第1話 オーディションからのメール
プロローグでは、さやかが女子プロレス団体PWSの王者・皇あまねと出会い、勢いでオーディションに応募するところまでを書きました。
第1話では、その「応募」の結果が現実になっていく場面です。
一次審査の案内メール、まなの反応、そして「行く/行かない」の揺れを中心に描いています。
よければ今回もお付き合いください。
スマホのアラームが、枕元でけたたましく鳴った。
「……ん」
星屑さやかは、布団の中で手探りして、画面をタップする。
いつも通りの朝。
いつも通りの時間。
──そのはずなのに、胸の奥だけがやけにざわついていた。
(昨日……夢じゃないよね?)
天井を見上げながら、ぼんやりと昨夜のことを思い出す。
黒いマント。
リングの上の皇あまね。
フェンス越しに投げた、自分の声。
「わたし、あなたみたいになれますか……!?」
そして──
「諦めないで、立ち続ければ──
“なれない”って決めつける理由は、なくなる」
あの言葉が、まだ耳の奥に残っていた。
布団の上でごろりと寝返りを打つ。
机の上には、テスト範囲のプリントが山積みだ。
でも、今いちばん気になっているのは、そこじゃない。
(……メール、来てるかな)
さやかはむくりと起き上がり、枕元のスマホを手に取った。
通知のアイコンが、ひとつ点いている。
差出人は──
『PWS本部道場オーディション事務局』
「……っ」
一気に目が覚めた。
寝ぼけていた頭が、一瞬で現実に引き戻される。
指が少し震える。
それでも、画面をタップして開いた。
『このたびは、PWS本部道場新人オーディションへのご応募、誠にありがとうございます。
書類選考の結果、一次審査にお進みいただくことになりました。……』
(……通った)
読み進めるうちに、喉がからからになっていく。
文章は淡々としていた。
「一次審査の日程」「集合場所」「当日の内容」「持ち物」。
日時:○月○日(日) 午前九時集合
会場:PWS本部ビル 多目的ホール
内容:基礎体力テスト・簡単な動作確認・面談
持ち物:運動のできる服装・室内シューズ・筆記用具・学生証 ほか
(本当に……選ばれたんだ)
応募したのは、自分だ。
昨夜、送信ボタンを押したのも、自分。
それでも、こうして“返事”が返ってきた瞬間、
世界がまたひとつ、現実に近づいた気がした。
(テスト前の日曜だ……)
カレンダーアプリを開くと、期末テスト一週間前の赤丸が、すぐそこに迫っていた。
「さやかー、起きてるのー? 朝ごはん冷めちゃうよー」
階下から、母の声がした。
「い、今行くー!」
とっさにスマホを伏せる。
心臓の音をごまかすように、わざと大きい返事をした。
制服に着替えながらも、頭の中ではメールの文章を何度も反芻していた。
(一次審査……本部道場……)
本当にあそこに行ったら、
昨日リングに立っていたあまねのいる世界に、一歩近づけるのだろうか。
怖さと、楽しみと、信じられない気持ちと。
全部ひっくるめて、胸のあたりがぐちゃぐちゃだった。
***
星海高校の教室は、いつも通りざわざわしていた。
「星屑ー、おはよ」
自分の席に鞄を置いた瞬間、
後ろの席からいつもの声が飛んできた。
「おはよ、まな」
水野まなは、昨日会場で買ったらしいPWSのタオルを、机に広げていた。
黒地に、銀色の星とPWSのロゴ。
端っこには小さく「皇あまね」の名前も入っている。
「見て見て、昨日の戦利品! やっぱ生観戦行ったら、記念に一個は買わなきゃでしょ〜」
「もう買ったんだ……」
「当然。あの試合見たあとで財布閉じて帰れる人、逆にすごいよ?」
まなは得意げにタオルを振って見せる。
「でさでさ、昨日の星屑、マジでヤバかったからね?」
「な、なにが」
「何がって、あのフェンスダッシュ事件よ!」
「じ、事件って言わないでよ……!」
教室の他の子たちには話していないはずなのに、
まなの声が妙にリアルで、さやかは思わず周りを見回した。
「だってさ、普通さ、“あの距離で王者に話しかけよう”ってならないからね!?
何? あたしの友達、実は度胸だけプロレスラーだった?」
「考える前に動いちゃったんだよ……」
「知ってる。顔で分かった。
“あ、今この子、スイッチ入ったな”って顔してた」
まなはからから笑いながら、
ふと真顔になって、机に肘をついた。
「で、本題。
昨日、応募したって言ってたよね?」
「……うん」
「それで?」
さやかは、胸の中で一度深く息を吸った。
(言わなきゃ)
ここで誤魔化したら、きっと後悔する。
昨日の自分と、あまねの言葉に、嘘をつくことになる。
「今朝ね……メールが来てた」
スマホを取り出して、画面を開く。
PWSからのメールを表示して、まなにそっと見せた。
「これ……」
まなの目が、みるみるうちに丸くなる。
「ちょ、待って。
『一次審査にお進みいただくことになりました』って書いてない?」
「書いてる……」
「書類選考通ったの!? マジで!? 星屑、やるじゃん!!」
「し、静かにして……!」
あわてて手を振ると、周りのクラスメイトが数人こっちをちらっと見た。
まなは「ごめんごめん」と言いながら、声のボリュームを少し落とした。
「すごいよこれ。本部道場のオーディションだよ?
PWSの公式サイトで何回も見たけどさ、応募者多いし、まず書類で落とされる人が山ほどいるんだよ?」
「そうなの……?」
「そうなの。
あたしのTLでも、“書類落ちました……”ってツイート何回も見たし。
本部道場のオーディション通るって、普通に“すごいこと”だからね?」
言われて、自分がとんでもないことをしてしまった気がしてくる。
「でも……一次審査って、書いてあるだけだし。
どうせ、その先で落ちるかもしれないし……」
「それはそう。
でも、“その先で落ちるかもしれないから最初から行かない”って、
あまね様の言葉的にどうなんですかね?」
まなが意地悪そうにニヤっとした。
「ほら、“諦めないで立ち続ければ、なれないって決めつける理由はなくなる”って言ってたじゃん。
最初から立たないのは、“諦め済み”ってことになりますけど〜?」
「う……」
都合よく聞き流していたフレーズを、ピンポイントで突かれた。
「行くの、怖いよ。
どんなことするのかも分かんないし、
あたし運動得意じゃないし……」
「怖いのは当たり前じゃん。
あたしだって、あのリングに上がれって言われたら普通に泣くもん」
まなは肩をすくめた。
「でもさ、星屑、昨日フェンスまで走ったじゃん」
「……」
「あれ、あたしから見たら相当ヤバい行動力だったよ?
“あの時の自分”に比べたら、一次審査行くくらい可愛いもんじゃない?」
そう言われてみると、確かにあのときの自分は相当バカだった気がする。
でも、後悔はしていない。
「……行ってみるべき、かな」
「うん。
星屑が“行きたい”って少しでも思うなら、絶対行くべき」
まなは即答した。
「やめときなよ、って言う理由が、あたしの中には一個もない。
怖いとか、不安とか、そういうのはぜんぶセットで付いてくるやつだからね」
その言葉が、不思議と胸にすっと入ってきた。
「……でも、お父さんとお母さんには、なんて言えばいいんだろ」
「あー、それは確かにボス戦だね」
まなは腕を組んで考え込むふりをした。
「プロレスって聞くだけで、“危ない!”って言う親もいるしな〜。
星屑んち、昨日テレビで試合映ったらどんな感じだった?」
「“痛そう〜”って言ってた」
「あるある〜」
まなが苦笑する。
「とりあえずさ、今日は無理に言わなくていいと思う。
一次審査の詳細、ちゃんと読んでからでも遅くないし」
「……うん」
「で、星屑が“やっぱり行く”って決めたらさ」
まなは、少しだけ得意げに胸を張った。
「あたしが、『スターダストの本部道場ってどんだけすごいか』って、
お父さんお母さんに全力プレゼンしてあげるよ」
「プレゼンて……」
「だってさ、あたし、最初に星屑をPWSに連れてった人じゃん?
責任取らないと」
軽い冗談めかした口調。
でも、その奥に感じるのは、はっきりした“味方”の気配だった。
「……ありがとう」
本当に小さな声で、それだけ言った。
チャイムが鳴り、担任が教室に入ってくる。
ホームルームが始まる間じゅう、
さやかの頭の片隅では、PWSからのメールがずっと光り続けていた。
***
その日の夜。
夕飯を食べ、風呂に入り、部屋に戻る。
机の上には、相変わらずテスト範囲のプリントが積まれていた。
でも、目が向くのは、枕元のスマホだ。
ベッドの上に座り込んで、ロック画面を外す。
受信メール一覧から、PWSの文字を探してタップする。
『一次審査にお進みいただくことになりました──』
何度読み返しても、内容は変わらない。
画面をスクロールしていくと、一番下に小さな注意書きがあった。
※当日は、保護者の同意書をお持ちください。
「……やっぱり、そうだよね」
保護者。
つまり、お父さんとお母さん。
言わなきゃいけない。
でも、どう話せばいいのか分からない。
今日の夕飯の会話を思い出す。
「最近のスポーツって、なんでも激しいわよね〜」
「そうだな。格闘技とか、あんなのプロでも怪我するんだから」
「さやかは普通に勉強頑張ってくれたらいいのよ。体壊すようなことは、ね?」
悪気なんて、どこにもなかった。
ただ「心配だから」という親の当たり前の気持ち。
でも、その「普通」と「心配」が、
今は自分の前に立ちはだかる壁のように思えた。
(言えるかな)
スマホを置いて、天井をにらむ。
(“プロレスラーになりたいから、オーディションに行かせてください”って……)
自分で思っても、現実味のない言葉だ。
笑われるかもしれない。
本気にされないかもしれない。
怒られるかもしれない。
ぐるぐると同じ場所を回り続ける思考を、
一通の通知音が遮った。
LINEのポップアップ。
送り主は、水野まなだった。
まな:
「今日の星屑、顔真っ青だったからさ、確認だけ」
「オーディション……行く? 行かない?」
「……」
さやかはスマホを持ち直し、入力欄を開いた。
「やっぱり怖いからやめようかな」
と打ってみて、消す。
「どうせ受かるわけないし」
と打ってみて、また消す。
何度か同じことを繰り返して、
最終的に、短い一文だけが残った。
「……行く」
送信ボタンを押す。
指先が、少しだけ震えていた。
しばらくして、まなからすぐに返事が来る。
「了解。
さやかがデビューできたら、
ファン一号でTOトップオタになってあげるわ」
「なにそれ……」
思わず声に出して笑ってしまった。
すぐに返信を打つ。
「勝手にTO名乗らないで……」
まな:
「は? 推しのデビュー前から現場追ってる古参なめないで?(ドヤ顔)」
「だから安心して行ってこい。
あんたがどこまで行けるか、最前列で見届けてやるから」
画面の文字を見ているうちに、
胸の奥の重さが、少しだけ軽くなった。
(……そうだ)
怖いのは変わらない。
でも、ゼロのまま何もしないでいるのは、もっと怖い。
さやかは、カレンダーアプリを開いた。
一次審査の日付に、丸をつける。
アラームを、いつもより少し早い時間にセットした。
クローゼットから、体育の授業で使っているジャージを引っ張り出す。
畳んで、明日の自分への置き手紙みたいに、椅子の上にそっと置いた。
画面の中では、
まだ未読のままのPWSからのメールが、一番上に残っている。
「……行くからね」
誰にともなく、そう呟いた。
震えながらセットボタンを押した指は、もう戻せなかった。
目覚ましのベルが鳴るその日、星屑さやかは「ただの高校二年生」ではいられなくなる。
それが怖くて、たまらなく楽しみだった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
第1話では、
・オーディションの書類選考通過
・まなが「ファン一号&TOトップオタ」を名乗るシーン
・さやかが自分の意思で「行く」と決める瞬間
を描きました。
まだ誰にも本格的には言えていないけれど、
それでも「一次審査に行く」と決めたことで、さやかの中では一歩だけ前に進んでいます。
次回は、
家族の前で“プロレスのオーディションに行きたい”と言うかどうか、
そしてPWS本部道場の一次審査へ向かうまでの流れを書いていく予定です。
少しでも続きが気になると思っていただけたら、
ブックマークや感想など頂けるととても励みになります。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。




