13.林檎を食べたら
大狼歴二万五千三百二十五年 水瓶座十二日目
眠い。ひたすら眠い。外はとても天気が良く、晴れ渡る青空があるのに、私の心は「何時眠れるの?」に支配されている。
最終的に薬が出来るのは二年後なんだから、慌てたって仕方ないのは分かっている。
それにしても、今日も媚薬の販売は好調だ。王様と王妃様も、薔薇祭りの間に愛を囁き合っているのかしら。
薔薇祭りの細工の出来は程々だったので、次の春祭りに出品する商品を考えている。
プリムのカフェに行って、店主にその悩みを相談した。眠気覚ましにミルクコーヒーを飲みながら。
「春祭りかぁ……」と言ってから、プリムは少し黙った。「うちでは、焼き林檎菓子を出す予定だけど?」
「へぇ。林檎ねぇ……」と、返事をしてから、私も少し黙った。それから、「果物の形の金属細工とか、樹脂細工とかが、良いかなぁ」と提案を述べた。
「良いんじゃない?」と、プリムは簡単に返事をする。「作る時、林檎の中身を見れるような細工にしたら?」
「あ。それ、面白そう」と、私は同意した。
家に帰ってから、私はノートにペンで「林檎の形の細工物」のデザインを考えた。
四分の一が切れていて、中の種と芯と蜜を含んでる部分が見えるようにしようか、と思ったけど、何だかつまらない。
もっと、ビックリするような物が入っていたほうが良いのでは。
ガチャガチャごちゃごちゃしていて、それでいて何か良い作用を起こす細工なんかが。
そうか。オルゴールを内蔵させれば良いんだ。
林檎の形の表面は、銅板を叩いて形を作り出し、薬液で深い褐色に染めた。
林檎の殻の一定の位置まで樹脂を流し込んで、土台を作る。それから内側に、予め固まった樹脂でガードされているオルゴールの装置を取り付けた後、ゼンマイを撒くための取っ手を、銅板林檎の表面に空けた穴から飛び出させる。
後は、林檎の果肉色の樹脂を、装置の周りに敷き詰める。
シートを敷いた日向に、ニ十個ほどの金属林檎を置いて、後は樹脂が乾くのを待つばかり。
鳥や動物が寄ってこないように、私は日向の庭で金属の林檎を見張っていた。
やがて、温かい日差しが、私の眼を引っ張り下げ、重たい頭を膝の上に乗せた。
そのまま、私は三時間ほどシエスタを取る事に成った。
「先生。風邪引きますよ」と言う、クミンの声を聞き、肩を揺すられて、私は我に返った。
見れば、日差しはとうに森の向こうに消えていて、空を染める残照のピンクが見えるだけだった。
「うわー。すんごい眠っちゃった」と、私は目をパチパチしながら独り言ちた。
金属林檎ちゃんが無事かどうかを確認すると、どうやらしっかり乾燥してくれているようだった。
細工を家の中に引き上げると、クミンが今日の夕飯を作ってくれていた。
パンと、ジャガイモと人参のミルクスープだった。出汁を取るための、ベーコンの破片が浮いている。
「玉ねぎを切らしているので、明日買って来ますね」と、クミンが配膳しながら言う。
「おお。ありがとうね」と、私は返事を返し、大きく切られているジャガイモと、小さく切られているニンジンを、スプーンにすくった。
具材を食べ終わって、スープをスプーンで飲んだ後、皿に残った分はパンで拭いて食べる。
あの少年も、大分料理が上手くなってきた。
この調子で、薬作りも上手くなってくれると良いんだけど、今の所、クミンは布製品を作る事に情熱を注いでいるからなぁ。
薔薇祭りの少し前。
シフォニィが、例の束縛の強い彼氏と別れた。
彼女が言うに、「都合が良いペット扱いに疲れたの」だそうだ。
薔薇祭り直前にシフォニィがフリーになった事で、一部の男性達は盛り上がっていた。
染色屋の隠れたマドンナある、シフォニィの恋心を射止める、次のお相手は誰かと言う事が、酒の肴に成っていた。
クミン少年は、自分が現在十三歳である事を呪っている。
シフォニィは、現在二十六歳。十三歳も年下の男の子は、範疇ではないだろう。
だが、クミンには、「シフォニィさんの技術を受け継ぐ」と言う気概がある。
私より、シフォニィのほうが師匠っぽいけど、それはそれで私にとって意見はない。
クミンが女性化しなかったら、何でも良いや。
花屋のキノアが言うに、シフォニィに言い寄ろうとしている人物がいるらしい。
ちゃんと記述すると、薔薇祭りの時に、シフォニィに愛を囁こうと目論んでいる人達が数名居るんだって。
その人物のうちの一人の名前はダン・ホーク。明らかに男性だけど、なよなよとしていて、手の仕草が女性っぽくて、歩く時に腰を振る。
だけど、恋愛対象は女性なのだそうだ。
もしかしたらホーク氏は、恋愛対象を女性と偽っているのかもしれない。
脳の性別が体の性別と一致しないとして、手術を受けたり、男性体適正化注射や、女性体適正化注射で治療する人も居るけど、男の体のまま男性を好きだと述べる人や、女性の体のまま女性を好きだと述べる人達は、今の時代でも「ちょっとおかしな人」と判断されるのよ。
ゲイやレズビアンが「狂気の病」で在った頃よりは、規制は緩くなってるんだけど、「男性が好きなら女性の体を手に入れなさい」とか、「女性が好きなら男性の体を手に入れなさい」って言う感覚を受け入れられない人達も居るって事ね。
モテる女も、モテるが故に辛い事があるらしい。自分に纏わりついてくる男達を、振って振って振り払って、それでも人間関係が崩れないように調節しなければならないんだから。
相手の怒りを買う振り方なんかすると、振った男達が凶器を持って襲って来ないとは限らない。
シフォニィも、フリーに成ってから、以前に増して疲れた顔をしている。
束縛の強い彼氏でも、害虫除けには成っていたんでしょうね。
そんな彼女が、私の所に相談に来た。
「薔薇祭りの前に、三人の男性から言い寄られた」のだそうだ。「その三人に、祭りの日には、最高の薔薇を用意してくるから、それまでに心を決めておいてくれって言われた」と言う。
「それで、あなたの心は決まってる?」と、私はシフォニィに聞いてみた。
「暫く恋愛対象は要らないって言おうと思ってる」と、返事が返ってきたので、「それだと、『じゃぁ、お友達から始めましょう』って、食い下がられるかもよ?」と、私は疑問の形で答えた。
シフォニィは、腕を組んで暫く考え、「一人は、大分年配の人なのよ。もう一人は、普通の人だと思うけど、私に子宝を求めてきそう。もう一人は、生理的に無理」と述べた。
「年配のおじ様と付き合う気はないのね?」と問い質すと、「財産目当てだと思われると困るからね」と、シフォニィは言う。
その言葉から、大分お年寄りなんだと察せた。
お友達として食い下がられても良いので、全員振る事を改めて心に決め、シフォニィは帰って行った。
薔薇祭り当日。彼女の下に薔薇のブーケを持って行った三人は、「ごめんなさい。私、恋愛は暫くしなくて良いの」と言う風に、丁寧に振られた。
年配の男性と、子宝を求めてきそうな男性は、大人しく引き下がったけど、一番嫌な奴が「僕の何処が悪いんですか? 直しますから、お付き合いを!」って、粘っていたんだって。
その粘着質な所が気持ち悪いのだとは、シフォニィも言えなかったらしい。
最終的には、玄関に出たまま戻ってこない「娘」を心配したシフォニィのお父さんが、粘着質野郎を追っ払ったみたい。
そいつが、キノアの言っていた問題の人物、ダン・ホークであると言う事は、後日に分かった。




