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星屑の少女はリングに立つ ―才能ゼロから始める女子プロレスラー・星屑さやか―  作者: バックドロップ
第4章 PWSビッグマッチ《東京国技館編》 ――星屑たちはリングの外で何を見るか
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第23話 それぞれの居場所、それぞれの先輩たち

今回は、本部道場での各ユニット練習回です。

さやかはマッスル・シンフォニー、いぶきはAQUARIUS、ノエルはBloody Eclipse、らんはStella☆Glareと、それぞれが「よく出入りする場所」がはっきりしていきます。


 放課後、本部道場の扉を開けると、

 いつものマットの匂いと、ミットを打つ音が迎えてくれた。


「おつかれさまです!」


 さやかが声を出すと、

 リングの向こうから、やたらと元気な声が飛んできた。


「おーっ、星屑ちゃーん!」


 ドン、とロープを押し下げて顔を出したのは、

 筋肉タンクトップにレギンス姿の轟みなせだった。


「ちょうどいいタイミング。

 今日から“合宿明け・星屑ちゃん強化月間”スタートだよ!」


「合宿も強化だった気がするんですけど……」


「合宿は合宿。これはこれ!」


 みなせは、グイッと親指を立てる。


「星屑ちゃん、着替えたらリング下ね。

 脚と腰と体幹、まとめて鍛えるから!」


「ま、まとめて……」


 そこへ、ストレッチしていた翔迫ミナトも顔を上げた。


「星屑ちゃん、いらっしゃい。

 今日はスクワットとランジと、あとちょっとだけプランクね?」


「“ちょっとだけ”は信用ならないんですけど……」


「大丈夫よ。ちゃんと死なないギリギリで止めるから」


 にこっと笑われると、

 さやかはもう逃げ場がない気分になった。


(あたし、自分からここに来てるんだよね……)


 心の中でそっとため息をつきながらも、

 さやかはジャージに着替えてリング下へ向かった。


「じゃ、まずはスクワットから!」


 みなせが、マットの上にさやかを立たせる。


「足は肩幅、つま先ちょい外。

 胸張って、お尻を後ろに引く!」


「はい!」


「今日から“星屑ちゃんの脚はスピアのために存在してる脚”ってことにしまーす」


「勝手に存在理由が決められた……」


「いいことだよ?」


 ミナトが笑いながらカウントを取り始める。


「いーち、にー、さん……」


 みなせは、さやかの横にしゃがみ込み、

 膝の向きと腰のラインをじっと見ていた。


「そうそう、そのまま、そのまま。

 二十回目までは、フォーム崩れてない。えらいえらい」


「ま、まだ二十回なんですね……」


「ここからが本番〜。

 二十一回目から星屑ちゃんの“地力”が出るからね」


 あっという間に太ももが焼けるように熱くなり、

 三十回を超えたあたりで、

 さやかの顔から余裕が消えていった。


「はぁ、はぁ……」


「ほら、星屑」


 みなせの声色が、少しだけ真面目になる。


「そこから五回が、スピアのための五回。

 試合で“もう一歩”出せるかどうかの差」


 その言葉に、

 さやかは奥歯を噛みしめた。


(もう一歩……)


 合宿の坂道の最後の一歩。

 ロープに振られて、倒れそうになりながら足を出した一歩。


 あの感覚を思い出しながら、

 膝が笑いそうになる脚をなんとか動かす。


「……三十四、三十五っ!」


「はいオッケー!」


 みなせが手を叩く。


「今日の“スピア貯金”三十五回分!」


「スピア貯金……」


「積み上がった分だけ、いつかちゃんと返ってくるよ。

 リングでドーンってね」


 ふざけたような口調なのに、

 目だけはちゃんと真剣だった。


 ミナトがタオルを渡してくる。


「星屑ちゃん、ちゃんと水飲んで。

 あとでランジとプランクもあるからね?」


「まだ続くんですね……」


「星屑ちゃん、“これくらいでいいや”って止めそうになるところからが勝負よ?」


 ミナトは少しだけいたずらっぽく笑った。


「私たち、星屑ちゃんのこと“根性タイプ”だと思ってるから。

 根性持ってる子は、筋肉つけたら一番怖いんだからね?」


「……が、頑張ります」


 さやかはタオルに顔を埋めながら、

 今日何回「頑張ります」と言うことになるのだろうと、

 遠い目になった。


 一方その頃、

 同じ道場の別リングでは、AQUARIUSの練習が始まろうとしていた。


「では、今日も“崩しから足取り”の確認から行きましょうか」


 白星るりあが、涼やかな声で告げる。


 いぶきは、マットの中央に立ち、

 相手役のひよりと向かい合った。


「星緋ちゃん、よろしくね」


「今日も厳しめでお願いします」


「いいね、その心構え」


 ひよりは柔らかく笑いながらも、

 目の奥は全く笑っていない。


「じゃあまず、“崩した後に慌てない”ってところから」


「はい」


 いぶきは、一歩踏み込んでひよりの腕を取り、

 重心をずらし、足を払う。


 崩れた体勢から、すぐに足首を取りに行こうとして――


「そこで一拍、間」


 るりあの声が飛ぶ。


「はい、ストップ」


 アカリが、手を叩いて動きを止めた。


「星緋。今のは、“崩した相手の反応を見ないまま決めに行く動き”だ」


「……たしかに」


「崩してすぐ取れる時もあるけどね。

 でも、相手が受け身上手い人だったら、

 今ので逆に切り返される可能性が高い」


 アカリは、自分が倒れた位置を指さす。


「ここで一瞬だけ、“どっちに逃げるか”を見て。

 その上で、足首を取りに行く。

 それが“AQUARIUS的な”崩し方」


 るりあも頷く。


「星緋さんは、崩すところまではすごくスムーズです。

 だからこそ、“その後”を雑にしないようにしましょう」


「崩した後の一拍……」


 いぶきは、自分の足元を見下ろした。


(合気道の時は、“崩したら終わり”みたいなところがあったけど)


 今やっているのは、プロレスだ。

 崩した先に、“魅せる”と“決める”が待っている。


「もう一度、お願いします」


 今度は、崩した瞬間に、

 ひよりの肩と腰の向きを一瞬だけ見る。


 逃げやすい方向を読んだ上で、

 逆側の足を取る。


 さっきよりも、

 きれいにアンクルホールドの形に入れた。


「うん、いいね」


 ひよりがタップしてから体を起こす。


「今の、“間”があった。

 星緋ちゃん、合気道の“間合い”をちゃんとプロレスに持ってこようとしてる」


「ありがとうございます」


「理屈と感覚、両方で掴める人は、

 時間はかかるけど化けるよ」


 アカリがぽん、といぶきの肩を叩く。


「焦らないで。一個ずつ増やしていこう」


「はい。よろしくお願いします」


 いぶきの返事は、

 合宿前よりも少しだけ迷いがなかった。


 別の端では、

 道場の照明が一段階明るく感じるくらい、

 キラキラした空気が漂っていた。


「らーん、こっちこっち」


 白雪リラが手を振る。


「今日のテーマは“入場からロックアップまで、全部アイドルレスラーらしく”だよ」


「はいっ、よろしくお願いします!」


 らんは、ティアラ☆キャンディの練習用衣装に着替えて、

 花道用マットの端に立つ。


 その前で、天上院ユリアが腕を組んでいた。


「ティアラ。

 まず、“登場一歩目”から見せなさい」


「は、はい!」


 らんは深呼吸をしてから、

 想像上の入場曲を頭の中で鳴らす。


 一歩目。

 二歩目。


 客席に視線を向けて、笑顔を作る。


 途中でくるりと回って、スカートをふわりと揺らす仕草を入れようとして――


「そこで止まって」


 ユリアの声で、らんの動きが止まる。


「はいっ!」


「今の、悪くはないわ。

 でも、“元アイドルがプロレス会場に来ました”って動きになってる」


「え」


「ティアラ。

 あなた、もう“ここが本番のステージ”の人よ?」


 ユリアは、花道の先のリングを顎でしゃくる。


「ステージに立つアイドルが、

 リハーサルのつもりで歩いてたら、お客さんどう思う?」


「……冷めちゃう、と思います」


「でしょ?」


 ユリアは、少しだけ微笑む。


「アイドルの動きそのものは間違ってない。

 でも、“リングに向かって歩いているレスラー”の身体でやりなさい」


「“レスラーの身体で”……」


 らんは、自分の足元を見下ろした。


 リラが、そっと付け加える。


「例えばね、今の一歩目。

 もうちょっとだけ“重さ”を出してもいいと思う」


「重さ、ですか?」


「うん。“踊る足”じゃなくて、“戦う足”」


 リラは、自分で一歩歩いてみせる。


「ほら、見てて。

 膝をちょっとだけ柔らかくして、でも腰は落としすぎない。

 客席に“可愛い”を向けながら、リングには“強くなりたい”を見せる感じ」


「む、難しい……」


「最初から全部は無理だよ」


 ミコトが、ロープにもたれながら笑う。


「でも、ティアラならできる。

 泣き虫だけど、プライド高いから」


「なんか褒められてるようなディスられてるような……」


「褒めてるよ。

 “可愛いだけで終わりたくない”って顔してるからね、今」


 ミコトにそう言われて、

 らんは少しだけ頬を赤くした。


「もう一回、やります」


 さっきより、足の裏をしっかりマットに感じながら一歩を出す。


 笑顔は同じでも、

 ほんの少しだけ、歩幅と重心が変わる。


 その違いを、ユリアの目は見逃さなかった。


「今の一歩目。

 さっきよりは、“リングに行く人”になってたわ」


「本当ですか!」


「ええ。

 その一歩を、百回、千回、繰り返しなさい」


 ユリアは軽く顎を引く。


「ティアラ☆キャンディは、“可愛いだけの子”にはさせないつもりだから」


「……はいっ!」


 その言葉は、

 らんの胸の奥にまっすぐ刺さった。


 道場の隅、少し照明が落ちたスペースでは――

 いつも通り、いや、合宿の時より少し柔らかい“地獄”が始まっていた。


「はいノエル。今日も“怖いです”三回コースからねー」


 黒沼アサギが、ロープを指さす。


「……はい」


 ノエルは、深呼吸を一つしてからロープワークに入る。


 一往復目で、「怖いです」。

 二往復目で、「怖いです、でもやります」。

 三往復目で、「怖いです、でも止まりたくないです」。


 合宿で決めたお約束は、

 いつの間にかBloody Eclipse内の定番ネタになっていた。


「いいねー。今日も子猫はちゃんと怖がってる」


 鉄輪サツキが、チェーン柄のジャージのポケットに手を突っ込みながら笑う。


「“怖くないです”って顔して突っ込んでくる新人より、

 百倍マシだよな」


「そうね」


 黒霧エナが、やる気なさそうに見える声で続ける。


「怖いって言いながら前に出てくる子は、

 こっちもちゃんと受け止めたくなる」


「レナはどう思う?」


 アサギに振られて、

 氷見レナは静かに答えた。


「ノエルは、“怖いことが分かってる顔”になってきた。

 前より、目が泳いでない」


「……褒められてる?」


「褒めてる」


 レナは小さく頷く。


「怖いことを分かってる子は、線を踏み越えにくい。

 こっちも安心して鍛えられる」


「線、ですか?」


 ロープワークを終えて、ゼェゼェ息を切らしながらノエルが尋ねる。


「そう。

 痛いことと、危ないことの線」


 アサギが、ロープに肘を乗せながら言う。


「プロレスって、基本ずっとそこを歩いてる競技だからな」


「……」


「だから、“怖いことを怖いって言えない奴”と、

 “怖がってるけどやる奴”を、うちらはちゃんと見分ける」


 サツキが、ノエルの頭をくしゃりと撫でた。


「お前は後者。

 だから“泣き虫子猫”の称号をやる」


「称号なんですか、それ……」


「えらい称号だよ?」


 エナが、口元だけで笑う。


「怖くて泣いてても、ちゃんとリングに戻ってくる子って意味」


「……」


 ノエルは、少しだけ目を伏せた。


(ここの人たち、やっぱり怖いけど)


 でも、その言葉のひとつひとつが、

 自分を“試している”のではなく、“支えている”ようにも感じる。


「合宿の時も言ったけどな」


 アサギが、ノエルの顎を指で軽く持ち上げる。


「うちらは、お前が逃げないならとことん付き合う。

 逃げたら、追いかけはしない」


「……はい」


「だから、“怖いです、でもやります”は、

 ずっと続けていい合言葉にしてやるよ」


 ノエルは、小さく笑った。


「じゃあ今日から、“怖いです、でも逃げません”も追加していいですか」


「お、いいじゃん」


 サツキが嬉しそうに手を叩く。


「それ、うちらのユニットTシャツにプリントしようか」


「やめてください!」


 珍しく声を張り上げたノエルに、

 Bloody Eclipseの面々が一斉に笑った。


 その日の夜、

 練習後のロッカールームで、四人はなんとなく同じタイミングで顔を合わせた。


「はぁー、脚が終わった……」


 さやかがロッカーにもたれかかる。


「今日はスクワットとランジとプランクで、

 みなせさんが“スピア貯金”って言ってました……」


「スピア貯金、いい言葉ですね」


 ノエルがタオルで髪を拭きながら笑う。


「こちらは、“怖いです貯金”が増えました」


「怖いです貯金って何……」


「知らないうちに、なんかバリエーション増えてる気がするんだけど」


 らんは、鏡の前でポニーテールを結び直しながら言う。


「こっちは、“一歩目の重さ”で一時間くらいダメ出しされました」


「一歩目?」


「うん。

 ユリア様とリラさんに、“踊る足じゃなくて、戦う足”って言われて」


「なるほど」


 いぶきは、ロッカーからノートを取り出す。


「私は、“崩した後の一拍”について教わりました」


「崩した後の一拍?」


「相手を倒した後、そのまま飛びつくんじゃなくて、

 どう逃げるか一瞬だけ見る間を作るんです」


「一歩目に、一拍に、貯金に、怖いです……」


 さやかは、ぽかんと天井を見上げた。


「なんか、バラバラなことやってるのに、

 全部“リングの上に行くため”ってところだけは同じだよね」


「そうですね」


 ノエルが、少しだけ柔らかく笑う。


「全部違う先輩のところにいるのに、

 ちゃんとどこかで繋がってる気がします」


「それぞれの場所、それぞれのやり方、って感じですけど」


 いぶきは、ノートに何かを書き込みながら言った。


「でも、目指してる場所は、一応一緒なんですよね」


「“リングに立つ”ってところ?」


「はい」


 らんが、ポニーテールを揺らしながら拳を握る。


「いつか、同じ大会に、同じ日に、

 ちゃんと“レスラーとして”名前が並ぶように、だよね」


「うん」


 さやかも、自分の手を見つめてから、

 ぎゅっと握りしめた。


「“星屑”って名前が、

 ちゃんとリングアナさんにコールされるように」


「“星緋”も」


「“ノエル・シエル”も」


「“ティアラ☆キャンディ”も」


 ロッカールームの天井を見上げながら、

 四人の声が重なる。


 それぞれの先輩たちの笑い声と怒号と励ましが、

 まだ耳の奥に残っている。


(あたしたちは、今、

 それぞれの居場所で育てられてる)


 その実感が、

 不思議と心地よかった。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


第23話では、

・さやか×マッスル・シンフォニーの脚&体幹強化

・いぶき×AQUARIUSの「崩しからの一拍」

・ノエル×Bloody Eclipseの「怖いです、でもやります」進化版

・らん×Stella☆Glareの「踊る足」から「戦う足」への一歩目

を通して、

新人4人それぞれに「よく出入りするユニット」と「教わる先輩」が見えてきた回でした。


次回は、団体全体に関わる大きなニュース――

PWS東京国技館ビッグマッチの開催発表が行われ、

新人たちも「裏方として現場に入る」ことを告げられる話に入っていく予定です。

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