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14.逃げて隠れて祭りをやって

 大狼(フェンリル)歴二万五千三百二十五年 魚座(ピスケス)三日目


 本来だったら、春祭りへ向けてウキウキワクワクと準備をしてる頃だけど。

 プリムから変な話を聞いた。

「この数日、見慣れないお客さんが増えてるんだ。旅の人かもしれないって思ってたけど、それにしては、何と言うか……鎧を着てたりする、厳つい人が多いんだよね。まるで、店の中を監視するみたいにきょろきょろ見回ししながら、お茶を飲んだりするし」と。

 その話を聞いた後、私はミアンを家に呼びつけて、伝言してみた。

「鎧を着た厳つい連中が、クオーターズカフェに入り浸っている……って事?」と、ミアン。

「入り浸ってるかは分からないけど、目立つくらいに頻繁には来てるっぽい」と、私。

 その時は、ミアンもまだ気にかかる情報が入ってきてなかったみたいで、「ちょっとだけ嗅ぎまわってみる」と言って、メモを取って帰って行った。


 その翌日。私は、伝言板にミアンの大長文が映し出されてるのを見て、何じゃこりゃと驚いた。

「現国王の子息、ワグナス殿下が、王妃に対して謀反を起こそうとしている。彼は現国王と王妃に協力している魔女や魔術師達を探し出して、火刑に処すつもりだ。ポワヴレ、クミン、なるべく家から出ないで。近日中にあなた達を回収する馬車を用意する。

 ワグナス殿下は、寵姫である自分の母親を、正式な王妃にする事を目論んでいる。いや、母親であるアンゼリカに、そう命じられているようだ。

 今までポワヴレが王室に『媚薬』を納めていたのも、ワグナス殿下とアンゼリカは知っている。もしかしたら、火刑に処されたくなかったら、謀反に協力しろって言ってくるかもしれないけど、それは絶対に受け入れちゃいけない。最終的に誰が王妃に成っても、謀反に協力した事があるって成ったら、ポワヴレの信用は無くなる」

 そこまで読んで、それは大変な事だと納得したわ。

 魔女の信用が無くなる事、それは社会的にも生命的にも死ぬことを意味する。

 伝言板の文字はその後も続いていた。

「すぐに必要な荷物を纏めて、何時でも家を離れられるようにしておいて」

 その一文を残して、メッセージは途切れていた。

 私は伝言板を綺麗に消してから、クミンを呼びつけ、荷造りをするように指示を出した。


 ミアンの用意してくれた馬車の中には、既に数名の魔術師達が匿われていた。

「ポワヴレ、クミン、大丈夫か?」と、先に馬車の中に居た者が、囁き声をかけてくる。

「火傷もないし、首もつながってる」と、私は答えた。クミンも、相手の目を見てしっかり頷いた。

 その後も、馬車は数ヶ所で魔女や魔術師を拾って、あろう事か、三つ離れた村にある大きな修道院に私達を連れて行った。

 光を祀っている場所には、魔女や魔術師と言う「闇を好む者」は住めないと言う迷信を、逆手に取った隠れ家なのだろう。

 魔術師達は髪を伸ばしてることが多いけど、その大事な髪の毛を切られ、修道士らしく見えるように、頭のてっぺんをつるつるに剃られた。

 魔女達も、長かった髪をショートカットに切られて、修道女の被るベールの中に髪の毛を隠した。

 それから、男も女も黒い服を着せられ、「それらしく見えるように振舞う事」を言いつけられた。

 どうやら、元々この修道院に居る人達は、魔術に対して偏見が無いようね。

 気からくる病以外は、祈祷では治らないと言う事を、身に沁みてわかっているのだろう。


 クミンは、まだ子供だったので、髪の毛を剃られる災難には合わなかった。その代わりに、修道士や修道女達の身の回りの世話をする、小間使いとして働く事になった。

 そしてこの修道院には、生きてる段階で、既に歴史に名を残している聖女が居た。

 草木の持つ薬効効果の知識を得て、薬学による治療を、この修道院に取り入れた女性だそうだ。

 聖女と言うと、美術家達は一番若い時を再現しようとするけど、この修道院の「聖女」は、顔も手の皮膚も皴皴のおばあさんだった。

 だけど、姿勢が良くて、腰も膝も曲がっていない。胸を張って堂々と歩くその姿は、威厳ある「聖女」って感じだったわ。

 そして彼女は、死を恐れる者達を知っていた。


 修道院の中庭は、さながら薬草畑と言う風だった。その中に、赤いケシの花があるのを見つけた。

 ある日に、もう命を繋げないほどの重傷者が運ばれてきた。肉食の野生動物に襲われたらしい。意識はあるけど、体は幾重にも切り刻まれていて、縫い合わせるのだって間に合わない傷だった。

 修道院に辿り着くまでに、大分血液も失っていて、治癒の術を掛けても存命は無理だと察された。

「痛い痛い」と、苦痛を嘆くその患者の手を握っているように、私は指示された。

 聖女様は、「大丈夫よ。これを飲んで」と言って、ケシの実から作った薬を服用させた。

 眠り込むように意識を失った患者は、そのまま息を引き取った。

 私は、せめて遺体が冷え切るまで手を握っていようと思ったけど、何時まで経っても体温が冷める様子がない。

「手が温かいでしょう?」と、聖女様は言う。「阿片で死んだ者は、体温が残るの」

「命の名残があるのでしょうか」と、私は丁寧に質問した。

「それは分からない。そう信じる事も出来るし、信じない事も出来る」と、聖女様は詩を唱えるように呟いた。「私達は、神を信じているだけよ。それ以上ではないわ。神を信じる事は道理を信じる事であり、同時に、形を真似る偽物に成る事」

「その言葉は、何処で?」と、聞きながら、私は握っていた手を、静かに寝台に置いた。脈拍から、命が完全に消えたのを悟ったのだ。

 聖女様は答えてくれた。

「聖書と呼ばれる、神の言葉を記した書物に書かれている」と。

 私は、方舟伝説を信じる、この宗教に属する者を、森をやみくもに伐採する、横暴な奴等だと思ってた。

 だけど、中核には、「(ゴッド)」と名付けられた心を信じる、純粋な部分もあるようだ。

 皆が心に宿している「神」を信じる事で連帯し、心と魂の救済を得る事。それが、この宗教の特徴のようだった。

 百年前のこの宗教の横暴は、今でも覚えているけど、一世紀以上と言う時間は、彼等に「より穏やかな考えと、本物の博愛」を教えてくれたのだろう。


 修道院に逃げ込む事になったわけだけど、私達は自分達の行事だって忘れてない。

 どうにかして春祭りを行なおうと、修道院に逃げ込んだ魔女と魔術師達は、額を突き合わせて考え込んだ。

 質素倹約がモットーになっている修道院の中で、どうやって「春の到来を祝う祭り」を行なえるのか。

 私が、ちゃんと持ってきていた金属林檎のオルゴール細工を取り出して見せると、他の魔女や魔術師達も、夫々が得意とする方法で作った商品を見せてくれた。

 販売は出来なくても、細工を展示して見せて、ちょっとしたご馳走と花を用意して、楽しんでくれるお客さんが居れば、春祭りは出来る。

 そこで私達は、元から居る修道士や修道女達をお客さんと見立てる事にした。

 野菜のペーストと魚のすり身で小さなクロケットを沢山作り、それを大皿に盛ってピックを差した物を「ご馳走」と見立てた。

 食堂のテーブルに、リボンで作った花を飾って、細工とご馳走を並べた。

 自分達の持ってきた荷物の中から、アロマオイルとキャンドルを持ってきて、食堂中に花の香りを漂わせた。

 すっかり準備が整ってから、クミンに「みんな」を呼んでくるように頼んだ。

 まがい物達が何をしているのか、興味津々だったらしい修道士と修道女は、華やかに飾られたテーブルの上に視線が釘付けになった。

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