28.川釣りに行こう
大狼歴二万五千三百二十五年 天秤座一日目
今日はミヒャエルからのお誘いで、クミンも含め三人で川釣りに行った。
丸い石や岩がたくさんある、水の綺麗な場所だった。
最新式の釣り竿と、岩底の虫を用意しながら、「此処は何が獲れるの?」と聞くと、「色々獲れるよ。季節的には、『ユモ』って言う、骨の柔らかい小さい魚がよく獲れるかな」との答えだった。
透明な釣り糸が開発されてから、ビックリするくらい簡単に獲物が獲れるようになったんだって。
動きの細やかな釣り竿も真新しい人工の物で、手元で釣り糸を巻き上げるためのレバーまで付いていた。
細い柔軟なバンブーで釣りをしていた時代は、遥か昔なのねぇ。
釣りの醍醐味と言うのは、「当たった」時だけど、その「当たり」が来るまでは、静かに、騒がずに、眠らずに、待つ必要がある。
その状態を保つために、色々お喋りをする事になるのだが、ミヒャエルは、どうやらそのお喋りがしたくて私達を釣りに誘ったようなのね。
「クミンは、まだ魔術を習い始めたばかりなんだろう?」と、彼は遠慮なく、傍らの少年に聞く。
「はい。ちょっとした事情がありまして」と、クミンは細かい所をはぐらかそうとした。
だけど、ミヒャエルは「どんな事情?」と、ズバッと問い重ねた。
「家にまつわる事なんですが」と、クミンは言いにくそうにする。「僕、四男坊なんですよね」
それは私も初耳だったので、手元の釣竿を見ながら、聴覚に神経を集中した。
どうやら、クミンは魔術師としてはそこそこ良い家の出で、おまけに家督を継ぐことを期待されない立場だったんだって。
だけど、男の子だって言う事で、しっかり甘やかされて育って、一般教養は受けたけど、いずれは何処かの家の養子に入って、良いお婿さんとして「家と家の絆」になってくれれば良いくらいの期待を受けて居たんだ。
逆を言うと、それしか期待されてなかったので、魔術の勉強を施されなかったの。
でも、家を継ぐために魔術の勉強をしていた長子が、病に臥せってしまった。回復する見込みはないと言われる難病で、魔術や霊術に頼って治療をしても、余命を数年伸ばすのがやっとと言う状態になった。
それで、次男坊さんが家督を継ぐ期待をされたんだけど、長子と比べられて育った次男坊さんは、すっかりひねくれていて、家の事なんて気に掛ける気が無くて、財産を浪費した挙句に、行方不明になった。
三男坊さんも、魔術の勉強はしていたけど、長子の方より芽が出なかったらしくて、それを何度もなじられたために勉強が嫌になって、部屋の中に引きこもってしまった。
それで、ようやく日陰の存在だった四男坊のクミンに光が当たったんだけど、何せ十歳まで魔術的な事は何も教えられていなかったので、緊急で魔術の勉強をさせると言う事になった。
その関係で、十歳の誕生日を過ぎてから、私の師匠の所で、住み込みで勉強する事になったんだけど、生憎その先生が、クミンが修行に来てから二年目で魔術が使えない状態になってしまった。
それでもって、十二歳のクミン少年は、私の所にたらい回されて来る事になったってわけ。
「それは苦労したねぇ」と、ミヒャエルは相槌を打つ。「ナバス氏の、その後は?」
「分かりません。魔力が回復していないらしいと言う事以外は」と、クミンは零す。
その時、私は気づいた。
私の釣竿に、「当たり」が来た事に。
「来たぁああああああああ!」と宣言して、私は釣り糸を巻き上げ、釣り竿を引き上げる。
川面の中から、可愛らしくも美味しそうな銀色のお魚さんが宙に舞い出てきた。
ミヒャエルが差し出してくれた網の中に、魚を踊りこませる。
ミヒャエルは、魚を逃がさないようにしながら、網の一部を水面につけた。
「こりゃ縁起が良い。『アカヒレ』だ」と、ミヒャエルは言う。
「何それ?」と訊くと、ミヒャエルは答える。「『ユモ』の中でも、ヒレが赤い奴だよ。珍しいし、美味しい魚でね。釣れると良い事があるって言われているんだ」
「ほほう。良い物を引いたと言う事ね」と、私はニヤニヤしながら、たも網の中を覗き込んだ。
それから、私はアカヒレを含む五匹のユモを吊り上げ、ミヒャエルは七匹、クミンは一匹の獲物を得た。
川辺で焚火を起こし、自分達の成果を夫々の串に刺して焼き上げる。
ワタも食べれるそうで、丸焼きにしたユモは「うん!」と声を上げちゃうくらい美味しかった。
夕方も迫り、魚釣りを終えて帰ろうとすると、向こうの方から黒い人影が近づいてくるのを見つけた。
人影と言うか、ローブを着て杖を突いている人の形に見えるけど、そのローブの中は顔も無い影が澱んでいた。その人影は、十三人いる。
「炙られたものだ。炙られたものだ。酷く手酷く炙られたものだ」と、その影達は呟いている。
先頭を歩いていたミヒャエルは、歩を止めた。私達も、自然と足が止まる。
クミンがミヒャエルに何か言おうとしたけど、ミヒャエルはパッと少年の方を振り返り、唇の前に人差し指を当てた。
それから、私達を避けるように片腕を広げ、杖を突いている黒い人影に向かって、「さぁ、お連れ様はこの先です」と述べる。
「んーむ」と、影達は唸り、私達に触れることなく、さっきまで私達が魚釣りを楽しんでいた川辺の方に進んで行った。
「炙られたものだ」と呟きながら。
後からクミンに質問を受けたのだが、先のローブと杖の影は、所謂「死神」と言うものである。
精霊が当たり前のように生きて居られる土地なので、私達の霊視力も上がっている。
そのため、村や町に住んでいると見えない類の霊体も見えるようになっているのね。
「死神が迎えに来てくれたって言うのは、喜んで良い事なのよ?」と、私はクミンに説明した。「一番困るのが、何処にも行き場が無くて『世界』を漂い続けるって言う事だから」
「その『死神』達は、誰を迎えに来ていたんですか?」
そうクミンが聞いてくるので、「え? 分かんないの?」と聞き返した。
「はい」と、真面目な少年は真面目に答えた。
私は答えを教えてあげた。
「私達が食べたでしょ? 十三匹」
それを聞いて、クミンは不思議そうな顔をする。
「魚が死んでも、『死神』が迎えに来るんですか?」
「来るよ。特に、人間に鳥や動物や魚が殺された場合は、『死神』達が迎えに来る」
「何故?」
「その疑問に対しては、幾つかの説があるけど、人間が『殺し過ぎる』生き物だからじゃない? って事になってる。だけど、私達はちゃんと『残さず食べた』から、躯返しを要求される事は無いよ」
「むくろがえしってなんですか?」と、聞いてくるクミンの顔は青ざめて行っている。
私は、怪談話でもするような声音で、彼に教えた。
「呪いの一種なんだけど。人間が必要以上に食べ散らかしたりすると、『その獲物の味わった苦痛』って言うのを、死神が連れて来るのよ。その呪いは、獲物の体が綺麗に消えるまで続くものなの。
だから、誰かに呪いをかけるために、贄を氷漬けにする呪詛士も居るのよね」
それを聞いた少年は、怖い物見たさみたいな顔で質問をする。
「氷漬けにされた贄の呪いって、どんなのなんですか?」
「それはね、どれだけ温めても、食べても、ずっと、寒くて、お腹が空くの。そう言う呪いを受けた人間と言うのは、段々生きる気力がなくなって行って、自ら……」
「はい。分かりました」
そう言って言葉を切らせたクミンは、顔をすっかり青ざめさせて、腕をさするように両腕で胸を抱いていた。




