30.至って普通の旅行の記録
大狼歴二万五千三百二十五年 天秤座五日目
旅行もそろそろ終盤だ。以前の物騒な町より、さらに北に進んだ場所にある「ホットスプリングシティ」に立ち寄った。
色んな所から天然のお湯が沸いていて、それを適温にしてお風呂として提供してくれる街である。
お風呂に入るにはお金が必要なんだけど、贅沢を言わなければ四リネンくらいで、所謂「芋洗い風呂」に入る事が出来る。
もっと空いてたり、施設が綺麗だったり、タオルやガウンの貸し出しサービスがついていたりするお風呂は、そのサービスの品質に寄ってどんどん値段が上がって行くけど。
私達は今日、八リネンの温泉と、十リネンの温泉を、両方試してみた。
私の方は、「炭酸泉って言う所からお湯を引いた、表皮が少しピリピリする温泉や、ジャグジーバスもあった。寝湯って言う、水底の低い温泉に横たわって入る場合もあったわ。
寝湯に入る時は、タオルで体を隠すの」と説明した。
クミンの方は、「皮膚が凄くすべすべになる温泉に入りました。垢すりをしたわけでもないのに、手で触れるだけで皮膚が『キュッ』って音を鳴らしそうな。後、お湯の成分の影響で、白っぽく濁っているお湯にも入りました。良い香りのお風呂でしたよ」と述べる。
入浴を楽しんだ後は、着替えてから「温泉蒸し街」に行ってみた。
「饅頭」と言う東洋の方のお菓子や、「温泉卵」と言う、鶏卵を温泉水に付けて茹でた物が売られている。
「饅頭」には、甘い物としょっぱい物があって、甘い物は砂糖を添加した「豆ペースト」が入っていた。
しょっぱい「饅頭」は、肉を挟んであったり、野菜を炒めた具が入っていたりもする。
私達は色んな「饅頭」を食べて、すっかりお腹いっぱいになったけど、クミンは追加で「温泉卵」に挑戦してみていた。その卵は、外側だけがかっちり固まっていて、黄身はドロドロ。
そのドロドロの卵をスプーンですくって食べると、特に調味料は無くても「何だか味がするんですよ」との感想だった。
その日は、素泊まりの宿を予約してあったので、お風呂と食事を楽しんだ後は、ふわふわのベッドで眠りに就いた。
ホットスプリングシティの目玉は温泉なんだけど、足だけをお湯につける「足湯」って言うのもある。
しっかり整備をされた「足湯」は、公園の一角なんかに設置されていて、ほとんどの場合無料で、足を温める事が出来るのだ。
足湯浴をする時は、靴と靴下を脱いで、タオルを用意して行かなければならない。
その作法を覚えてから、私達は昼間の足湯公園に行ってみた。
その公園の足湯は小さな川みたいなしつらえに成っていて、お湯の川の上には雨や日差しを凌ぐ屋根も付いていた。
既に先客さん達が「足湯」を満喫してたけど、空いてる場所を探して、両足をぽちゃり。
入った瞬間は「全体的に暖かい」のだけど、段々脛の上の方だけが熱くなってくる。
お湯は自然と熱い部分が上に来るから、仕方ないと言っては仕方ないんだけど、もうちょっと均一な暑さに成ってほしかった。
足を温めながら、足の平で「湯もみ」をしてしまったわ。
クミンは、何時までも靴を脱がないで、「なんか、足を出すのって恥ずかしくないですか?」と聞いてくる。
そんな事言ったら、温泉に入る時なんて真っ裸じゃないか。そっちは恥ずかしくないのか?
そう思って、その通りに聞いたら、「足だけ出すって言うのが、何となく恥ずかしいです」との事だった。
人間として生まれたままの姿を、ペロンと出しているほうが恥ずかしくないと言うのだ。
まぁ、真っ裸の人間なんて、普通にアニマルだものねぇ。
体を隠しているのに部分的に見えている……とかの方が恥ずかしいのだろうか。私としては、足を出すのも真っ裸を晒すのも、同じ風に思えるのだが。
「昔真っ裸で魔女達の会合に参加していた事がある」と言う経験が、私の頭の中の「恥ずかしさ」のボーダーを、大分上げてしまったんだろう。
特に、クミンはあの宗教の教えを知っている世代だからこそ、「人前で足を出すのは恥ずかしい事」だと覚えてしまって居るのかもしれない。
おまけに、十歳までお坊ちゃん育ち。それで「肌」に対する価値観が閉鎖的になったのだったら、何と言う不幸。
だけど、私の価値観を押し付けて、恥ずかしがる少年をひん剥いても仕方ない。
「どうしても恥ずかしいなら参加はしなくて良いけど、これもだいぶ気持ち良い物よ?」と、私は熱めのお湯の中で真っ赤に染まった足をちょっと持ち上げて見せた。
クミンは、何だか分かんないけど、パッと顔をそらす。
一体、その羞恥心は何なんだ。
足湯公園で体をぽかぽかにした後は、お土産屋さんの散策を楽しんだ。
磁器のティーポットとカップのセットなんかがあったけど、移動中に割れたら怖いのと、相当良いお値段がしたので買うのは止めた。
丈夫で割れなそうで何かお土産に良い物は……と、探していると、小鳥の形のカップを見つけた。
それも陶器だったんだけど、磁器より丈夫そうだったのと、何と、一個で三リネンくらいだったから、即決して一個買った。
クミンも、自分の財布と相談して、硝子製のカトラリーレストを購入していたわ。
朝から足湯公園に行っていたので、ブランチを取るためにカフェテリアを探した。
観光パンフレットに乗っていた「マルメルズカフェ」って言うご当地カフェに行ってみたら、大分賑わっていたわ。
私はバターとチョコレートがかけられている大きなトーストと、トマトサラダとホットミルクにした。
クミンはでっかいソーセージ入りのホットドッグと、ポテトサラダとソフトドリンクを頼んでいた。
「随分あちこち出かけましたねぇ」と、クミンは言う。彼としてはもう旅は締めくくりの気分なのだろう。
「まだよ。家に帰りつくまでが『旅行』ですからね?」と、私はニヤニヤしながら、まだ弟子を引っ張り回す気でいる事をほのめかしておいた。
その後も、博物館とか美術館とか植物園とか、当たり障りのない観光地を巡って、どんどん北の方に移動した。
最終的には小麦畑の中を突っ切る鉄道に乗って、一気に私達の住んでいる山間の村の最寄り駅まで行った。
駅からは、村の中を縦断する徒歩の旅。
普段見慣れない景色を見た後なので、懐かしいはずの魔女村も、別の場所みたいに見えた。
寸胴の塔みたいな私の家は、ちょっと庭が荒れて来ていたけど、出かけた時とほぼ同じ姿で迎えてくれたわ。
そして、愉快な動物達と、ミアンも。
「お帰り」と、玄関に出てきたミアンが言うと、犬のマカロニは私の肩に抱きついて来て、兎のペパロニは「しみったれ。持ってくるものは持ってきたか?」と聞いてくる。
多分、「お土産頂戴」って言っているつもりなんだろう。
ヨウムのラザニアは、「ポロッポーロップルップール。まめでっぽぉうが、のーどにぃ」とか、童謡みたいなのを歌っていた。
まめのどにつまる~と歌い続けるラザニアは置いておいて、私は自宅を守って居てくれた者達への土産を手渡した。
「これがミアンの。チョコレートケーキって言うか、チョコレートでコーティングされたケーキ。バタークリームを使ってるから、後一週間くらい持つわ」
そう言伝て、ペット達にも、牛骨と、珍しいハーブの束と、新鮮なキビの実を提供した。
ペット達は、我先にお土産をがっついてた。けど、あのぴょんぴょん坊やは、「なるほど。これを食わせた後で、俺達を鍋で煮る気だな?」とか言ってた。
兎の肉が美味しい事は知ってますけどね。




