第三話 休憩がてらの街歩き
あれから第六区支部の外に出てきたレンたちが居たのは、第六区・四番街の大通り。この辺りはレストランやカフェなどの飲食店が多く並んでいる。路上にはキッチンカーもあった。
「すごい、お店がいっぱい」
並ぶ飲食店を興味深さそうに眺めるスティアを隣に、
「この辺りは飲食店が多い通りだな。もう少し離れたところに五番街、あそこはショッピングモールなんかもある」
「じゃあ遊んだり出来るのは?」
「娯楽か?ゲームくらいならどこでも売ってるが、本格的な施設があるのは七番街だな。ただ三番街は行かない方がいい。あそこは娯楽というより賭博系の物が多いからな。少なくともお前が成人するまではお預けだ」
「そっか。第六区って色々あるんだね」
「第六区はこの国でも特に人口が多い区域だ。品物も施設も他より揃ってる」
現在の時刻は昼過ぎ。スティアの教育に忙しくしていたため、未だに彼らは昼食を摂れていない。
さすがに空腹になってきたので、そろそろ何か食べておきたいところだ。
「それじゃあ、まずは昼飯食うか。スティアは食べたい物はあるか?今日くらいは俺が飯代出してやるから──」
言いながら、レンは隣を向いて、
「──って、スティア!?」
数秒前まで隣にいたはずのスティアが消えていた。
この辺りは人通りが多いから勝手にどこかへ行かないようにと、ここに来る前に伝えていたはずなのだが、すぐに約束を破られた。
「ガキかアイツは……」
ルーヴェスが言うには十七歳だったはずなのだが、とてもそうは思えないレンだった。
スティアはどこへ行ったのか。辺りを見回してみると、少し離れたところに銀髪の三つ編み少女を見つけた。間違いなくスティアだ。
彼女は道端の飲食店のガラス壁に張り付いていた。店内にいる客が困惑気味にスティアを見ている。
慌ててレンはスティアの元に駆け寄った。
「おいスティア!何やってるんだお前!」
「あ、レン」
声を掛けられてようやくスティアはレンの存在に気づいた。
「どこ行ってたの?」
「それは俺のセリフだ!勝手に離れるなって言っただろ!」
「あ、そうだった」
「忘れてたのかよ……」
本当に子供を相手にしているような気がしてきた。
「ここのご飯が美味しそうだったから、引き寄せられちゃった」
「なんだそれ……」
嘆息しながら、店の中を覗いてみた。
この店は主にハンバーガーを提供している飲食店だった。どうやらスティアはハンバーガーに惹かれたらしい。
「レン、ここ入っていい?」
「え、良いけど。お前ハンバーガーが好きなのか?」
「ううん、食べた事ない。だから食べてみたい」
「そ、そうか……なら入るか」
店内に入った二人は、そのままカウンターの列に並ぶ。
カウンターの上側にある液晶に映るメニューを見て、スティアは注文を考えている。その様子を飲食席に座る人たちが不思議そうに見ていた。間違いなく、先程外から店内を眺めていたのが原因だ。
それどころか一緒にいるレンまで生暖かい目で見られた。おそらく兄妹か何かと勘違いされている。
「……はぁ」
兄妹──その言葉を思い返してため息を吐いていると、二人はカウンターの前まで来ていた。
レンはセットメニューを頼んだ。ハンバーガーとポテト、ドリンクがセットになっている。
スティアも注文前に色々と悩んでいたが、最終的にはレンと同じ物を頼んだ。
注文を終えるとスティアは先に飲食席に向かった。会計を済ませたレンはその場で注文した物が出来上がるのを待った。
そうして数分後、出来上がったハンバーガーセット二人前を乗せたプレートを持って、レンはスティアが座る飲食席に着いた。
「おおー!」
テーブルに置かれたハンバーガーを見て、スティアは目を輝かせた。
ハンバーグやベーコンの肉類に、レタスやピクルスなどの野菜、あとはスライスチーズがバンズに挟まれている。
スティアはすぐにハンバーガーを手に取った。そのまま勢いよく頬張ると、
「んー!!」
歓声を上げる。今までの無表情が嘘のように、スティアは自身の幸福を表情に出していた。
スティアは次々にハンバーガーを食べ進めていく。「喉詰めるから早食いはしない方がいいぞ」と言ってみたものの、スティアは気に留めていなかった。余程ハンバーガーを気に入ったのだろう。
あっという間にスティアはハンバーガーを半分以上食べてしまった。一度ハンバーガーを置き、注文していたジュースを飲む。
それでようやく落ち着いたのか、スティアは唐突に話し始めた。
「ねぇレン、この国ってどんな場所なの?」
「急だな。どんなって言われても……その名の通り合併国としか」
「合併国ってどういう意味?」
「いくつかの国を一つにまとめて作った国ってことだ。五十年前から天使のせいで、どの国も深刻な被害を受けてきた。今の世界人口は十億人程度だし、人類の生存圏も五十年前と比べて半分程度だ。もう国が単独で安定して存続することすら不可能になったんだ」
「だから合併したの?」
「そうだ。人口や生存圏、資源も何もかも、残った全てを集結させて、人類を存続する。それが合併の目的だ。ロズリカに限らず、他にも合併国はいくつかある。その結果として、世界の国数も今じゃ十ヵ国まで減ったけどな」
「たった十ヵ国……少ないね。そんなに天使って強かったんだ」
「強いのは確かだが、当時の人類の兵器が一切通用しなかったからってのが大きな理由としてある。天使は『異界の存在』だからな、基本的にこの世の法則が適応されないんだ。銃弾を当てても刃物で切っても、バカでかい質量をぶつけても傷一つ付けられない。今のところ天使を殺せるのは〈魔装〉だけだ」
「なるほど……レンって物知りだね」
「執行官なら常識の範囲だ。お前もその内覚える事になる。天使討伐に知識は必須要素だからな」
「つまり私は勉強しないとダメなの?」
「当たり前だろ。敵を知る事もまた重要な訓練だ」
「うげ、執行官ってやる事多すぎじゃない?」
「その通りだが、こればかりは慣れるしかない。俺も防衛軍に入隊したばかりの頃は苦労した。真夜中に天使討伐のために起こされることもあるし、常時人手不足だからやる事も多いし、休みは無いし、急に別地域に任務で派遣されたりもするし、それに……」
「それに?」
「……いや、なんでも無い。とにかく執行官は大変な仕事だってことだよ。生半可な覚悟でやっていけるとは思わないことだ」
実際、執行官を超える過酷な仕事はこの世には存在しないだろう。年中無休なのは当たり前。人手不足故に業務量は多い上、天使と戦うために訓練する必要もある。生身で天使と戦う故、死亡率が高いことは言うまでもない。
真っ当に考えれば、執行官を続けたいと思う者などいないだろう。確かに給料や福利厚生は充実しているが、それも命や時間には代えられない。
それでも執行官を辞める者がほとんど現れないのは、皆が執行官である事にそれだけの意義を感じているからか。
それからしばらく、国の現状や執行官について話しながらも食べ続け、やがて二人はハンバーガーセットを食べ終えた。
会計を済ませて店を出る。ここからどうしようかと考えていた矢先だ。
「レン、あの車で売ってるヤツ食べたい」
道路の脇に停められているキッチンカーを指しながらスティアは言った。
「あの車って……ああ、アイス売ってるのか。良いけど、さっき食べたばかりだろ」
「でも私は食べたいと思った。だから食べる」
「はいはい、じゃあ行くか」
先程ハンバーガーを食べたばかりだと言うのに、すぐにデザートを求めるとは。よく食べる少女だ。
そんな事を思いながら、レンはキッチンカーにてアイスクリームを買うのだった。




