表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星屑の少女はリングに立つ ―才能ゼロから始める女子プロレスラー・星屑さやか―  作者: バックドロップ
第4章 PWSビッグマッチ《東京国技館編》 ――星屑たちはリングの外で何を見るか
42/59

第35話 国技館の夜、帰り道の誓い

国技館大会は、あまねとマディソンの死闘で幕を閉じました。

今回は試合後のバックステージと、道場へ帰るバスの中での新人四人の心情を描く回です。

「頂点の景色」を見た後、それぞれが何を思って帰るのか。




―――――


 メインイベント終了のゴングが鳴り止んでからも、

 国技館の中にはしばらく歓声と拍手が残っていた。


 リング上でのベルト授与、王者と挑戦者の握手。

 その余韻がゆっくりと収まり、

 観客たちが名残惜しそうに席を立ち始める。


「――リングサイド、撤収に入るぞー」


 スタッフの声に、星屑さやかはハッと我に返った。


「あっ、はい!」


 タオルやペットボトル、予備のテーピング。

 自分が置いた物を一つ一つ確認しながら、

 さやかは、さっきまで王者と挑戦者が立っていたリングを見上げた。


(ここで、さっき……)


 黒い不死鳥と、鋼の怪物がぶつかり合っていた空間。


 さやかの胸の奥で、まだドクドクと鼓動がうるさい。


「顔が真っ赤だぞ、星屑」


 隣で同じように撤収作業をしていた星緋いぶきが、

 半分からかうように言った。


「だ、だって……あんな試合、初めて見たから……」


「まあ、あれを生で見て何も思わない方がどうかしてる」


 いぶきは、ロープに掛けてあったタオルを回収しながら、

 チラリとリングを振り返る。


「“頂点の景色”ってやつだ。

 こっからどこまで近づけるかは、自分次第だな」


「……はい」


 さやかは、またぎゅっとタオルを握りしめた。


 少し離れたところで、ノエル・シエルとティアラ☆キャンディ――姫乃らんも、

 器具の片付けやイスの整列を手伝っている。


「の、ノエルちゃん、そっちはもう大丈夫?」


「う、うん。こっちは片付きました、らんちゃん」


 ノエルは、さっきまで見ていたBloody EclipseとStella☆Glare、

 そしてメインイベントの映像が頭から離れず、

 まだ少し手が震いそうになるのをこっそり隠しながら動いていた。


(あんな風に……壊すか、守るかで、

 リングの上でぶつかり合うんだ……)


 らんはらんで、

 Stella☆Glareのタッグベルトが奪われた光景が焼き付いている。


(リラ先輩とミコト先輩……

 あんなにボロボロにされて、それでもお客さんの前で笑ってて)


 ペンライトを振っていた自分の手が、今は片付けで忙しい。


「――よし。リングサイド班、撤収完了っと」


 スタッフに声をかけられ、

 四人は揃って一礼した。


◇ ◇ ◇


 舞台裏の通路は、試合後特有のバタバタした空気に包まれていた。


 リングから引き上げてくる選手たち。

 トレーナールームへの担架。

 マスコミやカメラマンが、コメントを求めて走り回る。


「新人四人は、まずトレーナールーム。

 さっきのタイトル戦の選手の様子を見て、タオル運び手伝ってこい」


 黒岩剛の指示に、

 さやかたちは慌てて頷く。


「はい!」


 トレーナールームの前には、すでに何人ものスタッフと選手がいた。


 白雪リラと黒羽ミコトは、

 ベッドに腰を下ろした状態でトレーナーに状態をチェックされている。


「リラさん、痛みはここだけ?」


「んー……そこプラス、メンタルに大ダメージってやつかな」


 リラは冗談めかして笑ってみせるが、

 声には疲れが滲んでいた。


 隣のミコトは、

 背中にアイシングパックを当てられながら、それでも笑顔を崩さない。


「ボク、ちゃんと起き上がれてるから、大丈夫ですよ。

 ……たぶん」


「“たぶん”って言うな」


 トレーナーが苦笑する。


「お疲れさまでした!」


 さやかたち四人は、揃って頭を下げた。


「さやかちゃん……!」


 リラが、少し驚いたように目を丸くする。


「リングサイドで見てた?」


「はい。

 すごくて、怖くて……でも、目が離せませんでした」


「うんうん、そういうの嬉しい」


 リラは、少しだけ表情を緩めた。


「いつか、さやかちゃんたちがリング上がってくる時、

 今日のあたしたちみたいに“怖くて目が離せない試合”をやるんだよ」


「……はい!」


 ミコトも、アイシングパックを押さえながら笑う。


「その時はボクたち、セコンドから全力で声出しますから。

 だから、ちゃんとここまで来てくださいね」


 らんが、横でうるうるしていた。


「リラ先輩とミコト先輩が、カッコよすぎて……

 Bloodyにベルト取られたの、マジで悔しいです」


「悔しいって思ってくれるの、嬉しいよ」


 リラが、らんの頭をぽん、と軽く撫でた。


「でも、悔しさもちゃんと“ステージの光”に変えていかなきゃね」


 ノエルは、一歩後ろでそのやりとりを見ていた。


(壊されても、

 まだ“ステージ”って言えるんだ……)


 胸の奥で、小さな痛みと憧れが混ざってうずく。


◇ ◇ ◇


 トレーナールームを出ると、

 少し離れた控室前でマッスル・シンフォニーの面々に出くわした。


 轟みなせと翔迫ミナトが、

 マディソン・グレイを囲むように立っている。


 マディソンは、コスチュームの上からジャージを羽織っているが、

 汗で髪が額に張り付き、

 顔にはさすがに疲労が見えた。


「マディソンさん、お疲れさまでした!」


 さやかが思わず声をかけると、

 マディソンは少し目を丸くしてから笑った。


「オー、星屑ガール」


 いつものカタカナ混じりの声が戻ってきていた。


「メイン、どうだった?

 ちゃんと“マッスル”伝わった?」


「はい!

 すごすぎて……心臓止まりそうでした!」


「ホメコトバね」


 マディソンは、少しだけ胸を張る。


「でも、チャンピオン、マジでツヨイ。

 あれ、ホント、ヤバイ」


「そうねえ」


 ミナトが、にこにこと笑いながら肩をすくめる。


「今日は“世界一強いチャンピオン”に挑みましたってことで、

 マディちゃんも十分カッコよかったわよ?

 ねえ、星屑ちゃん」


「はい、本当に……!」


 さやかは、こくこくと頷いた。


「マディソンさんの試合見て、

 筋トレもっと頑張らなきゃって思いました」


「ソウソウ!」


 みなせが、すかさず食いつく。


「聞いたかマディソン!

 筋肉の布教、ちゃんと成功してるぞ!」


「筋肉は、裏切らないからね」


 マディソンは、さやかを見て真顔になった。


「星屑ガール。

 今日見たモノ、全部忘れない。

 明日からのスクワットに、ちゃんと混ぜる」


「ま、混ぜる……?」


「苦しくなったら、今日のメイン思い出す。

 “あそこまで行くには、まだまだ足りない”って。

 ソレが、続けるチカラになる」


 さやかは、胸の奥をぎゅっと掴まれたような感覚に息を飲んだ。


「……はい。

 絶対、忘れません」


「よろしい」


 マディソンは満足そうに頷いた。


「今度、また道場で“マッスル教室”やる。

 その時、今日の感想、スクワットしながら聞く」


「か、覚悟しておきます……」


◇ ◇ ◇


 廊下の奥では、

 天城星弥社長と白銀リョウ、黒岩剛が並んで立っていた。


 その少し離れた位置に、

 黒いシャツの黒輪クロウも腕を組んで壁にもたれている。


(クロウさん……)


 ノエルの背筋が、思わず固くなる。


 さやかたちは少し距離をとって立ち止まり、

 三人と一人の会話に耳を澄ませた。


「――まずは、無事に終わったことを喜ぶべきか」


 天城社長が、大きく息を吐く。


「大きな事故が出なかっただけでも上等だ。

 選手もスタッフも、お疲れさま」


「現場の責任者としては、

 クロウをリングに上げた時点で“上等”なんて言葉は使いたくないがな」


 白銀が、チラリとクロウを睨む。


「おやおや、相変わらず手厳しい」


 クロウは肩をすくめた。


「でもほら、見ての通り。

 死人も出てないし、大怪我人もいない。

 ちゃんと“盛り上がった”ろ?」


「盛り上がりのためなら、

 何をしてもいいとは思わない」


 天城の声音は静かだが、言葉は鋭い。


「今日のタッグ王座戦。

 お前が見逃した反則のいくつかは、レベルを間違えれば本当に危なかった」


「“見逃した”なんて、人聞き悪いなあ」


 クロウは、口の端を歪める。


「ちゃんと見てたよ?

 その上で、“止めない”って選んだだけさ」


 ノエルの指先が、きゅっと震えた。


(この人……やっぱり、“折れる瞬間”を見てるんだ)


 黒岩が、一歩前に出る。


「いいか、クロウ。

 俺はお前のやり方が大嫌いだ」


「知ってる」


「だが、親会社の意向もあって、お前はこの団体に関わることになった。

 ……だから、はっきり言っておく」


 黒岩の目が、クロウを真正面から射抜いた。


「“選手のキャリアを終わらせるようなこと”をした瞬間。

 リングの上だろうがどこだろうが、

 俺はお前の前に立つ」


 クロウは、ほんの一瞬だけ目を細めた。


「怖いねえ。

 でも――そういうの、嫌いじゃないよ」


 意味ありげに笑ってから、

 クロウは背を向けて通路の奥へ歩いていった。


 その背中を、天城と白銀、黒岩は無言で見送るしかなかった。


「……とりあえずは、大会は大成功だ」


 天城が、気持ちを切り替えるように言う。


「数字も反響も、きっと悪くない。

 あとは、今日の“歪み”をどう処理していくかだな」


「そこは現場とフロントで詰めていきます」


 白銀が頷く。


「選手たちには、今日の経験を“糧”にしてもらう」


「……新人たちも、な」


 黒岩が、さやかたち四人の方を振り返った。


「おい、お前ら」


「は、はい!」


 四人は揃って姿勢を正す。


「今日見たもの、全部覚えておけ。

 いいところも悪いところも、全部だ」


 黒岩は、いつもの厳しい目をしながらも、

 ほんの少し口元を緩めた。


「いつかお前たちがリングに立ったとき、

 “あの日見た景色”と比べられるんだからな」


「……はい!」


◇ ◇ ◇


 撤収作業と簡単なミーティングが終わる頃には、

 すっかり夜も更けていた。


 選手やスタッフたちは、それぞれ車やタクシー、団体バスに分かれて帰路につく。


 さやかたち新人四人は、

 他の若手や一部スタッフと一緒に、団体バスで本部道場へ戻ることになった。


 国技館の裏手に停められたバスに乗り込むと、

 窓の外にはまだ、解散しきれていないファンたちの姿が見える。


「はあ……終わったねえ」


 らんが、シートに腰を下ろしてぐったりと天井を仰いだ。


「試合出てないのに、むしろ出た時より疲れてる気がするんだけど」


「精神力、かなり持っていかれましたからね……」


 ノエルも、隣の席で小さく笑う。


「Stellaの試合も、Bloodyの試合も、

 それにあまねさんとマディソンさんの試合も……

 全部、心の容量ギリギリまで詰め込まれた感じがします」


「容量オーバーしそうなら、ちゃんと寝ろよ」


 いぶきは、窓側の席で腕を組んだまま外を見ている。


「帰りのバスくらいは、寝てても怒られない」


「でも、なんか……寝たらもったいない気がしませんか?」


 さやかが、前のシートから身を乗り出す。


「今日見たの、夢みたいで……

 寝て起きたら全部忘れてそうで、怖いです」


「忘れないって、何回も言ってたのに」


 いぶきが、少しだけ笑った。


「じゃあ、寝る前に“保存作業”しとけばいい」


「保存作業?」


「頭ん中でさ。

 今日一番覚えておきたいシーンを、一本の映像みたいにして思い返す。

 技の名前とか、動きとか、そこで自分が何を思ったかとか」


 いぶきは、窓の外に流れていく夜景を見ながら続ける。


「俺は多分、ユリアさんの『あんたの裁きはゴミ』ってとこだな。

 ああいうのを真正面から言える人間、そうそういない」


「私は……」


 ノエルが、少しだけ迷ってから口を開いた。


「Bloodyの試合で、

 ノエルちゃん、止めに行きたそうにしてたって、アサギさんに言われたところ」


「自分のことじゃん」


「そうですね……」


 ノエルは自分で言って、苦笑した。


「でも、“止めに行ったら一番先に壊される”って言われて、

 何もできなかった自分も、ちゃんと覚えておきたくて」


 ノエルの拳が、膝の上で小さく震える。


「いつか、ちゃんと自分で選べるようになりたいです。

 どこに立つのか、どうしたいのか」


「ノエルちゃん……」


 らんが、隣でそっと肩を寄せる。


「らんは?」


 さやかが尋ねると、

 らんは少しだけ目を伏せてから答えた。


「あたしは……Stellaの二人がボロボロになってるのに、

 ユリア様が“ステージは壊させない”って言ったところかな」


 声には、悔しさと憧れが混ざっていた。


「リラ先輩とミコト先輩みたいに、

 自分のステージを守るためにボロボロになれるアイドルレスラーに、

 ……なりたい」


「らんちゃんは、もう十分キラキラしてますよ」


 ノエルが、小さく笑う。


「でも、“キラキラしてるだけ”じゃダメなんだよね」


 らんは、窓の外に視線を向けた。


「今日、それもよく分かったから」


「さやかは?」


 いぶきが、前の席の背もたれに寄りかかるさやかを見る。


「さやかは、どこが一番残ってる?」


「わたしは……」


 さやかは少しだけ迷ってから、

 自分の胸に手を当てた。


「やっぱり、あまねさんとマディソンさんの最後、です」


 フェニックス・スープレックスが決まった瞬間。

 カウントスリーが入って、

 あまねが仰向けに倒れ込んだ光景。


 そして、握手を交わした二人の後ろ姿。


「あんな風に、“全部出し切ってもまだ立ってる”人たちが、

 頂点にいるんだって思ったら……

 自分の今の位置が、すっごく遠くに感じて」


 さやかは、少し笑った。


「でも、遠いからこそ、追いかけたくなるっていうか」


「うん」


 いぶきが頷く。


「遠いって分かったうえで、

 “それでも行きたい”って言えるかどうかだからな」


「行きたいです」


 さやかは、はっきりと言った。


「今日見たリングに、

 いつか自分の足で上がりたい。

 お客さんの前で、自分の“全部”を出し切って、

 それでも立ってるレスラーになりたいです」


 その言葉に、

 バスの中の空気が少しだけ引き締まる。


 らんも、ノエルも、いぶきも、

 それぞれの胸の奥で、小さく頷いた。


◇ ◇ ◇


 バスは、国技館から離れ、

 夜の街を抜けていく。


 ビルの明かり。

 コンビニの看板。

 信号待ちで止まるたびに見える、

 それぞれの生活の灯り。


(あそこにも、ここにも、普通の人たちの人生があって)


 さやかは、窓に額を軽くつけながら思う。


(その中で、自分は“プロレスラーになりたい”って言って――

 今日、あんな試合を見てしまった)


 胸の奥で、

 誰かの言葉が蘇る。


『諦めなければ、必ずなれる』


 国技館の別の日。

 フェンス越しに聞いた、不死鳥の言葉。


 さやかは、膝の上でこぶしを握りしめた。


「……絶対、諦めません」


 誰に聞かせるでもなく、

 小さな声で呟く。


「絶対、リングに立ちます。

 プロレスラーになります」


 窓の外に流れていく夜景が、

 少しだけ違って見えた。


◇ ◇ ◇


 やがてバスは、本部道場近くの駐車スペースに到着した。


「はい、降りるぞ。荷物忘れんな」


 スタッフの声に従って、

 選手たちはそれぞれ荷物を肩にかけてバスを降りていく。


 夜風が、汗で火照った肌に心地よかった。


「今日はもう解散だ。

 明日は昼からでいいが――」


 黒岩が、最後に新人四人を呼び止めた。


「全身、筋肉痛になる覚悟だけはしておけ」


「えっ」


「えっ」


「ええ……」


「ですよね……」


 四人の声がきれいに重なる。


「今日見たものを“忘れない身体”にするには、

 筋肉で覚えるのが一番だからな」


 黒岩は、それだけ言って歩き出した。


「……やっぱり、筋肉なんだねえ」


 らんが、半分笑いながら肩を落とす。


「でも、分かる気がします」


 ノエルが、小さく笑った。


「今日、たくさん“見た”から。

 今度は、自分の身体で“やる”番なんですよね」


「そういうこと」


 いぶきが頷く。


「国技館の夜は、ここで終わり。

 でも、あたしたちの“スタート地点”は、まだ道場の床の上だ」


 さやかは、道場の暗い建物を見上げた。


(ここから、また始まるんだ)


 国技館のリングで見た“頂点の景色”を胸に抱えたまま、

 四人はそれぞれの寮や家へと歩きだした。

読んでくださってありがとうございます。


今回は、国技館大会本編のあと――

・トレーナールームでのStella☆Glareとのやりとり

・マッスル・シンフォニーとマディソンの「筋肉の夢」の話

・天城社長・白銀・黒岩とクロウの、団体としてのスタンスの違い

・団体バスの中での新人四人それぞれの「今日一番心に刺さったシーン」

・そして、さやかの「絶対、諦めません」という小さな誓い


を描きました。


これで、東京国技館大会編はほぼ一区切りになります。

次からは「デビューに、向けて」編へとつなげていく形で、

新人四人が今日見たものを“筋肉と技”で覚え直していく流れにしていく予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ