・宣材写真や公式サイト&SNSでのデビュー告知準備
・そして、公式SNSに自分の名前が載った瞬間の、さやかとまなのやり取り
を描きました。
これで、四人は
「リングの上の準備」だけでなく、
「リングの外の“見せ方”」も少しずつ整い始めた状態になります。
次回は、
・コスチュームを着ての本格的な宣材撮影
・その裏側での先輩たちとのやり取り
あたりを中心に描いていく予定です。
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