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5.春めくにしても

 大狼(フェンリル)歴二万五千三百二十四年 魚座(ピスケス)九日目


 この数日、周りが恋愛づいている。春だから、みんな頭に血が上って浮かれてるのかしら。


 情報屋のミアンも、年齢としては恋するお年頃だ。彼女は職業が職業なので、それまで全然知らなかった人と、打ち解けて話をすると言う事が出来ない。

 自分に近づいて来る人が、自分からスクープを横取りしようとしている、別の情報屋であるかもしれないと言う警戒心を、常に持って居るんだ。

「仕事は五十五歳に成ったら辞める」と、ミアンは常々宣言している。「その後で、私は運命の相手と大恋愛をするんだ」と。

 それからついでに、「その時は、ポワヴレの占いを受けたり、恋愛相談をしたりするから、よろしくね!」と、片手の親指を立てて述べる。

 確かに、魔女としては占いをしたり、人生や恋愛の相談に乗ったりするのは、普通のお仕事ですけど。後三十五年後に、私が生きて居たら良いんだけどね。


 そんな私に相談をしに、珍妙なお客が来た。魔女(チャーマー)村に来るには、とても変わったお客様だ。

 黒いドレスを着て、灰色のストールで髪を覆っていたけど、その肌は茹で卵みたいにツルツルで、良い匂いがする女性。

 たぶん、貴族のお嬢様か奥様かだなと気づいても、私は余計な事は言わずに、「何のご相談でしょうか?」って、何時ものように聞いてみた。


「婚約者と別れたい」と、彼女は述べた。

 理由を聞いてみると、他に愛する人が居るからだと言う。

 婚約の背景は、家同士の政権争いの和解のためらしい。彼女が生まれる前に、彼女よりずっと年上の姉が、相手方から婿を取った。

 そして、次も女児が生まれたので、相手側のほうに嫁がせると言う約束事が交わされた。その時に生れた女児と言うのが、相談に来た女性だった。

 女性とばかり書いていると訳が分からないので、仮に、相談に来たその女性をリーゼ嬢と呼ぼう。

 リーゼ嬢が話すに、自分が結婚しなくても、姉が婿を取った時点で両家の怨恨は晴れており、自分は話の流れで、好意を抱けない相手と結婚させられそうになっている、らしい。

 好意を抱けない相手、と言われたので、具体的にどんな所に好意を抱けないのかと聞いてみると、リーゼ嬢は思い出すのも嫌だと言う風に、両手で顔を覆ってから、意を決したように言った。

「あの人間もどきは、幼稚で、不潔なの」

 私はその言葉を頭の中で反芻して、まだこれは具体的な情報では無いなと判断した。

「どんな風に、人間だと感じられなくて、どんな風に幼稚な所があって、不潔なのかしら?」と聞くと、リーゼ嬢は腹をくくったと言う表情をして、話し始めた。事細かに。


 リーゼ嬢が結婚させられそうになっている相手の事を、仮にカストルと名付けよう。

 カストルは、爵位がもらえるとは思えないほど「庶民の子供みたい」で、年齢としてはもう成人しているはずなのに、毅然と振舞う事が出来ない。

 暇があれば、鼻の穴や耳の穴や口の中に指を突っ込んで、指先にくっついて来た物を服で拭う。

 体幹が存在しないのかと思うほどの、ぐにゃぐにゃな座り方をして、常に法杖をつき、喋る言葉は「ママ!ミルク!」「ママ! 本!」「ママ! フィルム!」と言う風に、言葉の最初に「ママ」が付く。

 実際に彼の要求に応えて物を持ってくるのは、なんと、彼の乳母だ。

「成人しているのに、乳母がついてるの?」と私が聞くと、「そうなの。それに、彼が読む本は、童謡の絵本なの。それから、観るフィルムは……ネズミのパンチシリーズなの」と言う答えが返ってきた。

 ネズミのパンチって言うフィルムを知らなかったけど、たぶん幼児が観る類のアニメーションフィルムなんだろうと、見当はついた。

 通信辞典で調べてみたけど、フェルトで作られた「パンチ」と言う名前のネズミが、如何に他のフェルトネズミやフェルト猫を出し抜いて、果敢にチーズ争奪戦を勝ち残るかを毎週綴る、と言う内容のものだった。

 大体情報が入ってきた所で、それは物凄い奴だな……と思って、私も息を呑んだ。それから、圧倒されて居たら話が進まないと思って、質問を試みた。

「何故、貴女のご両親は、そんな人と貴女を結婚させようとしているの?」

「私の姉が婿を取ってから、その家に他の男児が生まれなかったからよ」と、本当であれば声を荒げたいだろう台詞も、リーゼ嬢は淡々と語る。

 リーゼ嬢のほうは、きちんと教育されていて、自分の感情のコントロールも出来ている、しっかりした淑女に見えた。だからこそ、家同士が「ウキウキと進めている縁談」に、横やりを入れられないのだろう。

 浮気や散財などの証拠があれば、破談にする事も出来るかも知れないが、婚約者が異常な変人であると言う事は、破談の理由になるだろうか。

「その話を破談にするなら、貴女がはっきりと『こんな人物は夫として尊敬できない』と言う意思を、告げなきゃならないんじゃないかしら? 愛する人が居ると言う理由は話しちゃダメよ。貴女が不利になる」

 そんな感じで、他人や家の意向に意見を言わないように躾けられているお嬢様の暗示を、少しずつ解いて行った。


 リーゼ嬢は、侍女達を連れてカストルの「所業」を見物させ、彼女達を証人とした。

 カストルと言う人物が「どれだけ結婚と言う儀式をかわすのにふさわしくないか」「夫と言う存在として受け入れられないか」を、彼女自ら証言し、「そもそも今日(こんにち)の両家の怨恨は晴れているではないか」と訴えた。

 自分がカストルと結婚する事に成ったら、妻が夫を嫌悪し続けると言う、新しい怨恨が生まれる事になると言う脅しも利かせて、婚約を破談に持って行った。

 その話は、直接リーゼ嬢から聞いたわけではない。ミアンが騒動の話を聞きつけて、色んな証言者から情報を集めて、伝聞紙のネタにしていたのだ。

 見出しは、「貴族女性 誇りをかけた破談劇」と言う文言が掲げらていた。

 女性の誇りが重んじられる社会に成っててよかったわ。


 女性の誇りと言えば、ソニアはどうしているかな。ソニアって書いても、誰か分からないか。

 この国の先代の女王様で、私の妹分の一人。

 彼女は最初に会った時から、ずっと「ポワヴレ」って呼んで来る。

 彼女の仕事が忙しくなった期間は、すっかり会う事も無くなってたんだけどね。

 今では大人の淑女として振舞っているソニアだけど、子供の頃のあの子ったら、城を抜け出して、当時住んでた私の家に来ると、「ポワヴレの服を貸して」って言って黒装束になって、お城では禁じられている泥遊びに夢中に成ってた。

 黴菌が体に入ったらいけないって事で、土に触れたり草木に触れたりする事を許されてなかったんだ。

 私も、王家の子供が自分の家の庭で泥遊びをしている事が知られないように、私の服を着ている間は、ソニアを「メリカ」って偽名で呼んでた。

 メリカは泥遊びや草木編みを嗜み、木に登りたがった。

 流石にドロワーズが丸見えに成ってしまうので、その時は大きなブルマーを貸してあげた。見た目の可愛さは隠せないので、ゆったりしたブルマーを身に着けた彼女は、異国のお姫様みたいに見えた。

 そのソニア殿下も、年月と共にすっかり大人になってからは、社会での女性の地位を向上させる仕事をしていた。

 だからか、女性の誇りって言うと、私は何となくソニアの事を思い出しちゃう。

 彼女は年齢のせいか、最近あまり体調が良くないらしい。すっかりやつれてしまって、ベッドから起き上がれる日も少ないんだって。

 髪が銀色になる年齢だもの、仕方ないか。

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