6.オレンジショック
大狼歴二万五千三百二十四年 牡羊座十二日目
魔女村の名産品は、ゴールデンオレンジ。実際はちょっとだけ黄色みの強い、分厚いオレンジ色の皮を持った、中身がピンク色のオレンジ。もはや何色なのかも分からないわ。
市場店の存在が当たり前になった世間では、果樹園からの大規模な買取をする業者が、オレンジを収穫した果樹園農家さんの所に、年に数回の収入をもたらしに来る。
私はオレンジ農家さんではないので、果樹園の土地の規模とか、品質管理とかの事はよく分からない。
けど、見渡す限りの果樹園を持って居る農家さんでも、実りの頃に「百シルク」もらえれば良いほうなんだって。
チャーマー村の生活感でも、「一年働いてたった百シルク」である事は分かる。
農業組合に登録して、組合援助金とかギルドの保証金とかを当てにしないと、カツカツで暮さなければならない。
勿論、チャーマー村の人達は、貸家に住んでいるわけじゃない。ちゃんと自分の土地を持って、先祖伝来の家か、自分が新しく立て直した家に住んでいる。
景観保護法って言うのがあるから、外壁だけ昔のままで、内装は住みよいように近代的にリフォームしている家もある。
私の家もリフォーム済みだけど、壁を剥き出しの二重煉瓦のままにしておいたのは落ち度だわ。
ペパロニが度々文句を言うのよ。
「お前、カネはある癖にしみったれてんだな」って。普通に「寒いから暖房を付けてよ」とか言ってくれる方が素直で嬉しいんだけど。
そんなチャーマー村のオレンジ農園に、害虫被害が出た。本来は、オレンジと言うものは虫が寄り付かない。
そのはずなのに、もう収穫が間近だったオレンジの実と葉っぱを食い漁る害虫が発生したのだ。
虫食いだらけになったオレンジは、もちろん売りには出せない。わずかに残った「虫に食われていない実」の値段は爆上がりしたけど、そんな事を喜べないほどの損害が出たそうだ。
ミアンは、「きっと、唯の害虫って言うわけじゃないわ」と、推理していた。「誰かが『ゴールデンオレンジを食べる』って言う魔術をかけた虫を、農場に放ったのかもしれない」と。
情報屋の推理を聞かなくても、大体そんな感じだろうなと、私も思っていた。
農園の人達は、そんな悪い事をする者が「近所」に居るはずがないと信じている。
果樹園同士が隣り合っている村の中で、オレンジを食べるように魔術をかけた虫なんて放ったら、みんな共倒れなんだから、ご近所さんを疑うはずはないだろう。
もう一つ不幸な事が発生した。遥か昔の怨恨で村八分にされていた一家が、先日の「オレンジショック」の犯人だと見なされたのだ。
私は、魔女代表として彼等を調べるために、農業ギルドの人達が集まっている「会議場」に呼ばれた。その場が「私刑場」にならない事を祈りながら。
結果としては、村八分に処されていた一家の疑いは晴れた。
私は主に、彼等が魔術の知識を持っているかどうかを調べたんだけど、魔術師なら知ってるはずの知識を彼等は全く持っていない。
それに、魔術師達の会合には、一回も参加した事がない。この村に住んでるからには、魔力持ちではあるけど、魔力の効果を保つ方法や、魔力を固定したり維持する能力の使い方も知らなかった。
そもそも、なんでその家の人達が村八分に遭っていたのかと言うと、二百年くらい前の先祖が、当時の農園主さんの家の果樹園の木に触ったから、だと言う。
村八分に遭っていた一家の人が触った木は、その年たまたま実りが悪かった。それで、「お前が呪いをかけたんだろう」と農園主さんに言いがかりをつけられて、村八分に処されるようになった。
「『おんじ』は言ってたんです。先祖の者が木に触れたのは、その木があまりに元気が無かったから、励ましの言葉をかけたんだと」
私はそれを聞いて、オレンジショックを打開する方法があるかも知れないと閃いた。
村八分に遭っていた家の人達は、魔術は使えないけど、もっと他の力があるんだと思ったの。
村八分に遭っていた一家は、チャーマー村のオレンジの木を救った。彼等の祖先は、弱っていた木に、実りが悪いなりに実をつけさせる力を持って居る。
だったら、害虫に悩んでいる木に、害虫を跳ねのけさせる力も与えられるはずだと思ったのね。
私は、彼等が見事に害虫駆除が出来たら、「村八分」を解いてもらえないかと、村長に持ち掛けた。
村長は、「本当にそんな事が出来るんだったらな」と、鼻を鳴らしていたけど、一家は私の見込んだ通りに仕事を終えた。
来年の春には、また果樹園に新しい花が咲くだろう。
大狼歴二万五千三百二十四年 天秤座十二日目
オレンジショックから早半年。
先の一家の働きで、害虫に強くなったオレンジの木を、べたべた触っていた男が発見された。
そいつを捕まえて村長の前に引っ立て、ちょっと荒っぽい事をして証言を得た所、その男は、チャーマー村に敵意を持って居る別の村の住人が、オレンジ農園を潰すために雇った呪術師だったのよ。
呪術師は、チャーマー村のオレンジの木に施された「破邪治癒」の術を解いて、新しい呪詛を込めようと、木を触っていたそうなんだ。
その呪術師は、術を封じられてから、村の外に追い出された。
「割に合わない。本当に割に合わない」と、最終的に呪術師は、雇い主を呪っていた。
今日も、ヨウムのラザニアが愛と罪と罰を歌っている。
「なくしてしまったこころのかずだけ あいをうんだといえるのならば いつかきえてくぼくらのこえは あなたにとどくはずといえるの? めがみのうたはだれにひびくと?」と言う言葉を、メロディアスな感じで高らかに歌っている。
「今月も悲壮系なのね」と、私が声をかけると、ラザニアはその続きの歌詞を唱える。
「しょうめつしてくせかいはおわり はるかかなたずっとむこう たいくつなひびくりかえすえご まだおわらないつづきもしない わたしのすとりーあなたのめもりー」
ラザニアは、今日も快調なようね。
世界が終わってんだか続いてんだか、その歌詞じゃさっぱり分からないけど。
その後、酔っ払いが急に素面になるみたいに、ラザニアは真面目な声で「先日の、チャーマー村、オレンジショックについて。続報です」と言い始めた。
公共通信がニュースの時間に成ったらしい。
魔力波に踊らされるヨウムの声は、淡々と「呪術師を雇った犯人」の名前と、その人物を含む一族が、オレンジ栽培から手を引くように、公的機関に言い渡されたと述べた。
ラザニアも、真面目に伝えなければならない事件と言う物は、心得ているようだ。
クミンが手に包帯をして帰ってきた。ガーゼで太っている手は、包帯にまで、薄っすらと血が滲んでいる。何でも、研修所で剣の刃のほうを握っちゃったみたいなんだ。
「なんでそんな事に?」と聞くと、研修生の間で、悪ふざけを始めた一人が、爪先立って歩いて行って、休憩中だった他の研修生の背中を、剣の切っ先で突っつこうとしたらしいんだ。
そこに、先生の怒鳴り声が響いてきて、爪先立って歩いていたせいで、バランスを失ったその悪ガキは、危うく本当に無防備な人の背中を切りつける所だった。
悪ガキがおたおたしてるのを見つけたクミンは、とっさにその子供の握っていた剣の刃を、手で受け止めてしまったと言う事である。
利き手を怪我したクミンは、明日から教習所を一定期間休む事に成った。
治癒の魔術って言うのもあるけど、あんまり体によくないから自然に治しなさいって言っておいた。