第二話 時代遅れの新兵器
支部長室を離れた後、レンはスティアに色々な事を教え続けた。
はじめに行ったのは第六区支部の案内。第六区支部は隊員たちが勤めるビルをはじめ、隊員寮や執行官の訓練場などが付属している。
「あちこち見てて思ったけど……どこの部屋もみんなドアは自動なんだね」
「今の時代じゃ当たり前だ。だがこの自動ドアは誰でも開けられる訳じゃない」
「え、そうなの?」
レンはコートの懐からカードケースを取り出す。中に入っているのは一枚のカード、対天使人類防衛軍の隊員証だ。
「防衛軍の隊員証、お前も執行官なら貰ってるだろ?これが無いと反応しないようにできてる。ドアの周辺に付いてるカメラやらセンサーやらが隊員証を読み取って、そこから防衛軍のデータベースから情報を検索。該当する隊員と映像に映る隊員との照合が取れることでようやくドアが開く。と言っても、処理にかかる時間なんて一秒にも満たないけどな。これでも防衛軍には機密情報が山ほどあるからな、セキュリティは固めてある」
「へぇー、凄い機能がついてるんだね。見た目はただのカードなのに」
「見た目はそうだが、これには色々用途がある。代表的なのはGPS機能だ。防衛軍は各隊員の位置を隊員証に付いてるGPSから把握する。もし天使が現れた時には、その位置情報をもとに執行官は指示を受ける。だから防衛軍の隊員、特に執行官は、隊員証は絶対に常備しないといけない」
「つまり、私たちがどこで何をやってるのかは、全部知られてるってことか……執行官って自由が無いんだね」
「いや、常に位置情報を把握されてる訳じゃないからな?あくまで必要な時に使われるってだけで、私生活まで覗かれる事はない」
「そうなんだ。じゃあ安心だね」
微動だにしない表情と目つきでスティアは言う。無表情で安心だの心配だのと語られても、全く気持ちは伝わらないのだが。
それから一時間ほど経った後。施設の紹介を終えたレンは、次に業務用端末の使い方を教えた。
防衛軍にも業務用端末というのはある。もちろんレンも持っているし、スティアも第六区支部に来る前に貰っていた。
中身は一般的なものと大して変わらないが、業務用なのでいくつか専用機能がインストールしてある。どのような場面でどう使えば良いのか。それを教えようとした矢先、信じられない事を言われた。
「レン、一つ聞いていい?」
「なんだ?」
「端末って……何?」
「…………え?」
現代人なら誰でも知っている物をスティアは知らなかった。最初は冗談で言っているのかと思ったが、スティアは本当に端末の使い方を分かっていなかった。防衛軍の新兵器なんて言われてるのに時代には付いて行けていないのか。
悪戦苦闘しながらも、レンはなんとか端末の使い方を教えた。教え切るまでに何度も質問されたし、終始理解している様子はなかったが。
そしてようやく取り掛かったのは、今日の本題である事務作業。
天使討伐が本業ではあるが、執行官にも事務作業はある。一応、防衛軍にも情報管理や書類仕事を専門にするような後方支援の役職はあるが、それだけでは補い切れないのだ。
天使が現れてから五十年。人類の抵抗の甲斐あって世界は今の形に落ち着くことは出来たものの、未だ人類復興の目処は立っていない。
世界人口は今や十億人ほど。各所で人手不足が謳われており、それは防衛軍も例外ではなかった。
執行官は言うまでもなく、それ以外の役職だって人手不足。なので後方支援の隊員たちで済ませられない分の仕事は、執行官が補っている。
それをこなすための場所が、第六区支部の四階にある執行官の事務室。
事務室には各執行官の事務机が並べられており、それぞれの事務机の上にはパソコンも置いてある。もちろん業務用だ。
しかしやはりと言うべきか。端末の使い方について尋ねてきた時点で予想できていたが、スティアはパソコンの使い方も尋ねてきた。どうやら機械にはかなり疎いらしい。
パソコンの使い方を教えてから、レンは事務作業について教え始めた。
基本的なことを教えた後は、一人で実践させたりもした。そのついでに自分の事務作業を進めていたら、知らないうちに居眠りされたりもしたが、なんとかスティアの教育を続けた。
そうして気づけば、ルーヴェスと話してから四時間が経っていた。
「レン〜疲れた〜」
レンの事務机の隣に置かれた事務机にて、スティアが嘆いていた。
途中で居眠りしてた奴が何を言っているんだ、そう言いたくなる気持ちをなんとか堪えた。
「ねぇレン、私休みたい」
「そんなこと言っても、まだ作業終わってないだろ。それに教えたいこともまだ残ってる」
「なら明日にしよーよ。急がなくても良いじゃん」
「確かに明確な時間制限は無いが、仕事は早く覚えるに越したことは無い。特に執行官なら尚更な」
「うげーめんどくさい。執行官って天使と戦えば良いんじゃなかったの?」
「メインは訓練や天使討伐だが、それ以外にもやる事はあるんだよ。防衛軍は年中人手不足だからな。休日はもちろん存在しない」
「……なんか辞めたくなってきた、この仕事」
などと言うが、おそらくスティアが自ら執行官を辞める事は出来ないだろう。
スティアは兵器として防衛軍が執行官に加えた存在、それでどうしてスティアの一存だけで執行官を辞めることが出来ようか。
「口を動かす暇あるなら手を動かせ。もう少しで終わりだから」
「……終わったら休ませてくれる?」
「休憩くらいは構わないが」
「じゃあ外行きたい」
「外?」
教えたい事も残っている故、そこまで休憩に時間を費やしたくないのだが……それくらいの休息は与えてもいいかもしれない。
まだスティアは勤務初日だ。慣れないことを詰めすぎてもいけないと支部長も言っていたし。
「……まぁいいか。分かったよ、じゃあこれが終わったら後で街に連れて行てってやる」
「やったー」
無表情で両手を上げて喜びを表現するスティア。発言と表情が合っていないが、おそらく本心からの言葉なのだろう。これが嘘ならレンはスティアのあらゆる言葉を信じれなくなる自信があった。
そうしてさらに十分ほどかけて事務作業を終えた二人は、ようやくビルの外、第六区の街へと繰り出した。




