21.邪気と言う名の有毒なガス
大狼歴二万五千三百二十五年 双子座二日目
窓辺で、日記ちゃんに今日のお昼ご飯の事を相談していたら、箒で空を飛んで行く、何処かの国の魔女を見かけたわ。
現代でも、箒で空を飛ぶ技術が残されてるって言うのは、希少な事よねぇ。
通信辞典で調べてみると、何でも、クオリムファルンって言う国の一部の清掃局で、「邪霊との近距離戦闘の技法」として、箒での飛行能力が伝えられているらしいの。
その技を伝えている清掃局は、ドラグーンとホーククローとミスマーブルって言う、三つ。
ドラグーンは、単身戦闘の技術に長けた箒乗りが多くて、清掃局としては珍しい事に、攻撃型の飛空艇も備えてるんだって。
ホーククローは、情報収集の能力が優れてて、箒乗り達は現場で起こった事や、本部からの通達を、いち早く適した場所に伝えるために活躍しているらしい。
ミスマーブルは、長距離を飛べる箒乗りを育てていて、今日の長距離速達郵便の仕事は、彼等の技術を使っている。ドラグーンやホーククローより有名じゃないけど、別の組織に技術指導をする事が仕事みたい。
清掃局ねぇ……と思って、そう言えば、外の世界では「邪気」って呼ばれている物質が、近年増加傾向であると言われているのを思い出した。
クオリムファルンに住んでる親戚が、「鉱山が増えてから、邪気罹患患者が増えたって言われてる」って、愚痴っていた。
そりゃぁまぁ、地面を無作為に掘って行ったら、地中に在るエネルギーを呼び出しやすくなってしまうのは当たり前か。
ある日、床屋さんの方で騒ぎがあった。
散髪をしていたお客さんの髪の毛が、突然全部抜け落ちたんだって。
聞くによれば、髪の毛だけじゃなくて、眉毛も睫毛も抜け落ちて、お客さんは一瞬でつんつるりんになった。
「なんだこりゃ」と一番最初に言ったのは、床屋の店主のデリック爺さんだった。それから、訳が分かってないまま硬直しちゃったお客さんに、「何処かの鉱山に出かけた事は?」って、素早く聞いたの。
お客さんは、暫くガタガタ震えてから、「クオリムファルンの、サンデリアの鉱山の仕事に就いてたんだ。一ヶ月くらい前に」って言っていた。
どうやら、その人はその時に、何かの邪気に罹患してしまったようなの。
それからも悪い事は続いて、つんつるりんになった人は、今度は皮膚に異常を起こした。
顔中と手足に皴が浮かぶようになって、体の機能も一気に老化して、ある日の朝に、ベッドの中でこと切れているのを家族に発見された。
その人はまだ三十代くらいなのに、見た目は八十を超えたご老人に成ってたんだって。
私が恐ろしい事件を聞いてから、数日後。
ドワーフ風のフードを被って、全身をすっぽりと服で包んだ人が、私を訪ねてきた。
「老化を止める術を、俺にも施してほしい」と、その人は願ってきた。
私は、まだ術は研究段階だと述べると、その人は「でも、あんたは百年以上も老いていないんだろう? それだけ実証されている術なら、きっと俺達を救ってくれる」と、フードの人は言うの。
その人の目元は良く見えないけど、口元にはくっきりと皴があって、何処かの老人が、死ぬのが嫌で無茶を言いに来たのかと思った。
でも、同時に先日の床屋での一軒が思い出された。
「もしかして、貴方も『邪気罹患者』なの?」
そう聞くと、フードの人はきっぱり頷いて、今まで服で覆っていた手を見せた。
爪は分厚く、手の甲と腕には血管が浮いて、皮膚は皴皴。
それから、フードを取ってもらうと、髪は細くて白く、顔の皮膚はたるんで、罅が入ったような皴に包まれていた。
どう見ても、六十歳以上の体に見える。
「俺は、今年で二十八歳になる。鉱山で働いて三年目だ」と、その人物は述べる。「多くの仲間がこんな有様だ。どうか、この体を元に……いや、せめて、これ以上の老化が進まないよう、術を施してくれ」と。
私は、少し考えて、「三年でこれだけの様子になるなら、老化を止めるだけじゃ無意味ね」と、断った。
それから、しばらく家を空ける決心をした。
クミンに留守番の間の事をしっかり言い聞かせて、私は先の老人のようになってしまった青年、アルバートと一緒に、彼の働いていた鉱山に向かった。
鉱山のある場所は、北の海に近い所。水平線を少し超えれば、隣国の島国が見えるはずだ。
実際に、鉱山の近くの町に行ってみると、やはりそこに住んでいる人達は、やけに老いさばらえて見えた。それから、子供達の姿が無い。
「子供は生まれてないの?」と、アルバートに聞くと、「生まれても、すぐに死んじまうんだ。赤子の姿のまま」と、彼は答えた。「子供を産める年齢の女達も、少しずつ老化の様子が見えてきている」
私は、片手に魔力を込めて、ふわっと空中を撫でた。
皮膚をひりつかせる、何かの刺激が感じられた。町の中でも、かなりの影響がある。
私はアルバートに、彼と同じ症状を持っている鉱夫達を、町に集めてくれるように申し付けた。
その彼等から、老化が始まったのは何時頃からかを聞きだした。
「南の方の、磁石を狂わせる辺りを掘り進めてた頃だ」と、やはり老人のような皮膚と髪をした、ハモンドと言う青年が言う。
「あの辺りは変な臭いがするから、何かのガスが充満してるんじゃないかって言われてた。だけど、火を持って行っても消えないから、たぶん安全なんだろうって言ってたんだが……」と、言葉を濁す。
その他にも幾つか情報を得てから、私は自ら鉱山の中に入る事にした。
結果を書くと、鉱山での異常は一時的に収束した。
坑道に広がっていた変な臭いと言うのは、邪気が漂わせるタイプの、ある種の魔力香だったのね。
私は、幾つかの術を備えて、人体に働きかけて生命力を奪う邪気の力を逆転させて、人体を若返らせる力に変更しておいた。
だけど、この処置で喜ぶのは、老化してしまった大人達だけだろう。
子供達は、未熟児のまま成長しないかも知れないし、生まれて育っても、鉱山の近くに居る間は、まともに大人の体を手に入れられるかも分からない。
「当面の間の応急処置でしかないから、これからまた難事があるようだったら、教えに来てね」と、私は帰路に就く前に、まだ老人の姿のアルバートに頼んでおいた。
さて、老化を促す邪気を浴びてしまったわけだが、私の体はどうなったかと言うと。
医術師に調べてもらった所では、皮膚に劣化の症状が出てたみたいだ。けど、その皮膚は日焼けをした時みたいにぺろり表皮が剥がれ、その薄皮の下には既に新しい皮膚があった。
腕や脚の薄皮は綺麗に剥がれたけど、服に隠れてる部分の皮膚は、垢すりをしないと剥がれてくれなかった。
バスタブに浸かった後、垢すりタオルで体を磨くと、ぽろぽろと白い表皮が剥がれて来るの。何年もお風呂に入って無かった人みたいに。
数週間後、アルバートからポラロイド写真が送られてきた。すっかり若返った鉱夫達の笑顔が写っている。若返っているって分かるのは、髪の毛の先が白い人が数名いるからね。
一度老化してしまった髪の色は毛先のほうに追いやられて、新しく生えてきた髪は黒や茶色に色づいている。
ちょっと不思議な写真に見えるけど、あれからあの鉱山の町がどうなって行くかは、それこそ清掃局の人達に任せよう。
私はレヴァンタスに所在地を置く清掃局に連絡をして、問題の鉱山で起こっていた邪気罹患の症状と、私が当座で行なった処置の事を伝えておいた。
私の心配が、杞憂で終わってくれれば良いのだが。




