表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/8

3.家族達の歌声

 大狼(フェンリル)歴二万五千三百二十四年 水瓶座(アクアリウス)十日目


 兎を飼う事になった。赤茶色のドワーフ種だよ。まだよちよち歩きの赤ちゃん兎。名前はペパロニにする。

 先住の犬のマカロニは、ペパロニのにおいをよく嗅いで、ペパロニのぽよぽよした動作から「こいつは赤ちゃんなんだ」と理解した様子だった。

 二匹は、一頻りにおいを嗅ぎ合って、マカロニは積極的にペパロニの毛づくろいをしていた。マカロニも犬歴五年の成熟した雌犬だ。小さな赤ん坊に対して保護欲が湧くんだろう。


 ペパロニとの出会いは、ゴミ箱。

 ゴミ箱に捨てられたと言う、非人道的な扱いを受けたわけでは無いようなのだけど、小さな兎は満足そうに、野菜の葉っぱが捨てられていたゴミバケツの中で腹を満たしていた。

 そして葉っぱを食べ終わった後、自分の頭よりずっと高い位置に空が開いており、ツルツルと滑って爪も立たない壁面に囲まれている事を知った子兎は、絶望のジャンプを繰り返していた。

 覗き込んでいる私を見て助けを求めたのか、それともたまたま「出られない!」と気づいたのがそのタイミングだったのかは分からないが、私と目が合っても、ゴミバケツの中で飛び跳ね続け、「ばっきゃろい!」とか、「てやんでぇ!」とか言ってる。

「ハイハイ。分かった分かった」と、言葉であやしながら、私は生ごみを捨てるためにつけて行ったビニールの手袋越しに、腐った野菜のにおいがする子兎をゴミバケツから持ち上げた。

 そして家に連れて帰り、ヨモギの葉っぱを食べさせてから、お湯に浸して絞ったタオルで、入念に子兎を拭いた。

 拾った時点で、家に置く事になるって言うのは覚悟していたよ。

 マカロニとケンカしないかは気になったけど、野菜のにおいが取れてきた頃にご対面させたら、マカロニは保護欲をくすぐられたらしくて、今ではすっかり保母犬をしている。

 

 ペパロニの優秀な所と言うと、さっきも書いた通り、あの子は人間の言葉を話せるのだ。

 動物と言うのは「人間の言葉をある程度理解している」ものである。だけど、声帯の作りや口腔内の作りを無視して、人語を喋ると言うのは、魔力を使わなきゃできない。

 あの子は魔力を持った兎だったようね。

 ペパロニが喋る事について、マカロニのほうは不思議そうな顔をしている。

 人間にしか発せ無いと思ってた「命令の鳴き方」を、兎が出来るのが、変な感じがするんだろう。

 ペパロニがマカロニの前で喋り始める以前も、マカロニは子兎について歩いて、ドアを開けてあげたり、戸棚を開けてあげたり……と、色々余計な所まで細かい世話を焼いていた。

 おかげで、ペパロニはこの家の「兎用ペレット」のある場所を知っている。

 食べ過ぎは身体に良くないので、隠す場所を変えたりしていたけど、何処に隠してもマカロニがサポートしてしまう。

 そんな様子なので、兎の餌を隠す場所は鍵をかける事にした。普通の兎だったらこれで十分な対策になるだろう。

 だけど、鍵があれば錠が空く原理を、利発なペパロニは理解している。戸棚類の鍵束をキッチンのフックに掛けて置いたら、ペパロニはそれを見上げてしばらく考えていた。

 それから、マカロニが近くに来たことを察して、「よぉ、ねえちゃん。あの束を落としてくれねぇか」と喋っていた。

 マカロニには、言われた通りにと鍵束を落としてあげていた。ペパロニは「ありがとな」って言って、その鍵束を食わえて戸棚の前に行ったけど、そんな事が起こる予感を持って居た私は対策をしてあった。

 高い位置にある戸棚の中に、兎のおやつを移動してあったの。もちろん、マカロニの背丈でも届かない位置に。

 鍵を開けるためには、背を伸ばしても無理、ジャンプしても無理。空中で鍵を差し込んで、百八十度回す行動が取れなきゃ無理。

 ペパロニはしばらく悪戦苦闘していたけど、遂に諦めて鍵を放り出した。

 せめて、鍵を元の所に戻してほしいものだわ。


 私の家に居る動物で、他にも喋る子がいる。通信係である、ヨウムのラザニアだ。彼は今日も公共通信の魔力を拾っては、色んな事を喋る。

 ラザニアにも好みがあって、韻を踏んでいる言葉とか、音数の在ってる言葉を拾うのを好む。

 おかげで、色んな放送局のお勧め曲と言うのが毎日聞ける。全部ラザニアの声で再生されるけど。


「ぼくがあいしたせかいじゃなくて いつもだれかがどこかでであい それでぜんぶはぜんぶなんだと いいきかせてるいいこのぼくを どうかかみさまばっしてください」


 そう言う歌詞がヨウムの声で再生されると、私は思わず吹き出してしまうの。

 歌手の人は真面目に歌ってるんだって分かるし、作詞家の人だって歌手の人の歌声の印象に合わせて色々考えている事も分かる。作曲家の人に至っては、悲壮感を操ってても丸きり無罪だ。

 しかし、うちのヨウムは、無表情な顔をしたまま、へんてこりんな声で愛と罪と罰を歌う。しかも、その歌の放送は「今月の注目曲」とされて、決まった時間に何度でも流れて来るんだ。もう、笑うしかないのよ。唯のギャグでしかないのよ。

 ラザニアよ、何故そんなに綺麗な鳥の声で、音階も正しく、唯の鳴き声として無表情に歌うのだ。愛と罪と罰を。


 ラザニアの面白い所としては、歌う声と同じ音階で、天気予報を告げるのも趣味なのだ。

「本日の天候は~ぁ、晴れ~のち~曇り~ぃ、所に~よりぃスコールと~ぉ強風を~ぉ伴うで~しょお~ぉ」と言う、すごくイイ感じのメロディラインで唱えるの。

 ヨウムとかオウムの言葉って、元は鳴き声の延長だから、ラザニアは何時も何処かで「歌いたい」って言う気分を持っているのかも知れない。

 飼い主の視点からは、全力で笑かしに来てるとしか思えないんだけど。


 ペパロニの事に話が戻るけど、彼は相当我儘なのよね。

 特ににおいに関してうるさくて、ストーブから煤を掻き出す作業をしていると、「何だってこんなに煤臭くするんだ!」とのたまうし、家の掃き掃除をしていると、「埃が舞い上がる!」と、文句を言ってくる。

「その煤や埃を掃き出さないと、どんどん家の中は煤とほこりにまみれて行くの。人間って言うのは、掃除をしないと生きていけないんだよ」と言う意見を返しても、彼は「古びたら住み替えれば良いのに!」と言ってくる。

 一ヶ所がゴミだらけに成ったら、別の綺麗な場所に住み替えれば良い、と言う意見のようだ。

 そんな安易な引っ越しを繰り返していたら、幾ら財産があっても足らないのであると言う事は、たぶんあのラビッツボーイは分かっていない。


 そんな訳で、動物だけでも三匹と同居している私の家に、少し難しい手紙が来た。

 私の魔術の先生で、大おばあちゃんの生徒だった人から。

 何でも、先生が事情あって魔術を使えなくなったので、自分の弟子を私の所で育ててくれないかと言う、半ば無茶ぶりだったんだけど。

 その弟子は、今年で十二歳になる男の子けど、子供の頃から修業していたわけではないから、まだまだ自分の仕事も決められない未熟者なんだって。

 今の状態でも充分賑やかだけど、恩師の頼みと在っては、引き受けざるを得ないだろう。

「ちゃんと育てられるかは分かんないけど」と前置きを書いてから、私は了承の手紙を綴った。


 後日我が家に来た男の子は、非常に委縮していた。ローブの胸元で鞄を抱きしめて、肩を寄せるようにして、ラザニアやペパロニが喋る言葉に、身をすくませている。

「あんたの名前は?」と、私が聞くと、「ク……クミンです」と、消え入りそうな声で答えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ