25.遭遇した恐怖
大狼歴二万五千三百二十五年 獅子座二十七日目
定例会議の時に久しぶりに会った魔女が、私の家に遊びに来た。
レステアって言う通り名を名乗っている、村の繁華街に住んでる魔女。
小さい村だと言っても、お店が幾つか集まったら繁華になる場所はある物で。
プリムのお店クオーターズカフェも、その繁華街の一角にある。
「田舎って良いわよねぇ」と、レステアは私の家に来る度に言う。「この、何にも隠れてない風景が良いのよ」って。
たぶん褒めているつもりなんだろうけど、彼女も日課が無いままこの「田舎の田舎」に住んでいたら、三日目で生活に飽きると思うの。
でも、今回のレステアは「何時もの挨拶」を言った後、少し表情を暗くした。
この度、うちに遊びに来たのは、人生相談も兼ねて居たらしい。
人生と言っても、レステアが何か困ってるわけじゃない。彼女の親戚の子が、ある日から突然笑わなくなって、不思議な表情をするようになったんだって。
瞬きをしていないんじゃないかと思うくらい、血走った目をぎょろりと開いて、片手にぬいぐるみを抱きしめて、黙りこくっている。
常に緊張状態で、レステアが声をかけても身をすくませるだけで、肩に手をかけようとすると、物凄く怖いものにでも遭ったかのように、逃げて行くのだそうだ。
「子供が表情を失って、常に緊張状態になっている」
私がそう復唱すると、レステアは「そうなの。何か怖い事があるの? って聞いてみても、ガタガタ震えるだけで答えてくれないの」と、言う。
「ショック状態が続いてる時は、怖い事を思い出させちゃダメなのよ」と、私は解説した。「その子のショックが解けるのを待ってあげて。何だったら、『面白い所に行こう』って言って、外に連れ出してあげても良いかも」
それを聞いて、レステアは少し考えている風だった。
数日後、レステアの親戚の女の子……メイランって言う名前の女の子は、小児精神病院に連れて行かれたらしい。
おいおい、ショック状態の女の子を、そんな所に閉じ込めるの? って思ったけど、「気が触れた者は気が触れた者同士で集めておかなければ」って、メイランのご両親は言って居たんだって。
どうやら、メイランのご両親は、「狂気は感染する」って言う迷信を信じている人達みたいね。
大狼歴二万五千三百二十五年 乙女座八日目
収穫祭の広場では、大鍋で色んな野菜が煮られていた。そして屋台では焼き物が売られている。西の大陸から入ってきた、コーンって言う野菜も、皮を剥いて表面を丸ごと焼いて食べる。
屋台の一つで、串に刺したジャガイモを焼く係をしていた私は、先日の友人が四歳程の知らない女の子を連れているのを見つけた。
「レステア」と、私は声をかけた。それから、「塩ジャガイモ食べる? 一個二リネン」って聞いた。
レステアは笑顔を見せて、「ええ。ありがとう」って答えて、私から程よく丸焼きに成ったジャガイモを受け取り、代金を支払った。
「メイラン。はい」と言って、そのジャガイモはそのまま、彼女の隣の女の子に渡される。
メイランちゃんは、目を血走らせるほどのショック状態が落ち着いたらしい。すごく小さい声で「ありがとう……ごじゃます……」と呟いた。
「どういたしまして」と、私は答えて、新しいジャガイモを焼き始めた。
「オレンジジュースの屋台は?」と、レステアは聞いてきて、私は無料で飲めるオレンジジュースの屋台の方角を指さした。
メイランちゃんは、チラリとこっちを振り返って、暫く何か言いたそうにしていた。
だけど、レステアはそんな彼女に気付かずに、手をつないだままさっさとオレンジジュースの屋台に向かった。
「あの子……」と、私の隣で串肉を焼いていたクミンが、作業をしながら言い出す。「ちょっと不思議な子ですね」って。
「まぁ、特有の雰囲気はあるよね」と、私は答えてから、「あんた、それ、塩振り過ぎじゃない?」って、クミンの手元を注意した。
その後日、メイランちゃんはレステアに連れられて、私の家に来た。
幼子には、クミンとボードゲームをしてもらう事にして、うちの楽しい動物達を観客に配した。
私とレステアは二階に上がり、私の寝室の中で、ボソボソ声で話した。
「自分の親御さんに『楽しい所に行こう』って言われて、病院に連れて行かれたのは新しいショックだったみたい」と、レステアは説明する。「メイランが怖がっていたのが、『自分の家』である事が分かってから、彼女は私の所で面倒を看てる」
「『自分の家』が怖いって言うのは、どう言う事?」と、私が聞くと、レステアは「うーん」と唸ってから、「最初は、人形の首を、犬が嚙み切ったのが怖いとしか言わなかったんだけど」と、語り始めた。
どうやら、メイランちゃんは、父親が妻以外の恋人を作ってるのを知ってしまったらしいのね。そして、家で行なわれたその密会の場面を目撃してしまったの。
その後、「それまでと同じ風」に接して来ようとする父親に、「男性への嫌悪感」を持つようになった。
抱き上げられたり、同じベッドで眠ろうとされると、特に緊張状態になったみたい。
それである日、そのストレスが爆発した。
そこで、親御さんはメイランちゃんの気が狂ったとして、病院に入れたんだ。
メイランちゃんが幸運だったのは、レステアって言う魔女が親戚に居た事ね。
通常の世界では「狂気の沙汰だ」と言われることを、受け入れて生きている人物が親戚に居たって事なのよ。
私がそこまでの事情を把握してから、私達はメイランちゃんとクミンの様子を見に行った。
何だか、メイランちゃんは、ひどくクミンを気に入ったみたいで、レステアが「帰るよ」と声をかけると、クミンの右側に移動して、彼の腕をつかんで離さなかった。
クミンはメイランちゃんの手を優しく解くと、幼子の両手を握って、「今日は帰る時間。また遊ぼう」って声をかけた。
おお。中々ファインプレーをするじゃないって思ったら、メラノンちゃんはこくんと頷いて、レステアのほうに歩いてきた。
レステアの手を握って帰る時も、小さなレディは何度も後ろを振り返って、じっと……クミンを見ていた。
お祭りでの物言いたげな視線も、多分クミンに注がれていたのだろう。
うちの弟子は、どうやら女の子にもてるタイプらしい。
晴れた日。クミンとモルクには、今日は庭畑の手入れをしてもらっている。若者はせっせと働くべし。
そして私は、ユニカちゃんと一緒に草原に座り、彼等を遠くから見ていた。
ユニカちゃんに、「私の友達の親戚の子が、クミンを気に入ってるみたいなの」って話をすると、ユニカちゃんは一度きゅっと唇をかみしめてから、「幾つくらいの女の子ですか?」と聞いていた。
「四歳くらいの子」と答えると、ユニカちゃんは肩を脱力して、「もう。驚かさないで下さいよー」と、気が抜けた声を出す。
「そんなに驚く事?」って聞くと、ユニカちゃんは「ポワヴレさんと関わりがある人ってだけで、私にとっては強敵なんですよ」と、草の上に立てた膝を、指先でぐいぐい押していた。
どうやら、ユニカちゃんも「唯のファン」で居ようとする心が、段々揺らいできているようねぇ。
まぁ、まぁ、私としては、今後のクミンの交友関係に親しい女の子の存在が発生しても、全然かまわないけどね。
クミンがシフォニィの魔性から脱出する好い機会かもしれないし。モテ要素を持っている者は、男でも女でも大変みたいねぇ。
私個人は、今の状況を楽しむだけよ。




