10.冬の夜のマーケット
大狼歴二万五千三百二十四年 山羊座三日目
今年も暮れが近づいてきた。そして、冬のマーケットの時期に成った。
とある宗教のイベントが、一週間くらい続くこの時期に、チャーマー村でもイベントが行われる。
冬を越すための買い物のイベントなんだけど、その買い物のための市場が、朝早くから夜遅くまで開かれるのよ。
チェルシーパルシーマーケットって言うんだけど、名前の由来と意味は分かんない。ずっと昔からそう呼ばれてるから、村の人達は、誰しもがそう呼ぶ。
私もこのマーケットに店が出せたら、より一層収入が増えるのでは……と思った事もあるけど、本当に生活に必要な物しか売ってはならないから、大人しく購入者のままで居ているの。
私は、この買い物イベントで、お風呂関係のグッズを買うのを毎年の決め事にしている。
ミルク石鹸を十二個買って、洗髪剤と髪用保湿剤を買って、お風呂の中に放り込むための良い香りの木っ端を袋一杯に買って、古びていたお風呂掃除用ブラシを買い替えて、脱毛剤と保湿クリームも買う。
それでも、半年も経つとそれ等の道具は使いつくされてしまうので、夏のマーケットの時に追加を買う事になるのよね。
その他に、食品関係では、冬を越す間の小麦と、膨らし粉や菜種油や、塩とジャムとお茶の葉なんかを大量に購入する。
チャーマー村はオレンジ農家が多いから、別の村から取り寄せた小麦は、結構良い値の商品になるの。
だけど今更、他所の村の人にぼったくられるほど、田舎者はやってないわ。
私が若かった頃は、小麦粉にした物を売ってる農家もあったんだけど、一時期、小麦粉ショック的なものが起こったの。
貴族の間で、白い髪がもてはやされた時代、ある程度のお金持ちの人達は、みんな、毎日髪の毛に小麦粉を吹きかけてたのね。
その影響で、食料にする小麦粉が足りなくなって、小麦粉の値段が跳ね上がったの。
その他に、あくどい商売を考えた商人の一部が、安価な小麦粉だと言って、食べ物以外の白い粉を混ぜた「偽小麦粉」を売り出したり。悪い場合だと、白い岩を砕いた粉が混ぜられてたりした。
それから、チャーマー村の人達は「小麦粉」を買わなくなったの。殻のついている「小麦」を買って、それを村の共用脱穀機にかけて、村の水車の石臼で挽くようになった。
その小麦粉を家に持って帰って、夫々の家の石窯でパンを焼いていた時代もあったのよね。懐かしいと思うと伴に、つい昨日のことのよう。
現代では、焼いてあるパンが市場店や小売店で売ってるけど、そう言うのは「高級食材」と言うのよ。
私は、家にあるパン酵母を増やしながら、今でも自宅でパンを焼いている一人。
共用脱穀機は数十年前に撤廃されちゃったから、家に脱穀機を置いている。
水車の石臼だけは、ある種の観光資産として現役なのが救いよね。
今年のマーケットには、面白い事に大道芸人達が混じっていたの。
高度な技術が居る業を披露する軽業師や、アコーディオンやフルートやマンドリンを奏でる楽団、剣舞を演じる語り部や、舞布が地面に付かないように踊って見せる踊り子さんが居たりした。
色んな所で大道芸人達は技を見せて、夫々、チップを入れてもらう帽子を回したり、楽器のケースを開けて置いたり、語りのネタだった商品を販売したり、来てほしい見世物へのチラシを配ったりしていた。
買い物に来た村人達は、懐が痛くならない程度のチップを、帽子や楽器ケースに放り込み、語りのネタに成っていた「ガマガエルの油」が、本当に傷口の治癒に良いのかを問い質したりしていた。
もらったチラシを見てみると、三つ隣の町で、先の踊り子さんが登場するサーカスが開かれるらしい。
わざわざ、こんな辺鄙な村までチラシを持って来てくれるとは。
マーケットで買った大荷物を、私とクミンの二人で抱えて家に帰り、夫々の物をどこに配置したら良いかを確認した。
お風呂用具は、脱衣所の棚へ。新しいタオルは、洗面所のタオルボックスへ。食器洗い用洗剤は、キッチン台の棚へ。衣服用洗剤はランドリーの棚へ。
その他にも、買い揃えた品を棚と言う棚にストックして、作業が終わってから、夜食の用意をした。
私とクミンのためには、鶏の足のローストを二本と、胸肉のフライを大皿一皿分。それからジャガイモのサラダ。
ペパロニのためには、生のヨモギを一束と、マカロニのためには、焼いた魚の頭の山を一皿。ラザニアのためには、キビの実を鳥用餌箱に一杯。
夫々のご馳走をつつきながら、マーケットの間だけの、特別な夜更かしを楽しんだ。
チェルシーパルシーマーケットは、山羊座の八日だけお休みになる。この日だけは市場の人達も仕事を休んで、一日中「その年の予定」を考えるんだ。
私は、カボチャ祭り以外での出店を考えていた。流石に、人間の弟子が増えたので、収入を増やさないと、数年後には生活苦に陥りそうだったから。
でも、村でのお祭り以外に、仮の店舗でも良いから、商品の置き場を確保しないとなぁ、どうしようかなぁ……なんて悩んでいたら、私が唸っているのに気づいたクミンが、声をかけてきた。
「カボチャ祭り以外の出店方法」と、私が言った言葉を復唱してから、「ネットワークカタログを作ったらどうですか?」と言ってきた。
何でも、先日のカボチャ祭りで、隣のブースに成った人から、「魔力波ネットワークカタログ」って言うのがあるのを聞いたんだって。
自分の持ってる商品をそのカタログに載せておくと、水晶投影機を持ってる人は、何処に居ても登録グッズの閲覧が出来る。
そのカタログを通して商品を注文する事も出来て、ネットワークサービスに仲介料は取られちゃうけど、幾らかの収入は得られるようだった。
私も、それでお祭りの時ほど稼げるとは思ってないけど、ダメもとでそのネットワークサービスに登録する事にした。
サービスに商品の写真と呼び名を登録すると、出品番号が得られる。ネットワークサービスでお買い物をする人は、商品の呼び名と出品番号を入力する事で注文できるみたい。
商品の特徴や魔力的作用なんかの細かい所まで聞かれたけど、一番困ったのが、「あなたのお店の名前は?」と言う質問。
まぁ、それは……お店には看板が無いといけませんからねぇ。と思いながら、暫く考えて、「魔女村さん家の定期便」と言う名を記載した。
別に、「魔女村さん家の宅配便」でも、「魔女村さん家の宅急便」でも良かったんだけど、なるく定期的に更新しますよと言う旨を伝えたかったのね。
クミンに、ネットワークサービスに登録した事を伝えたら、彼は「僕も、布関係の商品、出品しても良いですか?」と聞いてくるので、「何処でそんな商品作ったのよ」って問い質してみた。
なんでも、シフォニィから、編み物の次はドレスの作り方を習っているらしくて、その作品をネットワークサービスで販売したいんだって。
「良いじゃない。やってみようよ」と、私は同意した。「念写写真と商品情報を用意しておいてね」
「分かりました! 一週間以内には!」って、クミンは宣言すると、トルソに布を巻きつけて縫い合わせたドレスの重量を測って、三点のパーティードレスを用意した。
カッコよく刃を振るう男の子にはならないみたいだけど、編み棒と縫い針を操る達人には成りそうだわ。
シフォニィの「女性らしい仕草」が似ちゃうことも無くて、一安心した。このまま、「テキスタイルアーティスト」として育って行ってくれたら良いか。




