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9.冬小物を作りましょう

 大狼(フェンリル)歴二万五千三百二十四年 射手座(サギッタリウス)二日。


 水を使うと、手指のかじかむ季節に成って来た。

 私の家に引いてるのは井戸水だけど、地面に埋めてある濾過器をちゃんと通してある。

 ポンプからくみ出すしかないのは、まだまだ改良ポイント。いつか、公園の噴水みたいに、簡単に出したり引っ込めたりできる仕組みが欲しいな。


 そんな季節は、冬小物の手作りの頃合い。肩を保温するためのケープから、手を覆うミトン、足元を温める毛糸の靴下。果ては、襟巻にイヤーマフまで。

 村の中には服屋が無いから、ほとんどの場合の冬小物は、全部個人の家で手作りする。

 私が本当の十五歳だった頃は、毎年「大おばあちゃんの作った小物」を愛用してたけど、流石に百年以上は持たないので、ミトンの指先に穴が開いた時に、自分で作ってみようって決心した。

 私は、両手で棒を持って編むタイプの、所謂「編み棒」は苦手だ。

 かぎ針って言う、フックのついた金属の棒を片手に持って、もう反対の手で特徴的な毛糸の持ち方をして、ループを何度も作って編んで行く方法しか、成功したためしがない。

 しかも、唯の真四角の毛糸の生地しか作れないので、その毛糸の生地を二つに折ってはぎ合せたミトンを作っていた。なので、私の手を覆うミトンは、優しい円型ではなく、長・方・形。

 襟巻は長方形でも良いんだけど、ケープだって長方形だし、靴下だって四角いので、眠る時は靴下のゴワゴワ感を我慢している。

 あまりに寝苦しくて、時々寝ぼけてベッドの中で靴下を脱いじゃうんだけど、そうすると足の指先が冷たくなってきて、寝ぼけながら、上掛けの中に脱ぎ散らかしたはずの靴下を探している。


 犬のマカロニに、毛糸の生地をはぎ合わせた服を作ってあげた。最初は、彼女は窮屈そうにしていた。

 けど、それをつけて居ると体感温度が変わると分かったみたいで、二日目からは素直に着るようになったわ。

 それに文句をつけて来るのは、ペパロニだ。

「しみったれ。俺の分の服は出来たか?」と、たぶん、ねだって来てるんだと思う事を言っていた。

 それで、ペパロニの服も作ったけど、跳ね回って移動しているうちに、居心地が悪くなったみたい。

「これあんまりよくねぇな。おい、しみったれ。脱がせろ」って、着せた十五分後に言ってくるから、私は思わず眉間にしわを寄せて、肩を落としたわ。


 かぎ針編みも、慣れているとは言え、ずっと続けて居ると暇になるし、何より切りがない。

 なので、襟巻を作る時は、完成まで一週間を目標に、毎日少しずつ編んで行く。

 そして、もう一匹……じゃなくて、もう一人、私に冬小物を作らせようとする人物がいる。

 言わずと知れた、クミン少年の事ね。

 自分で編むのが面倒くさいのか、それとも「編み物は女の人の仕事」だと思って居るのか、クミンはかぎ針編みすら覚える気が無い。

 普段の薬作りは「覚える気満々」でメモを取っているから、かぎ針を手に取るのも渋々、聞いた後にメモも取らないと言う風なその態度は、覚える気が無い事を示している。

「毛糸の扱いも知らないで、普段の冬は、どうやって過ごしてたの?」と聞くと、「前の先生が全部作ってくれていました。自動毛糸編み機で」

 それを聞いて、私は、あの先生の器用な所を思い出した。

 実際に手で物を作るのは嫌いだけど、手で物を作るように何かを作ってくれる機械を作るのは、上手だったと。

 その癖が今の私の「鉄屑いじり」に続いているんだから、教師と言う者の存在は、確かに大きいのね。


 私は、クミンに編み物の先生を紹介した。染物屋のシフォニィだ。

 予め家に呼びつけたシフォニィに、性別の事は伏せるようにと釘を刺してから、何時も通りお客さんから逃げていたクミンを、居間に呼んだ。

 クミンは、目の前に現れた()()にびっくりして、シフォニィの顔とか胸の辺りとかを、じろじろ見ながら硬直していた。

「初めまして。あなたがクミン?」と、シフォニィが柔らかい声で呼びかけると、男の子は嬉しそうに「はい!」ってきびきびと返事をした。


 シフォニィ先生から教授を受けて、クミンの編み物の練習は、それはそれははかどった。

 大人の綺麗なお姉さんと接して居たいと言う心は、操り様によって、どっちにでも引っ張れるのね。

 このまま、クミンが「大人の女性の美しさ」に心酔して、「大人の女性みたいに美しくなりたい」って思っちゃうか、それとも「この綺麗な女の人と接点を得るために、器用に編み物が出来るように成ろう」と思うかは、クミンの心に任せよう。

 今は唯、自分のための冬小物くらい、自力で作れるように成れぃと言う、私と言う師の意思を優先させてもらう。


 それからのクミンの努力と技術向上は半端じゃなかった。彼は、シフォニィの居ない時でも、彼女から聞いた事のメモを見ながら、編んで、編んで、編みまくった。

 唯の平面の生地じゃなくて、ゴムを仕込んであるみたいに伸縮する編み方をされた、フリンジがリッチな襟巻が出来上がっていた時は、私はそれをもふもふと触ってから、「これ、私にくれない?」と言っちゃったくらいだ。

「ダメです。僕のですから」と、その時のクミンは珍しく自己主張が強めだった。

 折角、シフォニィに自慢できる腕を磨いたのだから、そのコレクションを渡したくないのだろう。

 襟巻の他にも、五本指の毛糸の手袋や、足の形に伸縮する毛糸の靴下、雪の結晶の模様が編みこまれたドワーフ風の毛糸の帽子も作って、果ては上掛けの下に仕込む、毛糸のブランケットまで編み上げたのよ。

 ブランケットの模様は、くるくると有機的に渦を巻くアイビー模様だった。

「良く作ったもんだねぇ」と、ブランケットを広げて眺めながら、制作者に声をかけると、皿を洗う背中から、「あげませんよ」と、つれない言葉が返ってきた。

「流石に、こんな大作は要りませんよ」と、私も丁寧に断った。

 だって、偶然なのか、意図的なのか、それとも無意識なのか、渦を巻くアイビーの蔦の一部が、ハートマークを描いているんだから。

 これは……どっちだ? ん? どっちだ? このまま、女性化して行く? それとも、綺麗なお姉さんへの仄かな憧れの表れなのかな? と、私は口を一直線に結んだまま、暫し考えた。


 その一連の話をするために、ミアンを呼び出し、プリムの経営しているカフェに行った。

「ベルベット・ラズベリー・クオーターズ・カフェ」と言う、大分カッコつけた名前のカフェだった。

 名前は「クオーター」だけど、一区画の四分の一を占拠しているわけではない。だけど、プリムの店の周りにも、色々なお菓子屋さんが集まっていて、確かに村の中の繁華なクオーター区画は、可愛い店舗で埋まっていた。

「これはまた、激戦区で店を始めたね」と、私が席に座りながら、店主に声をかけると、プリムは余裕の笑みを浮かべて、「この区画でカフェを出してるのは、僕の店だけ。周りのお菓子屋さんで買った物も持ち込み自由だから、ドリンク代だけでも大儲けさ」と、助け合いの仕組みを語ってくれた。

 そんなプリムローズちゃんのカフェで、甘~いドリンクを飲みながら、うちの弟子の……もしかしたら初恋の話をしたわけよ。

 ミアンは大層面白がってくれて、散々大笑いしてたけど、少年の夢を壊さない方向で協力してくれる事に成った。

 さぁて、根回しはしたし、後はあの弟子が、どんどん有能に育って行ってくれれば、何時か私は「ふわふわ男子」が生み出す、毛糸の恩恵にあずかれるかもしれない。

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