神様レビュー
子供の頃の願い事は、ひとつ、ふたつ、と儚く消えた。やがて願っても叶わないことを悟り、願うことすらやめた。でも、習慣なのか、希望の残り香なのか、神社の鐘を鳴らすことだけは、大人になってもやめなかった。
叶わない願いが増えるほど、鐘の音だけは強く記憶に残るようになった。他に続けられる習慣なんて、ほとんど無かった。心のどこかで叶わないことを知っている。単なる自己暗示の類、それは分かってる。
──カランカランッ。
早朝に響く心地よい音。編み込まれた縄をしならせて、今日も鐘を鳴らす。二礼二拍手一礼。手順も所作も、もう身体に染みこんでいた。
すると目の前には──老人が、立っていた。
長い白髭、赤いちゃんちゃんこ。ご神木のような杖。空気が微妙に揺れている。僕は確信した。神様だ……。
神様は軽い口調で言った。
「どうじゃ、この世は?」
僕は突然の問いにうろたえた。
「いや、いきなりすぎません?これって、映画館を出た瞬間に監督が立ってて
『どうでした?』
って聞かれるくらい答えにくい質問ですよ。
こっちは余韻に浸ってる最中なんだから」
神様はポカンとした表情を浮かべた。
「ほう、つまらないのか?この世」
「いや、だからその圧よ!
あなたに『NO』って言ったら、
アンコールどころか強制終了で『この世』が『あの世』に変わっちゃうじゃないですか」
神様は寂しそう眉を下げた。
「せっかく創ったのに、つまらないんじゃな……」
神様は俯いた。その瞬間、境内に止まっていた朝靄が、ひやりと後ろへ引いた。
まるで世界が“縮こまった”ようだった。
慌てて僕は言い直した。
「いやいや、いいことはたくさんあります。
でも、悲しいこととか、どうしようもない出来事が、もう少し減ってくれるとありがたいかな〜、くらいの話で」
神様の顔がパッと明るくなった。
「ほうほう。この世は悩みが尽きぬのじゃな」
僕が頷くと、神様の顔は笑みを取り戻した。
「それはこの世が素晴らしい証拠じゃ。
悲しみをゼロにした試作世界もあったんじゃが、退屈すぎて皆、七日で寝てしもうた。悩みや悲しさが、人を成長させるんじゃよ。
どうじゃ?この世は上手くできとるじゃろ!」
僕は肩をすくめて答えた。
「いやぁ、レビュー欄に書くとしたら、
『星二つ。でも、つい、また足を運んじゃうかもしれない』って感じですかね」
「星二つ……。うむ、改善の余地あり、じゃな」
神様は小さく笑った。
「では、明日も来とくれ。待っとるぞ。外に出て、正解だったわい」
朝の光は神様をそっと照らした。
──帰り道、まだ朝の冷たい空気の中で、僕の耳には鐘の余韻だけが残っていた。もしかしたら本当は、ずっと前から、神様は僕に話しかけていたのかもしれない。
僕は明日も鐘を鳴らす。もう癖でも儀式でもない。
神様とレビューするんだ。




