29.雑多な旅路
大狼歴二万五千三百二十五年 天秤座三日目
ミヒャエルとクロッカ達に別れを告げて、私とクミンは次の目的地に向かった。
ミヒャエルの住んでいる森から、北にニ十キロほど移動した所にある、シャワールームとレストランのついた、近代的なホテルに。
到着した途端、クミンは目が点に成っちゃって、「こんな所に泊まるお金あるんですか?」と聞いてきた。
「あるから泊まるのよ」と答えると、クミンはボケッとした表情のままついてきた。
二泊で予約してあったこのホテルは、大きな繁華街が目の前に在って、華やかなのと同時に、夜間はちょっとだけ治安が悪い。
だけど、その繁華街の中に在るアイスクリーム屋さん「ミルキーパフ」や、雑貨屋さん「スチームスクラム」は、ちょっと有名な名店だったりする。
「スナックパック」と言うベーグル屋さんは、甘い物からしょっぱいものまで、豊富なベーグルサンドを常に出来立てで提供してくれる。
ふらりと入ったカフェだって、暖かい地方の花を飾ったお洒落な作りで、大型のジャム瓶くらいあるんじゃないだろうかと思うグラスに、大量のドリンクを注いでくれる。
私は、自分の部屋に到着すると、黒服を脱いで「普通のお嬢さんっぽい服」に着替えた。
目をつけていたお店の他、ショッピングハウスを幾つか観て回った。洋服、家具、食品雑貨、ペットショップ、アロマ専門店、等等。
洋服屋では、クミンが最新の流行をじっくりとチェックしていた。私は食品雑貨屋さんで、自分土産のための大きなお茶の箱を買った。お店で出してくれた、試飲用の紅茶のベルガモットの香りが、さぞかし美味しい紅茶であろう事を想像させてくれた。
その他にも、私は洋服屋で膝丈まである真っ黒なコートと、何処に履いて行くんだか分からないけど、真っ黒なハイヒールを、それにアロマ専門店で湯上りに塗るクリームを買った。
クミンは、常日頃の散財のせいで、はほとんど何も変えてなかったけど、その代わりに物見で得た知識を、頭の中で沸騰させていた。
たくさん遊んだ後は、夕食の時間。コース料理の提供が終わった後のレストランに行って、夫々好きな料理を頼んだ。
私は、「海の彩りカレーライス・カニクリームクロケットを添えて」と、ミルクコーヒー。
クミンは、「ホロホロ肉の卵入りスープ・パンサラダセット」と、炭酸入りミネラルウォーター。
オーダーが済んだ後、「此処で水を頼むとは」って私が言うと、クミンは「変ですか?」って聞いてくる。
「いや、旨い水なら、ミヒャエルの所で散々飲んだでしょ?」と訊くと、「ああ。確かに」と、クミンは分かってない様子である。
少年は知らなかったのかもしれないけど、町の中で水を買うって言うのは、下手したらコーヒーより高いんだよ。
まぁ、頼んでくれたのがスープ一杯って事で、私の頼んだ料理の料金とトントンだろうけど。
食べる物を食べて、夫々の部屋に戻ると、私は外出用の洋服を脱ぎ、パジャマを着た。
ミヒャエルの所の、「精霊達が至れり尽くせりしてくれる生活」も面白いけど、こう言う「雑多な刺激に溢れた目移りしちゃう生活」も悪くないなぁ。
記念念写もたくさん撮ったし、明日はどの辺りをウロウロしよう。
大狼歴二万五千三百二十五年 天秤座四日目
今日も、洋服屋でデザインをじっくり見ていたクミン少年が、あんまりにも、とある洋服を眺めているので、「それ欲しいの?」と訊いたら、「はい……」って、なんか申し訳なさそうに返事をするのね。
自分のもらってるお小遣いじゃ買えないって事が言いたかったんだろう。
私が、「買ってあげるよ。試着してみたら?」って言うと、少年は目を輝かせて服を持ってフェッティングルームに入って行った。
そして、何時まで経っても帰ってこない。十分も経過する頃に、「流石に遅いなぁ」と思って、フェッティングルームの様子を見に行った。
「クミン? まだ?」と聞いても、返事が無い。カーテンの裾を覗いてみても、足元が見えない。
まさかと思ってカーテンを開けて見ると、中は空。
クミンが外出用にしていた郵便鞄型の鞄と、彼のコートだけが残っていた。
私が、目に魔力を込めて「追跡」を使うと、私の視野に「クミンの魔力波が移動した形跡」が見えた。
どうやら、フェッティングルームの鏡の一部が押戸に成っていて、そこからクミンはさらわれちゃったみたいなの。
私はクミンの魔力波が移動した先を読み、今どの地点にあるかを探ってから、彼の居場所に急行した。
途中から、魔封じを施された大きな袋に入れられて、クミン少年はどんどん運ばれて行く。
私も、近くの交番に「連れの男の子がさらわれた」と連絡を入れ、「魔力波は埠頭に向かってる。すぐに来て下さい!」と頼んだ。
クミン少年は意識を失わされ、ジャガイモと一緒に貨物船に乗せられる所だった。
警察官を連れた私は、大急ぎでその現場に駆け付け、「その袋、待った!」と呼びかけた。
人さらい達が、一瞬顔を緊張させて、それから「何にも知らない顔」を取り繕う。
「お嬢さん。何の御用だい?」ととぼけた事を言うので、「その袋、調べさせて下さい」と申し出た。
「ジャガイモに何か興味が?」と、返されたので、「なんでジャガイモの袋に『魔封じ』が?」と聞き返した。
そうしたら、人さらい達はすっかり諦めたらしい。
「お好きになさって下さい。私達は仕事がありますので」と言って、ぞろぞろと引き上げようとする。
その行く手を警官達が遮って、私はその隙に、魔封じの描かれているアサの袋を切り裂いた。
幾つかのジャガイモと、その奥からタトゥーの刻まれた腕が見えた。
「クミン!」と呼びかけて、ジャガイモまみれになっている肌着姿の少年を、助け出した。
クミンは薬品の影響か何かで、すっかり意識が酩酊している。
「ホテルに運びます。お巡りさん達は、『その人達』の処分をお願いします」と述べて、私は自分より体格の良くなってきていた少年を抱え上げると、宿泊先にクミンを連れて行った。
クミンはホテルに戻ってからも、ぼんやりして中々意識を覚まさなかった。
よほどひどい薬でも打たれたのかと思ったけど、体にはどこにも傷跡が無い。だとしたら、呼吸する事で体内に入る型の薬品か。
私は、本当は医術師じゃないと使っちゃいけない術を使う事にした。
「分解中和」って言う術なんだけど、この術は人間の体内の機能と薬学に精通していて、おまけに医術師免許を持っている人しか使ってはいけないの。
私は少しの後ろめたさを覚えながら、クミンのお腹の上に手をかざして、彼の体を巡っているはずの薬品に対して術を行使した。
三十分も過ぎる頃。クミンはようやく目を覚ました。
私は、用意していた飴玉と、ミネラルウォーターを差し出した。
「なんですか? これ」と、クミンは分かってない風だ。
「まず、糖分と水を補給して」と、私は述べた。「それで、何処まで覚えてる?」
クミンは飴玉を口に運んでから、「えっと……お店で服を見つけて……それから……」と呟く。
「『それから』は、覚えてない?」と、私が言葉を補うと、クミンはこくんと頷いた。
何より驚いたのは、こう言う出来事は「都市伝説」として、一般に広く知られているらしいの。
だけど、誰も阻止しようとはしない。唯の噂話だと思って居るからだろうか。
その後の人さらい達の事は知らなかったけど、聞くに、警察官にチップを配って刑を免れたそうだ。
道理で、都市伝説扱いされるはずである。




