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星屑の少女はリングに立つ ―才能ゼロから始める女子プロレスラー・星屑さやか―  作者: バックドロップ
第3章 PWS強化期間《夏合宿編
20/59

第18話 実戦スパーDAY――先輩の壁と、小さな一歩

第三章・夏合宿編の第6話です。

前回は、Bloody Eclipseが合宿に合流し、ノエルが“安全な地獄”の中で少しだけ恐怖と向き合う回でした。


今回は、合宿中盤の「実戦スパーDAY」。

先輩たちとのスパーリングを通して、

さやか・いぶき・ノエル・らんが「今の自分の位置」と「足りないもの」を思い知る回になります。

 合宿四日目の朝。

 いつものように坂道ランと基礎トレーニングを終えたあと、

 黒岩の声のトーンが、いつもより少しだけ低くなった。


「――今日のメインは、実戦スパーだ」


 その一言で、道場に緊張が走る。


「三分一本を、何本も回す。

 新人は基本、“先輩に潰されに行くつもりで”上がれ」


 さやかの喉が、ごくりと鳴った。


(つ、潰されに行くつもりで……)


「もちろん、怪我させるようなことはさせん」


 黒岩が続ける。


「だが、“試合の流れ”“技の意味”“スタミナの限界”は、

 実際に身体をぶつけんと分からんことも多い」


 白銀が、ストップウォッチを持ったまま、静かに頷いた。


「レフェリーとして、危ないと思ったらすぐ止める。

 だから、お前らは“最後までやるつもり”で来い」


 その言葉に、さやかの胸がきゅっと締め付けられた。


(怖い。でも――)


 一ヶ月テスト、本部道場の練習、合宿。

 ここまで来ておいて、「やっぱり怖いからやめます」とは言いたくなかった。


「ペアは、こっちで決める」


 黒岩が、手元の紙をちらりと見る。


「星屑さやか――相手は赤城ひより」


「えっ」


 さやかの目が丸くなる。


「ひより先輩と……?」


「ひよりはまだ“教わる側”でもあるが、“教える側”も経験してる。

 ちょうどいい相手だ」


「お手柔らかにお願いします……」


「手は抜かないよ? でも、ちゃんと安全第一でいくから」


 ひよりが、にこっと笑う。


「星緋いぶき――相手は白星るりあ」


「……!」


 いぶきの肩が、わずかに震えた。


「AQUARIUSリーダーとして、“技の組み立て方”を教えてもらえ」


 るりあは静かに頷く。


「分かりました。よろしくお願いします」


「ノエル・シエル――相手は黒沼アサギ」


「……は、はいっ」


 ノエルの声が少し上ずる。

 昨日、“止め技”を見せてくれたアサギとのスパーだ。


「ティアラ☆キャンディ――相手は白雪リラ」


「えっ、リラさん!?」


 らんが、ぱあっと顔を輝かせる。


「うん。一回ガチでやっとこうかと思ってね〜」


 リラが無邪気に笑う。


「残りは、互いのテーマに合わせて順番に回していく。

 白銀、タイムと様子を見て回せ」


「ああ」


 白銀がストップウォッチを掲げる。


「新人四人は、準備しろ。

 最初は、星屑 vs ひよりからだ」


「……はい!」


 さやかの心臓が、高鳴り始めた。


 リングに上がると、足元のマットがいつもより少しだけ遠く感じた。


 コーナーにもたれて待つひよりは、いつもの優しい笑顔ではなく、

 “レスラーの顔”をしていた。


「緊張してる?」


「めちゃくちゃしてます……」


「うん、顔に全部出てる」


 ひよりが小さく笑う。


「でも、大丈夫。

 怪我させたくないから、ちゃんと見てる」


「……はい」


 白銀がリングに入る。


「三分一本。

 ロープブレイクあり、反則なし。

 ダメそうなら、こっちで止める」


 その言葉に、さやかは大きく息を吸った。


「――いくよ」


 ひよりが構える。


「星屑も、来なさい」


 ゴングが鳴った気がした。

 まだ実際には鳴っていないのに、頭の中で、カン、と金属音が響いた。


 さやかは、一歩、前に出た。


 まずは、ロックアップ――

 習った通りに、腕を伸ばし、ひよりの肩を掴みにいく。


 が。


「軽い」


 ひよりの一言と同時に、体勢があっという間に崩された。


 ぐい、と力の方向が変わる。

 さやかの身体が、くるりと回されて、背後を取られる。


「こうやってね、“掴みに行く”つもりでいくと、

 上半身にだけ意識がいっちゃうの」


 ひよりの腕が、さやかの首にかかる。


「首、絞めないからね。

 でも、“捕まるとこうなる”ってのは、ちゃんと覚えて」


 軽くヘッドロックに入れられる。

 喉は苦しくない。でも、視界がぐっと狭くなる。


「ここから、どうする?」


 問いかけられて、頭を必死に回す。


(受け身? いや、まだ倒れてない。

 腰を落として、背中を押して――)


 さやかは、脚を踏ん張って、ひよりの腰の位置を探った。


「……!」


 腰を低く落として、背中に肩を入れ、押し上げる。

 ヘッドロックをほどききれないまま、それでもなんとか前に進むと――


「おっ」


 ひよりの身体が少し浮いた。


「そう、それ。

 今の、“前に押す”感覚」


 次の瞬間、さやかの肩に軽い衝撃が走った。


 どん、と押し返されて、さやかの身体がマットに仰向けに倒れる。


「わっ――」


 バンッ。


 受け身が間に合った。

 背中に伝わる、あの感覚。


「ワン」


 白銀のカウントが落ちる。


「ツー――」


「っ!」


 さやかは、必死に肩を上げた。


「はい、今ので十秒ちょっと」


 ひよりが、手を伸ばして起こしてくれる。


「どう? “試合の時間”って、長い?」


「……めちゃくちゃ短いです……」


「でしょ」


 ひよりが笑う。


「このテンポで三分間、“ずっと何かしてる”のが試合だからね。

 まだまだ、手も足も出ないと思う」


 それは、残酷な事実だった。

 でも、ひよりの声には、“だからこそ、ここからだよ”という響きも混ざっていた。


「もう一回、ロックアップからいこ。

 今度は、“最初から腰から”ね」


「はい!」


 さやかは、再び構えた。


 リングの横では、別のマットで、いぶきとるりあのスパーが始まっていた。


「では、お願いします」


 いぶきが礼をすると、るりあも同じように頭を下げる。


「よろしく。

 今日は、“崩した先に何をするか”を実戦で試してみましょう」


 るりあは、構えを低くした。


 最初のコンタクト――

 るりあの伸ばしてきた手に対して、いぶきは滑らかに腕を返し、体重をずらす。


 崩しの形は、きれいだった。


「おっ、さすがだね」


 ひよりが、横目で感心したように呟く。


 しかし次の瞬間、いぶきは迷った。


(ここから――

 足払いか、投げか、関節か……)


 一瞬の逡巡。


 そのわずかなタイムラグを、るりあは見逃さなかった。


 すっと、足の位置を変える。

 いぶきの重心を逆に利用して、くるりと身体を入れ替える。


「――っ!」


 気付いた時には、いぶきの背中がマットに落ちていた。


 バンッ。


 静かな受け身の音。


「ワン、ツー」


 白星アカリのカウントが落ちる。

 スパーの補助に入っていたアカリの声は、どこか楽しそうだ。


「今の、“どれにしようかな”って考えたでしょ」


 るりあが、いぶきを起こしながら言う。


「……はい」


「そこを、相手は一番狙ってくる。

 “崩した瞬間に、もう次の形が見えてる”状態まで行かないと、

 実戦ではなかなか決まらない」


 るりあは、淡々と続ける。


「でも、崩しそのものは、とてもきれいです。

 あとは“パターン”を身体に覚えさせるだけ」


 いぶきは、悔しさを噛み締めながらも、静かに頷いた。


(分かっていた。頭では。

 でも、こうして実際に返されると――)


 自分の“遅さ”が痛いほど分かる。


「もう一回、同じパターンでいきましょう。

 崩した瞬間、“足払い”って決めて」


 るりあが提案する。


「はい」


 いぶきは、再び構えた。


 別のコーナーでは、ノエルとアサギのスパーが始まっていた。


「じゃあ、行くか」


 アサギが、いつもの気だるげな雰囲気のまま構える。


「昨日やったこと、覚えてるか?」


「ロープの受け方と……

 “止まれる人は、本当に止まれる”ってこと、です」


「そう」


 アサギが、ほんの少し口元を緩めた。


「今日は、“止めない技”も混ぜる。

 でも、“止めようと思えば止められる”範囲しかやらない」


「……はい」


 ノエルは、深呼吸を一つして構えた。


 最初のコンタクトは、ロックアップ。

 アサギの力は、思ったよりも乱雑ではなかった。

 強いけれど、引っ張る方向がはっきりしている。


「怖くなったら、“今怖いです”って言え」


 それは、昨日と同じ言葉だった。


「はい……」


 アサギが、ヘッドロックに入ってくる。

 ノエルは、昨日までの自分なら固まっていたであろう状況で、

 白銀やゆかりに教わった通り、足を動かすことだけを考えた。


(止まらない。

 怖くても、とにかく足を動かす)


 腰を落として、背中を押す。

 昨日までなら、“ここで閉じていた”視界を開き続ける。


「……っ!」


 やはり、力は強い。

 簡単に押し返せるものではない。


 それでも、ノエルは足を止めなかった。


「はい、ここ」


 アサギが、ふっと力を抜いた。


 ノエルの身体が前に出る。

 勢い余って、軽くバランスを崩す。


「倒れそうになったら、どうする?」


 その問いに、ノエルはほとんど反射で受け身の姿勢に入っていた。


 バンッ。


 きれいな後ろ受け身の音が響く。


「お、いいじゃねえか」


 ロープの外から、サツキが感心したような声を上げた。


「昨日より、ずっと“自分で倒れに行ってる”」


 エナも頷く。


「ノエル」


 アサギが、手を差し出した。


「怖いか?」


「……怖いです」


 ノエルは、正直に答えた。


「でも、“怖い”って言いながら、ちゃんと受け身取れてる。

 それができるなら、リングに立てる」


 その言葉に、ノエルの胸が少しだけ軽くなった。


 一方、Stella☆Glare側のリングでは――


「ティアラ☆キャンディ、いきまーす!」


 らんが、テンションマックスでロープに飛び込んでいた。


「はいはい、元気なのはいいんだけどね〜」


 リラが、笑いながらそれを受ける。


「三分あるからね?

 最初の三十秒で全部出し切ると、残り二分半で死ぬよ」


「だ、大丈夫です!

 あたし、気合いなら無限に出せます!」


「それが一番危ないんだよなぁ……」


 ミコトが、リングサイドでため息交じりに言う。


 ゴング代わりの合図と共に、

 らんは全力で走り出した。


 ロックアップ。

 勢いに任せて、ぐいぐいと押し込む。


「おー、押してくる押してくる」


 リラは軽く受け止めながら、簡単にくるりと体勢を入れ替えた。


 コーナーに押し込まれるのは、逆にらんの方だった。


「コーナーに詰めたら、次どうする?」


「えっ?」


 問いかけられた瞬間、動きが止まる。


(次……?

 ポーズ? 技? 何か叫ぶ?)


 頭の中で選択肢がぐるぐる回っている間に、

 リラは一歩下がって、らんの胸元に軽くチョップを一発。


「いっ……!」


 叩かれた場所が、じんわり熱い。


「“今のティアラちゃん”なら、

 たぶんここでポーズ決めてから、ロープ走るかな〜って思った」


 リラが、ほんわかした声で言う。


「でもね、試合の中では“悩む時間”はないの。

 “決めポーズのあとに何をするか”まで、最初からセットで考えないと」


 その言葉に、らんの目が丸くなる。


「ポーズ、だけじゃダメなんですか……?」


「ポーズは大事だよ?

 でも、“ポーズ=技の一部”くらいに思っておかないと、

 “可愛いだけの子”で終わっちゃう」


 ミコトが、ロープの外から口を挟む。


「ティアラ☆キャンディは、“可愛いだけの子”じゃダメでしょ?」


「……ダメです」


 らんは、ぎゅっと拳を握った。


「“勝てるアイドルレスラー”になりたいです」


「うん、それなら――」


 リラが、にこっと笑う。


「ポーズの後に、一番似合う技、一緒に探そっか」


 その言葉に、らんの胸が一気に熱くなった。


 スパーの中で、何度も何度も同じ流れを繰り返す。


 入場をイメージして、ロープに入る。

 コーナーでポーズ。

 そこから一歩踏み出して、ロープに走り、

 帰ってきたところでアームドラッグ、あるいはドロップキック。


 リラは、その全てを余裕で受けきりながらも、

 細かいところを一つ一つ指摘してくる。


「今のキック、顔じゃなくて胸の高さ。

 “可愛くて危ない”感じ出すには、当てる場所も大事」


「ポーズの後、視線がコーナーに落ちちゃってる。

 お客さんの顔、一回ちゃんと見る」


「笑顔、作り笑いになってない?

 “しんどいけど楽しい”のが一番いいよ」


「しんどいけど、楽しい……」


 息が上がり、脚も重くなっていく。

 それでも、らんの顔には不思議な充実感が浮かんでいた。


 その日の「実戦スパーDAY」は、午前と午後を通して続いた。


 さやかはひよりと数本回した後、

 マッスル組とも軽めの実戦に近いスパーをさせてもらった。


 ショルダータックルで押し返され、

 ボディスラムでマットに叩きつけられ、

 それでも、受け身を取りながら必死に立ち上がる。


 いぶきは、るりあだけでなくアカリともグラウンドの攻防を重ね、

 「崩してからの腕ひしぎ」「崩してからの足取り」のパターンを少しずつ身体に刻み込んでいく。


 ノエルは、アサギの他にレナともスパーをし、

 「怖い」と言葉にしながら、それでも前に出ることを覚えていく。


 らんは、リラとのスパーの後、ミコトとも軽く交わり、

「決めのタイミング」の難しさを痛感していた。


 夕方、最後のスパーが終わる頃には、

 新人四人は、全員マットに大の字になりたくなるくらい疲れ切っていた。


「お疲れ」


 黒岩が、タオルを放ってよこす。


「今日で、“今のお前らじゃ先輩には勝てん”ってのは、よく分かっただろ」


「……はい……」


 四人の声が、情けないくらい揃った。


「でも、“何もできないわけじゃない”ってことも、ちょっとは見えたはずだ」


 その言葉に、さやかは、さっきのひよりとのやりとりを思い出した。


 最初は、何もできずに転がされてばかりだった。

 でも、何本目かで、一度だけ――本当に一瞬だけ、

 自分から押し返した瞬間があった。


(あれは、偶然じゃなくて、“今の自分の全部”を出した一瞬だった)


 いぶきは、るりあが言ってくれた「崩しはきれい」という言葉を反芻する。


(あとは、速さと、決める勇気)


 ノエルは、「怖い」と言いながら受け身を取った自分を思い出す。


(泣きそうでも、“怖いです”って言いながら立てた)


 らんは、リラの「“可愛いだけ”じゃ終わらせないよ」という言葉を胸に刻んでいた。


(あたしの“可愛い”は、勝つための武器にしてみせる)


「明日は、強度を少し落として、細かい修正をする」


 黒岩が言う。


「今日見えた“穴”を、少しでも埋めておけ。

 合宿は、まだ終わっちゃいない」


「「「「はい!」」」」


 四人の声は、疲れ切っているのに、不思議と力強かった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


第18話では、合宿中盤の「実戦スパーDAY」として、

•さやか vs ひより:

→ 「試合のテンポの速さ」と、「ロックアップ一つにも意味がある」ことを知る

•いぶき vs るりあ:

→ 「崩しはきれいだが、次の一手を迷うと一瞬で返される」現実と、パターン化の必要性

•ノエル vs アサギ:

→ 「怖い」と言いながらでも受け身を取り続けられる自分と、“止められる先輩”への信頼

•らん vs リラ:

→ 「スター性はあるが、試合の中での緩急や“決め技のセット”がまだ足りない」という課題


を、それぞれスパーリングの中で体感する回になりました。


次回は、合宿も終盤に近づき、

夜の屋上での四人の語り合い――

「なんで強くなりたいのか」「どこまで目指したいのか」を

改めて言葉にするシーンを書いていく予定です。

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