第38話 入場曲と試合のカタチ
デビュー興行に向けて、
コスチューム&リングネームの方向性が決まり始めたさやかたち。
今回は、入場曲と“試合のカタチ”作りのお話です。
STR☆GIRLSの岸田ひかりも取材にやって来て、
「デビュー前特集」が動き出します。
翌日も、朝から道場は汗と声でいっぱいだった。
「――はい、星屑、もう一本!」
「は、はいっ!」
マットに倒れているマディソン・グレイの胸元へ、
星屑さやかは息を切らしながら走り込む。
「もっと腰落として! 突き抜けるつもりで!」
コーナーから轟みなせの声が飛ぶ。
さやかは、ロープを蹴る勢いも乗せて、
低く身をかがめ――
「スピアッ!」
ドン、とマットが揺れる音。
受け身を取ったマディソンの身体が、
わざと大きく弾むように転がった。
「……オッケー」
マディソンが片手を挙げる。
「いまの一発は、ちゃんとフィニッシュでも説得力ある」
「ほ、ほんとですか……!」
「ホント。
星屑ガール、筋肉もよく頑張ってる」
マディソンは、さやかの肩をぽん、と叩いた。
「ただ――」
「た、ただ……?」
「スピアで倒したあと、“どう終わらせるか”も考えといて」
リングサイドのミナトが、さやかを覗き込む。
「倒してすぐフォールに行くのか、
一拍置いてから決めポーズ入れるのか。
入場曲のサビと合わせるのもアリだよ?」
「サビと……?」
「そう」
みなせがニコニコしながら口を挟む。
「入場曲のサビとか、決めのフレーズに合わせて、
最後のフィニッシュとポーズがハマると、
お客さんの記憶に残りやすいの!」
「なるほど……」
(入場曲と、試合の流れ)
今までは、あまり深く考えたことがなかった。
(“スピアで勝てるようになる”ことばかり考えてたけど、
デビュー戦はちゃんと“見せる試合”なんだ)
そこへ、道場の入り口から声が飛んだ。
「――デビュー候補四人、一旦練習ストップ。
音源スタッフが来てるから、二階の視聴室まで来てくれ」
黒岩の声だった。
◇ ◇ ◇
本部道場二階の視聴室。
少し暗めの部屋に、モニターとスピーカー、
いくつものCDとデータが並んでいる。
「どうも。昨日もお邪魔しました、音源担当の斎藤です」
ラフなパーカー姿の男性が、椅子をくるりとこちらに回した。
「ひと晩でデビュー曲の仮デモ、四つほど組んでみました。
あくまで叩き台だけど、雰囲気を掴んでもらえたら」
部屋の後ろには、各ユニットの先輩たちも揃っている。
マッスル・シンフォニー、Stella☆Glare、Bloody Eclipse、AQUARIUS。
いつもよりラフな格好の先輩たちが、
どことなく楽しそうに腕を組んでいた。
「誰から行こうか。……じゃあ、星屑さんから」
「えっ、あ、はい!」
いきなり名指しされて、さやかは背筋を伸ばした。
「イメージとしては、“静かに始まって途中で加速するロック”」
斎藤が、キーボードを叩きながら説明する。
「最初は、まだ“ゼロ”に近い星屑さん。
でも、試合を重ねるごとに加速していく――
そんな感じで組んでみました」
「おー、いいじゃん、星屑ちゃんっぽい!」
みなせが後ろで騒ぐ。
「とりあえず一回、頭からサビまで流してみますね」
クリック音。
次の瞬間、スピーカーからギターの音が流れ出した。
静かなアルペジオから始まり、
徐々にドラムが重なって、テンポが上がっていく。
サビ前で一瞬溜めて――
そこから、一気に開けたような明るいサウンドに変わる。
(……すごい)
さやかは、思わず息を呑んだ。
(自分用の曲、って感じがする)
どこか不器用で、
最初は頼りない足音。
それでも少しずつ加速して、
サビで“走り出す自分”がはっきり見えるような気がした。
「このサビの頭で、花道の中央あたり。
リングに上がる直前で、もう一回盛り上がり入れてもいいですね」
斎藤が、モニターに簡単な図を映す。
「スピアが決め技なら、
試合のラストの突進も、このフレーズに合わせて
タイミングを取れるようにしておくとカッコいいと思います」
「ど、どうでしょうか……?」
恐る恐る振り返ると、
みなせとミナトが、同時に親指を立てた。
「星屑ちゃんぽい!」
「“等身大の主人公感”ある。
このままブラッシュアップしていこう」
「マディソンさんは……?」
マディソンは、少し目を閉じてから頷いた。
「イイ。
派手すぎない。
でも、鳴るべきところでちゃんと鳴る」
ゆっくりと、さやかを見る。
「星屑ガールに、似合う」
「……っ!」
胸の奥がじんと熱くなる。
「じゃあ、方向性はこれで行きましょう。
細かいフレーズや尺は、試合時間が見えた段階で調整できます」
斎藤がまとめると、
さやかは深く頭を下げた。
「お、お願いしますっ!」
◇ ◇ ◇
「次は、星緋さん」
「はい」
いぶきが前に出る。
「星緋さんは、“クールでシャープなインスト”をベースにしてみました。
ギターとストリングス中心で、あまり歌詞は乗せない感じです」
「無駄な成分が少ない方が、星緋には合うと思う」
るりあが言う。
「技と動きで語るタイプだからな」
アカリも頷く。
流れ出したのは、
硬質なビートに乗った、切れ味のあるギターリフ。
余計な音が少なくて、
その分、ひとつひとつのフレーズが輪郭を持って迫ってくる。
(……カッコいい)
さやかは素直にそう思った。
派手なキラキラではなく、
静かに鋭い光。
無駄のない線で描かれた刀みたいな曲。
「サビのところ、ちょっとだけテンポを落とすのもアリかもしれないな」
るりあが呟く。
「じっくり歩いて、リングインする前に、
一回だけ観客を見渡す余白を作りたい」
「確かに」
ひよりが目を輝かせた。
「いぶきちゃん、あの“スッと目が細くなる”瞬間、
お客さんに見せたいです」
「……そんな顔、してますかね」
「してる」
三人に同時に言われて、いぶきは少しだけ苦笑した。
「星緋さんは、“静かに構えて一撃で切る”イメージなので、
技のフィニッシュも、できるだけ一発で決まるものがいいですね」
斎藤が言う。
「はい。そこは、AQUARIUSのみなさんと相談しながら詰めていきます」
いぶきの声は、相変わらず落ち着いていた。
◇ ◇ ◇
「ノエルさんは――
透明感のあるメロディに、少し不穏なコードを混ぜてみました」
「ふ、不穏……?」
ノエルが小さく首をかしげる。
「“可愛いのに、どこか影がある”感じが出ればと思って」
斎藤が、再生ボタンを押す。
流れ出したのは、
ピアノとシンセの柔らかい音から始まるイントロ。
けれど、その裏に
ほんの少しだけ濁った和音が混ざっていて、
完全な“ハッピー”にはならない。
サビでは、広がるようなサウンドになるのに、
どこか胸が締め付けられるような感覚が残る。
(きれい……だけど、ちょっと切ない)
さやかは、ノエルの横顔をちらりと見た。
ノエルは、じっとスピーカーを見つめていた。
「どう?」
イオラが尋ねる。
「……すごく、好きです」
ノエルは、少し驚いたような顔で言った。
「明るいだけじゃないけど、
真っ暗でもなくて。
ちゃんと“どこかに光がある”感じがして」
自分の声が、
少しだけ震えているのに気づいた。
「わたし、前の団体を辞めた時、
“もうリングには戻れない”って思ってて」
思わず、ぽつりとこぼれる。
「でも今、こうやってもう一回ここに立ってて――
まだ怖いけど、
それでも“立ちたい”って思えてる自分がいて」
指先をぎゅっと握る。
「その感じに、近い気がして。
……すみません、うまく言えないんですけど」
「十分伝わってるよ」
レナが、柔らかく笑った。
「ノエルはノエル、ネ。
この曲でリングに出て来たら、きっとお客さんも“応援したくなる”」
「ヒールになるかどうかは、
まだ保留でもいいさ」
サツキがぼそりと言う。
「まずは、“ノエル・シエルとしてリングに戻る”ことを、
この曲と衣装でやればいい」
「……はい」
ノエルは、小さく頷いた。
◇ ◇ ◇
「最後、ティアラさん」
「はーいっ!」
らんが元気よく手を挙げる。
「ティアラさんは、完全に“アイドル楽曲寄り”で行きます」
斎藤が、少し肩をすくめた。
「ユリアさんとリラさんから、
すでに“こういう方向で”って要望メールが大量に来てまして」
「ちゃんと最初に言ったわよね?」
ユリアが涼しい顔で言う。
「“ステージに立つアイドルとしても通用する曲にしてほしい”って」
「歌えるようにもしておいてね」
リラもさらりと続ける。
「のちのち、ライブイベントで使い回せるように」
「おかげでデモ三つくらいボツにしましたよ……」
斎藤が苦笑する。
「で、今の仮案がこちら」
流れ出した瞬間、
らんの目が一気にキラキラし始めた。
明るいシンセとクラップ、
ポップで可愛いメロディ。
サビでは、自然と手拍子したくなるようなノリ。
「か、可愛い……!」
「うん、いいわね」
ユリアが満足げに頷く。
「“リングがステージになる”感じ、ちゃんと出てる」
「サビの“ジャンプ”のところで、
トップロープダイブ入れたいですね」
リラが筆箱を取り出し、
メモ帳に歌詞のようなものを書き始めた。
「歌詞はこっちで考えても?」
「もちろん。
ティアラさんのキャラクターソング的な扱いで、
後からフル尺を仕上げるのもいいと思います」
斎藤が笑う。
「ティアラちゃん?」
「……最高です!!」
らんは、目に星を浮かべたまま叫んだ。
「これでデビューして、
いつか単独ライブもやりたいです!!」
「まずはリングの上で転ばないことからね」
ミコトが、すかさず釘を刺した。
◇ ◇ ◇
四人分の仮デモをひととおり聞き終えると、
斎藤が椅子から立ち上がった。
「じゃあ、この方向性でフル尺と調整版を作っていきます。
技構成と試合時間が見えたら、
フィニッシュに合うように細かい部分を調整しましょう」
「よろしく頼む」
天城が頷く。
「“音”も、お前たちの武器だ。
しっかり自分のものにしてくれ」
部屋の空気がふっと緩んだところで――
「はーい、ではここから取材入りまーす!」
元気な声が、視聴室のドアの方から響いた。
「お邪魔します、STR☆GIRLS編集部、岸田ひかりでーす!」
明るい髪色にポニーテール、
タブレットとノートを抱えた女の子が、ぴょこんと顔を出した。
「あ、ひかりさんだ」
さやかが思わず声を上げる。
「前に道場で取材してた人……!」
「覚えててくれて嬉しいなあ」
ひかりはにこっと笑った。
「今日は、《PWS新人デビュー特集》の記事用に、
四人の“入場曲とコスチュームの裏側”を取材しに来ました!」
そう言って、タブレットを構える。
「まずは――デビューが正式決定した今の気持ちから、
一人ずつ聞かせてもらっていい?」
さやかは、ごくりとつばを飲み込んだ。
さっきまで“自分だけの曲”みたいに感じていたメロディが、
今度は“お客さんの前に出ていくための音”に変わった気がした。
(すごい。
本当に、記事になってしまうんだ)
嬉しいような、怖いような、
くすぐったい感覚。
でも――
ノートに名前を載せられるだけの“誰か”になりたいと願ったのは、
自分だ。
「……はい!」
さやかは、ひかりの前に一歩出た。
「デビュー戦まで、一か月。
怖いけど、楽しみです。
――ちゃんと、名前を呼んでもらえるレスラーになれるように、頑張ります!」
その言葉に、
ひかりの目がきらりと光った。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
今回は、
・四人それぞれの入場曲の仮デモお披露目
・スピアや技構成と “音” のリンク
・ノエルの「まだヒールとは言い切れないけど、それでもリングに戻りたい」気持ち
・ティアラ☆キャンディとしての、らんのアイドル全開な方向性
・STR☆GIRLS・岸田ひかりによる「デビュー前特集」取材の開始
を描きました。
この先は、
実際のテストマッチやスパーリングの中で、
・入場曲
・コスチューム
・技構成
が一つの“試合のカタチ”になっていきます。
次回は、
先輩たちとの本格的なテストマッチ、
「デビュー前に、プロの壁を思い知る回」を描いていく予定です。
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