16.手紙祭りと戦況と
大狼歴二万五千三百二十五年 牡羊座三日目
モップを使って、修道院の床を磨く。昨日は雨が降ったので、院の出入り口から廊下の床は、大分泥で汚れていた。
そして頭の中は、何処の誰に手紙を出そうかと考え続けていた。
今の居場所と生活を教えるわけには行かない。だけど、誰かに手紙を送りたい。
毎年続けて居る年中行事が出来ないのは、何ともすっきりしないものね。
何だったら、偽名を使って手紙を出そうかしら。
私が名を騙ると言う悪事を考えていた折に、まがい物の修道女達が、本物の修道女達に手紙を出すのはどうかと言う話をしているのを聞きつけた。
院に住まわせてもらってるとは言え、会って一年もしない修道女達は、確かに他人に等しい。
話し合っていたまがい物達は、私にもそのアイデアを振って来たので、私は二つ返事で了承した。
修道院の本物の修道士と修道女に手紙を出すと言うアイデアは、まがい物の修道士達にも伝えられて、みんなは乗り気で手紙を書き始めた。
私が書いた手紙の一例はこれ。
「親愛なるマリー・ルミナス。この院に来てから、大分お世話に成ってるわね。感謝してる。
何時か、外の世界の争いごとが無くなったら、私は自分の家に帰るわけだけど、その後も、時々貴女に手紙を送っても良いかしら?
勿論、あなた達に迷惑をかけるつもりはない。そうだな、私からの手紙だって分かるように、合言葉を決めておきたいな。
私は、貴女を『カモメ』って呼ぶわ。貴女が私をどう呼びたいかを、返事の手紙で教えてくれないかしら。
良い返事を期待してる。ポワヴ……じゃなくて、マリー・ヘリオンより」
その手紙は、彼女の生活している部屋のドアの下から、中に差し込んでおいた。
そんな風に、私は誰をどの鳥の名前で呼ぶかを、一頻り考えた。
何通かの返事が来て、そのほとんどは「内緒の手紙のやり取り」を許可してくれる内容だった。
中には、「ごめんなさい。私は、外の世界とは関わりを断ちたいの」と言う返事もあった。
その返事の一例は、こう綴られていた。
「だけど、貴女が私達に友愛を持ってくれている事は、とても嬉しいわ。この院で過ごすのも、そう長くならないと良いと思うけど、その間だけでも、私達はあなた達に寄り添えるように努力する。
父なる神は何時も共に」
多分、最後の文章は、祈りの言葉か何かだろう。
手紙祭りの間に、私達と修道女達の交友はとても温まった。魔術師達の方も、修道士達と親睦を深められたようだ。
だけど、「そのように、私の信仰をかき乱さないでくれ」と言う返事をもらった者も居た。
一体何を書いて送ったのかは、聞かせてもらえなかったけど、その返事を受け取ったまがい物の修道士は、「俺達の感覚と、本物の修道士の感覚は、大分違うらしい」と述べていた。
そんな事をしている間に、外の世界でも変化があった。
先日のワグナス殿下と、母親のアンゼリカが、謀反に成功しちゃったらしいの。
ミアンからの情報によると、ワグナス殿下は現国王の王妃を廃して、アンゼリカをその玉座に着かせた。
世間では、「王妃に上り詰めた寵姫」として、アンゼリカをカリスマ視する傾向がある。
それからは、国中で「変革」の嵐が吹き荒れた。
アンゼリカが命じるままに、現国王と元王妃の子宝生産に協力していた魔術師や魔女達が、徹底的に弾圧された。
ミアンの予想も大当たりで、アンゼリカに協力する事と引き換えに、命を守った魔術師や魔女も居たけど。
どうにも、世の中は不穏な情勢に成りそうだ。
外の世界の情報は、ミアンが定期的に教えてくれる。
今日は何処で誰が処刑されたとか、今日は誰が兵士に捕まったと言う、気の重くなる話が多い。
時代の中で時々起こる「魔女狩り」には、私もこの百五十年で慣れてしまって居る。
今回も生き延びれるかしら、と、ちょっと思ったりする。けど、謀反が計画だった段階から、ミアンが状況を細かく教えてくれているから、私達の元に敵が来るはずはないと安心できることも確か。
大狼歴二万五千三百二十五年 牡羊座十七日目
謀反への反発が起こったらしい。
前女王のソニアが「アンゼリカの横暴は目に余るものだ」と、公的に発言して、それまでアンゼリカばかりを祀り上げる雰囲気だった浮世の情勢が、大きく変わったのだと言う。
廃されていた元王妃も、自分の故郷の兵士達を連れて謀反の謀反を起こしに来て、戦場である王都はだいぶ荒れているらしい。
そのくらいに事が大きくなると、ミアンから教えてもらわなくても、風の噂が修道院まで届いてくる。
聖女様は、世の中の事情について、大分憂いているようだった。
本物の修道士や修道女達も、何時もより熱心な祈りの時間を過ごしている。私達、まがい物達も、両手を握り合わせ、首を垂れて祈る仕草をしながら、心の中で「この修道院に襲撃が来た場合」を想定していた。
修道院は小高い丘の上にある。もし、軍勢がこんな田舎の修道院まで押し寄せて来ても、どの程度の人数が来ているのかくらいは、「千里眼」を使わなくても把握できる。
「もしもの時は、修道服を脱ぐことになるわね」と、ある魔女が、祈りの時間の後、こっそりと囁いていた。
私達はその言葉に頷き合い、いざと言う時は戦えるように構える事とした。
私達の覚悟をミアンに伝えると、ミアンは戦闘に必要な情報と、大量の農具を修道院に送ってくれた。
農具は、魔術が使えない者達にとっては、武器になる。
「なぜこんなに、フォークや草刈り鎌が?」と、変な顔をしていた修道士達は、私達が、「いざと言う時のために、です」と答えると、暫く黙っていた。
院長が「恐ろしい事ですが、それを成さねば」と述べると、修道士達は首を垂れて祈る仕草をした。
王都での戦乱は、地方に飛び火し始めた。ソニアと元王妃を擁護する派閥か、アンゼリカを擁護する派閥かに分かれて、血を流す戦いの他、各地で論争も起こっている。
ソニアと元王妃を擁護する派閥は、「正当な王家の血に泥を塗る寵姫等、存在してはならない。古くからの伝統を忘れたか」と主張し、アンゼリカを擁護する派閥は、「平民が王位に就くと言う夢が叶ったのではないか。これこそが新しい時代の幕開けだ」と主張する。
影の薄い現国王は、アンゼリカにぞっこんで、夜の帳の中でも、仲が良いらしい。
私は、それこそ、王様は媚薬か何かを盛られている可能性があると思うの。
今まで、王家の血筋を物凄く重んじる王様だったので、このおかしな変化に、家臣も気づき始めているだろう。
そんな状況の中で、ワグナス殿下は、虎視眈々と次の王位を狙っているらしい。
アンゼリカ派の軍勢の指揮を執り、自分の戦闘における有能さを示そうとしている。
このキナ臭い話は、まだ続きそうだ。
王都で、元王妃の軍勢が勝利を得たそうだ。だけど、アンゼリカ派は、彼女が罪人に成ることが決まっても、まだ彼女を擁護し、騒ぎ立てている。
何かおかしいなぁと思って、私は水晶玉で通信中のミアンに、「アンゼリカは、魔術の心得があるの?」って聞いてみた。
「アンゼリカに付き従ってる魔女が居る」と、ミアンはそれまで伏せていた情報を、こっそり教えてくれた。
「アンゼリカに操られているのは、魔力に耐性が無い人達ばっかりよ。非魔力保持者は、彼女の姿を見るか、声を聞くだけで、『魅了』の術にかかるの。その術を解除できれば、正気に戻る人達も増えるかも」
ここは、私達も知恵を働かせなければならないかも。




