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20.夏初めの庭先で

 大狼(フェンリル)歴二万五千三百二十五年 牡牛座(タウルス)三十日目


 初夏祭りの後。庭の雑草の伸びが良くなってたから、庭の整備を着々と進めていた。主に草むしりね。

 雑草だと思ってたんだけど、細い緑色の草を引っこ抜いた時に、特徴的な香りがしたの。

 少しクセがあるけど、エディアン風のお店の厨房で漂ってるような香り。

 その香りは、明らかに、私が引っこ抜いて握っている草から発せられていた。

 何だろうこれ、と思って、その雑草の根っこについていた土を洗い流して、家の中に持って行った。

 通信辞典によると、その不思議な香りのする草は、「ニラ」と言う香草の一種らしい。

 肉料理に混ぜて使ったり、炒め物の一部にしたりすると美味しいんだって。

 食べられる野草は幾つか知ってたけど、ニラって自生したりするのね。


 その後、私は庭にもっと面白い野草が隠れているんじゃないかと、あちこちの草を引っこ抜いて回った。

 ウイキョウの香りがしたから、これは当たりかな? と思ったけど、それは自生してるんじゃなくて、元々、私が遥か昔に植えた物が生き延びていただけだった。

 ワイルドフラワーガーデンの悪い所は、外から入ってきた植物と、元々植えていた植物の見分けがつきにくいと言う所かしら。

 一応ガーデンと名付けているけど、私が庭仕事に興味を持ったのは、ほんの四十年前くらいよ。

 家を買った時はこざっっぱりしていた庭は、数十年放っていた間に荒れ放題に成っていた。

 森と化した庭の中に、大量の腐った水たまりが出来て、そこから蚊が発生するって分かってから、一生懸命ガーデニングをするようになった。


 人によっては、「エイジング」と言う、敢えて道具を錆びさせる工程を経てから、庭にその錆び道具を置いたりする人も居る。

 だけど、私としては、「せっかく綺麗にしたのに、なんで錆びだらけの道具を置くのよ?」って思っちゃうのね。

 そんな有様なので、エイジングの良さは分からないまま、庭作りには良く手入れをしたピカピカの道具を使っている。

 それを見かけた「エイジング派」の魔女が、「ポワヴレの庭はまだ三十年甘いわね」って言うから、私のガーデニング歴を明かそうかどうしようか迷ったくらいだ。

 四十年間、道具をピカピカなまま保存している事を褒めてほしかったな。


 そんなわけで、私は日々、庭掃除と庭木の手入れを続けて居る。

 アイビーは興味本位で育ててたけど、奴等の繁殖力を舐めてはならないと言うのは、十年くらいアイビーを放っておいた時に理解している。

 どんな隙間にも入り込んでいくし、一度根を下ろしてしっかりくっついてしまうと、中々剥がせない。

 地を這う不要なアイビーのカーテンを、庭の遊歩道から撤去するのに、何十時間とかけた事かしらねぇ。

 壁や道のレンガに根を下ろしているアイビーはむしり尽くしたけど、窓のサッシと煉瓦の間に入り込んだアイビーが、何をどうやっても引っこ抜けなかった。

 よく見てみると、その根っこは外壁のレンガの隙間から、二重レンガに成っている内側まで入り込んでるみたいなの。

 血管のように壁の隙間を這うアイビーを想像して、ぞっとした。


 その他には、随分ぐんずりと育ってしまった庭木の枝を見栄えが良いようにカットして、敷地の外に枝が出ないようにした。

 それから、元は庭畑だった場所に繁茂していた雑草を引っこ抜いて、花の種を植えたの。

 最初は、水やりが悪かったのか何なのか、幾ら待っても芽が出なかったんだ。

 けど、「綺麗なお花の育て方」って言う、すごく分かりやすいタイトルの本を買って読んでみたら、種から芽と根が出るまでの間は、水耕栽培で育てる花もあると知ったのよ。

 その他にも、球根を植えてみたり、苗になるまでプランター栽培をしたり、その花のための肥料をわざわざ用意したりしなければならなかった。


 そんなに手をかけなくても季節の花が楽しめるようになってから、私は庭の一部に香草や野草や薬草を植えるようになったの。

 買うと高いし、自分の家の庭で増やせるなら、それに越したことはないじゃない?

 一時期は、ジキタリスも植えていた。強心剤として使うためにね。だけど、ある時代に、国の法律で「一部の危険な薬草、毒草の民間療法使用を禁じる」って言う法令が出された。

 その「危険な薬草、毒草」の中に、ジキタリスも含まれていたのよ。

 観賞用として育てるなら大丈夫みたいなんだけど、薬として使えないのに、花の先から根っこまで全部毒を持っている植物を育てるメリットが分からない。

 そんなわけで、法令改正後、私の家の庭から、数株の薬用植物が消えたの。


 古今東西の薬草や香草を庭に植えるのが、マイブームだった時もあった。ウイキョウはその時に植えていたものの一つだ。

 ヒレハリ草やヨモギやサルビアやハッカも植えたわ。毎日うちのぴょんぴょん坊やにあげているヨモギは、私の庭で育てた物なの。

 ニラの登場は予想外だったけど、鳥が運んできたのかしら。


「ああ。姫君よ。願わくば、今宵に貴女をさらってしまいたい」と言う、小さい女の子の声が外からする。

「ああ。ラメーオ。何故貴方はラメーオなの?」と言う、別の女の子の声もする。

 昔の偉人が残した戯曲の練習をしているらしい。スクールで学芸会でもやるのかしら。

 そこまでは良かったんだけど、彼女達は私の家の庭に入り込んで、ブロックを積んで作った花壇をバルコニーに見立てて練習して居たのね。

 縁に立つにはブロックが細い作りをしているので、姫君役の女の子は、花を踏み潰しながら役を演じていた。

 面倒くさいけど、注意しに行くか。


「花が潰れちゃうから、そこでお遊戯会をしないで」と忠告したら、子供達はあっさり引き下がったけど、後から親御さんを連れてきた。

 勿論、お詫びを言いに来たわけではない。

「うちの子供がせっかく好い気分で居たのに、何で邪魔をするんだ」と言う文句を言いに来たのだ。

 ああ、親と言うものが子供と一緒になって、他人の家の迷惑を気にするより、子供の優越感の方を擁護する時代になったのか……と思って、私は胸の奥から溜息を吐いた。

 それから、私はとつとつと、子供等が花壇を踏み荒らしていた事や、その花壇には今生えている花の他に、球根も植えられているのだと言う事を説明した。

 それでも、親御さん達は引かない。

「球根なんて、土の中に在るのだから、上から踏んだくらいで生えなくなったりしないわ!」と言う、お前、庭仕事した事ないだろう、と思う台詞を吐いて捨てるのだ。

「じゃぁ、今生えてる花を踏み潰した事は?」と、私が聞くと、「花くらい……」と、少し怯んでから、「少し踏まれた方が、頑丈に育つでしょ? 植物なんて、切り取られた後でも暫く生きてるんだから!」と、雑草と同じ扱いをしろと述べてくる。

「踏んでもまともに生えて来るほど、頑丈な植物ばっかりだったら、世の中にはガーデニングなんて存在しないのよ」と、私は説明した。「貴方は、『殴られた方が子供は頑丈に育つのよ』って、見も知らない誰かに主張されたら、自分の子供を守るでしょ?」

「当たり前じゃない」と、親は言い切る。

「私も、我が子のように大事なお花ちゃんを守りたいの」

 私はそう言ったけど、親御さん達は「植物と人間の子供を一緒にしないで!」と叫んでくる。

 これはもう話にならないと思って、「じゃぁ、その子達の、どうしても踏み潰したい花を、全部鈴蘭に替えておくわね」と約束した。

 親御さん達は、顔を引きつらせて撤退して行った。

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