4.愛と言う不可思議な事象
大狼歴二万五千三百二十四年 魚座一日目
だいぶ日記が空いてしまっているけど、この文章は締め切りがあるわけじゃない。と思ってるけど、何にも書かないとおサボりをしている気がするので、月の頭にはちゃんと文章を書きましょう。
先月のうちに、ラザニアが愛と罪と罰を歌いたがるヨウムである事は書いたけど、私の周りの愛と言うものは何だろう。
曲がりなりにも魔女である私は、教会と言う所にいるらしい、ゴッドを信じていない。神聖な物と言うと、森に棲んでいる古代の神様と妖精と、月の女神と菩提樹を大切にしてるくらい。
後、昔から大おばあちゃんに「大きな樹や大きな岩には精霊がいる」と教えられていたので、それも信じている。
野草の採取のために森に行く時も、何時も通る道にある大木や岩に黙礼をして、「今日も会えた事を誇りに思います」って言う意味の言葉を、頭の中でお祈りする。
私としては、そう言う行動をとらせる心を「愛」と呼ぶのだと思う。
言葉を発してくれなくても、何も教えてくれなくても、出会えただけで満足できる存在を思えるって言うのは、愛の一種よね。
最近、シフォニィが、恋人の話をよくする。シフォニィのステディは、男の子だ。なんで性別の事を書いたかと言うと、シフォニィも元は男の子だからだ。
シフォニィの事について、ちゃんと書いておこう。シフォニィは、見た目も言葉使いも仕草も声も、完璧な女の子。恋愛対象は男性。きっと、体のほうが性別を間違えて生まれてきてしまったのね。
染色屋さんをやってるから、シフォニィの手は染料で荒れてるけど、その手の作る鮮やかな染物の美しい事と言ったら!
私やミアンは、シフォニィを女の子だって認めてる。だから、私達はシフォニィを、からかいや悪口じゃなくて、ちゃんとした意味で「彼女」って呼ぶ。
シフォニィは、チャーマー村の人達にも女の子だって思われてて、公共のトイレだってお風呂だって女の子用のほうに入る。
体の一部は、成人した年に大きな町の病院で手術して、見た目としてもすっかり女の子になっている。胸のほうも、やっぱり大きい病院で「女性体適正化注射」って言うのを毎月打って、おっきくしている。
そんな予備知識を全部頭に入れた状態で、シフォニィのステディの話を聞くと、やっぱりこの子は、体が性別を間違えただけで、本当に根っからの女の子なんだって分かる。
男と言うものが、なんであんなに「訳の分からない生き物なのかが分からない」と、度々愚痴をこぼす。
相手を好きだと思う気持ちや、恋人に対して「会えただけで満足できる」って言う心を、シフォニィもちゃんと持って居る。
だけど、恋人のほうは、「もっと思い通りなってほしい」「ずっといつまでも二人でいたい」「手の荒れる仕事なんてしないでほしい」と、要求をどんどん突きつけて来るんだって。
シフォニィが綺麗にメイクをすると、「俺が居るのに他の男に媚びてるの?」とか言ってくるし、シフォニィが次の日の仕事を気にして帰ろうとすると、「まだ二十三時だよ?」なんて言ったりする。
何よりシフォニィが許せないのが、「染色屋の仕事をやめてほしい」と常々言い含めてくる所らしい。
恋人の台詞としては、「俺がしっかり稼いでくるから、結婚したら家に入って、料理を作って俺の帰りを待っていてほしい」そうだ。
私はシフォニィからその話を聞いた時、「時代錯誤野郎!」って、思わず罵っちゃった。
シフォニィは自分が職人である事に誇りを持って居る。その誇りを打ち捨てて、料理作って夫を待ってるだけの生活をしろと? って思って。
「流石に、『私は貴方のペットなの?!』って聞いたら、あの人も黙ったわ」と、シフォニィは戦歴を語っていた。
感覚の違う生き物と、共同生活をするって言うのは、常に戦禍の中に身を置くって事なのね。
私個人のステディに関しては、存在しないと記しておこう。子供に魔術を継がせる必要が無ければ、魔女ってものはあまり結婚しないのよ。
そりゃ、一人でいるのが寂しいから、同居人が欲しいって言う魔女が居なくはない。だけど、私にとっては、同居人は愉快な動物達で充分なのよね。
最近、弟子と言う名の人間が増えたけど。
クミンは非常に穏やかな子だけど、時々物凄いへまをやらかす。魔術の知識がおろそかだからか、蜥蜴と蛙の区別もつかない。
「手の平くらいのヤモリを二つ用意して」と言うと、「捕まえて来いって事ですか?」と聞き返してくるので、「そうだよ」と答えた。
悪戦苦闘したらしく、泥まみれで帰ってきた彼が捕まえてきたのは、でっかいヒキガエルが二匹だった。
「いや、私はね、媚薬を作りたいの。なのに、幻覚剤の材料を持ってこられてもなぁ?」って言う風に、柔らかく伝えたけど、クミンはきょとんとしてから、「これ、蜥蜴じゃないんですか?」と聞いてきた。
私の媚薬作りについて、日記ちゃんが誤解しないように説明を書いておこう。
誰かの心をかき乱す違法な使い方をするような人には、媚薬は販売していない。
主な販売先は、王室だ。
子供が死なない確率が上がっているご時世とは言え、まだまだ王室では、王様も王妃様も、たくさんの子孫を用意しなければならないらしい。
王家の血筋を重んじる人が王位を継ぐと、特にその傾向は強くなる。
寵姫の子供じゃだめだって事でね。
けど、人間は血縁者と婚姻者だけで頑張るにも限界があるので、王位継承者を作るお手伝いとして、媚薬を作って納めているのよ。
王族に対して金銭を要求できる身分ではないけど、王様のお付きの人達はちゃんと手間賃を払ってくれる。
彼等は、口止め料も兼ねて、「報酬」は必要であると言う事を、しっかり頭に置いているんだろう。
ページが中途半端に余るので、ついでにクミンの事を書いておこう。
一言で言って、頑張り屋さんなのよ。魔術に関して自分がほとんど素人である事を心得ているからか、家の掃除とか料理を、率先してやりたがる。
何か役に立とうとしている姿勢は理解できる。
私が薬作りや鉄屑いじりをしていると、興味深そうに手元を注視してくる。時々薬の薬効成分を聞かれたり、どんな材料をどんな分量で混ぜてるのかの質問も来る。
私も、出来る限りは答えてるけど、「前回と分量が少し違うのは何故ですか?」と聞かれると、「それはね、処方する相手や、天候や火加減の組み合わせからくる、勘が必要なの」と言うしかない。
蜥蜴と蛙の区別がつかない子だけど、一端の魔術師の弟子なだけあって、薬作りには興味津々と言う様子だ。反対に、鉄屑を光線断裁機で切ってると、「なんでそんなのをいじっているの?」と言う疑問の視線と質問が飛んで来る。
「何で先生は、薬作りにだけ集中しないんですか?」と聞かれた事があったから、「鉄屑を商品に作り直す事で、お金が稼げるからよ」と、夢の無い返事をした。
クミンはそんな私の様子から、「正しい労働でお金を得る事は悪い事じゃない」と言う知識を得ているようね。
私の恩師がどんな教育をしていたのかは知らないけど、十二歳の男の子にしては、良い意味で純粋なのかな。
だけど、世の中ってのは純粋なだけじゃ生きていけない物である、と言うのが私の持論。
そんなわけで、クミンに取柄を作らせるために、剣術の教習所を紹介した。今は剣を振るだけでも筋肉痛に成っているけど、一年もすれば、鉄の刃を振り回せるくらいの筋肉も付いてくるだろう。
粉骨砕身努力したまえ少年よ。