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ANGEL BREAKERS  作者: 綿砂雪
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第四話 仮初の平和

午後三時、空に茜色が滲み始めた頃。二人は四番街のとある広場にやって来た。

広場に設置されたベンチに座り、ようやく一息つく。


「はぁ……流石に歩き疲れた」


「そう?私は元気」


「お前はずっと食べ続けてるからな。一体どうなってるんだ、お前の胃袋は。あれだけ食べたのにまだ食べるなんて」


キョトンとした顔をしながら、スティアは先程レンに買ってもらったフライドチキンを口にする。

ハンバーガー屋を出て、さらにアイスクリームを食べた後も、スティアは様々な物を食べ続けた。

ホットドック、ピザ、ドーナッツ、クレープなどなど。目についた物を片っ端から食べていった。そしてその度にレンの貯金が削られた。

レンの所持金にはまだまだ余裕はあるが、まさかここまで食べるとは思っていなかった。安易に人に『奢る』などと言うべきではないと改めて実感させられる。


「第六区は美味しい物がいっぱいあるね。私、この街好きかも」


「食べ物が判断基準かよ」


街を気に入ってくれた事は大いに良い事だが、まさか判断基準がそれとは。

決して悪い事ではないが、この少女はいささか食に忠実過ぎる気がする。


「そういえばレン、天使ってどこにいるの?今日第六区をいっぱい歩いたけど、どこにもいなかった」


「気にしてたんだな」


「執行官ってそういうものだと思ったから。もしかして普段は透明になってるの?」


「そういう訳じゃない。単純に天使は生きてる世界が違うんだ。天使がいるのはこことは別の世界、俺たちは〈楽園〉って呼んでるが、そこに天使はいる」


「〈楽園〉……綺麗な名前だね」


「天使が生きる世界だからな。昔の宗教用語にちなんで名付けられたらしい。とは言っても、その実態は楽園とは程遠い場所だがな。なにせ〈楽園〉は天使の本拠地とも呼べる世界だ。人類にとっては地獄そのものだな」


「ふーん、本拠地かぁ……」


脳内でその言葉を反芻して、ふと思うことがあった。


「ねぇレン、〈楽園〉に天使がいるなら、なんで攻め込まないの?そしたら天使を皆倒せるよ」


敵の本拠地が分かっているなら、攻め入って敵を一網打尽にすればいい。単純だが当然の発想と言えるだろう。

だが、レンはその言葉を否定する。


「いや、それは出来ない。俺たちには〈楽園〉に行く方法はないからな。そもそも、行ったところで自殺行為にしかならない。〈楽園〉の詳細はほとんど不明だが、天使の本拠地である以上、大量に天使がいるのは明らかだ。そんな場所に攻め入って天使と戦えるほどの戦力は人類には無い」


「そっか、じゃあ仕方ないね。でもレン、それならどうやって天使はこの世界に来てるの?」


「天使にはこの世界と〈楽園〉を繋ぐ力があるんだ。〈天門(ゲート)〉を開いて世界を繋いで、そこからこの世界に入ってくる。つまり天使は一方的に人類の陣地に攻め入ることが出来る上に、天使特攻の技術以外のあらゆるものが効かない化け物なんだよ」


「……理不尽過ぎじゃない?それ」


「ああ、理不尽だ。だからこそ人類はここまで追い詰められた。今でこそこんな街や国を築けるようになったが、どれも仮初の平和に過ぎない。国の中は平和に見えても、国外に出れば未だに天使がウジャウジャいる。天使が国境を超えて国内に入ってこないのは国境防衛機構のおかげだ。だがその国内にも、〈天門(ゲート)〉一つで天使は〈楽園〉から入ってこれる。理不尽通り越して笑えてくるよ、本当」


自嘲気味にレンは言う。認め難い事だが、どうしようもないのが現実だ。

天使は完全に人智を超えている。理不尽と言える特性をいくつも持ち合わせたこの世界への侵略者。

このような化け物を五十年間も相手にして未だに人類が滅んでいないのは、ある意味奇跡とも言えるだろう。


「レンたちは大変だね。そんなヤバいのと戦わなくちゃいけないなんて」


「他人事みたいに言ってるが、お前も戦う側なんだぞ?」


「そう言われても、正直実感湧かない。私まだ天使を見たこともないし」


「それすら知らずに執行官になったのか……戦闘経験はともかく、知識すら無いなんて。お前を造った技術開発局は何考えてるんだ」


情報は与えられていないが、どうせ〈機巧天使(アンチエンジェルス)〉を造ったのは防衛軍の技術開発局だ。〈魔装(エグゼクター)〉を含め、対天使に特化した技術や装備は全て技術開発局が造っている。今回も同じだろう。


(安易に踏み込むべきでは無いと思ったが……これは聞いた方がいいな)


スティアがこれまでどう生きて、何をしてきたのか。今後の教育に関わる事でもある故、さすがに知っておく必要がある。


「なぁスティア、お前これまで何を───」



─────ッ!!!



言い切るよりも早く、少し離れた場所から爆発音が聞こえた。その方向を見れば、そこから黒煙が上がっているのが見えた。

少し遅れて民間人の悲鳴も聞こえてきた。次いで響き渡ったのはサイレンの警報音。


『警報、警報、第六区・四番街・アマリス通りにて、〈天門(ゲート)〉が発生しました。避難指定区域は第六区全域、避難指定区域内にいる方は今すぐシェルターに避難してください』


その警報音は第六区の全域に響いていた。

それはこのロズリカ合併国に生きる者は誰もが聞いたことのある厄災の知らせ。五十年前、突如としてこの世界に現れ、虐殺を繰り返してきた人類の宿敵がここに再び出現したことを告げていた。


「レン、これって……」


不安げにスティアが言った瞬間、レンのコートの懐に入れられた端末(デバイス)が着信音と共に震えた。

レンは端末(デバイス)を手に取り、耳に当てた。


「こちら第六区支部所属執行官、シドウ・レン……四番街のアマリス通り……了解、すぐに向かう」


通話を終えると、レンは端末(デバイス)をコートにしまう。


「レン、何を話してたの?」


「防衛軍から指令があった。スティア、今すぐ現場に向かうぞ。幸いここから近い。走れば三分以内には着く」


「向かうってことは、やっぱり……」


「ああ、天使が出た。まさかお前が配属された初日から出るなんてな」


「なんだか凄い偶然だね。良い事じゃないけど」


「まったくだ。とにかく急ぐぞ。被害が少ないうちに止める」


「え、でも私まだフライドチキンが……」


「なら食べながら走れ!」


慌ててフライドチキンを頬張るスティアを隣に、レンは現場へ走り出した。

これからスティアはようやく知ることになる。人類がこの五十年間、どんな化け物と戦ってきたのか。執行官とはどのような存在なのか。その一端を。

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