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38.半人前がもう一人

 大狼(フェンリル)歴二万五千三百二十五年 射手座(サギッタリウス)三十日目


 邪気の掃除もだいぶ進んできた。果樹園周りは特に念入りに清掃したわ。

 その間に、うちの弟子と、新しい弟子になりたがっている人が、大分仲良くなってきた。

 クミンは割とディルのへまには寛容な方で、小屋の方から爆発音が聞こえると、「ちょっと、見てきます」って、苦笑いしながら様子を見に行ってる。

 ある時は、クミンが「ディル。何してたの?」って話しかけたら、「アイロン」って言うから、「服の皴に魔術を?」って聞いたら、「いや、ちゃんと(こて)を温めて、布を真っ直ぐにしようと……」と言ってる彼は、手に「熱波」を集めて鏝を温めてたんだって。

 そして、その鏝を布にかざす度に、小規模な爆発が起こっていたのだそうだ。

 ストーブの火にでも当てて温めりゃ良いのに。


 ディルは朝の十時頃に、庭を挟んだ向こう側にある私達の家に来て、朝の挨拶をして行く。主に、按摩の仕事に行く時に、「それでは出かけて参ります」って言いに来る。

 別に挨拶をしろと命じたわけでもないけど、そう言う所は律儀なのね。

「行ってらっしゃい!」って、毎回クミンが元気な声で送り出しているわ。


 クミンが来年で十四歳、ディルは二十四歳だって言うから、丁度十歳違いなのね。だけど、順番としてはクミンの方が兄弟子で、だけど魔術を勉強した時間としてはディルの方が長くて、だけど魔力を使う時の慎重さではクミンの方が熟知して居て、だけど全体の知識量はディルの方があって。

 二人いっぺんに考えるとダメだ。私の面倒くささが上がるだけだ。

 どちらに何を優先するとかじゃなくて、個別の個体なのだと思って接しよう。

 だけどこれだけは分かる。医術師免許を持ってても、ディルも半人前なのだ。


 聞くに、ディルはすれ違うだけで村人に嫌な顔をされているらしい。

 それだけ大事(おおごと)を起こしたってわけだけど、魔女村のみんなも、そんなに根に持つ人達じゃないけどなぁ。

 と思って、実際にどうなのか、ディルと会った事があるって言うランダムな人に話しかけてみたら、「あいつ、前見て歩いて無いんだよ」との事だった。

「しかも、学者ばったせかせかした歩き方で、手元のメモ帳見てブツブツ言いながら、上の空で歩くんだ。まるで、こっちが避けるのが当たり前みたいに」

 そんな奴に遭遇したら、確かに嫌な顔にもなるだろう。


 その事について、ディルに「歩き方を意識してる?」と聞いてみた。

 そしたら、「あ。はい。私は、歩き方が遅い方で……。王都の中心街を歩いてると、何時も後ろの人をイライラさせちゃってたんです。それで、気を付けて早歩きをしているんですよ。この村の人達の事もイライラさせてないか、心配なんですけど」と言う。

 私は諸注意を試みた。

「いや、あんた、この村の人にしてみると、歩き方が早いのよ」

 ディルは少し変な顔をしている。私は説明を続けた。

「王都の人達と、村の人達だと、歩くテンポに差があるんでしょうね。それで、あんたの歩き方は、王都の人にしては遅くて、村の人にしては早すぎるの。

 そして、あんたはもう村の中でしか生きられない人ですね? どっちに合わせるかと言ったら、どっちでしょう?」

「村の人の歩き方……ですよね?」と、ディルはうなだれる。「でも、そんなにゆっくり生きてて大丈夫なんでしょうか。歩く時の時間を短縮する事で、時間対価が得られて……」

 そんな感じに「王都学者風」を吹かせようとするから、私は座った目で見つめ返してあげたわよ。

「あのね、以前のあんたは、分刻みのスケジュールをこなしてたんでしょうけど、今はそれ、関係ないの。時間はたっぷりあるわ。按摩に行く家のご老人達だって、一分遅れても怒らないでしょ? ちょっとゆっくり歩いて、その辺に生えている草花でも愛でてみなさい」

 そんな風に説いたけど、ディル君は何か言いたそうに、「はい……」と呻いていたわ。


 次の日。

 ディルは、実際に努力してゆっくり歩いて、道端に生えてる雑草を眺めてみたらしい。そしたら、小さい花が生えていて、「これは?!」って思って這いつくばったんだって。

千小百合サウザン・タイニ・リリィ」って言う、魔法植物を見つけたんだそうだ。

「師匠の言う事は、こう言う事だったんですね? 時間や理論ばかりを気にしてあくせく生きるのではなく、ゆとりのある時間の中で発見できる偶然性にこそ、大きな利益と意味があると言う……」

 って、また思い込みをペラペラとしゃべり始めるのよ。

 こいつ、よっぽど話す相手に飢えていたんだろうなぁ。


 あんまり何回も、小屋の結界が起動するので、私もさすがに様子を見に行った事がある。

「あのー。ディル君? 私、この小屋の中では魔術使うなって言ったよね?」って注意すると、「はい。でも、流石に魔術が無いと困る時がありまして」って、言い訳する。

 どんな時に魔術が必要なんだと問い詰めたら、「マッチが無い時や」とか、「一口だけ水が飲みたい時や」とか、「薪を切らしている時なんかに」って言うから、「そう言う事態にならないように、前もって物資を用意しておきなさい」って言ったら、「でも、それは……。田舎の人の体力があるから、出来る事で……」って、ごにょごにょ言うのよ。

「つまり、体を動かすのが面倒くさいから、魔術を使います、と?」って問い質すと、「だって、夜中に突然マッチを買いに行ったり、井戸水を汲み出したり、薪を割り始めたら、迷惑じゃないですか」って反発する。

「だから、そうならないように、日常から物資を用意しておけって言ってるの」と、私は説教をした。「まず、今から薪を割れ!」って、久しぶりに誰かに命令したわ。


 クミンを付き添わせて、ディル君には薪の割り方をしっかり教え込んだ。まぁ、クミンもまだ時々、一撃目で薪を割って両側に吹っ飛ばすけど。

 カッコンカッコンと、良いリズムで薪が割れているようだと思って居ると、時々「スカーン!」って、乾いた音がする。

 多分、吹っ飛んだ薪が外井戸の縁にでもぶつかったんだろう。


 冬の最中であるけど、外で体を動かしたディルとクミンは、薪の一部を持って「さわやかな笑顔」で戻って来たわ。

「運動って気持ち好いね」と、ディルが言って、「だろう?」ってクミンが答えている。

 薪の束を持ったクミンが提案する。

「先生。ディルが割った分の薪は、彼の小屋に置いても良いですか?」

「勿論。そのために薪割をさせたんだから」と、私は応じ、「お駄賃です」と言って、ディルに買い置きのマッチを半ダース与えた。


 その後、ディルはうちの薪ストーブを使って、マッチで薪を着火する上手な方法を、クミンから教えてもらっていた。

「まず、灰入れが綺麗な事を確認する。それから、ストーブの戸口を開けて、薪の下に、燃えやすい物……今回はこの要らない布切れを、クシャクシャにして入れる。この布切れに、油を少し含ませておくと、火のつきが良いよ。

 布の上には藁を敷いて、薪は間が空気を含むようにバラバラに並べて、マッチで布に着火する。布と藁に火がついたら、戸口の中に息を吹きこんで、木に火がつくまで加熱する」

 そう聞いたディルは、「酸素を送る事で加熱させるんだね」と受け答え、手元で魔力を練り始める。

「ストーップ!」と、私とクミンは声を揃えた。「息を吹き込め! 魔力を練るな!」と。

「す、すいません!」と言って、ディルは練った分の魔力をぎゅっと握りしめ、小さな火花にして拡散させた。

 本当に、体力を使う事を嫌う奴だ。

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