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35.流行り病と毒の沼

 大狼(フェンリル)歴二万五千三百二十五年 射手座(サギッタリウス)十二日目


 朝。

 私の鼻風邪が治って数日後。村の中で、私が罹ったような鼻風邪が流行し始めた。

 フロイス先生から応援を頼まれて、医院に行ってみると、みんなガタガタ震えながらマスクを鼻水で潤わせていた。

「ホワフレ~」って、泣きそうな声でシフォニィが縋りついてきた。勿論、彼女も鼻水マスクはつけている。

 私は抱き着かれそうな所を、相手の肩を押して回避して、「何があったの?」ってシフォニィに聞いた。

 シフォニィの、ろれつの回らない話ではこうだ。

 王都から流行り病専門の医療団が来た後、村の繁華な辺りで一気に「流行風邪」が蔓延し始めた。

 その医療団と言うのは、別に魔女(チャーマー)村の人を治療しに来たわけではなく、王都から別の国に移動する途中に、補給所として村を訪れたんだって。

 で、その医療団が感染していたらしい、邪気由来の鼻風邪を置いて行った、と。

「それは……迷惑な話だな」と、私が言うと、「れしょ~?」と言って、すっかり彼女も元気をなくしていた。

 でも、医療団から外れて、村に留まっている人物が一名だけ居た。

 何でも、村人に移してしまった鼻風邪を治しておけと命じられて、ほとんど取り残されるように置いて行かれた人物だそうだ。

 名前は、ディル・クラウンと言う。


 私はフロイス先生から、「クラウン氏と連絡を取って、医院に来てくれるように頼めないか」と申しつけられ、伝書鳩に成る事を許容した。


 村の人達の話を聞いてみると、どうやらクラウン氏は西の方の森を度々訪れているらしい。

「クラウン先生なら、レイネのばっちゃんの所に居るよ」と、そのレイネのばっちゃんの近所の子が教えてくれた。「後、シャーキーの家と、ロンファの家と、ポムドールの家と、メキナさんの家にも出入りしてる。村の西側の家で、『体の何処かが悪い人』を探しては治療してるみたい」

「ありがと」と私はお礼を言って、とりあえずレイネの所に足を運ぶ事にした。


 今では「ばっちゃん」なんて呼ばれちゃってるけど、レイネも若い時は、浮世の花として村を飾った一人だったわねぇ。

 旦那さんが結核で亡くなって、世間の惚れた腫れたから手を引くと決心した彼女は、髪をバッサリと切った。それまで彼女の輪郭を美しく見せていた艶やかなブロンドは切り落とされ、彼女は「私、今日から男になる」って宣言した。

 それはある種の例えであって、体をどうこういじるとか、男性体適正化注射を打つとかそう言う事じゃ無いんだけど。

 五人の子供を育てるために、本当の男性みたいに、土方から畑仕事から川の砂利取りまで、身を粉にして働いた彼女は、六十にならないうちに脚を壊して、杖が無いと歩けなくなった。

 それでも、「杖があれば歩ける。まだ働ける」って言って、この村から山を越えた隣町まで出向いて、郵便屋で仕分けと配達の仕事をし始めた。

 自動二輪(オートバイク)って言う、最新式の乗り物の操縦方法を覚えて、伸縮性の杖と一緒に郵便物を持って、名物おばあちゃんはその後二十年働き続けた。

 八十歳を目前に控えて、彼女は目を病んだ。それから、ようやく家にいるようになって、今はぼんやりとしか見えない家の庭で、色々空想して過ごして居るらしい。

 認知症の症状が出始めており、毎日同じ人に宛てた同じ内容の手紙を、何度も何度も書くんだって。

 そんな事を一通り思い出しながら、私は懐かしい妹分の一人に会いに行った。


 ベルを鳴らすより先に、庭先に彼女を見つけて、「レイネ。気分はどう?」って声をかけた。

「あ。ポワヴレちゃんだ」と、レイネは小さな少女のように言う。「懐かしいねぇ。去年の夏から会って無かったねぇ」

 実際、レイネと再会するのは十数年ぶりなのだが、彼女の記憶の中では、私は去年に会ったばかりなのだろう。

「そうだね」と、私は話を合わせた。「此処に、新しいお医者さんが来てるって聞いたんだけど」

「ああ。お医者さん。居たねぇ。さっきまで」と、レイネはくるりと家の中を見回す。「居なくなっちゃった」

 その言葉を聞いて、彼女の孫が言う。

「クラウン先生は、森の沼を調べるって言って、出かけちゃった」

 私はその言葉を聞いてゾッとした。その辺りで森の沼と言うと、死体処理場になっている弔い場の毒沼しかないからだ。

 外の人間に調べられると、非常にまずい。

「もしかして、『泉ヶ窟』に出かけたの?」と聞くと、レイネの孫が言うに「うん。何か、ばっちゃんと話してて、森の中から悪いガスが流れて来てるって話をしてて、それで『じゃぁ、私が様子を見てきます』って言って、出かけちゃった」との事である。

 私は、一瞬沼の方に走ろうとして、思いっきり足に急ブレーキをかけた。

 振り返り、「クラウン先生って、どんな身なり?!」と、子供達に大声で聞いた。

 茶色い髪で、明るい灰色の瞳で、白い制服を着ている。腕に医術師団の紋章を描いた水色の腕章をつけているらしい。

 情報を得て、私は超特急で泉ヶ窟に向かった。


 私の足は遅かったらしい。向かおうとした森の中から、物凄い勢いでせり上がってくる黒い霧を見た。

「やばいやつだ」と私は察し、森の地面に仕掛けてある「防壁装置」の中に足から滑り込んだ。

 長い間、管理を村の人に任せてあったけど、ちゃんと動くだろうか。

 それだけを危ぶみながら、装置の中に埋め込んだ鉱石に、魔力波を送った。

 各所の同じ装置から、魔力の呼応がある。よし、壊れてない。

 私は息を吐くと、村全体の装置を操作して、術式(プログラム)を起動した。狙いは、泉ヶ窟からの邪気の封じ込めである。

 装置が動き始めて、五分もしないうちに地面が揺れ出した。ガクンと持ち上げてから叩きつけられるようなショックがあり、それから横揺れが続いた。

「くっそー。生き埋めだけは勘弁してよー」とブツブツ言いながら、私は装置の中で魔力波を操る。

 装置の一部にある水晶から、泉ヶ淵の様子を遠隔に見てみると、毒ガスが一気に減少して行っている。

 逆に、邪気の放出量が一気に増幅して行っている。

 そして、術師の存在は……、ない。

 多分、クラウン氏が、泉こと毒沼に何かして、封印を危うい事にしたんだと思うんだけど、なんで本人が現場に居らんのよ。

 毒ガスの出る沼の周りに長期滞在しろとは言わぬが、せめて魔力の型くらい知りたい。

 それだけを念じながら、私は視点を各所に切り替えた。

 十五分かけて見つけた。茶色い髪で、灰色の眼で、白い服で、水色の腕章をした野郎を。

 何だかよく分かんないけど、泉ヶ窟の中の色んな沼に、「分解中和」をかけて回っている。

 何をしているんだ? と思ったわよ。

「森の中から悪いガスが流れて来てるって話をしてて」と言う、レイネの孫の言葉が思い出された。

 こいつ、毒ガスを止めようとしている。しかも、なんで寄りに寄って地系元素術を使ってるの?!

「そんな事したら……」と、口走っても仕方ない事を私は口走りかけて、術式の仕上げの魔力を送ってから、土が崩れかかって来ていた「防壁装置」の中から脱出した。

「ポワヴレ!」と、リリューシュの声が聞こえた。装置を動かしたから、魔力波を追って来てくれたんだ。「西の果樹園が全滅状態だ! みんな、立ち枯れしちまってる!」

「村全体に伝令!」と、私はリリューシュに言伝た。「泉ヶ窟の封印が弱まってる。封印に参加できる者は、現地に集合!」

「分かった。ポワヴレ、持たせてくれよ!」と、仲間の信頼を肩に担い、私は単身、邪気の溢れ出てきている西の森を疾走した。

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