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39.壁の裏の蔓

 大狼(フェンリル)歴二万五千三百二十五年 山羊座(カプリコヌス)一日目


 そろそろ、冬のマーケットの時期だ。

 私は家の中を歩きながら、買い足しておかなければならない物資を確認して、メモ帳に長い長いメモを書き記して行った。

「クミン。洗濯石鹸の予備は何個?」って聞くと、クミンは箱詰めしてある四角い石鹸をよく見て、「三個です」と、心許無い数を教えてくれる。

「ギリギリ間に合ったわね。今年はもうちょっと洗濯周りの石鹸を買っておこうかな」と、ぼそっと言うと、「お金、足ります?」と、クミンは手痛い所をついてくる。

「そうよねぇ。だけど、これ以上、美容用品を減らすのは、乙女として……」とぼやくと、クミンも私の手元を覗き込んで、メモに並んでいる物を見ると、「浸透液の類を節約したらどうですか?」と言ってくる。

「浸透液、調整液、保護液って書いてあるけど、それ、全部『保湿クリーム』で足りますよね?」

 私は反論した。

「いやいやいや。ナチュラルな顔の皮膚を作るには、保湿クリームだけじゃだめなんだよ」

 そんな事を言ってると、何故か私の家の中の物資の確認を一緒にやっていたディルが、「思春期頃の肌には、過剰な水分はむしろ肌荒れの原因になりますよ」とか言ってくる。

 そうか。こいつには、私が百五十歳のおばあちゃんである事を言って無かった。

 だが、確かに私の体の機能は十五歳の状態を保っている。

 ならば、医術の知識がある者の意見を聞いておいても良いか?

 そんな風に考えて、今年は「美容三点セット」を諦めて、保湿クリームだけを買う事にした。

 しかし、何故ディル君はうちに来て、うちの買い出しについて文句をつけて来るんだ。

 それを疑問に問うと、「私の方の『買い出しの予定』は、もう決まりましたから」と、笑顔で言って来て、メモ帳を見せてくれた。

 一ページ目、びっしり必要な品が書かれている。二ページ目、びっしり。三ページ目、少し文字の間隔が空いてくる。四ページ目、まだページが埋まっている。五ページ目、ようやくページの半分くらいで文字が途切れる。

「一体、何をこんなに買うの?」と言って、クミンがメモをもう一度捲り始めた。それから、「あー……」と、残念そうに溜息を吐く。

「乾燥ハーブの類は高いから、家で育てたほうが良いよ?」と、クミン。

「高いってどのくらいですか?」と、ディルは聞いてくる。

「王都では乾燥ラベンダーは幾らだった?」と、クミンが問うと、「二百グラムで四リネンくらい」との答えである。

 私も一緒になって、「あー……」と、残念な溜息を吐いた。

 何にしろ、この村では誰でも「普通のラベンダー」は自宅栽培の物を持ってるから、冬のマーケットでは「ブランド物の高級ラベンダー」しか売ってないんだ。二百グラム買うなら、十二リネンは要る。

 その事をディル君に告げると、「価格が三倍」と驚いていたわ。

 そんなわけで、ディル君は「生活に必要だ」と思って居た乾燥ハーブのほとんどを諦めた。

「なんで乾燥ハーブを?」って言う所も聞いてみたんだけど、「王都だと、出来上がったハーブ入り用品は高いんですよ」と述べる。

 その言葉から察するに、ディル君もハーブ入り用品を作る工程は知っているらしい。

 この村でもハーブ入り石鹸は自分の家で作るけど、やっぱり自分の家の庭で育てた素材を使うので、ハーブを買って作るよりずっと安くて大量に作れる。

 そもそも乾燥ハーブを買おうって言う発想が「お坊ちゃん」なのだが、こう言う場合は「ミルク石鹸にしておきなさい」と言うべきだろうか。

 それとも、実際に生活が立ち行かなくなるようになってから、何処が悪かったのかを教えるべきだろうか。

 中途半端に育っちゃっている人を躾けると言うのは、中々に難しいものがあるわねぇ。


 そして、私の家は崩壊の危機を迎えていた。

 何だか壁の内側のブロックが、一部ぐらぐらするなと思ってたら、接着粘土で止めてあるブロックの隙間を抉って、アイビーの蔓が出て来ていたのだ。

 家具を退かして掃除をしてた時、壁に小さいアイビーの葉っぱを見つけたの。思わず「うわーっ!」と叫んだ。

 下手な霊障よりホラーだったわ。

 やはり、二重レンガの内側を、アイビーの蔓は浸食して居たのだ。

 何とかしてレンガの隙間に入り込んだアイビーを枯らさないと、家が穴だらけになる。

 まぁ、何とかしてと言っても、術的な力を使えば方法が無いわけじゃないんだけど。

 その術をクミンにやらせてみたいんだけど、兄弟子が魔術の訓練を受けるとなると、絶対に下の弟子がしゃしゃり出て来そうなのよね。

 なるべく秘密にして「アイビー枯らし作戦」を実行したいのだけど。どうなるかなぁ。


 まず、術のエネルギーを組み合わせる方法を、クミンに教えた。

「今回は、植物を枯らすと言う行動を取るので、主に『土』の元素で『壁裏を這っているアイビー』の生命力を減少させる。

 そのエネルギーを『壁裏のアイビー』だけに限定するために、『水』の元素に『土』の元素の媒介をさせる。

 アイビーは植物だから、『水』を必要とするでしょ? アイビーの内部にある『水分』に、『生命力減少』のエネルギーを送ると思えば良い。

 的を決めるために、壁の内側に生えちゃってる葉っぱに向かって、『風』の元素を使ってエネルギーを送り出す。

 術が壁裏全体に行き渡れば、侵入して来ているアイビーは、ちゃんと枯らせるはずよ」

 その話を、クミンはメモを取りながら聞いていた。何度も頭の中でエネルギー操作を反復して、「じゃぁ、やってみます」と言ってから、壁に生えているアイビーの葉っぱを両手で包むようにして、エネルギーを送り込んだ。

 アイビーの蔓は、大分広い範囲の壁裏に行き渡っていたようだ。霊視力を使うと、一階の壁の内側で、魔力波が光っているのが見える。

 パリパリと音を立てながら、クミンが手で覆っていたアイビーも枯れ果てて、粉と化した。

「よし。そんなもんね」と、私は弟子に声をかけた。

「上手く行きました?」と、クミンは聞いてくる。

「実際、自分で観てみたら?」と、助言すると、クミンはようやく霊視力を使う事を思いついたみたい。

 一通り一階の壁の中を見てから、「綺麗になったみたいだけど、仕損じがあったら、見つけた時に片づけます」と約束してくれた。


 その後、やはり下の方の弟子が、自分の無力を嘆いていたわ。

 家の中に魔力波が通った事に気付いたディルが、「何があったんですか?」って聞きに来たのよ。

 それで、クミンに魔術の練習がてら壁裏のアイビーを枯れさせたと教えたの。

 その途端、ディルはシナシナと、植物みたいにその場に脱力した。

 床に膝をついて嘆く。

「そう言う繊細な魔術は、クミンさんの方が、熟知していると思いますけど」と、何やら言いたいようだ。「『土』元素を使うなら、私も協力できたのに」と。

 いや、あんたにそんな細かい仕事やらせたら、壁自体を破壊しそうで怖いのよと、言う言葉は私の心の内にとどめた。

「人間には得手不得手があるわね?」と、私は表現を柔らかくして伝えた。「あんたの術は、良くも悪くも『大きい作用を起こす』って言う特徴があるの。ピンセットで摘ままなきゃならない物を、おたまですくえって言っても無理でしょ? そう言う、大きな何かをしなければならない時には、あんたの助力も借りるでしょうね」

 そう言っておいたら、ディル君は「何時かは自分も挽回のチャンスがある」と思ったみたいで、「その時は、是非!」って期待していた。

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