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45.食事と寝床を差し出され

 大狼(フェンリル)歴二万五千三百二十六年 魚座(ピスケス)一日目


 今月の末付近で春祭りが行なわれる。今年は、長く寒い冬だったわねぇ。

 厄介な「弟子に成りたい人」が追加で日常に関わってくることになって、そのお陰で壁に大穴が開いて、寒風の渦巻く家の中で、どうにか暖を取って……。

 思い出しただけで目が潤んじゃう。


 つい先月、リシャが手術をしたと言う話が、巡り巡って私の所にも聞こえてきた。延命手術と言われる、完治は出来ないけど命を伸ばすための手術だって。

 私が彼女の異変を知った頃は、手術しても間に合わないって言われてたようだけど、彼女の生きようとする努力を家族も応援してくれたんでしょう。

 なんだかんだ言って、リシャも丸一年生き延びたわけで、彼女の寿命があと二年持つと考えて居られるかしら。

 そしてクリストフが薬の材料を用意してくれるのは、来年と言う、かなりタイトスケジュールである。

 どうにかするしかない。

 久しぶりにリシャの家に遊びに行ってみよう。


 手術から日が浅いので、リシャはベッドに横たわったままだった。

「ごめんね。しっかり挨拶できなくて」と、彼女は細かい事を気にする。

「今のあんたは寝ているのが仕事」と、私は励ましておいた。「去年は遊びに来れなくてごめんね。その代わりに、土産話ならいっぱいあるわ」

「是非聞かせていただきたい」と、リシャはふざけてみせる。

「うん。まずはねぇ、この村でもあった『魔女狩り』の時の事なんだけど……」ってな風に、私は方々を歩き回り、時に駆けずり回った話をリシャに告げた。


 リシャはケタケタ笑った後、胸の下のお腹の辺りを抑えて「いたたた」って呟いてた。多分、其処に手術痕があるんだろう。

「その、ディルって言う人は、今もポワヴレの家に居るの?」って聞くから、「正確には、敷地の小屋に住まわせてるんだけど。まぁ、家に居るって言ったら居るのかしらね」と、私は答えた。

「クミン君とは、仲は悪くならなかった?」と、リシャも、ごく当然な疑問を持つ。

「クミンはお人よしだからね。メリノーの事に関しては、メリノー本体の事を恨んでるみたい」

「はぁ。割り切りが良いなぁ」と、リシャは零していた。それから、「そのディルって言う人の失敗談は、他にはある?」って、野次馬心をみせてくる。

 私は此処最近のエピソードを語った。

「ある。あの人物、何故か薪ストーブを使いたがらないのよ。小屋には、暖房はそれしかないから、冬の間は常にストーブを焚いて、時間のかかるご飯でも作って居なさいって言っておいたんだ。

 けど、何故か『熱波』で何でも片づけようとするから、時々小屋から爆発音が聞こえるのよね。

 それで、クミンが様子を観に行って訳を聞いたら、『だって薪ストーブは爆発するんですもん』って答えたんだって」

 それを聞いて、リシャは更にケタケタ笑う。

「薪ストーブって爆発するっけ?」

「いや、煙突が詰まってるとかじゃないと、爆発しないはずなの」

「煙突は詰まってたの?」

「クミンが見てみたら、煙突どころか薪入れ口まで新品同様のままだったって。それで、『いつ爆発したんだ?』って聞いてみたら、『ポムドールさんの家の薪ストーブは爆発したんだ』って言ってたって。

 その話を聞いてから、エルヴィにポムドールの家の薪ストーブに不備は無かったかって聞いたの。

 そしたら、ポムドールの家の屋根が壊れた件は、ディルが按摩の仕事に行った時に、ついでに『薪ストーブの煤を片付けておいて』っておばあちゃんに言われて、『風元素術』で煤を煙突から外へ放り出そうとしたのが原因だったみたいなの」

「やらかしてるねぇ」と、リシャは面白そうに感想を述べた。


 リシャの家に行った後日。スネークパークに新しい見世物が用意された。

 エディアン圏のドラゴンにあたる、「龍」って言う生き物を捕まえたから、それを巡回展示してるんだって。

 何時も通りにミアンの所に招待チケットが来たから、今回はミアンと私とクミンの三人で行く事にした。

 以前、大蛇が収められていた大きな硝子の檻の中で、龍は退屈そうに眠って居た。

「出来れば、この龍にインタビューをしたのよね」と、ミアンが言う。

 つまり、私に「龍語」の通訳をしてほしいと言うわけだ。

「まず、何から聞けば良い?」とミアンに聞くと、「貴方は何処から来ましたか? がベストかな」と言う。

 その通りに、硝子の檻の中の龍に声をかけた。

 龍は、うちの犬みたいに、片目をちょっと開けただけで、また眠り直した。

「通じてる?」と、ミアンが不安そうに言うので、「多分通じたと思うけど、眠さの方が勝るみたい」と、私は答えた。

 その後、「あなたのお名前は?」とか、「年齢はいくつ?」とか、「故郷が懐かしくなる事は?」とか、散々質問したけど、龍は全く喋る気が無い。

 龍と対面してから二十分後。

「ちょっと休憩しよう」と、ミアンが提案した。「クミン。お腹減ってるなら、外のスナックスタンドで何か買ってあげる」

 クミンは「ミアンさんはちょっと怖い人」だと思って居るので、暫く私とミアンの間をきょろきょろしてたけど、私が「行ってらっしゃい」と言うと、大人しくミアンの後について行った。

 龍と二人きりになった私は、硝子の檻の向こうに、「あんたも大変だね。同じような事ばっかり聞かれるんでしょ?」とご機嫌伺いをした。

 龍はとぐろを巻いたまま欠伸をして、「分かってるようだな」と言う。

 私は、まだこの龍は痴呆に罹ってるわけじゃないんだって気づいて、「なんで檻の中の生活を選んだの?」と聞いてみた。

「契約だよ」と、龍は喋る。「人間は私を連れ歩く代わりに、食事と寝床を提供すると言う契約で、私は人間に付き添って旅歩く事にした。それ以上でも以下でもないさ」

「食事と寝床」と、私は復唱した。「確かに、それは大切ね。食事は、何をもらってる?」

「豚に、鶏に、時には羊だな」と、龍は眠たそうに述べる。「昔は、犬猫を食べて飢えをしのぐ時もあった。今の生活は、刺激は無いが楽なものだよ」

「山野に犬猫が?」と聞くと、龍は「ああ……」と、何か気づいたように訂正した。

「お前達の感覚では、あれは犬や猫ではないか。何と言ったか……狼や虎と言う生き物だ。狼は群れからはぐれている物を探して食べる。虎は住処を探して置いて、子がある程度育ったら食べる。

 まだ若い親虎と、乳を吸っているような小虎は食べない。食い尽くせば、来年が辛くなるだけだ」

 そう言ってから、龍は喉の奥を鳴らすように笑う。

「この檻がどれだけ頑丈かを考えた事があるか?」

 私は、ブラックユーモアを理解して返した。

「あなたが暴れない限り、絶対に壊れないでしょうね」

 そう。あの龍が、人間の意向に同意して檻に入っててくれなきゃ、あんな硝子の塊の檻なんて、軽々と壊せるんだから。


 龍とたっぷり喋ってから、私もスナックスタンドを目当てに、蛇園の外に出た。

 クミンとミアンが、串を通して焼いた大きな肉塊にかじりついている。円さと大きさからして豚の腿肉だろう。

「だいぶ豪遊してるじゃない」と、声をかけると、ミアンが、「三十分間で食べつくせたら、料金が半額になるの」と言う。

「先生も参加します?」と、クミンが誘ってきたけど、「流石にその大きさの肉は食べたくない」と答えて、私はポテトフライの屋台に足を運んだ。

 なんだかんだ言って、クミンもミアンと打ち解けてるようだった。

 ご飯をくれる人とは、仲良くしたいものでしょうからねぇ。

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