7.今年のカボチャ祭り
大狼歴二万五千三百二十四年 蠍座八日
普段から収集していた鉄屑を組み合わせて、仕掛けを作り、「照明」や「音楽」の魔力を通した物を、手押し車に一杯持って、私はお祭りの会場に向かった。
勿論、クミンも一緒に。彼には、私が会場を見て歩いている間の、売り子をやってもらうつもりで連れて行った。
だけど、私が自分のブースの準備をしている間、クミンはお菓子の屋台や魔法雑貨のブースが並ぶ中を、目を輝かせて遊びに行ってしまった。
お小遣いもそんなに渡してないし、暫く待てば帰ってくるかなぁと思ったけど、肉焼きのソースで口元をてかてかさせて、手に安っぽい「銀色ラメラメの扇子」を持って帰ってきた時は、クミンを指さして「無駄遣い」って言っちゃった。
その後、一通りお金と商品の受け渡しの方法を教えてから、クミンにブースを任せて、魔術師仲間に挨拶に行った。
森魔女のエンゲルが、面白い仕掛けを作っていたよ。ボードゲームみたいな迷路の中に、銀色のボールを通して行くの。迷路の途中途中で落とし穴があったりして、迷路の中にボールを通すには、細かい技術が必要だった。
落とし穴から落っこちたボールは、丸い器の中の下に通過して、スタートの穴から再起復活出来る。
特に目立つ魔術も組み込まれてないんだけど、思わず熱中しちゃう面白い仕掛けだった。
本当に「すごい」って言える仕掛けを作れる人は、ああ言う、単純だけど熱中してしまうって言う人間の癖みたいなのを、しっかり心得ているって事よね。
私のブースに来てくれた人は、ぼちぼち。可愛く作った可燃ジェル性の蝋燭と、その蝋燭を灯すと、見栄えのする光が床に零れるランタンが、一番売れたな。
他にも、ドアの上に取り付ける「水面音」のベルや、蓋を開けると音楽を鳴らす宝石箱なんて言うのを用意したけど、音系の魔法細工は好みが分かれた。
やっぱり、細工はシンプルなものほど喜ばれるみたい。
だけど、毎年新作を持って行かないと、ブースに来てくれたお客さんをがっかりさせちゃうしなぁ。
出来るだけ、毎年一つは新作を持って行って、その毎年一つの新作を、シンプルで飽きの来ないものにするしかないのか。
お祭りを堪能した後は、家に帰って、作り置きのカボチャスープとカボチャプリンを食べる。
カボチャのパイも用意したけど、クミンはプリンを食べただけで、「これ以上甘いのは、遠慮します……」って言ってた。
男の子にとっては、カボチャの天然の甘みでも、相当甘く感じるみたいね。
だけど、同じ男の子でも種族が違えば、カボチャは相当良い食事みたい。
ペパロニが、その日の晩御飯である、生カボチャの薄切りを熱心に咀嚼しながら、ぶつぶつ言ってたのよ。
珍しく文句じゃなくて、「この旨味の調和するフレッシュなワタ際が一番濃厚な味を……」とかなんとか。
それで、クミンがカボチャパイを残すと、「よお。じゃりんこ。要らねぇなら、俺が食うぞ。良いんだな?」とか、勝手に話を進めていた。
勿論、兎に人間の食べ物を与えてしまうと太る原因になるので、パイの生地の部分を剥がしてからあげたけど。
「なんでぇ。ケチ臭い事するんじゃねぇよ。しみったれ」と、ペパロニは文句を言っていた。
自分の隣では、マカロニが生地付きのカボチャパイを食べてるんだから、お前の健康を考えていると言っても通じないだろう。
ラザニアも、生地を剥がしたカボチャパイの中身だけを、ちょいちょいとつついていた。
ペット達と一緒にカボチャパイを食べて居ると、玄関でベルが鳴った。
ドアスコープを覗いてみると、魔女の正装をした黒髪の女の子が居た。普段は三つ編みにしてる髪を解いてたけど、ミアンだってすぐにわかった。
ドアを開けると、オレンジ色の焼き菓子の入ったフィルムパックを、籠の中に沢山持った彼女は、「ご褒美。ご褒美」って言いながら、フィルムパックを一つ渡してくれた。
「ありがと。うちの持て成しを食べて行く?」って聞くと、「勿論」って帰ってきた。
そこで、私はでっかいカボチャパイの一切れと、ポットを温める所から淹れた紅茶を振舞った。
お客様用の椅子に座ったミアンは、「いやー、歩きすぎた。もう、ふくらはぎがパンパン」って言って、革のブーツの上から、脚を揉んでいる。
トレーの上にカボチャパイとお茶を並べて、「ささ、我が家の持て成しを」って言うと、ミアンは、歯を見せてにやって笑って、「ありがとう」って応えた。
ミアンの話では、プリムがこのカボチャ祭りの前から当日に乗じて、上手く新しい店を軌道に乗せたらしい。
「目玉商品は、『ホームメイドテイスト・パンプキン・タルト』だってさ」との事だ。
「家庭風カボチャタルトかぁ。だけど、お祭りが過ぎたら飽きられない?」って聞くと、ミアンはカボチャパイを一口分口に入れてから、フォークをちょっとだけ横に振って、「次の月の策は、卵祭りチョコレートケイクだって言ってたわ。卵型のチョコレートマカロンと、どっちにしようか迷ってるって」って言う。
「イベントを主体にした店にして行く予定なの?」と、質問すると、「それは商いの基本だって言ってたわ。あのプリムローズちゃん」と、返ってくる。
プリムの前では、私達は彼の本名を呼ばない。どんな抑揚で慎重に呼んでも、絶対的にからかいになるからだ。
自分の名前の恥ずかしさはプリムが一番よく知っていて、プリムローズって呼んだ奴は後世まで呪ってやるって、息を撒いている。
まぁ、男の子にプリムローズって名付ける、頭の沸いた親の下に生まれたのが悲惨なのね。
ミアンが帰った後、隠れていたクミンが、壁際から居間を覗いて、汚れた皿を回収して行った。
皿を洗ってくれるのは良いけど、なんで及び腰なのよって思ってたら、クミンはエプロンをつけながら、「ミアンさんって、なんか冷たい感じしますね」と、言う。
「そう? 結構と、愉快な子よ?」って返すと、「僕は打ち解けられないなぁ。一度失敗したら、後々まで文句を言われそう」と言う、一種の偏見を述べる。
「頭から決めつけない」と、私は弟子に言い聞かせた。「実際に話してみて、『後々まで文句を言われる』ようだったら、その時に考えれば良いの。あんた、まだ、ミアンと一言も話したことないじゃない」
洗剤をつけた木綿をクシュクシュと揉み始めたクミンは、「うーん」って唸ってから、「やっぱり、立ち向かわなきゃダメですかぁ」と零す。
「立ち向かおうとしている時点で、偏見に負けてるのよ」と、私はお茶の葉っぱが入ったボトルを棚に片付けながら、解説した。「甘やかしてくれそうな人にだけ近づくのは、男としてみっともないと思いなさい」
「はい……」と、クミンは根暗そうにぼそりと返事をした。
お祭りも終わったし、今年の私の商いの集計……を、日記ちゃんに明かしちゃうと後々面倒そうだから、ざっくりとだけ記述するわ。
余裕をもって来年まで暮らせる貯蓄と、生活費は得た。余計な散財をしなければ、来年のお祭りの細工に出資する事も出来る。
光線裁断機にも力が入るってものよ。この道具は鉄屑を切るには便利なんだけど、光が通過した先に防護板を置いておかないと、床まで裁断してしまうのでとても危険なの。
だから、クミンに幾らねだられても、触らせた事はない。私しか使えないように、暗号呪文も入力してある。
クミンの持っている魔力量じゃ、薄板を焼き切るくらいの力しか出せないだろうけど、用心に越した事はない。