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星屑の少女はリングに立つ ―才能ゼロから始める女子プロレスラー・星屑さやか―  作者: バックドロップ
第4章 PWSビッグマッチ《東京国技館編》 ――星屑たちはリングの外で何を見るか
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第30話 壁としての光、届きかけた炎

国技館大会・第5試合は、ルミナス王座戦。

冷静な技巧派王者・紅条アカリと、

“次世代エース候補”として推されている赤城火智ひよりの初タイトル挑戦。


一年前に先にデビューした先輩が、

後輩たちの前で“上の景色”を掴みにいく――

でも、その前には高い高い“壁としての王者”が立ちはだかります。

静謐な星と黒い毒の試合が終わり、

 ミッドナイト・スターのベルトが白星るりあの腰に戻っていく。


 観客席のざわめきが落ち着くより早く、

 バックステージのモニター前では、別の緊張が高まっていた。


「――そろそろ、行くわよ。火智ちゃん」


「……はい」


 ルミナス王者・紅条アカリが、タオルを肩に掛けた赤城火智に声をかける。


 火智――リングに上がる時は「赤城火智」。

 普段は「赤城ひより」として、後輩たちの面倒を見る“優しいけど妥協しない先輩”。


 そのひよりが、いまは真新しいコスチュームに身を包み、

 いつもより少しだけきつくテーピングされた膝と足首を見下ろしていた。


 隣で白星るりあが、柔らかく笑う。


「緊張してる?」


「……してないって言ったら嘘になるんで」


「そうね」


 アカリがあっさり頷く。


「タイトルマッチで緊張しなかったら、その方が問題よ。

 ――でも、足はちゃんと地に着いてる。顔色は悪くない。合格」


「試合前に合格判定しないでくださいよ、アカリさん」


 ひよりが苦笑する。


 その後ろから、控えに来ていたさやかといぶき、ノエル、らんがそっと顔を覗かせた。


「ひより先輩……!」


「ひよりさん、がんばってください」


 ひよりは振り向いて、いつもの柔らかい笑顔を浮かべた。


「お、星屑と星緋。

 ちゃんと目ぇ開けて見ときなさいよ? 

 “上の景色”ってやつ、先に見てきてあげるから」


「……はい!」


 さやかの胸が、どくんと脈打つ。


 いぶきも、小さく笑う。


「ずるいな。

 ほんとは、俺が一番最初にその景色見たいんだけど」


「そのうち来るよ。

 ――追いついてきなさい。ちゃんと手、伸ばせば届くところにはいるから」


 さらっと言って、ひよりは立ち上がる。


 アカリがその背中を軽く叩いた。


「じゃ、行きましょうか。

 “壁”としての仕事、きっちりしてくるから」


「簡単に越えられない壁、ですよね」


「そう。それを叩き割ろうとする火智ちゃんが、今日の主役よ」


 花道へ続く通路に、重いドアが開く音が響いた。


◇ ◇ ◇


『続いての試合をお知らせします!』


 煌上すばるの声が、再び明るさを取り戻す。


『第5試合、ルミナス選手権試合!

 60分一本勝負を行います!』


 観客席から拍手が上がる。


 リングサイドのさやかは、タオルとボトルを持ち直した。

 いぶきもロープの位置につく。


(ルミナス王座戦……!)


 ルミナス――

 美しく、輝きのある試合を象徴するベルト。

 その名の通り、リング上で“光っている”選手に巻かれるタイトル。


『まずは挑戦者の入場です!

 赤城火智ーー!!』


 炎を思わせるギターとドラムが鳴り響く。


 スクリーンに、赤とオレンジの光が踊る映像。

 “AKAGI HINO-RI”の文字。


 花道の奥から、火智ひよりが姿を現した。


 赤と黒を基調にしたコスチューム。

 腰には炎のようなフリンジ。

 髪はいつもより高い位置でまとめられ、瞳だけが鋭く光っている。


「ひより先輩……!」


 さやかが小さく息を呑む。


 ひよりは花道の途中で立ち止まり、

 両手で客席をぐるりと指さした。


「国技館、楽しんでる?

 まだまだこれからだから、寝ないでちゃんと見てなさいよー!」


 いつもの柔らかい口調のまま、言うことだけは攻めている。


 客席から「おおー!」と歓声と笑いが混じった声が返ってきた。


『続きまして、王者の入場です!

 ルミナス王者――紅条アカリ!』


 曲調が切り替わる。


 クールなシンセと静かなビート。

 スクリーンには、青白い光と水面のような揺らぎが映る。


 花道の奥から、紅条アカリが歩いて現れた。


 青白い光沢のコスチューム。

 腰にはルミナスのベルト。

 背筋はまっすぐ、視線はぶれない。


「うわ……綺麗……」


 さやかは思わず声を漏らした。


 アカリは一切煽ったりしない。

 ただ、静かにリングへ向かう。


 それだけなのに――

 “この人が画面の中心だ”と、会場の誰もが分かるような存在感だった。


「さすが、“ルミナスの象徴”って感じだな」


 いぶきが小さく呟く。


◇ ◇ ◇


 両者リングイン。


 タイトルマッチらしく、まずはベルトのお披露目。


 白銀レフェリーがルミナスのベルトを高々と掲げると、

 観客席から自然と拍手が送られた。


「――ここがゴールじゃないけど、通り道としては最高ですね」


 火智が、アカリを見ながらぽつりと言う。


「そうね。

 私は、ここをずっと守るつもりだけど」


 アカリが淡々と返す。


「さ。

 “壁”は厚いほうが、登りごたえあるでしょ?」


「じゃあ、遠慮なくぶつかります」


 火智の瞳に、炎が灯った。


 ゴングが鳴る。


◇ ◇ ◇


 序盤は、ロックアップからの基本的な攻防だった。


 ロックアップ。

 アカリがじわじわと押し込む。

 火智も負けじと踏ん張る。


 どちらも、フィジカルの土台がしっかりしているからこそ、

 力比べだけで客席から「おお……」という声が漏れた。


 アカリがヘッドロック。

 火智がロープに振って、ショルダータックル。


 二人とも、一歩も引かずに真正面からぶつかる。


(さっきのミッドナイト・スターと違って、

 “正面衝突”って感じだ……)


 さやかは、技の種類よりも、“当たりの重さ”に目を奪われていた。


「ルミナス王座ってさ」


 隣でいぶきが言う。


「“綺麗な試合”だけが求められてるわけじゃないんだよね。

 ちゃんと“強さ”がある上での、美しさ」


「だから、アカリさんなんだ……」


「そう。だから、火智先輩もここまで来た」


 リング上で、攻防が少しずつ早くなっていく。


 アカリのローキック。

 火智のショートレンジエルボー。

 アカリのカウンター・バックキック。

火智のスープレックス狙い――を、アカリが腰を落としてこらえる。


 どの一手も、ムダがなく締まっている。


 すばるの実況が、熱を帯び始める。


「ルミナス王座戦にふさわしい、技術と意地のぶつかり合い!

 紅条アカリも赤城火智も、どちらも一歩も譲りません!」


◇ ◇ ◇


 試合が中盤に入ると、アカリが少しずつペースを掴み始めた。


 きっかけは、火智の得意技――

 低い姿勢からのランニング式ハイキックを狙った瞬間だった。


「っ――!」


 火智が踏み込む。


 その足を、アカリが読んでいた。


 軸足にローキックを叩き込み、

 ハイキックのバランスを崩させる。


 火智の身体がふらついた瞬間、

 アカリはすかさずボディへのフロントキックを合わせた。


「ぐっ……!」


 火智が後ろに転がる。


 アカリは間髪入れず、脚に狙いを定めた。


 ローキック。

 ニーアタック。

 足首をひねるようなグラウンドの関節技。


 徹底的に、火智の“地面を蹴る力”を奪いにかかる。


「……冷たいなあ、アカリさんは」


 コーナーで見ていたるりあが、少しだけ肩をすくめた。


「でも、それが“壁としての王者”ってことですか」


 隣のアカリセコンド役が呟くと、るりあは小さく笑う。


「そう。

 “ここまで来たら優しくする”なんて、甘い世界じゃないもの」


 火智はロープを掴んで立ち上がる。


 足が、さっきより明らかに重い。


(でも――)


 ひよりの瞳は、まだ死んでいない。


「星屑ー!」


 突然、リング上から声が飛んできた。


「えっ!? あたしですか!?」


 さやかが飛び上がる。


「ちゃんと見てなさいよ!

 “できる先輩”の背中!」


 火智が叫ぶ。


 その瞬間、会場から笑いと歓声が上がった。


「リングの上でも、ひより先輩だ……」


 さやかは苦笑しながらも、胸の奥が少し軽くなるのを感じる。


「……ああやって、怖いの紛らわせてんだよ」


 いぶきがぽつりと言った。


「自分のためにも、後輩のためにもな」


◇ ◇ ◇


 終盤、火智は満身創痍でもギアを上げた。


 痛む脚を無理やり踏み込みに使い、

 アカリの顔面めがけて渾身のハイキックを放つ。


「――っらああああ!」


 鈍い音が響く。


「ヒットォォォ!!」


 すばるの声が跳ねる。


 アカリの身体が、大きくぐらりと揺れた。


 そのまま、火智は抱え込み式のスープレックス――

 ブリッジをしっかりと決めて、マットに叩きつける。


「カバー!」


「ワン! ツー――!」


 会場中が息を呑む。


 しかし、アカリはカウント2.8で肩を上げた。


「……っはああ……!」


 火智が大きく息を吐く。


(今の、決まったと思った……)


 足も肺も、もう限界に近い。

 でも、ここで止めたくない。


(ここまで来たんだ。

 国技館で、ルミナスのベルトに手を伸ばすところまで――)


 火智は膝に手をつきながら、ふらふらと立ち上がる。


 観客席から、「ひのりー!」「赤城ー!」と声援が飛ぶ。


 アカリも、ゆっくりと起き上がっていた。


 さすがにダメージは大きい。

 足元が少しふらついている。


 それでも、目だけは澄んでいた。


「……よく、ここまで来たわね」


 静かな声。


「あと、一歩」


「一歩、届かせます」


 火智は、最後の力を振り絞ってロープへ走った。


 ――しかし、その瞬間。


 アカリのローキックが、再び火智の軸足を打ち抜いた。


「っぐ……!」


 膝から崩れ落ちる。


 アカリはその頭を両手で掴み、

 自分の膝に引き寄せるようにして跳び上がった。


 顔面へ突き刺さる、渾身の膝蹴り。


 ルミナス・レイ――

 アカリがここぞという時に放つ、膝一閃の一撃。


 火智の身体が、ロープ際まで転がった。


「カバー!」


 アカリが、しっかりと体重を預けて押さえ込む。


「ワン! ツー! スリー!!」


◇ ◇ ◇


『スリーカウント!

 勝者――紅条アカリ!

 よって、ルミナス王座防衛です!!』


 ゴングの音と、歓声と拍手。


 さやかは、胸がぎゅっと締め付けられるのを感じた。


(ひより先輩……届きかけてたのに……)


 火智は仰向けのまま、天井を見つめていた。

 目は開いている。意識はある。


 アカリがゆっくりと立ち上がり、

 白銀からルミナスのベルトを受け取る。


 腰に巻かず、片手で持ったまま火智のそばに膝をついた。


「――火智ちゃん」


「……届きませんでしたね」


 ひよりが、苦笑いを浮かべる。


「あと、半歩くらい?」


「そうね。

 でも、“半歩まで来た”ってことよ」


 アカリはそう言って、火智の額を軽く指でつついた。


「一年前。あんたがデビューしたてで、

 “いつかルミナス狙います”って言ったの、覚えてる?」


「……はい」


「あの時より、ずっと近くにいる。

 今日の試合は、その証拠」


 アカリは立ち上がり、火智に手を差し出した。


「だから――もっと、足を作ってきなさい。

 壁を越える脚。跳べる脚。それを持って、もう一回来なさい」


 火智は、その手を強く握り返した。


「絶対、もう一回来ます。

 今度は、“壁をぶち壊す”つもりで」


「その時は、もっと分厚くなって待ってる」


 アカリが笑う。


 客席から、大きな拍手が湧き上がった。


◇ ◇ ◇


 バックステージに戻った火智は、

 廊下の壁にもたれかかりながら息を整えていた。


 さやかといぶき、ノエル、らんが駆け寄る。


「ひより先輩!」


「お疲れさまです!」


「ひよりー!!」


 らんは半泣きの目で両手をぶんぶん振っている。


 ひよりは、汗だくの顔で笑った。


「……なに、全員そんな顔してんの。

 誰も怪我してないでしょ?」


「でも……悔しくないんですか?」


 さやかが、思わず口にする。


 ひよりは少しだけ目を閉じてから、もう一度目を開いた。


「そりゃ、悔しいよ。

 めちゃくちゃ悔しい」


 それでも、と言って、ひよりは壁から背中を離す。


「でもね。

 悔しいってことは、“まだ上を目指せる”ってことでもあるの」


 その言葉に、いぶきが目を細める。


「……さすが、“一年前に先に行った”先輩だな」


「そ。

 だから後輩たちは、さっさと追いついてきなさい」


 ひよりは、さやかの額を軽くデコピンした。


「星屑。

 次はあんたたちの番だからね」


「……はい!」


 さやかの胸に、ひりひりするような熱が残った。


(国技館のタイトルマッチ。

 届きかけて届かなかった先輩の背中――

 絶対、忘れない)


 その背中のさらに向こうに、

 まだ見ぬ“あまねさんたちの領域”があるのだと思うと、

 怖くて、でも、ぞくぞくするほど楽しみでもあった。

読んでくださってありがとうございます。


今回は、国技館大会第5試合、

ルミナス選手権試合・紅条アカリ vs 赤城火智ひよりでした。


・“壁としての王者”アカリの冷静な脚攻めと試合運び

・初挑戦で「半歩届きかけた」ひよりの渾身の一発

・フィニッシュとなるアカリの膝一閃「ルミナス・レイ」

・試合後の、悔しさと誇りが混じった先輩後輩の会話


この一戦で、

ひよりは「今はまだ届かないけれど、ちゃんとここまで来た」と自覚し、

さやかたち後輩は“壁の高さ”と“そこに向かう背中の格好良さ”を、目に焼き付けました。


次回はいよいよ、第6試合・スターダストタッグ選手権試合。

Stella☆Glare vs Bloody Eclipse、

そして黒輪クロウの“グレーな裁定”がリングを濁らせる試合に入っていきます。

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