41.暖を求める冬の一日
大狼歴二万五千三百二十六年 山羊座十五日目
すっかり年明けの雰囲気も落ち着いて。私達は安心して……安心して、冬の寒さに耐えている。
メリノーが這い出てきた所の壁の穴を修復してもらうために、村の左官屋さんに依頼を入れたいんだけど、「そっちに行けるのは来月になる」って言われちゃったのよ。
なので、寒風が吹きこむ居間で、赤々と暖炉を燃やして、その前に人間と動物達で陣取っていた。
「寒い」と、私は毛布を体に巻き付けて、言葉にしても仕方ない事を口にした。
「そうですね」と、先日から人生に疲れているクミンも、毛布を着たまま言う。
冬毛を装備している兎のペパロニと犬のマカロニも、排泄以外では絶対に暖炉の前を離れない。
ヨウムのラザニアだけは、鳥籠の中から一定の距離でしか暖炉の恩恵にあずかれないので、天気予報を伝える歌声が、ビブラートではなく寒さで震えている。
「本日~はぁ~ぁああ。今年ぃいいい~。一番の~大寒波がぁあああ~」って、死にそうな声を出していた。
暖炉に吊り下げた大鍋で沸騰させたお湯で、お茶を淹れて飲む。喉を下る熱さが、何より美味い。
「階段の入り口に扉付けておけば良かった」と、私はお茶のカップを手で包みながら愚痴った。
「後悔は先に立ちませんね」と、クミンも両腕で胸を抱いて、肩をすくめながら相槌を打つ。
「なぁ、クミン君よ。あんた、ご飯作る勇気はある?」と、私は弟子に面倒くさい事を任せようとした。
「勇気」と呟いて、クミン少年は口を真一文字に結んだ。それから、乾いた笑いを浮かべ、「必然性はありますよね。勇気が無くても」と述べる。
井戸水と言うのは水道に比べて温かいものだとは言え、毎日それに触れている者にとっては、手の先を凍らせる温度には違いないのだ。
「なぁ、クミン君よ」と、私は持ちだした。「お風呂沸かさない?」
「それは、僕に『沸かしてくれ』って言ってます?」と、クミンは息を白くしながら言う。「そんなに水に触るの嫌ですか?」
私も、口の中から吐き出した温かい息を、カップをを包む手に吹きかけながら述べた。
「嫌に決まってるでしょ。ポンプの取っ手も冷たいんだもん」
「じゃんけんします?」と、クミンは毛布の片端から、グーに握った手を出す。
「受けて立とう」と、私は言い、片手を毛布の端から出した。
負けた私は、自分が入るお風呂のために、ポンプからバケツへ井戸水を汲み出す事になった。
今度は「最初はグー」で始まったら、チョキを出すようにしよう。
昔の暮らしだったら、沸かしたお湯を運ぶんだけど、現代は便利なもので、お風呂にはボイラーと言うものが取り付けられている。
水を運ぶ手間だけは変わらないけど、お風呂に貯めた水を、ボイラーで直接温めて、お風呂の中に熱いお湯を張る事が出来るのだ。
だが、薪が燃え切ってボイラーが冷めてしまうと、お湯は段々と冷たくなって行く。
本当に、冬に薪を切らすのは命とりである。
湯船に水を張り、家の外にある「薪入れ口」に、細く割った薪と紙くずを入れて、マッチで火をつけた。赤い火が古伝聞紙を焼き、乾燥している薪に着火する。弱く火のついた炉に、鞴を向けて空気を送り込む。
だいぶ大きな鞴であるが、鍛冶屋さんの使い古しを安価に譲ってもらったものだ。使い古しとは言え、もう七年は愛用している。
酸素を得た薪は、パチパチと心地好い音を立てながら燃え始めた。
後は、お風呂のお湯をかき混ぜながら、時々薪の追加を入れれば良いだけ。
だけど、何故か家の中に移動する気が起きない。
炉の前にうずくまって火を見ていると、「そう言えば、リシャはどうしているだろう。薬が出来上がるのが来年だとして、それまでに彼女の体力は持つだろうか」とか、「ミアンと最近在って無いな。泉ヶ窟の事件をうやむやにしてもらったのは助かったから、彼女にもお礼しなきゃなぁ」とか、「今年はシフォニィを呼ばなくても良いか。クミンのテキスタイルの腕もだいぶ上がったし」とか、「プリムは『悪寒』に憑りつかれなかったんだよな。彼の能力的な所で難を逃れたのかな」とか、友人達の事が次々と思い浮かんでくる。
「先生!」って、クミンが家の中から呼びかけてくる声がして、「ん?」って返事したら、「雪まみれになって、何してるんですか!」って、すごく慌てられた。
自分の様子を見てみたら、くるまっている毛布と、頭の上に雪が積もっていた。
家に入って、姿見の前に行くと、唇は青く、指と耳と鼻の先は真っ赤になって痺れていたくらいだ。
何時の間にか、走馬灯と言うものを見ていたようね。私の記録更新が終わる所だった。
お風呂を沸かした人の特権として、一番風呂に入れた。
香木の木っ端を一個、お湯の中に放り込むと、清々しい良い香りがした。
お湯を体にかけてから、湯舟に浸かる。
「温かいと言うのは素晴らしい」と独り言を言うと、「もうちょっと加熱します?」と、薪入れ口を見ているらしいクミンが、外から声をかけてくる。
「大丈夫。丁度良い」と返事をしたけど、クミンは追加の薪をしっかり炉に入れてから、家の中に戻って来た。
本当に、几帳面な少年だなぁ。
皮膚がピンク色になるまでお湯に浸かって、大変満足した気分で毛糸の室内着に着替えた。
「上がったよ。次どうぞ」とクミンに声をかけると、ディルが家に来ていた。髪を濡らして、真っ青になって。
「何かあった?」って聞くと、「師匠。お風呂貸して下さい」って言うわけ。
私はちょっと考えて二択を出した。
「それは、バスタブが欲しいって事なの? それとも、うちのお風呂に入りたいって事なの?」
「後者の方です」と、ディルは言う。「私の家のシャワー、ぬるいお湯しか出ないんです」
「え?」と、私は聞き返した。「あんたの小屋のお湯は、通年摂氏四十二度になるように設定してあるはずだけど?」
そう。ディルの小屋は、見た目は小屋だが、ちゃんと水道設備から温水が出るように魔技力を完備しているはずなのだ。
手仕事でお湯を沸かさなければならない我が家より、よっぽど進んだ技術を取り入れているんだけどなぁ。と、その時は思った。
「ええっとですね」と、ディルは前置きを呟いてから、「その温度設定を、摂氏五度ほど下げた事があったんですよ」と証言した。「流石に、四十二度のお湯で皿を洗うのが辛かった時に」
「下げたって……。どうやって?」と聞くと、「お湯を沸かすパネルに、こう……魔技力を送って」と、手をかざす仕草をしながら言うから、「そんな事したら、設定温度戻らなくなるよ?」と教えてあげた。
ディルは難しい顔で視線を下げる。
「そうなんです。それで、ずっとぬるま湯で体を洗っていたんですけど、今日はさすがに寒すぎて」
そう言えば、さっきラザニアが「今年一番の大寒波が」どうのこうのと言って居たなぁ。
「ディル君よ。何故あんたは環境の改革ばっかり思いつくの?」と聞くと、「大変申し訳ないとは思って居るのですが……。実家に居た時の癖が治りませんで」と言い訳をする。
「クミン」と、私は声をかけた。「先にお風呂に入って来なさい。ディルはその次」
「え?」と、クミンは年上の弟分の、濡れた髪を指さす。「ディルの方が、今にも凍死しそうですけど?」
「良いのよ。自分で蒔いた種なんですから」と述べ、「暖炉の近くにでもいれば、死にゃしないでしょ」と、唐変木を突き放した。
それでもディルは、「ありがとうございます~」と言って、何かに祈ってたわ。




