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31.月に吠える

 大狼(フェンリル)歴二万五千三百二十五年 天秤座(リブラ)十四日目


 全体的には楽しかった旅行の感覚が薄れてきた頃。またしても、お悩み相談が来たわ。お代はちゃんともらっているけど、一時的にでも相談者の話を聞きこんで、回答を出さなければならいって結構大変なのよね。

 今回の頭脳労働の相手は、自称「狼憑き」の男性。

 満月の夜になると、体が狼に変貌したような気分になって、遠吠えをしたり、四つ足で走り回りたくなったりしてしまうらしい。

「それは……奇妙な症状ねぇ?」と、私が返すと、「あなたも、この状態を病だと理解してくれるのですね」と言われた。

 どうやら、その男性は今まで何度も「憑きもの落とし」を受けたけど、全然効果が無かったんだって。

 だから、最近流行りの「精神的な病」だと思ったんですって。

「外見が狼になるって言うのは、実際に鏡で見てみたの?」と聞いてみると、「いいえ。今まで、狼に成っている時は、恐ろしくて鏡を見た事はありません」との答えであった。

 大体こう言う場合は、外見が変わってしまって居ると言うのは本人の思い込みで、遠吠えをしたくなるのも、四つ足で走り回りたくなるのも、唯の抑圧の解放である場合が多いのよね。

 問題は、何から抑圧を受けているのかと言う事だけど。

 私は、紙とペンと机を用意して、思い出せる限り思い出してもらう事にした。

「この神に、狼化の時の貴方の事を書いて。心の中の事でも、実際の行動でも良いわ」って指示を出して、三十分くらい時間を取った。

 そしたら、「ニックは夜中に吠えた。ニックは走り回った。ニックは毛皮が被りたい。ニックは生肉を食べたい」と言う、謎の人物の名前が書かれていた。その後に続く文章も、三人称はずっと「ニック」の事を書いて居る。

「ニックって誰?」と聞くと、男性は「私の弟です」と言う。

「狼として行動しているのは、貴方じゃないの?」と、訊ねると、「私なんですけど、ニックなんです」との事だった。

 よく分からないなぁと思いながら文章を全部読んで行くと、「ニックは恋人がほしい。狼の恋人が。ニックは雌狼を探している」と綴られている所があった。

 文末は、「満月の度に探している。ニックのお嫁さんに成ってくれる雌狼を」で終わっており、何か恋愛関係の衝動でも抱えているのかしらと思った。

 この相談は、その場では答えを出す事が出来なくて、「一週間後にまた来て」と述べて男性を帰した。


 その一週間の間に、私はミアンに調べてもらった事がある。

 私の所に相談をしに来た「狼憑き」の男性、ヨハン・マーカスの身辺情報だ。

 其処で分かった事だけど、ヨハンにはすごく幼い時に「ニコル」と言う弟が居たらしい。その弟は、子供がかかる感染症が治らずに病死してしまった。

 両親は厳格とも言える某宗教の信者で、男性を「僧侶のように」躾けた。男性が親に少しでも反発しようとすると、「ニコルはそんな事を言わない」「ニコルが生きていれば良かった」「ニコルだったらそんな事をしない」と、繰り返し呪いのように言われたと言う。

 そしてヨハンは、異性に興味を示す年頃になり、「狼憑き」を発症した。

 満月の夜は、家にいる間も「吠えたくて仕方なく」なり、深夜であっても家を飛び出して、家から離れた場所にある丘の崖まで走ると、月に向かって遠吠えをした。

 両親は、最初、満月の度に家から抜け出すヨハンが、悪行を行なっていると思ったみたい。

 どこかの家で何かが無くなったと言う話を聞くと、自分は何もしていないと訴えるヨハンを連れて、「息子が申し訳ない事をした」と言うお詫びの儀式をさせていたようなの。

 それから、両親は無くなった品の弁償代を払った。

 それに味を占めた村人の一部が、度々「満月の晩に物が無くなる」と訴えるようになった。

 余りにその訴えの数がものすごいので、両親はある満月の晩に、ヨハンを柱に縛り付けて、外に出られないようにした。

 一晩中、眠らずに見張っていると、興奮状態になったヨハンは「何時ものように」吠えだしてしまった。

 息子の変貌に言葉を失った両親だったけど、ヨハンは柱に縛り付けられたまま一夜を過ごした。

 次の日の朝、味を占めている連中が、「うちの家から〇〇がなくなった」と言う台詞を言いに来た。

 ヨハンの父親は、昨夜の息子は、ずっと柱に縛り付けられていたと述べた。

 そこで、村人も嘘を白状すれば良かったんだけど、「きっとヨハンが魔性の者に盗ませたんだ」と言う、言いがかりをつけた。

 何を信じたら良いか分からなくなったヨハンは、自分ではなく、「ニック」事、ニコルの霊が何かをしているんだと信じるようになった。

 そして、自分の中に湧きたつ欲求に対しても、「ニックの霊が何かを求めているんだ」と思うようになった。


 ミアンから聞いた話と、ヨハンから聞いた話を組み合わせると、大体そんな見解が見えてきた。

 後は伝える順番を考えれば良いだけ。

 吠えたり四つ足で走りたくなるのは、ヨハンの中の衝動の別の形である事。

 周りの人間の言葉より、自分が自覚している行動だけ考えてみる事。

 ニコルの霊は何も求めていない事。

 それらを説明してから、ヨハンの反応を待った。

「僧侶のように」と躾けられたヨハンは、最初は自分が何かの衝動でおかしくなっていると言う事にショックを受けたみたい。

 だけど、それを受け入れないと、回復して行くには時間がかかる。

「きっかけは、貴方が女性を異性として意識するようになった事みたいなんだけど」と私が言うと、ヨハンは「それは、ニックが求めているんです。ニックが、女性を求めているんです。私は、決して邪な心は……」と、言葉を濁す。

 私は、魔女達の感覚を伝えるのと一緒に、ちょっとしたアドバイスをした。

「ヨハンさん。異性に興味関心を抱く事は、ごく自然な事ですよ? 特に、貴方くらいの年代だったら、恋人がほしいと思うのも自然です。貴方のご両親は、結婚に関して示唆する事は?」

「いいえ。狼化が治まるまで、妻を娶るのは禁止されています。あんまりにもご迷惑になるからと」

「それじゃぁ、何も解決しないのよね。今は、恋人を自分で選んでも良い時代なのよ? 心を惹かれる存在が居たら、まず、相手を褒めて、自分の事を紹介して、それから好意を伝えて、相手の名前を聞いて……」

 そんな感じで、紳士的な恋愛指南をする日が増えた。


 蠍座(スコルビウス)月になる頃には、ヨハンは衝動のままに吠えたり騒いだりするのではなく、言葉と紳士的な所作を使って、「相手に交際を申し込む」と言う行動が取れるようになった。

 魔女村のカボチャ祭りと卵祭りの存在を教えて、その時に誰かと出会えるんじゃないかと期待させておいた。

 そしてカボチャ祭りの間に、ヨハンは見目麗しい乙女と出会って、彼女に交際を申し込んだ。

 見目麗しいって言うのは、ヨハンの言葉のままだから、私が見た感想をくっつけると、「体つきはポチャッとしていて、少女のような顔つきをした、言葉遣いの柔らかい女性」だった。

 勿論魔女村に居ると言う事は、魔女か魔力持ちなんだけど、どうやらその女性は魔力持ちだったみたい。魔女じゃないなら、真っ裸で会合に出席すると言う事態を発見されることも無いだろう。

 女性はヨハンから聖女のように崇められて、恐縮しっぱなしだったけど、段々その言葉が「ヨハンなりの口説き文句」なのだと分かって来たみたい。

 その年のカボチャ祭りが終わる頃には、ヨハンとその女性リシェールは、恋仲になった。

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