第六話 心強い仲間
何処かから銃声が響いた。次いで聞こえたのは肉が弾け飛ぶ醜い音。
スティアの視界に大量の鮮血が映った。一瞬自分の血かと思ったが、体に痛みが無い事からそれが勘違いと気づく。
「な、何が起こって……」
困惑しながら後ずさる。目の前では天使が呻いている。いつの間にか天使の右腕が消し飛んでいた。
レンでは無い。彼はまだスティアの元まで来ていない。ならば先程の攻撃は誰のものなのか。
「伏せな!嬢ちゃん!」
さらにすぐ近くから青年の声が聞こえた。言われた通りにスティアがその場で身を屈めた直後、再び肉が弾ける音がした。
一瞬遅れてスティアの視界の中に赤黒い液体が入り込んできた。服や顔にも何か付いたような気がする。
「よし、これで死んだな……もう顔上げていいぜ」
恐る恐る顔を上げたスティアが見たのは、下半身だけになった天使の死骸だった。
「危なかったな嬢ちゃん。あとちょっとでも遅かったら死んでたぜ」
軽快な口調で話すのは茶髪の青年。
ややシワの残った白のシャツと黒のズボンには、天使の返り血と思わしき赤い汚れが付いている。
彼は右手に持つ大斧を肩に担いだ。スティアも立ち上がろうとしたが、先程の出来事で腰が抜けてしまっている。なので座ったまま尋ねた。
「えっと……貴方は、誰?」
「俺はローグ・ウォルザック。対天使人類防衛軍・ロズリカ合併国・第六区支部に所属する執行官だ」
ポケットから取り出したのは防衛軍の隊員証。隊員証に付いた顔写真は目の前の青年と一致している。
「貴方も執行官なの?」
「そうだが……貴方もってことは、まさか嬢ちゃんアンタ……」
「スティア!」
叫びながらレンが近づいてきた。
「大丈夫かお前──って、ローグ?」
「なんだレンじゃねえか。お前の担当区域はここだったのか」
「そうだが、どうしてお前がここに」
「さっきの天使を追ってきたんだよ。司令部から近くに生き残りがいるから追いかけろって言われたから追ったんだ。そしたらこの嬢ちゃんが大ピンチになってたって訳だ」
「なるほど、そういう事か」
生き残った天使の情報は他の執行官にも伝達されていたようだ。ここはローグに救われた。
「感謝する、ローグ。お前がいなかったら危なかった」
「そりゃどうも。ただ礼を言うならアイツにも言ってやれ。アイツの狙撃がなけりゃ俺も間に合ってなかった」
「ちょっと貴方たち、なんでそんな状態で話してるのよ。その子座りっぱなしだけど」
声はローグの後ろから。ブーツの靴底を鳴らしながら、近寄ってきたのはピンクの長髪をした若い女だ。
丈の短い黒のズボンと白シャツ、その上から黒のコートを羽織っている。コートにベルトやジッパーなどの装飾が付いている辺り、多少の服への拘りを感じる。
「ああ、もう汚れちゃってるじゃない。せっかく服もお顔も可愛いのに……」
女はスティアに手を差し出した。
「大丈夫?立てる?」
「あ、うん。ありがとう」
女の手を掴み、スティアは立ち上がった。
だが脚がまだ少し震えている。助かったとはいえ、たった今殺されかけたという事実と恐怖に体が竦んでいる。
「ごめんなさい。遅くなっちゃって。怖かったわよね。でも、もう大丈夫よ。あれが本当に最後の天使だったから。天使どもは私たちが皆殺しにしてやったわ」
(み、皆殺し……)
唐突に物騒な言葉が出てきてスティアは少し驚いた。
「そういえば、貴方は誰なの?」
「私はアンジュ・ナハトール。この二人と同じ執行官、狙撃手をやってるわ。それより、貴方の顔と服を拭いてもいいかしら?」
「拭くって、どうして?」
「ちょっと顔とか服とかに天使の血が付いちゃってるから。さっきの一撃のせいね」
アンジュはポケットからハンカチを取り出すと、スティアの顔や髪を拭き始めた。
優しい手つきで少女の体を丁寧に拭いていく。一通り血を拭き取ると、服に付いた血も軽く取る。
「うーん、やっぱり服の血までは取れないわね……あとでクリーニングに出した方がいいかも」
「クリーニングって……そこまでしなくても」
「いいえ、貴方のような女の子が汚れたままじゃいけないわ。代金はローグが出すから綺麗にしなさい」
「おいちょっと待てなんで俺が金を出すことになってる」
「良いじゃない。貯金はあるでしょ。そもそもこの子に血が飛んだのは貴方のせいなんだから」
「いや天使討伐で今更服の汚れがどうこう言ってらんねぇだろ。どんな服着ても戦ってたら必ず汚れるんだから。なぁレン」
「確かにそれはそうだが……」
ローグだけではない。レンも天使の返り血で汚れている。
執行官は天使と戦う故、服や体が汚れる事は避けられない。だからこそ普段着ている服は安物や汚れが目立ちにくい服など、汚れても良い服が多い。そのため自然と執行官の服装が似るのだ。
「だけどこの子は普通の女の子よ。執行官の常識で考えたらダメよ」
「いや、コイツも執行官だぞ」
「え?」
「おいおいマジだったのか……」
アンジュはレンの発言に明らかに衝撃を受けていた。ローグは驚きつつも、どこか納得した様子だ。
「う、嘘でしょ?この子って逃げ遅れた子じゃなかったの?」
「いや、正式な執行官だ。今日配属されたばかりの新人だがな。スティア、隊員証を見せてやれ」
「あ、うん」
スティアは隊員証を取り出すと二人に見せた。
「スティア・ヴェンデース、顔写真も同じ……ってことはマジか。だからさっき『貴方も』って言ったのか。俺たちが朝から外に出てる間に新人が来てたなんて……」
「それより生年月日からして、貴方まだ十七歳よね?」
コクリとスティアは頷く。
「十七歳から執行官って……私たちも入隊した時はそれくらいだったけど、よっぽど辛いことがあったのね。大丈夫よ、これからは私たちが一緒にいるからね」
突然アンジュはスティアを抱き寄せ、彼女の頭を撫で始めた。
まるで妹を愛でる姉のようだ。庇護欲全開でアンジュはスティアを撫でている。
「おいアンジュ、そのくらいにしろ。お前今初対面の相手を急に抱き寄せて撫でるおかしな女になってるからな」
「そんな事ないわよ。ねぇスティアちゃん?」
「…………」
「スティアちゃん?どうして何も言ってくれないの?」
ほら見たことか。そう言いたけな視線をローグは向ける。レンは馬鹿馬鹿しくなってため息を吐いた。
「ちょっと何ため息吐いてるのよ。レンなら分かるでしょ、妹を甘やかしたくなる感情ってのが」
「分かるわけないだろう。まったく……それより、生き残った天使を討伐した事について、司令部への連絡は済ませたのか?」
「それはここに来る前に済ませたわ。今度こそ任務は終わりよ。あとは支部に戻るだけね」
そこでアンジュはスティアを解放した。
「それじゃあ私は早くシャワー浴びたいから、先に帰るわねー」
レンたちに背を向け、我先に第六区支部への道を辿って歩いて行った。
「……私、なんで急に抱きしめられたの?」
「知らん。アンジュはそういう性格なんだ」
「変わった人なんだね」
「執行官は別にマトモな奴の集まりというわけじゃない。多少は癖のある奴もいる。そこのローグなんて毎日のようにバーに行っては酒を飲んでるからな」
「良いじゃねぇか、酒くらい。それで仕事に支障が出るわけじゃねぇんだから」
「調子乗って飲み過ぎて二日酔いした日に天使が出て現場で盛大に吐いて俺達に大迷惑をかけた奴が何言ってやがる」
「いやマジで悪かったって!あれから二日酔いはしないように気をつけてるから」
「次現場で二日酔いしてたら今度こそ見捨てるからな」
恨みの言葉を吐きながら、レンも支部へ歩を進めた。ローグとスティアもその後を付いて行った。




