22.引き換えられる物
大狼歴二万五千三百二十五年 双子座二十一日目
漫然とした日々を過ごしているわ。お祭りが無い月が、こんなにも長く感じるとは。
ほんの先週に、鉱山の事件が片付いたわけだけど、清掃局からは「変質した邪気が『若返りの効果がある』と話題を集めていて、観光名所として公開され始めた」と言う知らせを受けている。
若返るって言うのは、そんなに嬉しがるような事じゃ無いと思うんだけどな。
送られてきた観光パンフレットを見ると、若返る必要なんて無いような、二十代前半くらいの人も来ているらしい。
「最近、肌の調子が良くなかったんです。でも、この『若返りの泉』に来てから、パワーをもらえました」と言うメッセージが書かれている。
その他にも、「髪の色が戻って来たんです。流石、新世紀のパワースポット」とか、「十代の肌、二十代の声、三十代の活力」と、夫々の笑顔の写真の下に書かれている。
パワーってなんじゃ。幾ら「良さそうな効能」を持ってても、あんた達が浴びているのは、邪気だぞ? と思って、肩の力が抜けたわ。
後々、変な事が起こらないと良いんだけど。
私が、送られてきた観光パンフレットを読んでいると、それを脇から見たクミンが、「先生。若返りたいんですか?」と聞いてきた。
「いや、流石にこれ以上『若返って』も、虚弱になるだけだから」と、私は答えた。
「じゃぁ、そのパンフレットって……」
「清掃局の人が、『先日の件』についての最新情報だって言って、送って来たのよ」
「ああ。なんだ」
そんなやり取りをしてから、クミンは幾つかの念写写真と、それを貼り付けたメモを取り出す。
「新しいドレスが出来たので、ネットワークサービスに登録お願いします」
「はいよ」と答えて、私は今回の作品の念写写真を眺めてみた。「黒いリボンを使う事が増えてるね」
そう指摘すると、クミンは「ゴシックファッションって言うのが、巷で流行り始めているらしいので、少しずつ取り入れようかと」と述べる。
「ゴート式? どんなファッションなのよ」と、私は質問した。
クミンは細かく答える。
「えーとですね。基調色は黒と白で、黒いリボンとフリルを多用します。全体的に襞が多くてドレッシーで、女性の場合は時々、腰をコルセットで絞るんですね。その、腰を絞るコルセットも、敢えて外から見えるような……シャツの上や、ワンピースの上に仕込むんですよ。
それから、そのファッションをする時は、目の周りに化粧でクマを作って、血色が悪く見えるほど顔を白く塗ります。
足元はあまり飾らないんですけど、黒いハイヒールを履いて居る人が多いですね。スカート丈が長いからかも」
「はい」と、私は説明がひと段落した所で返事をした。「なんかゴテゴテしたファッションなのであろうと言う事は分かったわ」
クミン少年の「流行の取り入れ」は、売り上げに効果を生んだ。
白いビラビラフリフリのドレスに黒いリボンを飾っている服が真っ先に売れて、次に黒のオーバースカートに灰色のアンダースカートを仕込んだワンピースが売れて、次に黒いリボンをあしらったボンネットが売れた。
私が作っている細工物より、何だったら売れ行きが良いくらいだ。彼の作品が手作りの一点ものじゃなければ、私のネットワークカタログの店名を「クミンのワクワク手芸店」にでも、変えなきゃだめかもしれない。
実際そのアイデアを本人に伝えてみると、「ワクワク……は、やめて下さい」と、本人も別の名前だったら自分の店が持ちたいかもと思って居る様子を見せていたわ。
来月の、夏のマーケットに出品する物を考えておかなくちゃ。冬のマーケットと違って、生活用品以外の店も出店して良いから、私は毎年この時期にちょっとした小銭を貯め居ているのよ。
私の作品は、動く金魚鉢。指先で鉢の縁に触れると、樹脂の水の中に在るガラス細工の金魚が、本物みたいに硝子に沿って一周泳いで見せる、小さな金魚鉢を用意したの。
クミンは編み物で、野菜や魚の形の「食器洗い用毛糸細工」を幾つも作り出して、一個一リネンで売り出す事にした。
家の中ではかぎ針を振るい、家の外では剣を振るい……中々、面白い子に育っていると思うけど、クミン本人は、家の中でのイメージと、外でのイメージが違う事に疑問とか持ってないんだろうか。
実際その質問を投げてみると、「いや。イメージって言っても……誰かが僕に何かのイメージを持ってるって事ですか?」って聞き返された。
「誰とは言わないけど、先日のユニカちゃんとかは、『かぎ針を操ってるクミンさん』と『剣を操ってるクミンさん』にギャップは感じるんじゃないかな」って答えると、クミンは毛糸玉から毛糸を引っ張り出しながら、「ギャップですかぁ……そんな事を気にしてても、生活費が入ってくるわけじゃないですからねぇ……」と述べる。
そう言う所は、以前の師匠がしっかり躾けていたみたいね。
日記の途切れてた場所から、一ヶ月前の追記を書こう。
クミンと、「イメージ」について話してた翌日だったと思う。
村に見た事の無い獣が現れた。
正確には、私は図鑑でその姿を見た事があった。アリゲーターって言う、異国の食肉獣だ。
そんなに巨体でもないけど、ザリガニ釣りに行っていた男性が、腕に噛みつかれて大変な事になったそうだ。
ペットとして連れてこられたものが逃げ出したんだろうって事で、チャーマー村の人々は「アリゲーターの捕獲」のためにチームを組んだ。
私も、古参の魔女としてチームの一人に加わった。クミンは別のチームに加わって、村中の水辺を警戒して歩いた。
やがて日も暮れ、一日の捜索が終わる頃、「居たぞ!」と言う声が響いた。
「西の森だ! 湖の中に隠れてやがった!」と、魔技術士のリリューシュが叫んでいる。「ポワヴレ、すぐに来てくれ!」
私は指名を受けて、全速力で西の森の湖に駆け付けた。
リリューシュがランタンをかざしている真下で、尻尾と頭を抑え込まれたアリゲーターが、とどめの一撃を受ける所だった。
そのアリゲーターを抑え込んでいた数名は、両腕と体中に噛みに噛まれた痕がついていた。
私は、緊急手当として彼等の体に「治癒」をかけて回った。中には、皮膚が真っ白になって、体を震わせるほど血を失っている者もいた。
「『治癒』が利いてる間に、森魔女達から『血』を受けて。リリューシュ、重傷者をエンゲルの所へ」
そう声をかけると、リリューシュは「ああ。分かった」と受け答えて、互いに体を支え合いながら森の中を進んで行く者達の先頭を切った。
森魔女達は、精神力を集中する呪文を唱えてから、その美しい腕の肌に刃を滑らせ、浅い傷を作った。滲んできた血液を指先に拭いつけ、血液を失った者達の額に血の指紋を押す。
その儀式を受けた者達は、顔色に赤みが差し、さっきまで卒倒しそうだった様子から回復した。
重傷者の中には、クミンも含まれていた。彼の傷は酷い事に、左腕の肉の中程から下を食いちぎられていた。
私の「治癒」でも、形を失った体の一部は再生できない。クミンは食いちぎられた腕をロープで縛って止血した状態で、森魔女達の所に運び込まれた。
森魔女達はクミンの様子を看た後、話し合っていた。「禁術」を使うかどうかを。
私は言葉で飾るでもなく、「私が渡せるものは渡す。お願い」とだけ、彼女達に訴えた。
森魔女達は、私の願いを聞いて、「禁術」を使う事を決定してくれた。私の、一ヶ月分の言葉と引き換えに。




