17.しばらくぶりの帰宅
大狼歴二万五千三百二十五年 牡羊座二十日目
私の何時もの癖だけど、まず結果から書こう。
アンゼリカは城を逃げ出した。
私達の「お手紙作戦」により、アンゼリカに魔術を提供していた魔女の術を、外部から破ることに成功したの。
方法としては単純。まず、「内密にアンゼリカに取り入りたい」と言う内容に読める呪い文を用意して、王都に居るアンゼリカ付きの魔女に手紙を出した。
勿論、偽名でね。
最初にかけた呪い術は、「増幅飽和」の術。その手紙を受け取った者の魔力を、飽和状態にするの。
お付きの魔女の魔力量が上がった事により、一時的にアンゼリカに服従する非魔力保持者が増えた。
次に「限界精錬」の術を送った。その手紙を受け取った魔女は、常に魔力をフルで放ってるのと同じ状態になった。
その後で送ったのが、「境界値崩壊」の術。常にフルパワーで居た魔女は、自分の術を操る能力を失って、魔力に暴走を起こした。
命までは失わなかったみたいだけど、とても「他人を魅力的に見せる術」なんて使えない状態にはなった。
おまけに、暴走した時に放った魔力波で、アンゼリカの美声をヒキガエルみたいな声に、シルエットの整っていたその姿を太りすぎた豚ちゃんみたいなぽってりさんに、そして艶肌を吹き出物だらけの爛れ肌に変えちゃったんだって。
いやー、そのくらい原型が崩れたら、いくら「魅了」の術を使っても、相手を気持ち悪くさせるだけだろう。
現国王様も、人間大のヒキガエルと化したアンゼリカを、自分の周りに近づけなくなった。
それでもアンゼリカが纏っている「魅了」の術は解けなかったみたい。
世の中って言うのは不思議な物で、気味の悪い女にドキドキするって言う男性が、一定数居るの。
王様には逃げられた挙句、そう言う物好き達に付きまとわれるようになって、先述した通り、アンゼリカは城を逃げ出し、王都から離れた所にある実家に逃げ込んだ。
王都での戦乱で敗戦したワグナスも、その首を狙われていて、断頭台に上らされる前に母親にくっついて逃げて行った。
ヒキガエルに成っちゃったアンゼリカは、両親にとっても誰だか分からなくなっていて、ワグナスの口添えで、ようやく自分の娘の成れの果てだと気づいてもらえた。
アンゼリカは、自分の美貌を取り戻す方法を探して、ワグナスに「腕の良い魔女を紹介しろ」って詰め寄ってるけど、ワグナスも隠れて居なければ文字通り首を切られる立場なんだから、家の外に出て魔女を連れて来るなんて出来ない。
使用人にその仕事をさせようとしても、失脚して逃げ帰って来た親子の言う事を聞く使用人も居ないようだ。
そんな感じで、私達の「お手紙作戦」は上手く行ったの。
ミアンから送ってもらった農具も、ちょっとは役に立ったよ。
それで人間を傷つける事には成らなかったけど、修道院の裏手にある茨の茂みの一部を刈り取って、空いた土地に、まがい物の修道士と修道女達が隠れられる地下室を作っていたの。
その他には、普通に農具として、草を刈ったり藁を集めたりする道具としても使ってる。
それから、道具に困っている小麦農家の人に、無料で貸し出したりもしている。
武器として用意された物だけど、必ず武器として使わなきゃならないわけじゃないもの。
大狼歴二万五千三百二十五年 牡羊座二十三日目
私とクミンは、愛しい我が家に帰ってきた。誰より先に犬のマカロニが飛びついてきて、私の顔面を、形が無くなるかと思う程舐め尽くした。
それから兎のペパロニは「ようやく帰って来たな」と言うから、親愛の情を示してくれるのかと思ったら、「死んでりゃよかったのに」と、かなり不吉な事を投げてきた。
照れ隠しである事を察してあげてるけど、流石に毒舌が過ぎるわ。
逆に、ヨウムのラザニアは「あい~。あ~いぃぃぃぃ~は~ぁぁぁぁ。いま~。い~まぁぁぁぁ~も~ぉぉぉぉ。きえ~。な~ぁぁぁぁ~い~ぃぃぃぃ」とか言う、メロディーラインが長いバラードを歌っていた。
公共放送でかかるには変な曲だったので、ラザニアの捉えているはずの魔力波を追ってみたけど、根源に辿り着かない。
つまり、この「あいはいまもきえない」は、ラザニアのオリジナル曲なのだ。
「あんた成長したね!」と、私はびっくりして、ラザニアを真っ先に褒めた。
ヨウムは、オウムの仲間の中でも頭が良く、その場その場に適した言葉を使う知能を持ってるから、たぶん私達が帰って来た事の喜びを、言葉で表現してくれたのだろう。
そしたら、同じく喋る能力を持っているぴょんぴょん坊やが、「なんでぇ。俺にはお礼の言葉もなしか?」って言ってくるのよ。
お前のかけてきた言葉の何処に感謝しろと言うのだ。
家に帰って来て真っ先にした事は、料理。ありったけの野菜と燻製肉を、切り刻んで煮込んだ。
塩コショウを利かせたドロドロのスープにして、私とクミンは満腹になるまで浴びるほど食べた。
修道院で何より辛かったのが、食事事情なのよ。たまに食べられる蛋白質と言うのが、卵か魚だけだったから、私達……いや、他の魔術師達も魔女達も、みんな「肉」への飢えが凄かった。
まがい物達に許されていた休憩時間の間は、みんな中庭に集まって肉への愛を語り合ったものだ。
今まで食べた肉の中で、何処の地方のどの動物の肉が美味かったかとか、どの肉はどんな調理法で、どんなスパイスを効かせると旨いとか、いや、その調理法よりこっちの調理法がとか、牛肉の上手なトリミングの方法とか、語り尽くせるネタは粗方語り尽くした。
何時も、休憩時間が明ける前には、「肉食いたい」と言う呟きを残して、解散していたわ。
満腹になった後は、調理器具とスープ皿とカトラリーを、全速力で洗い終え、「これから十六時間起こさないで!」ってクミンに申し付けた。
「大丈夫です。多分僕も、明日の夜まで目は覚めません!」って、クミンも言い切って、「おやすみ!」と、二人で声を揃えると、夫々の部屋のベッドで爆睡した。
大量に食って眠った後、ようやく私達は「緊張感のない表情」で顔を合わせられたわ。
居間に行くと、既にクミンは起きてて、ポットにお湯を沸かしてくれていた。
カーテンを捲ると、外は暗い。何処かにあるはずの月が煌々と照らしているので、たぶん満月なんだろう。
「おはよぅ。やっぱり、夜か……」って感じで、私が寝ぼけた声で挨拶をすると、クミンもまだ目がはっきり空いていない状態で返事を返してきた。
「おはようございます……。ココア飲みますか……?」
「お願いします……」と、私は答えて、テーブルの椅子を引き、ぐにゃんと着席する。
クミンは修道院生活の間に覚えた「砂糖の効能」を思い出したらしく、大分甘さ控えめのビターなミルクココアを作ってくれた。
その生温かい飲み物を飲んで、私は胸の奥から深い息を吐いた。
「いやー、家って、良いねぇ?」
「ですねぇ」と、少年も同意する。「餞別にもらったエッグタルト、温めます?」と、クミンはまたしても食べる気だ。
私も、睡眠の間に消費したエネルギーを求めて、「うん。お願い」と、頼んだ。
空焼きのフライパンの上で温めたエッグタルトが、大皿に四個並べられる。
本物の修道女達が丹精込めて作ってくれたエッグタルトは、やっぱり甘さ控えめで、だけど卵の旨味はしっかり利いていた。
「料理は美味しいんだけどねぇ」と、私がもぐもぐ言いながらぼやくと、「実感します」と、クミン少年はちょっと大人びた応答をして来た。




