40.夢を見る事を覚えた
大狼歴二万五千三百二十五年 山羊座七日目
明後日には新しい年が来ると言う日に、私は困っていた。
家の中が蔓だらけで。
しかも、太いカボチャの蔓みたいな蔓が、わさわさ生えている。
ついでに、その蔓が、意識を持って居るように、動く。
今も、ペンを握る私の手首にまとわりついて来ようとするので、手で蔓を払い払い書いて居る所だ。
まず、原因を記そう。
クミンが心配してた通りに、やっぱり一気に壁の中のアイビー全部を枯らすのは無理で、仕損じが少しあったのね。
それを見つけた兎のペパロニが、わざわざ教えてくれたのよ。あの、ディル君に。
「おい。しょぼくれ。壁から葉っぱが生えてやがるぞ」って。
多分、ペパロニは確信犯ね。「こいつなら、何か面白い事態を引き起こしてくれるに違いない」みたいな期待があったんでしょう。
その期待通りに、ディル君はちっさいアイビーの蔓の名残を、ぶっといカボチャの蔓みたいなものに変えてくれたのだ。
そのお陰で、私の家の二階へ向かう階段の途中には、現在大穴が空いている。布を丸めて突っ込んで仮の風除けにしてあるけど、階段から吹き下ろしてくる風が、何時もの年より冷たいのは事実。
蔓が太くなっただけではなく、意思を持ってるみたいに動くのは何故なのよと思って、ディル君に聞いたら、「自主的に壁の内側から撤退するように促したのですが」と、述べる。
なんでそんな高等精霊術を、壁の裏のアイビーを撤去するための使うの?! と、私は机を叩きたくなった。
精霊が憑りついた事で、意思を持ってしまったアイビーの蔓は、確かに壁の裏から這い出てきた。そして、すっかり「私はこの家の住人の一人です」と言う様子を見せている。つまり、居座っている。
アイビーって呼ぶとややこしいから、適当に名前を付けよう。「メリノー」で良いや。
元・唯の植物のメリノーは、まずは家の住人を認識したいと思って居るらしい。
家の中で動くものがあると、わざわざ蔓をのばして触れに行くのだ。
うちの楽しい動物達も、散々お触りをされて、原因であるペパロニも、ちょこちょこと突くように耳を触られては、頭を振って振り払い、「なんでぇ。ばーろい」と、言葉で威嚇している。
メリノーは、丁度、目が見えない人間の子供みたいな行動を取る。動いている物の気配と、言葉はある程度理解できるけど、視覚を持たないので、興味関心を持ったものには、積極的に「触り」に行く。
私が日記を書くのも、「生物がちょこちょこと小さな動作をしている。一体何なんだろう」とでも思っているんでしょうね。執拗に右手首に絡んで来ようとする。
こう言う時に、一番被害を受けるのがクミン少年なのであるが……。彼は今、ちょっとショックな事があって、家の外に逃げ出している。
最初は、いじけたように薪割場に座り込んでいた。斧を噛ませてあった薪割台の切り株に腰を掛けて、人生の憂鬱について悩んでいるような顔をしていた。
雪が降って来てるから、戻ってこいと声はかけたんだけど、暫く考えるように黙ってから、「ディルの所に泊めてもらいます」と言って、八畳の小屋の中に引っ込んでしまった。
メリノーに意思を与えたのはディル君なんだけど、その辺りで揉めたりしないかなぁ。
まぁ、逃げ場がないまま、無邪気な植物に好きなようにされるよりは良いのか。
クミンの身に起こったショックな事として例を挙げると、メリノーにファーストディープキスと、その他諸々を奪われた。
まだ人間の形状を覚えてなかったメリノーが、眠って居たクミンの体中を触り尽くしたのね。
服の中まで直接触られそうになって、びっくりして起きた時には、蔓が口の中まで探り込んでいたと言うのだ。
ベロをぶっとい蔓で押さえられていたらしいけど、喉の奥をつかれるまでには至らず、吐き気とかは起こらなかったみたい。
公共放送の魔力波を拾っている、今日のヨウムのラザニアの歌である。
「うしなわれてしまった あなたのきよらかさと ひきかえにぼくは そう ゆめをみることをおぼえた」
今月も悲壮系か。何時に成ったら、このムーブメントは終わるんだろう。
クミン少年も哀れよねぇ。十三歳の身で、動く植物から、色々奪われてしまうなんて。
それにしても、メリノーは夢を見る事を覚えたのかしら。
動く蔓の塊ちゃんは、クミンの形状から「人間の形」を覚えたらしくて、自分も人間に近い形を作ろうとしている。頭と胴体と腕脚のような物のある蔓の塊になって、家の隅っこから色んな所に蔓を伸ばしている。
そして、人間や動物がどう言う風に動作するのかを、熱心に観察したり、触診したりしている。
私は百五十歳のおばあちゃんだから。そりゃぁ、落ち着いたものですから……眠る時には必ず身の周りに結界を備えている。何年生きていようと、眠っている間に植物に体中を調べられるなんて、嫌だ。
動く植物と同居し始めて三日目。クミンはディルの所に避難したまま、私もメリノーの扱いを放置したまま、ついに年が明けてしまったわ。
「ぼぅ」と、蔓塊になっているメリノーが発音した。「ぼう。ほう。ひぇん。ふぅ」と、何か喋ろうとしている。
どうやら、クミンの口の中の情報から、生物と言うのは「口の機能を使って音を発するのだ」と学んだみたいなの。
蔓の密度が足りないためか、風の音みたいな音しか発音できていないけど、本蔓はちゃんと喋ってるつもりらしい。
そう言う事は、メリノーは何かの考えを私達に伝えたいと思って居ると言う事なんだけど。
「ぼぅ」と、もう一度発音する。
私は日記を書く手をやめて、メリノーに近づいてみた。
体温から、メリノーは「何かが近づいてきた」のが分かったみたい。私の方に蔓を伸ばしてくる。
「ぼう。ほう。ひぇん。ふぅ」と、もう一度言う。
私は魔力を込めた片手を、メリノーに向けてゆっくり伸ばした。
私は、メリノーの言葉をクミンに伝えるために、ディルの小屋へと足を運んだ。
クミンは、すっかり人生が嫌になったみたいで、ディルの小屋の隅っこで毛布にくるまりながら、何かブツブツ言っていた。
「少年」と、私は声をかけた。「あの蔓塊ちゃんも、反省してるみたいよ?」
そう言うと、「植物が何を反省するって言うんですか」と、クミンは暗い声で返してくる。
私はさっきの言葉を人間語に訳したものを伝えた。
「蔓塊ちゃんが、さっき言葉を覚えたんだけど、『ごめんね』だってさ」
しかし、クミンはへそを曲げたままだ。
「僕の貞操は『ごめんね』で片づけられる事なんですか?」
そうか。貞操を奪われていたのか。と、私とディルはたぶん同時に思ったと思う。
クミンは、メリノーが居る状態では、絶対に家に帰りたくないと言う。
私も動く植物と同居するのは無理だと分かっている。そこで、メリノーに仕事を与えた。
一応、メリノーも精霊術で出来ている物なので、西の毒沼を支配している九つ尾の狐の精霊の眷属にする事にしたの。
数日して、ガスマスクをつけた状態で「泉ヶ窟」の様子を観に行ったら、メリノーは色んな物に絡みつきながら、世界を広げていた。
動くものを反射的に捕まえるって言う習性を見せ始めていて、礫を軽く投げてあげると、すごい勢いで蔓を伸ばしてキャッチし、同じく軽い調子で投げ返してくる。
これは、毒沼にとっては良い番人が出来たようだ。
メリノーが居なくなってから、クミン少年は心の傷を抱えたまま、ようやく家に帰ってくるようになった。
彼の心の傷は誰が治してくれるのかしら。




