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星屑の少女はリングに立つ ―才能ゼロから始める女子プロレスラー・星屑さやか―  作者: バックドロップ
第3章 PWS強化期間《夏合宿編
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第13話 夏合宿のお知らせ

第2章では、一ヶ月間の仮練習生期間と、一ヶ月テストを経て、

さやか・いぶき・ノエル・らんの4人が正式なPWS新人練習生になりました。


今回はその続き。

本部道場での通常練習が少しだけ続いた後、

4人に「次の地獄」――PWS恒例・夏の強化合宿のお知らせが届きます。

 朝の本部道場は、いつもより少しだけ空気が軽かった。


 一ヶ月テストが終わってから数日。

 地獄のような緊張感はひとまず落ち着き、

 それでも、受け身とロープと筋トレのメニューは一ミリも優しくなってはいない。


「はぁ……っ、はぁ……っ!」


 リングの上で受け身を取り続けていたさやかは、

 最後の一回で後ろ受け身を決めたあと、その場で大の字になりそうになるのをぐっと堪えた。


「星屑、勝手に寝るな。

 起き上がるまでが受け身だ」


「は、はいっ!」


 黒岩の声に、慌てて腹筋を使って起き上がる。


 隣のマットでは、いぶきが淡々ときれいなフォームで受け身を続けていた。

 ノエルは、以前よりはるかにスムーズに倒れられるようになっている。

 らんは、ぐるぐるめまいがしそうになりながらも、なんとか最後までついて来ていた。


「――よし。受け身はいったんここまでだ」


 黒岩の声に、四人はほっと息をつく。


「水飲んでこい。五分で戻れ」


「「「「はい!」」」」


 リングから降りると、そのまま四人で水道の方へ小走りに向かった。


「ふあぁぁぁ……朝からぐるぐるしすぎて、世界が回ってる……」


 紙コップに水を注ぎながら、らんがふにゃっと顔をしかめる。


「星屑は? 生きてる?」


「なんとか……。

 でも、まだ“受け身10回”って聞くと、ちょっと心臓きゅってなる」


「前は“3回”でそうなってたから、進歩ですね」


 ノエルが、笑いながらスポーツドリンクを口に含んだ。


「星屑さん、さっきの最後の音、前より良かったです。

 ちゃんと“叩いてる”音になってました」


「ほんと!? やった……!」


 褒められると、単純に嬉しくなる。

 体中は悲鳴を上げているのに、胸のあたりだけぽっと温かくなった。


「でもさ」


 いぶきが紙コップを両手で持ちながら、ふっと口を開いた。


「黒岩さん、今日やけに機嫌よくないですか?」


「えっ?」


 さやかは思わず首を傾げた。


 たしかに、いつもの“鬼教官”モードに比べると、

 声色が、ほんの少しだけ柔らかく聞こえた気がする。


「なんか……“いい知らせの前の静けさ”って感じがして、逆に怖いです」


「ちょっと、やめてよそういう不安になる事言うの!」


「だって、PWSですよ?

 “いい知らせ”って言われて“やったー”で終わること、今までありました?」


「……なかった」


 さやかとノエルとらんが、同時に小さく呟いた。


 そんな四人の様子を、少し離れたベンチで先輩たちが眺めている。


「あの子たち、もう完全に“ウチの子”って顔してるわね」


 翔迫ミナトが、ペットボトルをくるくる回しながら言った。


「ね〜。

 さやかちゃん、スクワットメニューまだ全然余地あるのよね……鍛えがいありそうだわ」


「みなせ先輩、目が怖いです」


 隣でストレッチをしていた轟みなせに、ひよりが即ツッコミを入れる。


「だって、脚とかまだ全然細いもん。

 もっと強くなるポテンシャルある」


「そういうことすぐ言うから、星屑ちゃん逃げ腰になるんですよ」


 ひよりが苦笑していると、体育館の扉がガラリと開いた。


「お前ら、そろそろ戻れ」


 黒岩の低い声が響いた。


「水は飲んだな。じゃあ集合だ」


 四人は紙コップを片付けて、急いでリング前に整列した。

 先輩たちもそれぞれの場所から集まってくる。


 黒岩の隣には、天城社長の姿もあった。


(なんだろ……やっぱり、なんかある)


 さやかの心臓が、少し早く打ち始める。


「――まず」


 黒岩が辺りを見渡す。


「一ヶ月テスト、お前ら四人はよくやった。

 ここまで残ってること自体、誇っていい」


 その言葉に、四人の背筋がわずかに伸びた。


「だからこそ、ここから先は“仮”じゃない。

 正式練習生として、もっと動いてもらう」


 黒岩が、一枚の紙をひらりと掲げる。


 そこには、大きく『PWS夏季強化合宿 要項』と書かれていた。


「――でました」


 小さく、ひよりのため息が聞こえた。


「合宿……?」


 さやかは、思わず声に出してしまった。


「そうだ」


 黒岩は、紙をテーブルに置く。


「毎年やってる夏の強化合宿だ。

 本部道場の練習生と、主力の何人かが参加する」


 社長が前に一歩出た。


「泊まり込みで、基礎体力と技術、それから“ユニットごとの連携”を集中的に鍛える。

 場所は、山の合宿所だ」


「山……!」


 さやかの頭の中に、“坂道”と“階段”と“意味の分からない丸太”が浮かんだ。


「山ってことは、坂道ダッシュし放題ってことじゃない。楽しみね〜」


 ミナトが嬉しそうに笑う。


「ミナトさん、それを楽しみと言えるのは一部の人だけですよ……」


 ノエルが小声でつぶやくと、隣のらんがこくこく頷いた。


「合宿の期間は、一週間」


 社長が続ける。


「朝から晩まで練習漬けだが、

 その分、普段はできないメニューも組める。

 マッスル・シンフォニー、AQUARIUS、Stella☆Glare、Bloody Eclipse……

 各ユニットの先輩たちにも、順番に講師を頼んである」


「えっ」


 ノエルの肩が、ぴくりと震えた。


「Bloody Eclipseも、ですか……?」


「もちろんだ」


 黒岩があっさり言う。


「“怖いもの”から全部逃げてたら、プロレスにならん。

 もっとも、あいつらはあいつらなりに、線を守る連中だ」


「ほらノエル。怖いけど安心安全のヒールさんたちだから」


 らんが、なぐさめてるのかどうか分からない言い方で肩をぽんぽん叩く。


「安心安全って、そんな軽いノリで言える感じじゃ……」


 ノエルが青ざめかけたところで、もうひとつ情報が飛んできた。


「新人四人は、当然全員参加だ」


 黒岩が、当たり前のように告げる。


「そこでさらに“続けていけるかどうか”を見る。

 ついて来れなかったら、そこで終わりだと思え」


(やっぱりそうなるんだ……!)


 さやかののどが、からからになった。


 でも、不思議と足はすくまなかった。


 一ヶ月テストの前なら、きっと震えていただろう。

 今は――怖いけど、その先を見たい気持ちの方が強い。


「合宿の詳細は、この“しおり”に全部書いてある」


 社長が、印刷された紙束をスタッフから受け取り、一部ずつ配っていく。


 表紙には、『PWS夏季強化合宿のしおり』と、可愛らしい星型のマークが印刷されていた。


「なんか……小学校の林間学校っぽい」


 さやかがつぶやくと、らんがすぐさま反応した。


「えっ、林間学校? それって夜に肝試しとかして、お風呂で恋バナして――」


「そんな甘いイベント、PWSの合宿に存在すると思う?」


 いぶきの冷静な一言で、らんの妄想が一刀両断された。


「……ですよねー!」


 らんが両手で顔を覆った。


「今回の肝試し役はBloody Eclipseに頼んだら、絶対本気出すからダメ」


 ひよりが真顔で言う。


「それは、本当にダメなやつですね……」


 ノエルの顔色がさらに悪くなった。


 しおりを開くと、細かいタイムスケジュールがびっしり書かれていた。


 5:30 起床・点呼

 6:00 ランニング(坂道)

 7:00 朝食

 8:30 午前練習(基礎体力・受け身・ロープ)

 12:00 昼食

 13:30 午後練習(各ユニット別メニュー)

 18:30 夕食

 20:00 ミーティング・ストレッチ

 22:30 消灯


「自由時間って概念、どこに行ったんだろうね?」


 さやかが、スケジュールを見ながら呟く。


「“ごはんを噛む時間”が自由時間です」


 いぶきが即答した。


「それはもう生物として最低ラインなんだよ!」


「星屑。文句言う前に、まず走る足と受け身取れる背中つけろ」


 黒岩の声が飛んできて、さやかは慌てて姿勢を正した。


「合宿は三日後に出発だ。

 必要なものは自分で準備しろ。

 忘れ物しても、山の上じゃコンビニなんかないからな」


「え、コンビニないんですか……?」


 ノエルが、思わず聞き返す。


「当たり前だろ。

 合宿所と道場と坂と川しかない」


「文明レベル、一気に下がりましたね……」


 らんが、頭を抱えた。


「でもさ」


 さやかは、しおりの表紙をそっと撫でた。


 “夏季強化合宿”という文字の下には、小さくこうも書かれている。


 ――「自分の弱さと、少しだけ仲良くなる一週間」。


(弱さと、仲良くなる……)


 あまねの試合に心を撃ち抜かれて、

 何も知らないまま飛び込んできて、

 一ヶ月泣きそうになりながら受け身を取って、

 それでもまだ、自分は何もできない。


 でも――。


(もっと強くなりたい)


 その気持ちだけは、一ヶ月前よりずっとはっきりしていた。


「星屑」


 横から声がした。


 ひよりがにこっと笑っている。


「合宿、きついけどさ。

 終わったあと、ちゃんと“やってよかった”って思えるから。

 わたしも最初、ボロボロだったし」


「ひより先輩も、ですか?」


「うん。

 でも、その時の筋肉痛とあざのおかげで、今の自分があるからね」


 ひよりは、自分の腕を軽くたたいた。


「だから、今回は“星屑たちの番”」


 その言葉に、さやかは大きく息を吸った。


「はい。

 ……がんばります!」


 返事をすると、黒岩が満足げに一度だけ頷いた。


「よし。じゃあ今日はここまでだ。

 各自、道具の片付けとストレッチをしてから解散しろ。

 明日から合宿仕様のメニューに切り替える」


「「「「はいっ!」」」」


 声を揃えて返事をすると、みんながそれぞれの持ち場へ散っていく。


 さやかはしおりを胸に抱えたまま、ちらっと天井を見上げた。


(次は――山か)


 想像しただけで、脚がじんわり重くなる気がした。

 それでも、拳をぎゅっと握る。


(あたし、絶対に途中で諦めない。

 この合宿が終わったら、またちょっとだけ――あまねさんのいるリングに近づけるように)


 その小さな決意を胸に、さやかはマットの片付けに走っていった。

ここまで読んでくださりありがとうございます。


第13話では、

・一ヶ月テスト後の本部道場の様子

・黒岩と社長から告げられる「PWS夏季強化合宿」のお知らせ

・マッスル・シンフォニーやAQUARIUS、Stella☆Glare、Bloody Eclipseも講師として参加するという情報

・新人4人それぞれのリアクション(楽しみ/不安/絶望混じり)

を描きました。


次回から、いよいよ本格的な合宿に突入します。

坂道ダッシュと基礎体力地獄、ユニット別練習、

そしてさやか・いぶき・ノエル・らんの「強くなりたい理由」が、改めて試される一週間。


もし続きが気になりましたら、次の話も覗いていただけると嬉しいです。

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