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24.失われたもの

 大狼(フェンリル)歴二万五千三百二十五年 獅子座(レオ)一日目


 今月の八日目に、満月の日が来る。日が暮れる頃から、村の魔女達が森の中に集まって、一年の間に在ったことを報告し合う定例会議が行われる。

 その時は、何と言うか、昔からの風習で、真っ裸か、肌着一枚で出席しなければならない。

 森魔女達は、地面まで届く長い髪で、素肌を包んで居る事が多い。

 肌着が許されるようになったのは、近年のあの宗教の影響が大きい。他人に肌を見せるのは恥ずかしい事であると言う教えが、生活の端々に入って来たのね。

 昔は、何も隠しごとをする事が無い、無垢な姿を見せると言う意味で、真っ裸で参加する事が決められていたんだ。

 私も、一人暮らしをしているなら、真っ裸で出かけても良いんだけど、何せ、あの宗教の教えを知っている新世代である少年が、家を出る所を見ているわけで……。

 それは、何か着て行かないと「やばい」と言うものであろう。


 靴も履かない肌着一枚で、私は会議の場である西の森に向かった。

 あの凄惨な場を作った湖は、森魔女達の力によって浄められていた。

 日暮れ時。村中の魔女が集まると、「アルゴン。蛇を」と、森魔女の長モストゥワーネが、蛇使いに声をかける。

 アルゴンは、無毒な蛇の口を開かせ、自分の手の甲を噛ませた。

 その手の甲から滴った蛇使いの血液と、七色の油を浮かせるインクを混ぜて、モストゥワーネは羽ペンをそのインクに浸した。


 去年の獅子座(レオ)月から一年の間で起こった事では、公に動いているお祭りの他、魔女狩りの話が話題の大半を占めた。

 特に、森魔女の中でも尊崇の念を集めていたリミティアとエリアンスが狩られた事を、他の森魔女達は静かに怒っていた。

 リミティアは狼を統べられる魔力を持った、偉大な魔女だった。彼女はとある狼の群れの長として生きていた。狼達の生活習慣と、各群れの広がりや移動範囲を私達に教えてくれる事で、チャーマー村の人々と森の狼達が対立しない事に勤めていた。

 その彼女は、狼を操り人を貪らせる「魔女」であるとされて、異変の初期の頃に人間達によって狩られてしまった。

 長を守ろうとした狼達が、人間を攻撃した事も、裏目に出てしまったらしい。

 エリアンスは、宇宙を見つめる魔女だった。星の流れを読み、その一年の間に何が起こるかを、巧みな予言で私達に知らせてくれた。

 やはり、リミティアと同じく、異変の初期にエリアンスが居なくなった事で、私達は「人知で知れる部分の情報」しか分からなくなってしまった。

 エリアンスは魔女狩りについて、幾つかの端書を残してくれていた。

「ヒキガエルの魂を持った女」「魅了された国王」「赤い雨の下」「制裁」「闇は光を纏う」「神を謳う者」等の、それだけでは意味が分からなかったメモだった。

 全部の事柄が終わった今では、エリアンスが何を伝えたかったのか、よく分かる。

 何人かの魔女達の名前が挙げられ、月明りの中、モストゥワーネはそれを羊皮紙に古代文字で記述した。

 彼女達がどんな人物で、どんな功績を残し、どんな思いを抱いていたのかを書き記す、その時間は丸一晩あっても足りなかった。


 朝霞に紛れて、私は家に帰った。私からの報告は、三つ向こうの村の修道院とのやり取りがまだ続いている事と、その修道院に居る「彼等、彼女等」は敵ではない事、方舟神話を信じる彼等の内にも、慈愛と言う物を知っている人々は居るのだと言う申し出だけだった。

「ポワヴレ。これからも、その者達との連絡を欠かさずに」と、モストゥワーネは私に言い含めた。

「承知した」と、私は答えた。

 エリアンス亡き後、どんなに些末な情報でも、どんなに些末な希望でも、失うわけには行かないのだ。


 自分の部屋で服を着てから、私はお茶を飲みに一階の居間に行った。

 熾火を起こし、鉄のポットに入れた水を熱して、湯気が漂うくらいのお湯にする。

 それから、お茶の葉を陶器のポットへ。お湯を注いで、葉の浮き沈みを待ち、茶こしを通してカップに注ぐ。今日は少しシナモンを入れる事にした。

 テーブルにお茶のセットを置き、一人掛けのソファに腰を下ろす。

 溜息を吐いてから、スパイスの香りがするお茶を口に含んだ。温かい液体は、冷えた体をほぐしてくれる。

 犬のマカロニが鼻を鳴らしながら近づいてきた。私の表情が暗い事を察してくれたのだろう。彼女はもふもふの頬を私の肘にすりつけ、湿った鼻で膝をつついた。

「うん。平気。ありがとう」と、私はマカロニを撫でながら答えた。

 そうだ。平気なはずだ。魔女狩りなんて、昔から何度も起こっている。その度に、親しく賢い友人達が失われて行き、生き残った私達は、彼女達の意志を受け継ぐために存在している。

「ねぇ、ラザニア」と、私はまだ寝ぼけているヨウムに声をかけた。「ある日突然、私が居なくなったら、どうする?」

 ヨウムは不意に、目を瞬かせ、「今日の~天気~予報を~」と歌い出した。

 そうだ。私が急に居なくなったとしても、ラザニアは天気の事を忘れない。歌う事も忘れない。

 マカロニは、撫でてくれる人が居なくなったことを、ちょっと寂しがるかもしれないし、ペパロニは、私に向かっていつものように悪態をつくだろう。

 何も変わらない。それで良いんだ。百五十年と言う、唯の人間が生きるには長すぎる時間を生きてしまった事で、私は何か勘違いをしているのだ。

 私が居なくなることで、何か大きな変化が起こってしまうのではないかと。

 せめて、クミンが一人前の魔術師になるまでは、生きていなきゃならないけど、その後はどうなるだろう。

 何だか、眠くなってき


 日記帳を開いたまま、私はいつの間にかテーブルの上に腕を組んで、眠りこんでいた。

 開いていたページが真っ白に成っていて、何も書いて無かったっけ? と不思議に思ったけど、その現象は日記ちゃんの「守秘機能」の一つみたい。

 一度日記ちゃんを閉じてから、改めてページを開きなおしたら、随分と湿っぽい事が書かれていたわ。

 まぁ、そんな風に気分が沈む時もあるのよ。

 リミティアの勇気やエリアンスの英知には敵わなくても、私達は生き残ったのだから、これからも生き延びて行かなきゃね。

 何となく、夢の中で二人に会ったような気がする。

 夢の中で、宇宙の彼方に去って行く二人は、静かな瞳をしていて、少し微笑んでいた。

 誇り高い森魔女の勇姿は、神話に語られる女神の様だったわ。


「ポワヴレさんから見たら、クミンさんってどんな感じなんですか?」と、ユニカちゃんに聞かれた。

「どんな感じとは?」って聞き返すと、「頼りがいがあるとか、無いとか、どんな癖があるとか、どんな風なイメージだとか」と言われた。

 やはり、イメージと言うのは気にされるものなのね。

 私はちょっと面白くなって、「最近は使えるようになってきたと思う。未だに蜥蜴を捕まえられないけど」と、ちょっと茶化した事を伝えた。「癖って言うと、あの子、髪の毛をすごく梳るの。手でも、しょっちゅう髪の毛を整えてる。女の子みたいって言ったら、髪が常にふわふわするのが気になるんだって。多分、猫っ毛のせいね」

 ユニカちゃんも、面白そうにぐいぐいと私の方に寄って来て、離れた場所でまた剣の打ち合いをしている青年達の噂話に耳を澄ます。

「編み物も、まだ続けてるんですねぇ」と言って、ユニカちゃんは満足そうににやーって笑った。

 何でも、このままクミンが「強面な男の子」に成ってしまったら嫌だと思ってたんだって。

 乙女心は複雑ねぇ。

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