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星屑の少女はリングに立つ ―才能ゼロから始める女子プロレスラー・星屑さやか―  作者: バックドロップ
第4章 PWSビッグマッチ《東京国技館編》 ――星屑たちはリングの外で何を見るか
24/59

第22話 学校とノートと、プロレスラーの卵

今回は、合宿明けにさやかが学校へ戻る一日です。

クラスメイトの何気ない反応、まなとの再会、授業中の眠気、

そして「勉強とプロレスの両立」という現実が少しだけ顔を出します。

 朝の通学路が、やけに長く感じた。


 制服のスカートが、太ももの筋肉に当たるたび、

 合宿の坂道ランを思い出して脚がじんわりと重くなる。


(……学校、久しぶりだな)


 PWS本部道場へ向かう道とは違う、

 いつもの電車、いつもの駅、いつもの校門。


 全部が見慣れているはずなのに、

 どこか「自分が一度離れていた場所」みたいに見えた。


 校門をくぐると、まだホームルーム前だというのに、

 昇降口はいつも通りのざわざわした空気で満ちていた。


「――あれ、星屑じゃん」


 靴箱でローファーを履き替えていると、

 後ろからクラスメイトの声が飛んでくる。


「なんか焼けてない? 部活合宿?」


「え、あ、うん……まあ、そんな感じ」


(部活……ではないけど、合宿は合宿だし)


 説明しようとすると、

 何から話せばいいのか分からなくなる。


 「女子プロレスの練習で山を走ってました」とか、

 急に言い出したら絶対引かれる。


「星屑、休み多かったからさー、

 “もしかして転校?”って言ってる子もいたよ」


「ご、ごめん……」


「別に謝ることじゃなくない?」


 笑いながらそう言われて、

 さやかはなんとなく頭をかいた。


(なんか、こっちの世界と、

 PWSの世界が、ちゃんと別物なんだなぁ……)


 どちらかが「本物」で、どちらかが「仮」だとは思わない。

 でも、自分の中で少しずつ比重が変わってきているのは分かった。


 教室の扉を開けると、

 ガヤガヤしていた声が一瞬だけ小さくなる。


「あ、星屑だー」


「おー、生きてる」


 何人かがひゅーっと冷やかし半分の声を上げる。


 その中で、一人だけ、

 一直線にこっちへ歩いてくる子がいた。


「……おかえり、星屑」


 机の横で腕を組んで立っていたのは、

 幼馴染の親友――まなだった。


「う、うん。ただいま」


「合宿どうだったの? 死んだ?」


「なんでみんなあたしが死んでる前提で話すの……」


「だって星屑だし」


 さらっとひどいことを言われている気がする。


 でも、その言い方がどこか優しくて、

 さやかは少しだけほっとした。


「まあ、詳しい話はあとで聞くとして」


 まなは、さやかの顔をじっと見つめる。


「……うん。ちょっと、“やりきった顔”してる」


「それ、昨日も言われた」


「誰に?」


「お母さん」


「あー、分かる。

 星屑、前よりちょっとだけ“決めてる顔”になってるもん」


「決めてる顔?」


「“もう逃げないぞ”みたいな。

 前は“どうしようかな”って顔してたからね」


「ひどくない?」


「事実」


 きっぱりと言われて、

 何も言い返せないのが悔しい。


 でも、

 その「前とは違う」と言われる感覚は、

 悪くなかった。


 ホームルームが始まり、

 日直の号令が終わると、

 担任の先生がちらりとさやかを見た。


「星屑。合宿、お疲れさま」


「は、はい」


「次の進路指導の時に、ちゃんと話聞かせてね。

 “本当に続ける気があるのかどうか”」


「……はい」


 教室のあちこちから、

 「え、何?」「進路って何?」と小さなささやき声が聞こえる。


 先生は手帳を閉じながら続けた。


「とりあえず、今は“学校にもちゃんと来ること”。

 出席日数はごまかせないからね」


「分かってます」


 本当は、まだ分かっていないことも多かった。

 どれくらい休んでいいのか、

 どれくらい行けば足りるのか。


 でも、少なくとも――

 「学校に来る気がないわけじゃない」のは、本心だった。


 一限目の数学は、

 いつも以上に数字が頭に入ってこなかった。


(あ、眠い……)


 黒板の文字を追っていると、

 視界の端がじんわりと暗くなってくる。


 昨日までの合宿の疲れが、

 じわじわと逆襲してきていた。


 ペンを持つ手が、

 教科書の端をトントンとリズム良く叩き始める。


(寝たらダメ……寝たらダメ……)


 意識して背筋を伸ばしても、

 まぶたが重くなる感覚はどうしようもない。


「――星屑」


「ひっ」


 名前を呼ばれて、

 さやかは一気に現実へ引き戻された。


 黒板の前で、

 数学教師が眉を上げている。


「ここ、“x”と“y”どっちが消えるんだっけ?」


「あ、あの、その……」


 視界に映る式が、ぐにゃっと歪んで見えた。


 横から、そっとノートが差し出される。


 まなのノートだ。

 さっきまでちゃんと式を追っていた跡がある。


(あ、これか)


 書かれている途中式を目で追い、

 さやかは恐る恐る答えを口にした。


「えっと……y、です」


「そう。寝そうになりながらでも、そこは合ってる」


 教師はそれ以上何も言わなかったが、

 教室内の空気が少しだけざわつく。


(やばい……)


 恥ずかしさと申し訳なさとで、

 さやかは自分の頬が熱くなるのを感じた。


 隣の席から、小さくため息が聞こえる。


 まなが、ノートを戻しながら、

 囁くように言った。


「……寝不足はリングでやりなさい。

 授業中はせめて、“起きてるフリ”くらいしなよ」


「うぅ……気をつけます……」


 なんとか午前中の授業をやり過ごし、

 昼休みになると、

 まながさやかの机をコンコンと叩いた。


「星屑。弁当持って屋上行こ」


「え、屋上?」


「“合宿の話を聞く会”を開催します」


 勝手に会を立ち上げられていた。


 屋上に出ると、

 少し強めの風が制服のスカートを揺らす。


 フェンス越しに見える街並みが、

 どこかPWSのビルの屋上を思い出させた。


(ここで、四人で誓いを立てたんだよね)


 そんな記憶が自然と蘇る。


「で、どうだったの。合宿」


「どうって言われても……きつかった」


「知ってる。

 もっと具体的に、なんか“エピソード”をちょうだい」


 まなが、弁当箱を開けながらせかしてくる。


「毎朝、坂道二周走らされて……

 途中で脚がちぎれるかと思ったし……」


「うんうん」


「受け身の練習で、ひより先輩に何回も投げられて、

 世界がぐるんぐるん回ったし……」


「うんうん」


「Bloody Eclipseの人たちは見た目は怖いけど、

 意外とすごく優しくて……」


「……そこだけ若干情報量多いんだけど」


 まなが箸を止める。


「何? “見た目は怖いけど優しい”って何? ギャップ萌え?」


「違うから!」


 さやかは慌てて手を振った。


「でも、本当に……

 怖いこともいっぱいあったけど、

 それ以上に、“あたし、ちゃんとここで頑張りたいんだな”って思えたの」


「ふーん」


 まなは、おにぎりをひと口かじりながら、

 じっとさやかの顔を見る。


「やっぱりさ」


「なに?」


「運命の人見つけたみたいな顔してる」


「誰が!?」


「星屑が。

 “皇あまね様を見て人生狂いました”って顔」


「ひどくない?」


「褒めてる褒めてる」


 まなは笑った。


「いいじゃん、そういうの。

 人生で一回くらい、“あ、この人みたいになりたい”って

 全力で思える相手と出会えるの、なかなかないよ」


「……まあ、そうかもしれないけど」


「で、星屑は、そこまで言っといて今さら逃げる気は?」


「ない」


 答えは、思ったより早く口から出た。


 自分で言った言葉に、

 自分で少し驚く。


「ないんだ。

 “ない”って、ちゃんと言えるようになったんだ」


 まなが、どこか満足そうに頷いた。


「じゃあ、私は私でやることやんないとね」


「やること?」


「星屑がデビューできる日までに、

 推し活の準備万端にしておくこと」


「え」


「この前も言ったけどさ」


 まなは指を一本立てる。


「星屑がデビューできたら、

 “ファン一号”と“公式トップオタ”は私がもらうから」


「勝手に公式つけないで……」


「当然でしょ。

 高校時代からの現場オタクだよ? 大事にして?」


 さやかは、思わず笑ってしまった。


「……ありがと」


「なに急に」


「いや、その……

 あたし一人だったら、たぶん途中で折れてたと思うし」


「折れかけるのは勝手にしたらいいけど」


 まなは、少しだけ真面目な顔になる。


「“折れたまま”になりそうになったら、

 その時は私が全力でキレるから」


「え、こわ」


「星屑が“自分で決めたこと”を、

 適当に投げ出すのだけは許さないって決めてるからね」


「……はい」


 それは、支えというより、

 背中を蹴り飛ばす宣言に近かった。


 でも、

 それくらいの強さで言ってくれる存在がいるのは、

 本当に心強かった。


「その代わり」


 まなが、さやかの弁当箱を指さす。


「ノートと授業は、任せなさい」


「え」


「星屑がリングで頑張るなら、

 私は教室で星屑の分まで頑張る」


「え、でも、それは悪いし……」


「じゃあ、ノート一冊でファン一号とトップオタの権利を買ってあげる」


「安い取引……?」


「安いとは言ってない」


 まなはにやりと笑った。


「だから星屑は、ちゃんとリングで“推し甲斐のあるレスラー”になりなさい」


「……うん。頑張る」


 その約束が、

 白い屋上の光の中で、

 静かに心に刻まれた。


 放課後。


 教室に残って宿題の確認をしていると、

 まながノートを差し出してきた。


「はい、今日の数学。

 途中で意識飛んでたところ、ここ」


「バレてる……」


「バレバレ」


 ノートには、

 先生が板書した式よりも丁寧に、

 途中式と小さなメモが書き込まれていた。


「ここ、“y”消す方が計算しやすいからね。

 星屑、こういうとこで遠回りしがちだから、

 選び方だけでも覚えときなよ」


「う……はい」


「テスト前とか、またまとめて見せるから。

 その代わり、練習の愚痴はちゃんと聞かせてね」


「愚痴……」


「嬉しいことも、きついことも、とりあえず私のとこに投げて。

 それでちょっとでも軽くなるなら、安いもんだよ」


「……ありがと」


 何度目か分からない「ありがとう」が、

 今日だけで口からこぼれた。


 家に帰る前に、

 さやかは一度スマホの画面を開いた。


 時間は、道場に行けばまだ軽く自主練ができるくらい。


 バッグの中には、

 昨日書いた「合宿で分かったこと」のノートも入っている。


(学校も、プロレスも、全部抱えるって決めたんだし)


 自分で自分に言い聞かせる。


「お母さん、今日、道場寄ってくるね」


 LINEでそう送ると、

 少しして「了解。帰り遅くならないようにね」のスタンプが返ってきた。


(よし)


 制服のまま動きやすいスニーカーに履き替え、

 PWS本部道場行きの電車に乗る。


 窓際の席で、

 まなから借りた数学ノートを膝の上に広げる。


 数字と記号と、

 “ここ計算ミスしがち”と書かれた小さな文字。


(あたしは、たぶん一人じゃ全部は抱えきれない)


 でも、その手を貸してくれる人がいる。


 あの日、フェンス越しにあまねに投げた言葉と、

 屋上でまなと交わした約束が、

 胸の奥を支え続けている。


(だから――

 投げ出さない限り、きっと大丈夫)


 電車の揺れに合わせて、

 ペン先がノートの上を走る。


 星屑さやかは、

 「普通の高校生」と「プロレスラーの卵」の間を、

 少しぎこちない足取りで、それでも前へ歩き始めていた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


第22話では、

・合宿明けの「学校復帰」

・授業中の眠気&軽いピンチ

・屋上での、まなとの再会と“ファン一号&トップオタ宣言”の再確認

・勉強はまな、リングはさやか、という分担の約束

を描きました。


次回は、再び本部道場側の視点に戻り、

各ユニットでの練習が本格再開していく中で、

さやかたちが「自分の居場所と課題」をもう一段階はっきりさせていく予定です。

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