11.新年の計画
大狼歴二万五千三百二十五年 山羊座九日目
さぁ、今日から世間は新年です。今年は何しようかなって事を一日中考える。
定例行事のカボチャ祭りの他に、前年の末に、プリムが「卵祭りの時に、うちの店で何か販売してみる?」と言ってくれたのをしっかり覚えていたので、コラボレーション商品と言うのも考えなきゃならない。
ちょっと、一年の間にある、各月の行事を書き出してみよう。
水瓶座の二十四日目には、薔薇祭りがある。
魚座の末には、春祭り。
牡羊座の間に手紙祭り。
牡牛座の二十一日目には、初夏祭。
双子座の間に祭りはない。
蟹座の八日目から終わりまでは、夏のマーケット。
獅子座の満月の晩は、村の中の魔女達の定例会議。
乙女座の八日目は収穫祭。
天秤座の期間にも祭りはない。
蠍座の期間は、カボチャ祭りと卵祭り。
射手座には冬初め祭り。
それから、山羊座の間に冬のマーケット。
これらを加味して、何とか商品を考え出さなければ。商いをする者にとって、毎月の行事は飯のネタって言うのは本当だわ。
行事の無い双子座と天秤座の期間には、夫々の行事のための細工を作る準備期間にあてよう。
大狼歴二万五千三百二十五年 山羊座二十三日目
先日から、クミンがものすごい勢いでドレスを作っている。
最初は、私が自分の服を作るために取っておいた黒い布を分けてあげていたけど、若者の創作意欲は黒い布だけじゃ我慢できなかったらしい。
先日、三点だけネットワークカタログに紹介したドレスが、好調な売り上げを見せたのも、創作意欲に熱が入った一端なのでしょうね。
黒いドレスの売り上げは、新しい布を買う資金にしたようで、クミンの部屋に行ってみると、彼はトルソにオレンジと黄色の布を巻き付けていた。
虫ピンで止めた場所が動かないように縫いとめ、糸でフリルを縫い上げている所だった。
「器用なもんだねぇ」と声をかけると、「シフォニィさんの作る服は、もっとすごいですよ」と、クミンは師匠を褒めていた。
そんなクミンが、今年に入ってようやく帯刀許可を得た。剣を所持してる間、ブレスレット式の許可書を常に携帯するように言われているそうだ。
十三歳の男の子は、右手首を飾っている帯刀許可書を見て、嬉しそうにニヤニヤしていた。
シフォニィから、今年の編み物の伝授を受けている間も、ずっと手首を意識している。いつ「その腕輪は?」と聞かれるのを待っていたみたいだけど、シフォニィは特に質問はしなかった。
なので、授業だけ終えてシフォニィが帰ってしまった後、クミンは置き忘れられた子犬みたいな顔をして、しょんぼりしていた。
「先生。帯刀許可書って、そんなに大した事ないんですか?」と聞いてくるので、「大した事はなくはないけど、一般的には誰が持っててもおかしくない証明書ではあるよ」と答えた。
少年は、その言葉に納得できなかったみたいだけど、見せびらかしても自慢できるものではない事は学んだみたい。
クミンに負けないように、私は薔薇祭りに向けての細工を作り始めた。薔薇祭りと言っても、季節的には春にも早く、薔薇が咲く時期ではない。
ざっくりした感覚では、温室栽培された薔薇の花の花束や植木鉢を、男性が意中の女性の所に持って行って、「愛を語る」イベントである。
まぁ、公然と告白が認可されている日と言う事だ。普段だったら、男性が、薔薇の花を持って他人の家のお嬢さんに声をかけに行くと言うのは、あんまり許容されるものじゃない。
だけど、薔薇祭りの間は、まだ結ばれていない男女だけではなく、夫が妻に薔薇の花を渡したりもする。結婚記念日以外で、夫婦がお互いの「愛情」を確かめ合う日と言う事だ。
私は、この日のために、冷凍乾燥した薔薇の花を樹脂の中に包みこむ作業を、何度も何度も続けて居た。
全部が手作りの一点物と言う所が売りである。薔薇の周りに白いビーズを散らしたり、薔薇の束をリボンで結んだりして、普通の工場で作られるような細工よりも、手が込んでいて豪華なものを用意した。
シンプルな商品が好きな人も居るかもしれないので、ビーズを使っていない、リボンと布で切り口を隠しただけの薔薇の花も用意した。
そして、出来た商品に魔術をかける時間である。今回用意したのは、「香り」の魔術。
薔薇の花のアロマオイルを用意して、実物を確認しながら、同じ香りが再現できるように、楕円形の樹脂のボールに術を掛けた。
発動条件は、花をくるみこんだ樹脂の底を、両手で包んだ時。
試しに、クミンにその仕草を再現してもらったら、「これ、もらえませんか?」と聞いてきたので、「あげないよ」と答えた。
多分、シフォニィに渡そうとか考えたんだろう。
うちの楽しい動物達には、この薔薇の花細工は、概ね不評だった。
一番においに敏感な、犬のマカロニは、私が薔薇細工作りの作業を始めると、さっさと二階に逃げた。
兎のペパロニは、作業場に入ってくるなり、「しみったれ。鼻が壊れたか、気が狂ったのか?」と聞いてくる。たぶん、「薔薇臭いから換気をしてくれ」と言う意味なんだと思うけど。
ヨウムのラザニアは、文句は言わないけど、私が薔薇臭いまま居間に戻ると、天気予報を歌う声により一層のクセを込める。
「明日の~ぉ~うぉおお。天気は~ぁあああ。雨~の~ちぃ、雲~りぃ。所に~よぉりぃ、強風うぉぉおお。伴う~で~しょおぅ」と言った風に。
「を」の音を崩したり、おまけに歌の所々にビブラートが入るのは、ラザニアを飼ってから初めて聞いたわ。
薔薇細工は十点ほど出来上がったので、早速ネットワークサービスに登録した。
「魔女村さん家の定期便」の画面に、夫々の細工の念写写真が写し出される。
商品の説明文の所には、どう言う持ち方をすると香りが発現されるのかの、図説も描いた。
値段は、材料費の他に、次の細工作りに注ぎ込める費用を少しだけプラス。私が個人的に利益を得られる取り分はない。
「魔女村さん家の定期便」の存在を知ってもらう所から始めなければならないので、最初のうちはサービス料金で設定しておいたのよ。
今日の夕飯は、野菜と魚の切り身のチーズ焼き。小麦粉と牛乳とバターで作る、コッテリしたソースの中に、適度な大きさに切った具材を詰めて、溶けるチーズをのせてオーブンで焼いたもの。
犬のマカロニは、この料理を作る時の残飯が好きだ。正確には、私達が食事を摂った後に、残り物をマカロニにあげている。
犬と言うのは、この食事の順番を守らないと、人間より自分の方が偉いって勘違いしちゃうんだって。
料理中も、魚のにおいがすると、マカロニは嬉しそうに尻尾を振って、ワンワンと鳴く。
きっちり躾けてあるから、料理の邪魔をしたり、つまみ食いをしたりはしない。
料理が出来上がった後は、私達の食卓の様子を、じっくりと観察している。ちゃんと良い子でお座りをしているんだけど、時々、前足がピクピクと前に一歩踏み出しそうになっている。
お腹減ってる時に、目の前で食事を摂られると、本能のほうが勝ちそうになっちゃうみたい。
だけど、マカロニはお利口さんだ。
「待て」って言われたら、自分の皿に残飯が盛られることを知っている。そして、「良し」って言われてから食べ始めるのが、正しい作法だと覚えている。
そんな躾の行き届いたワンちゃんの隣で、ペパロニは「しみったれ。その出っ張った鼻を齧られたいか?」とか言ってるんだから、種族の違いと言うのは恐ろしい。
ご飯下さいと言えって言うのよ。




