第32話 光の乱入、宣戦布告ステージ
国技館大会・第6試合、その“後”。
スターダストタッグ王座はBloody Eclipseに奪われ、
リング上ではイス攻撃による一方的な暴行が始まりかけます。
そこに、Stella☆Glareのリーダー・天上院ユリアが乱入。
「ステージを壊すな」と叫ぶ光の女王が、
Bloody Eclipse、そして黒輪クロウに正式な“宣戦布告”を叩きつける回です。
「でも安心して?
完全には壊さないから。
また、上がってきてくれなきゃ楽しくないし」
紫苑イオラが微笑み、
鉄輪サツキがイスを振りかぶる。
リング上で、リラがミコトを庇うように覆いかぶさっていた。
「やめて……ミコトに、手出さないで……!」
サツキの腕に、力がこもる。
その瞬間――
「――ふざけんじゃないわよッ!!」
怒号が、花道の奥から雷みたいに響いた。
次の瞬間、眩しいライトの中を切り裂くように、
一人の女が全力で走り込んでくる。
天上院ユリア。
その後ろから、ペンライトを投げ捨てて飛び出してくる
ティアラ☆キャンディ――姫乃らんの姿もあった。
◇ ◇ ◇
「ユリアさん……!」
さやかは思わず声を上げた。
ユリアはエプロンに飛び乗ると、
ロープをまたいでリングへなだれ込む。
サツキの振り下ろしたイスと、ユリアの脚が、ほとんど同時に動いた。
「――ッ!」
サツキの腕をかすめるように放たれたハイキックが、
イスの軌道をずらす。
金属音が、リングのマットを叩いた。
「ちょっ……!」
サツキがバランスを崩す。
ユリアはその隙を逃さず、サツキの手首をひっつかんで
イスを取り上げ、コーナーの外へ思い切り投げ捨てた。
ガシャーン、と派手な音が響く。
「国技館のステージで、
安っぽいイス芸やってんじゃないわよ、あんたたち」
低く、しかしよく通る声。
Bloodyのメンバーが、一斉にユリアの方へ顔を向ける。
◇ ◇ ◇
「……光のお姫さま、乱入?」
イオラが笑う。
「自分のステージ、壊されかけてるの見て、
黙ってられなかった?」
「当たり前でしょ?」
ユリアは、リラとミコトの前に立ちはだかるように一歩進んだ。
背中越しに、二人の息遣いが伝わってくる。
「ステージを壊したいなら――
まずは、このPWSの“光”全部まとめて消す覚悟持ってからやりなさい」
らんもリングインし、
ミコトとリラの肩に手を添える。
「リラ! ミコト! 今は動かないで!
ここからは、ユリア様のターンだから!」
「らんちゃん……」
「大丈夫。
あたしも一緒にいるから!」
声は震えているのに、目はまっすぐ前を向いていた。
◇ ◇ ◇
リング中央。
Bloody EclipseとStella☆Glareの視線がぶつかり合う。
「で? Stella☆Glareのお姫さまは、
あたしたちに何か用?」
イオラが一歩前に出た。
その背後では、サツキ、アサギ、エナ、レナが
リングの四隅に半円を描くように散っていく。
包囲する形。
(囲んでる……)
さやかはごくりとつばを飲む。
ユリアは、一歩も退かなかった。
「用? あるわよ」
ユリアの視線が、イオラを貫き、そのままクロウの方へも滑っていく。
「そこの“特別レフェリー”も含めてね」
◇ ◇ ◇
リング中央から、少し離れた位置に立っていた黒輪クロウは、
腕を組んだまま、楽しそうにその光景を眺めていた。
「いやあ……
こういう“乱入”ってさ、賛否分かれるんだよねえ」
ぼそり、と誰にともなく呟く。
「試合の余韻がどうこうとか、
セミ前に空気が変わるのがどうとかさ」
クロウの視線が、ちらりと白銀の方へ向いた。
白銀は完全に氷のような表情で黙っている。
「でもさ、オレは嫌いじゃないんだよね。
“壊されそうなものを守るために、リングに飛び込む”ってやつ」
クロウの口元に、薄い笑みが浮かぶ。
「……その後、そいつ自身が壊れていくのを見れるなら、なおさら」
◇ ◇ ◇
「クロウ」
ユリアが、その名をはっきりと呼んだ。
「さっきから、よくもまあ呑気な顔して見てられるわね」
「おや。
リングの真ん中、主役はあんたたちでしょ?」
クロウは肩をすくめる。
「レフェリーは、あくまで中立。
勝者を宣告するのが仕事で――」
「中立?」
ユリアの声が、一段低くなった。
「どこが?」
客席のざわめきが、一瞬止まったように感じられる。
「反則見逃して、
都合いい時だけ速いカウント打って。
ステージ壊すためなら、何でもアリの“演出家”のつもり?」
ユリアは、クロウから視線を逸らさない。
「――あたしに言わせればね」
短く息を吸って、言い切る。
「あんたの裁きは、ぜんぶ“ゴミ”よ」
客席から、どっと歓声と拍手が沸き起こった。
クロウの目が、ほんの一瞬だけ細くなる。
「……手厳しいねえ。
グランドプリマ様のお言葉は、重いなあ」
「重くていいのよ。
あたしは、PWSの“美と輝きの象徴”って看板背負ってるんだから」
ユリアは胸を張って言う。
「このリングは“ステージ”であって、処刑場じゃない。
光と物語と、レスラーの人生を見せる場所。
そのステージを、あんたみたいな“壊すことしか考えてないレフェリー”に汚されるのは……大嫌いなの」
◇ ◇ ◇
「へえ」
イオラが、興味深そうにユリアを見た。
「“美と輝きの象徴”さんは、
血と壊れかけた光もステージの一部だって、考えないの?」
「ステージに“影”は必要よ」
ユリアは即答した。
「でもそれは、光を強く見せるための影。
リングの上で未来を奪うための、真っ黒な闇じゃない」
その言葉に、らんの肩がわずかに震えた。
(……ユリア様)
隣で聞いているだけで、胸の奥が熱くなる。
「だから、Bloody Eclipse」
ユリアは、イオラたち一人一人の目を順番になぞるように見た。
「この国技館のステージ、
あんたたちの“やりたい放題”の遊び場だと思わないことね」
「こわ」
サツキが笑う。
「つまり――ケンカ売りに来たってことで、いいのかな?」
「もちろん」
ユリアの笑みは、逆に凶暴なほど明るかった。
「タッグでも、シングルでも、
Stella☆Glareまとめて相手になってあげる」
ユリアが、背後のリラとミコト、らんを振り返る。
「今は身体ボロボロでも――
この子たちは、あんたたちが思ってるよりずっとしぶといし、光り続ける」
リラが、かすれた声で笑う。
「ユリア……様……」
「ボクたち、まだ……終わってませんから」
ミコトが、痛む身体を起こそうとするのを、らんが押しとどめる。
「今は寝てなきゃダメ!
後の“返し”は、絶対あたしたちでやるから!」
「……だってよ?」
ユリアが再びBloodyの方を向く。
「覚悟しなさい。
あんたたちが壊したがってる“光のステージ”、
壊れるどころか、ここからもっと明るくなるから」
◇ ◇ ◇
「……最高」
クロウが小さく呟いた。
白銀が横目で睨む。
「何がだ」
「“光の女王”が、自分から闇にケンカ売ってくれるんだよ?
こんな面白いカード、向こう十年は見れないね」
クロウの目には、ぞっとするほど純粋な“興味”だけが宿っていた。
「どっちが折れるのか、
どっちが壊れて、どっちが笑うのか」
その視線が、一瞬だけさやかの方も掠める。
「……見逃せないでしょ?」
(……この人、本当に“試合”を見てない)
さやかは、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
(折れる瞬間しか、見てない……)
◇ ◇ ◇
「イオラ」
アサギが、Bloody側の輪の中から小さく声をかけた。
「そろそろ引かない?
今日は“タイトル獲った”って実績だけで十分でしょ」
「そうね」
イオラは、肩をすくめる。
「ユリアちゃんの“宣戦布告”も聞けたし。
ここで全部壊しちゃうより――」
イオラの目が、ユリア、リラ、ミコト、らんを順に見ていく。
「次のステージで、もっとキレイに壊したほうが楽しい」
サツキがイスの名残を惜しむように指を鳴らし、
エナとレナがロープをまたいで場外へ降りる。
「今日は引いといてあげる」
イオラがユリアに顔を近づけて、囁くように言った。
「でも――覚えておいてね、光の女王。
あたしたち、あなたのステージを“ただの仕事場”だなんて思ってないから」
「なにそれ」
「もっとずっと、“大事なもの”だと思ってる。
だからこそ、壊したくなるの」
意味の分からない言葉。
でも、その笑みは本気だった。
Bloody Eclipseのメンバーは、クロウとともに花道へ引き上げていく。
最後尾を歩きながら、ノエルだけが一度振り返った。
ボロボロのリラとミコト、
その前に立つユリアとらん。
ノエルの目に、一瞬だけ涙が浮かびかけて――
アサギの手がそっと背中を押した。
「行くよ、ノエル」
「……はい」
ノエルは、小さく頷いて、光のステージから背を向けた。
◇ ◇ ◇
リング上には、Stella☆Glareの四人だけが残る。
ユリアが、マイクを持った。
「――ごめんね、国技館」
最初の一言は、妙にあっさりしていた。
「楽しいお祭りに来たつもりが、
ちょっとヘビーなシーン見せちゃった」
客席から、小さな笑いと拍手。
「でもね」
ユリアの表情が、ぐっと引き締まる。
「ステージってのは、
“綺麗なものだけ”見せる場所じゃないのよ」
リラとミコトの肩に手を置きながら、続ける。
「光があれば、影もある。
アイドルみたいにキラキラしてても、その裏でボロボロになることもある」
らんが、隣で小さく頷いた。
「だけど――」
ユリアはマイクを強く握りしめる。
「あたしたちPWSは、その全部を飲み込んで、
それでも“輝いてる”って言い張る場所だと思ってる」
さやかの胸が、どくんと跳ねた。
(……あまねさんと、同じだ)
プロローグで聞いた、“諦めなければ必ずなれる”という言葉と、
いまこの瞬間のユリアのマイクが、頭の中で重なる。
「Bloody Eclipse。
黒輪クロウ」
ユリアは、改めてその二つの名前を呼んだ。
「アンタたちのやり方を、
あたしは絶対に“綺麗”だなんて認めない」
言い切ってから、ユリアはふっと笑う。
「でも、“最高のライバル”にはなれると思ってる。
――だから、覚悟して。
光のステージを壊そうとする限り、あたしが何度でも、何度でも立ちはだかる」
客席から大きな拍手と歓声が沸き起こる。
「最後に」
ユリアは、リラとミコトの手を取って掲げた。
「新しいスターダストタッグ王者が誰だろうと――
この二人がStella☆Glareの誇りであることは、変わらないからね!」
らんも両手を掲げて、全力で叫ぶ。
「リラ! ミコト!
あたしたちは、ここからが本番だから!!」
その声に、
リングサイドのさやかの胸の奥も、熱く燃え上がっていた。
(……あんな風に、
誰かを守れるレスラーになりたい)
Bloody Eclipseへの恐怖と怒り。
クロウへの嫌悪。
でも、その全部を飲み込んでなお、
リングの真ん中で“光”を名乗るユリアたちの姿に――
さやかは、目を離せなかった。
◇ ◇ ◇
Stella☆Glareがゆっくりとリングを降りていく。
バックステージへ戻る花道の途中で、
ユリアはほんの一瞬だけ、リングサイドの新人たちに視線を送った。
さやか。
いぶき。
ノエル。
らんのペンライトを拾って抱えたままの、らん自身。
「――見てた?」
目が合った気がして、さやかは反射的に背筋を伸ばす。
「はい!」
声は届いていないかもしれない。
それでも、思わず叫んでいた。
(“ステージを守る覚悟”――
絶対、忘れない)
場内は暗転し、
次のセミファイナル・グランドプリマ選手権の準備が始まる。
光と血と歪んだ裁き。
その全てを飲み込んだ国技館の空気は、
もう後戻りできないところまで熱くなっていた。
Stella☆Glare vs Bloody Eclipse、
そしてPWS vs 黒輪クロウという大きな構図が本格的に動き出します。
次回は、セミファイナル――
グランドプリマ選手権試合・天上院ユリア vs ステファニー。
“光の女王”が、自分のタイトルマッチでどんな試合を見せるのかを書いていきます。




