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8.血筋と言う珍妙な関係

 大狼(フェンリル)歴二万五千三百二十四年 蠍座(スコルビウス)十日。


 私は普段、身近な血縁の話を全然しない。多分、一緒に暮らしていないからだと思う。だけど、そんな私にも、妹がいる。いや、かつて居た。その妹が結婚したのも、子供を残したのも、その子供達が延々と脈々と命を繋いでいるのも、もうだいぶ昔からになる。

 そう言う事を書くと、日記ちゃんが「この文章は間違え居ています」の表記を出してくるから、解説しておくわね。

 私は、今年で百五十歳になるの。実年齢よ。全く以てサバは読んでいない。百三十五年前に、細胞の成長と老化を停止する術を開発して、自分を実験台にしたの。

 その影響で、私の体は百三十五年前から、十五歳のまんま。

 頭の中の年齢だけは重ねたけど、せめて胸が膨らんできてから成長を止めるべきだったと、最初の頃は悔いた。

 だけど、胸が発達するとほぼ同時期に、女性と言うのは月々の物が来るようになる。その手前で成長を止めた事は、今となっては「当時の私は偉かった」と納得する要因になっている。

 理由は明記させないで。そんな所に疑問を持つようなら、貴方を引き裂いて捨てるわ。

 私の隠し事はそんな所だけど、遠く離れた町で暮らしている、妹の血筋の末裔達は、「ポワヴレ・キルトンの血筋を持つ家系」として、公共放送や伝聞紙の取材に応じたりしているんだ。

 実際は私の直系じゃないけど、私がこの百三十五年の間、十年ごとに取材に来る記者が鬱陶しくなってから、そっちの方を取材するように、記者達に申し付けてあるのよ。

 そんな、私の妹の血筋の、これまた一部は、既に別の姓を名乗ってるのに、「ポワヴレ・キルトンの家系」って事で、割と珍しがられてるんだって。

 だけど子孫の末端に行くほど、魔力保有力は無くなって行っていて、魔術として能力を操れない、唯の魔力持ちも増えているんだ。


 そんな魔力持ちの子孫の一人である、メヴィラって言う名前の女の子が、別の魔力持ちの家系の人と結婚したらしい。

 そうしたら、また姓が変わって、メヴィラ・サンターニュだった名前は、「メヴィラ・フレイム」になった。

 もう、苗字じゃ子孫を追えないレベルにまで、血筋は拡散されているんだけど、何故か「ポワヴレ・キルトンの血筋」って名乗るのはやめていないらしい。

 今までも、「老化を止める魔術」に関しては、対抗馬がいっぱいいたけど、百年を超えたあたりから、純粋な人間の対抗馬はめっきり居なくなった。

 魔性の血を引いている者の中では、百年間姿が変わらないなんて言うのは珍しくないんだけど。

 これからは、このポワヴレおばあちゃんが、十五歳の姿のまま何年生き続けられるかで、人間の魔力は百何年の間、成長と老化を抑え込めるのか、の記録更新が続いて行くんだろうな。


 薪屋さんから、今年の冬用の薪を買った時、燻製用のチップをおまけでもらった。

 私は、早速、家のオーブンの中で、豚肉の腸詰を燻し始めたんだけど、燻しの途中でクミンがオーブンを開けちゃったのよ。

 良い香りの煙がキッチンの方から漂って来て、私が慌てて現場に行くと、彼は慌てて火掻き棒を手に取り、せっかくのチップを石床に掻き出していた。

 成熟した煙と香りが、キッチン中に広がる。

 その現場を目撃して、「何してんの?!」って怒鳴ったけど、クミンは「え? 薪が燃えそこなってるから……掻き出しました」と言ってたから、「燻製を作ってたの!」と言って、煤掻きスコップで、まだ煙を出しているチップを拾い上げ、オーブンに戻し、蓋をした。

「何時も、確認してから行動しなさいって言ってるでしょ?」と、私は間抜けの過ぎる弟子に、何時もの説教をする。

 クミンは視線を下げると、不服そうに、「はい……」と返事をした。


 先日のクミンの失敗について、一番怒ってるのは兎のペパロニだ。

 ストーブの煤掻きをしていても怒るくらいだから、家中にスモークの煙が漂ったのは、ペパロニにとっても災難だったみたい。

「あのじゃりんこめ。目にもの見せてくれようぞ」と言う呪いをずっと吐いているから、何をする気だろうと思ってたけど、その日の夜のうちにペパロニの逆襲は始まった。

 朝、クミンが日課にしている、「メモ帳に書いておいた今日の予定」を確認する時、何処を探してもメモ帳が見つからなかったんだって。

 見つかったメモ帳……の残骸は、細かく食いちぎられて、ペパロニのベッドの一部に成っていた。

 それから、近所の女の子にもらったと言う、刺繍柄のハンカチも、わざと刺繍糸が千切れるように細かく噛まれて、やはりペパロニのベッドの一部に成っていた。

 犯獣は、犯行を隠す気が無いのか、それと元々が復讐だから隠す気が無いのか、新しい素材で出来たベッドの上でイビキをかいて眠って居た。

 それを見つけたクミンは、ペパロニと何か言い合ってたけど、結局クミンが言い負けていた。

 まぁ、言葉で勝っても、ボロボロにされたメモ帳とハンカチは元に戻らないんだけどね。


 薪を割るなら二撃目で~ってなわけで、薪屋さんから買った大きい薪を、小分けにする作業を始めた。

 最初の一撃は軽く、薪の先端に軽く斧を食いこませるだけ。それから薪ごと斧を振るって、二撃目で完全に割る。この手順を踏まないと、台座の切り株から左右に、割れた薪が吹っ飛んで行く事になる。

 台座にしている切り株は、近くの公園の、立木の撤去の時に出た廃材をもらってきたの。

 あの台座も長年愛用しているので、大分、いかめしい斧の後がついてるわねぇ。

 力仕事は覚えてもらおうって事で、クミンにも薪の割り方を教えた。

 バトルアックスとは全然使い方が違うけど、重たい刃に慣れておく必要もあるでしょうよ。

 クミンは、何度教えても、空振りの後の一撃めが強すぎて、薪を両側に吹っ飛ばしてしまう。

 物見遊山で様子を見に来ていた、マカロニの後に続いて、ペパロニが作業場に来た時、その吹っ飛んだ薪の強打を脇腹に受けて、ペパロニは転げまわって悶絶していた。

 兎の本能からか、「此処に居たら危険だ」と思ったらしく、物凄い勢いで家の中に戻って行った。

 勿論、その後も、クミンはペパロニからの報復を受けていた。

 今度は、クミン用の綿入れ布団の端っこを齧られ、布団から綿が飛び出てたそうだ。


 鍋を煮込みながら、この文章を書いている。片手で大鍋をかき混ぜて、もう片手でペンを操ってるんだけど、うっかりすると両手が弧を描こうとしてしまう。

 ちょっとだけ鍋を掻き回すのをサボって、日記に集中しましょうか。

 天気が良いと言う言葉は、何も「晴れ」の日だけを差すわけじゃないらしい。砂漠の人々にとっては、雨が降ってるのが「良い天気の日」だと聞いた事がある。

 雨の日を「天気が悪い」と言えるのは、水が豊富に手に入る土地に住んでいると言う、ある種の贅沢な悩みなのね。

 人間ってものは、常にない物ねだりをする生き物なのかもしれない。冬に成れば夏が恋しくて、夏に成れば冬が恋しくて。

 だけど、春に成ったら夏に成ることを望むし、秋に成ったら「冬に来ないでほしい」と言う人も居る。

 降雪のある土地だから、夏と言う「ずっと晴れて居る温かい期間」を求める心が強いのかしら。

 それでも、夏に成ったら成ったで、「暑い」と文句を言われるんだから、天気の精霊だって良い迷惑だろう。

 何やら、牛乳と小麦粉を混ぜたような、香ばしい香りがする。

 忘れてた。鍋。

 慌てて掻き回したけど、突っ込んであったお玉で鍋底を調べると、明らかに焦げ付いていた。

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