43.眠れてない夜
大狼歴二万五千三百二十六年 水瓶座五日目
遂に左官屋さんが来てくれた。そして、うちの壁に出来た大穴を、レンガと漆喰で埋めてくれた。
仕事明けの料金を払うと、「遅くなってすまんかった」と、左官屋さんのエルヴィは言う。
「この季節に来てくれただけありがたいわよ」と、私は毛布を着たまま述べた。「お茶飲んで行く?」
「いや、この後、ポムドールの家の屋根を直さなきゃならんのだ」と、エルヴィはグローブに包まれた手を振って見せる。「ゆっくりさせてもらうのは、また今度に」と。
「じゃぁ、お茶菓子くらい持って行って」と言って、私は油紙に包んだプディングケーキの入ってる紙袋を手渡した。
「これはこれは。また困った事があったら、声をかけてくれ」と言って、エルヴィは仕事道具を乗せてあるリアカーを引いて行った。
ここ暫く、クミンの寝起きが悪い。年の初め頃に十四歳になった少年は、何か悩んでいるらしい。
「クミンよ」と、私は朝食の席で呼びかけた。「午前二時まで眠って無いのは何故?」と。
クミンは暫く視線を彷徨わせてから、「なんで分かるんですか?」と、充血した目を瞬かせて言う。
鎌を掛けたら当たってしまった。ので、私は話を続けた。
「眠ってない顔だなぁと思って」
「それは……簡単に眠れませんよ、あんな事があったら」と、クミンはボソッと述べる。
彼の言葉を纏めると、「また何か変なものが現れて、眠っている間に自分の体に何かされたらと思うと、眠気が覚めてしまう」そうだ。
やっぱり、メリノーから受けた心の傷は治ってなかったか。
私は、弟子に「守護結界」の作り方を教えた。
術師が眠っている間も機能し続ける型の、大変便利な結界である。
主に、野宿をする時や、身の危険がありそうな場所で休む時に使われる。
まずは、ノートに描けるくらいの小さな結界を作らせ、陣の描き方を教え、魔力波の送り方も教えた。
ドーム型の白い光が、ノートの上に燈る。
「その中に手を置いてみて」と言うと、クミンは白い光のドームを指でつつき、それから片手を突っ込んだ。
「あったかいですね」と言う。
「今の時期だったら『温かく』感じるでしょうね。気候からくる術者へのダメージを減らすから」
「じゃぁ、夏は涼しく感じるんですか?」
「そうなる」と、私は答えてから、「その結界の中に、貴方の意思に沿わない者。それを『悪意ある者』って呼ぶんだけど、そう言う侵害者が入ろうとすると……」と言いながら、私は果物ナイフを手に取って、クミンの手の甲を狙って軽く振り下ろした。
ガツンッと言う金属音が鳴って、刃は光のドームの表面で弾かれた。
「このように、結界が盾に成って守ってくれるの」
そう説明を終えると、クミンは「大きい結界の作り方を教えて下さい」と、食いついてきた。
自分の恐怖を跳ね退けるための術だと言う事で、クミンはものすごい勢いで「守護結界」の作り方を習得した。
陣の描き方を教えてから、横たわって眠る事が出来るくらいのスペースの結界を作れるようになるまで、要した時間は二日足らず。術の精度も、私の目から見ても申し分ない。
若い者の底力は凄いなぁ。
クミンが、相手が蔓の塊であれ、「初ちゅー」を奪われたとなると、一番話に乗ってくるのはユニカちゃんだろう。
そこで私は彼女をクオーターズカフェに呼び出し、飲み物を奢るついでに少年の事情を話した。
「それは……」と、ユニカちゃんは固まってしまった。「私に出来る事、ありますか?」
私は深々と頷いてからお願いした。
「とりあえず、『ファン』として、あの子の様子を見に来てあげて。私から頼まれたとかは、言わなくて良いから」
ユニカちゃんは、ホットジュースを飲みながら唸る。
「私で大丈夫ですか?」って。
「こう言う話は、同世代だからこそ分かり合えるのよ」と、私はおばあさん風を吹かせた。
そんなわけで、うちにユニカちゃんを呼び寄せる事には成功した。
モルクの住所も突き止めて、彼に手紙を出した。
「クミンが寂しがっているから、時々会いに来てやって。何だったら、ユニカちゃんも呼んで四人でホームパーティーでもどう?」って文面を。
返事の手紙では、モルクは、「ホームパーティー」の申し出をとても喜んでいた。
「うちから、大量のフルーツサラダを持って行くから、ポワヴレさんは肉の準備をよろしく」って、大分ノリノリな文面が返ってきた。
第一回、クミン君を励ます会、当日。
ユニカちゃんには、彼女の家風の「グリルソース」を作ってもらった。
私はチキンの首と内臓の処理をして、ユニカちゃんの作ったソースをかけて、丸一匹のチキンを薪ストーブのオーブンの中へ。
モルクは、宣言通り大きなボウル一杯のフルーツサラダを持ってきてくれた。甘口の葡萄酒も。
キッチンが賑やかな事を知ったクミンが、「何の騒ぎですか?」って言うから、三人で声を合わせて「ホームパーティー」と答えておいた。
一応、クミン君を励ます会である事は、極秘なのだ。
パンの代わりに、食後にシフォンケーキを用意する事にした。
私がメレンゲを作る様子が面白かったらしくて、「ポワヴレさん凄い。自動泡だて器より、きめ細かいですよ、これ」と言って、メレンゲのボウルを覗き込んで絶賛してくれた。
魔女歴を百年以上やっていると、ちょっとした特技は身に付くのよね。
私達がケーキの用意をしている間、モルクはチキンの様子を見て、時々鉄板の中のソースをチキンの背にかける作業を地道に行なってくれた。
クミンも何か手伝いたがってたから、「テーブルの用意をしておいて。席は四つ。椅子の追加は物置にある」と指示を出して置いた。
ご馳走の用意が出来て、テーブルに運んで行くと、何時もは黒いクロスをかけているテーブルに、白いクロスがきちんと端を揃えていた。
料理の皿を置くための「ディッシュ」の上に、器用に畳まれた清潔なナプキンが置かれている。
カトラリーも大小正確に並べられていて、クミンが良い所のお坊ちゃんだった事を思い出した。
丸鶏を乗せた皿をドーンとテーブルの真ん中に、そしてモルクの持ってきたフルーツサラダを四等分した器を、各席の「ディッシュ」の上に。
肉を食べ終わる頃に、ケーキが焼き上がるはずである。
全部の準備が済んでから、「よし」と、私は声に出した。
折角アルコールがあるので、クミンを酔い潰して、心の中の「どろどろ」を吐き出させた。
「なんでこう言う時にばっかり、僕の所に災難が降りかかってくるんだろう」と、涙声で愚痴るので、モルクは「蔦を恨むな。奴等は人間じゃない」と説得していた。
「人間の感触は、全然違うから、安心しろ」と、励ましだか何だか分からない事を言う。
モルクの方がクミンよりちょっと年上だと思ってたけど、人生経験では大分年上だったようだ。
葡萄酒で耳まで真っ赤になったユニカちゃんは、モルクの発言を聞いて、更に顔を沸騰させていた。それから、わなわなと肩を震えさせ始める。
十代前半の乙女には、「人間の感触は違う」の表現は、ちょっと刺激が強かったかしら。
そんな事を思ってたら、「クミンさんは悪くありません!」と、ユニカちゃんは言い出して、「こんなにシナシナに成っちゃって……可哀想に」と言って、隣の席の少年の髪の毛をなでなでしてあげていた。
「極秘でクミン少年を励ます」と言う趣向が、アルコールの力で変な方向に行ってる。
笑いを我慢しすぎた私は、危うく鼻らかワインを吹く所だった。




