第24話 東京国技館ビッグマッチ、告げられた役目
今回は、PWSから「東京国技館ビッグマッチ」開催が正式に告げられる回です。
団体全体ミーティングでカードが発表され、その中で新人4人にも「裏方としての参加」が伝えられます。
観客として憧れていた場所に、“スタッフとして立つ”ことになる4人の気持ちを中心に描きます。
その日の夕方、本部道場のリングにはロープが張られていなかった。
代わりに、中央には折りたたみ椅子がびっしりと並べられている。
リングの上でミーティングをやる時特有の、少しだけざわざわした空気が漂っていた。
「なんか、全員集合って久しぶりな気がする」
さやかは、いぶきと並んで椅子に腰を下ろしながら小声で言った。
「新人だけじゃなくて、先輩もみんないますね」
いぶきの視線の先には、
マッスル・シンフォニー、AQUARIUS、Stella☆Glare、Bloody Eclipse、
そしてフリーのあまねたちが、それぞれ固まって座っていた。
「合宿お疲れさま会、って雰囲気でもないよね」
らんが、さやかの反対側の席に座る。
「ユリア様たち、いつもより衣装がちょっとだけ豪華な気がするし」
「Bloodyの皆さんも、妙に静かですね……」
ノエルが、遠くの黒と赤の一団を見ながら呟く。
サツキが椅子の背もたれにだらんと腕をかけている一方、
イオラは脚を組んだまま興味なさそうに前を眺めていた。
そんなざわめきを断ち切るように、
リングサイドから一人の男が上がってきた。
「――全員、揃ってるな」
天城星弥・PWS社長が、マイクを手にリング中央に立つ。
その後ろには、黒岩とリングアナの煌上すばる、
メディカルトレーナーの早乙女真理も並んでいた。
「まずは、合宿に参加したメンバー。お疲れさま」
星弥の一言に、リング上からも、
リングサイドで準備をしていたスタッフからも、
小さな拍手が起きる。
さやかは、どこかむず痒い気持ちで手を叩いた。
「合宿の成果は、それぞれのユニットで、
これから嫌というほど味わうことになるだろう」
軽く笑いを取ってから、星弥は表情を引き締める。
「――本題に入ろうか」
すばるが、リングのロープの外側に立てられたスタンドに、
一枚のボードを立てかける。
真っ白なボードの上には、大きく大会ロゴが印刷されていた。
『PWS STAR☆RISING in 東京国技館』
その文字を見た瞬間、
道場の空気が一段階変わった。
「……国技館」
さやかは、思わず声を呟きで漏らした。
テレビや配信で何度も見たことのある会場の名前。
大きなタイトルマッチや、団体の節目の大会が行われる場所。
その文字が、目の前のボードに、
PWSのロゴと並んで書かれている。
「PWSとしては、東都アリーナより一つ上のステージだ」
星弥は、ホワイトボードの横に立って続ける。
「うちの長期目標は、ドームでの単独興行だ。
そのためにも、この東京国技館大会は、絶対に落とせない一夜になる」
リング上の選手たちの背筋が、自然と伸びていく。
みなせも、ミナトも、
ユリアも、リラも、
Bloody Eclipseの面々も、誰一人としてふざけていなかった。
「まずは、既に決定しているカードを発表する」
すばるが、手元のカードを読み上げる準備をする。
「第1試合――
黒霧エナ&氷見レナ 対 他団体タッグ」
最初の一枚が掲げられた瞬間、
客席代わりのリングの上が、さらにざわめいた。
「エナさんとレナさん、オープニングマッチなんですね」
ノエルが、小さく息を呑む。
「第2試合――
轟みなせ&翔迫ミナト 対 如月ゆかり&アリアーナ」
「うおー、ゆかりさんとタッグだ!」
みなせが思わず声を上げる。
「マッスル対レジェンド&技巧の構図ですね」
いぶきが、少し興奮気味に呟く。
「第3試合――
エスメラルダ・ルミナ 対 スカーレット・ハヤブサ」
「わぁ……ルミナさん、ルチャ対決」
らんの目がきらきらする。
「第4試合――ミッドナイト・スター王座戦。
白星るりあ(王者) 対 黒沼アサギ(挑戦者)」
アサギが、口の端をわずかに吊り上げた。
るりあは、静かに頷いている。
「第5試合――ルミナス王座戦。
紅条アカリ(王者) 対 赤城ひより(挑戦者)」
「ひより先輩……!」
さやかの胸が高鳴る。
ひよりは、緊張と覚悟が混じった表情で前を見ていた。
「第6試合――スターダスト・タッグ王座戦。
白雪リラ&黒羽ミコト(王者) 対 紫苑イオラ&鉄輪サツキ(挑戦者)」
「StellaとBloodyのタッグ……」
らんが、ごくりと喉を鳴らす。
リラとミコトは顔を見合わせ、
イオラとサツキは、あくびでもするような顔で天井を見ていた。
「第7試合――グランドプリマ王座戦。
天上院ユリア(王者) 対 ステファニー(QUEEN OF WORLD)」
ユリアが、静かに微笑む。
その横で、リラとミコトも表情を引き締めた。
「そしてメインイベント――
インターナショナル・ワールド・スターダスト王座戦。
皇あまね(王者) 対 マディソン・グレイ」
そのカードが読み上げられた瞬間、
道場中の空気がもう一段階変わった。
(あまねさん……)
さやかは、胸を鷲づかみにされたような感覚に襲われる。
フェンス越しに「あなたみたいになれますか」と問うた人が、
今度は国技館のど真ん中で、
マディソン・グレイとぶつかり合う。
(その試合が、同じ団体の“自分の現場”で行われるんだ)
そう思った途端、
現実感と同時に足元がふわふわするような感覚が湧いてきた。
「以上が、東京国技館大会・STAR☆RISINGのメインカードだ」
星弥は、一度区切るようにマイクを下げる。
リング上からは、小さく、しかし確かな拍手が起きた。
「――で、ここからが本題だ」
少し間を置いてから、星弥は続ける。
「この大会に、“出る側”だけじゃなく、“支える側”としても、
お前たち新人4人には現場に入ってもらう」
「えっ」
さやか、いぶき、ノエル、らんの四人の声が、
綺麗に揃ってしまった。
周りの先輩たちが、くすっと笑う。
「星屑さやか、星緋いぶき」
「はい!」
「はい」
二人は慌てて立ち上がった。
「お前たち二人には、リングサイド補助に入ってもらう」
「リングサイド……」
さやかは、思わずいぶきと顔を見合わせた。
「ロープチェック、マットの確認、タオルや水の準備。
場外戦になった時の観客との距離の確保。
レフェリーやメイン担当からの指示で動くこともある」
星弥の言葉に、
白銀リョウがゆっくりと頷く。
「ちゃんと事前に研修はする。
が――リングサイドに立つ以上、“仕事の一つ一つに命がかかっている”と思え」
「……はい!」
緊張で膝が震えそうになりながらも、
さやかは全力で返事をした。
いぶきも、真剣な表情で頷いていた。
(リングのすぐそばで、あまねさんの試合を見るってこと……?)
考えただけで、心臓がうるさい。
(観客席のフェンス越しじゃなくて、
リングの真ん前で)
嬉しさと怖さと責任感が、
一気に胸の中で混ざり合った。
「ノエル・シエル」
「はい」
「お前は――Bloody Eclipseのセコンド見習いとして現場に入る」
「えっ」
視線が、一斉にBloody Eclipseの方へ向く。
アサギがニヤリと笑い、
サツキは「お、来たな」という顔をし、
エナとレナは面倒くさそうに見えながらも目は鋭い。
「タオルや水、氷の準備。
入場や引き上げのサポート。
花道裏での動線確保。
Bloodyの連中の指示に従って動いてもらう」
「……はい」
ノエルは、喉が乾くような感覚を覚えた。
合宿で少しだけ慣れたとはいえ、
やはりBloody Eclipseは怖い。
でも、その怖い人たちが、
自分に“現場での役割”を任せてくれている。
リングの方を向くと、
星弥が真っ直ぐな目でこちらを見ていた。
「一度折れても戻ってきたお前だからこそ、
セコンドラインに立ってほしいと思った」
「……が、頑張ります」
声は震えていたが、
その中にある決意は本物だった。
「ティアラ☆キャンディ」
「はいっ!」
らんも勢いよく立ち上がる。
「お前は――Stella☆Glareの裏方に入ってもらう」
「……裏方、ですか?」
「そうだ。
今回はリングに上がることはない」
その言葉に、一瞬だけ胸がちくりと痛んだ。
でも、次の瞬間には、
ユリアの声が横から飛んできた。
「ティアラ、顔」
「っ」
慌てて表情を引き締める。
「裏方は、立派な“表舞台の一部”よ」
ユリアは椅子に座ったまま、らんを見上げる。
「私たちが花道に立つ前に、
衣装を整え、マイクを準備し、戻ってくる場所を作ってくれる人がいるから、
安心してリングに向かえるの」
「ユリア様……」
「今回は、“Stella☆Glareの一員として、裏からビッグマッチを支える仕事”だと思いなさい」
「……はいっ!」
らんは、拳を握りしめた。
(悔しくないわけじゃないけど)
でも、その悔しさは、
いつか自分がリングに立つための燃料になりそうだった。
「以上が、新人4人の東京国技館での役割だ」
星弥は、四人を順番に見回す。
「お前たちはまだ、リングに上がるには早い。
でも――“そのすぐそば”には立てる」
その言葉に、
さやかの胸が大きく跳ねた。
「大きな会場での空気。
お客さんの熱。
先輩たちの試合の重さ。
全部、リングの外からでいいから、骨の髄まで焼き付けてこい」
星弥は、マイクを少しだけ強く握る。
「そして、いつか。
その真ん中に立つ時が来たら――
“あの夜見た景色”を、ちゃんと自分の力で塗り替えろ」
その言葉は、
リングの上にいる誰よりも、
リングの外で椅子に座っている四人の胸に深く突き刺さった。
「以上だ。詳細は、この後ユニットごとに担当から説明する」
星弥がマイクをすばるに返す。
すばるが「それでは解散です!」と明るく締めると、
リングの上の椅子が一斉にがたがたと音を立てて動き始めた。
「星屑ちゃーん!」
さやかがリングから降りようとしたところで、
みなせに腕を掴まれた。
「国技館リングサイドデビュー、おめでと!」
「デビューって言うんですか、それ……」
「立派なデビューだよ?
リングのそばに立てるってことは、もう“リングの一部”だから!」
「そうですよ」
ミナトも笑う。
「タオル一枚渡すタイミングで、
試合の流れが変わることだってあるんだからね?」
「ひぃ……プレッシャー……」
でも、そのプレッシャーは、
どこか誇らしくもあった。
「星緋ちゃん」
いぶきの方には、るりあとアカリが歩いてきていた。
「AQUARIUSとしても、
リングサイドで“技の組み立て”を見る係、お願いしたいですね」
「見る係、ですか?」
「ええ。
今度の国技館は、AQUARIUS勢の試合も多いですから」
るりあは微笑む。
「自分ならどう崩すか、
どう攻めを組み立てるか、
観客目線じゃなく“選手目線”で見ておいてください」
「……はい」
いぶきは、胸の奥が熱くなるのを感じた。
ノエルの前には、
Bloody Eclipseの四人が立っていた。
「子猫」
アサギが、にやっと笑う。
「国技館セコンドデビュー、おめでと」
「で、デビューってみんな簡単に言いますね……」
「だって大事だもん、セコンド」
サツキが、ノエルの肩をぽんと叩く。
「タオル投げるタイミング一つで、
選手のキャリアも命も左右するんだからさ」
「な、投げるところまで任されるんですか?」
「そこまでいきなりはやらせないよ」
エナが、やや呆れ顔で付け加える。
「でも、そういう“責任のある場所”に立つってことは、ちゃんと覚えときな」
レナは静かに言う。
「怖い場所だけど、
だからこそ、ちゃんと見えるものもある」
「……はい」
ノエルは、小さく拳を握った。
(怖い。けど――)
それ以上に、
「そこに立つことを許された」ことが嬉しかった。
らんのところには、
Stella☆Glareの三人がやってきた。
「らんちゃん」
リラが、笑顔で声をかける。
「国技館裏方デビュー、おめでとう」
「だからデビューって言葉の安売りが……」
「いいじゃない。
裏方だって、立派な“プロの仕事”よ」
ミコトが、軽く肩をすくめる。
「衣装、マイク、小物……
らんちゃんが段取りミスったら、私たち全員すっ転ぶんだからね?」
「ひぃ……」
「だからこそ、信頼して任せてるのよ」
ユリアが、静かに言葉を重ねる。
「あなたは、“見られる側”の感覚を一番よく知っている。
だから、“見せる準備”を任せやすいの」
「……はいっ。
絶対に、やらかしません!」
拳を握るらんの目には、
悔しさと同じくらいの、
ワクワクが宿り始めていた。
その夜、
さやかは布団の中でスマホのカレンダーを開いた。
東京国技館大会の開催日を探し、
そこに小さくメモを書く。
『STAR☆RISING リングサイド補助』
さらに、その下に――
自分だけに分かるように、小さな文字を付け足す。
『いつか、ここに“デビュー戦”って書きたい』
天井を見上げながら、
胸の奥に湧き上がる不安と期待を抱きしめる。
(あの日、フェンス越しに見上げた人と、
今度は同じリングのそばに立てる)
その事実が、
怖くて、嬉しくて、信じられなくて。
星屑さやかは、布団の中でそっと拳を握った。
(絶対に、ただの“お手伝いでした”で終わらせない)
東京国技館の夜が、
確かに自分の未来と繋がるように。
そう願いながら、ゆっくりと目を閉じた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
第24話では、
・PWS東京国技館ビッグマッチ「STAR☆RISING」の正式発表
・全対戦カードの読み上げ
・新人4人にそれぞれ「裏方としての役目」が告げられる場面
を描きました。
さやか&いぶきはリングサイド補助、
ノエルはBloodyセコンド見習い、
らんはStella☆Glareの裏方――
それぞれが「まだリングには立てないけれど、確かに現場に関わる」ポジションを任されます。
次回は、国技館へ向けた具体的な準備回。
リングサイド補助研修や、ユニットごとの打ち合わせを通して、
「ビッグマッチの裏側」が少しずつ見えてくる話になる予定です。




