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1.真冬に買った日記ちゃん

 大狼(フェンリル)歴二万五千三百二十四年 山羊座(カプリコヌス)十一日目


 さっきチラッと外を見たら、外は静々と雪が降っていた。そんなに積もる土地じゃないけど、昨日は足首が隠れるくらいの積雪だった。今日はもっと降るのかしら。

 そんな昨日、新しい日記帳を買った。分厚いハードカバーに鋼の鍵が付いている、とびっきり上等な日記帳を。

 鍵の真ん中には、私の魔力に反応して自動的に鍵が外れる仕掛けがしてある。日記帳屋さんでその設定をしてもらうのに、三十分かかった。

 大おばあちゃんから聞いた「日記って言うのは、考え始めた所から書き始めるものなの」と言う教えを忠実に守っている。

 そう言うわけで、恰好良い決め台詞からは書けなかったけど、新しい日記帳ちゃんに私の事を覚えてもらうために、自己紹介を書いておこう。


 こんにちは。日記帳ちゃん。私の名前はポワヴレ。何処にでもいる平凡な魔女です。愛称はポーワだけど、そもそもこの名前って魔女としての通り名だから、通り名に愛称をつけると言うのもどうかと思う。

 そう言うわけで、私の名前を勝手に変えたり、略したりしないでね。

 安物の日記帳ちゃんだと、主が書いた文章を改ざんすることがあるから、わざわざ二十シルク出してあなたを購入したの。

 シルクって言う単位は知ってる? 昔、布がお金だった時代の名残で使われている通貨だよ。シルクの下にはコトン、コトンの下にはリネンって言う単位がある。一番安い単位はヘンプ。

 そんなわけで、あなたは私がこれまでで手に入れた日記帳の中で、最高級品なわけよ。主人としては、二十シルクに見合うしっかりとした働きを期待するわ。


 私が住んでいる所は、チャーマー村って言う小さい村の一軒家。白塗りの壁と赤銅色の煉瓦葺きの屋根を持った、寸胴の塔に似ている家。元々売りに出されていた家を気に入って買ったの。

 古びていた内装の雰囲気を壊さないように作り替えて、自分で筆を持って、壁に小さな花の模様まで描き込んだ。

 作り付けの棚を作れないかを内装屋さんに頼んだら、とても見栄えの良い格子棚を壁に作ってくれたよ。

 壁は二重煉瓦で作られているけど、間に空間が無いらしく、保温の魔法をかけておかないとすぐに外気の影響を受けちゃうのが難点だな。

 暖炉と煮炊き場を繋ぐ煙突もある。夏以外では、この暖炉を毎日掻き回す必要があるみたい。


 さっきプリムから通信があった。カフェ・ド・ポムを卒業したんだって。えーと、この国の言葉に訳すと、林檎カフェ。

 その名の通り、お店手作りの林檎ジャムを練り込んだワッフルや、林檎ジャムを添えたパンケーキ、新鮮な林檎の焼き菓子に、カスタードと合わせた林檎パイなんかが人気商品。

 お店で林檎の皮を剥く所から作るフレッシュジュースは最高! ああ、お腹減って来ちゃった。そう言えば、おやつの時間だ。今日は何を食べようか。

 プリムは、自分の技術と、林檎カフェで稼いだ資金で、新しい喫茶店を作るんだって意気込んでた。林檎カフェに負けない喫茶店と成ったら、目玉商品は何にするんだろうか。


 プリムの腕には劣るけど、自分でパンケーキを焼いてバターと蜂蜜とベリーソースをかけてみた。期待した通りの味で満足している。

 さぁて、私の自己紹介の続きを書かなきゃ。

 私の外見の事をちょっと書いておこう。髪の毛の色は赤茶色。毛質は適度にくるくるしていて、毛量があるように見えるけど、油入り塗り薬で押さえると、全体的に薄ぺったくなる。

 肌は血の色を透かしたピンク。血色が悪いと青白く見える。爪が丈夫なのと、皮膚のきめが細かい事が命綱。

 瞳の色は濃いめの灰色と主張したいけど、シフォニィからは「ほぼ黒」と言われてしまっている。シフォニィは布の染色屋さんだから、色彩感覚については細かいのだ。

 そんなほぼ黒の瞳の縁を、赤茶色の睫毛が彩っている。この色合いが合っているのかどうかは分からないけど、私が自分の冴えなさについて悩む度に、大おばあちゃんもこう言っていた。

「自分はスーパースターなんだって意識しなさい。そうすれば美しさは付いてくるの」

 どうやら、この台詞は私の家に伝わる女達の美の心得のようだわ。


 私のコンプレックスと言えば、鼻である。魔女の鼻と言えばこれだー! と言わんばかりの、高い鼻をしている。

 子供の頃は、ちっちゃくて可愛いぺちゃ鼻だったのに、成長すると同時に骨格が張り出してきて、額と鼻がすごく……私の感覚で言えば、すごく出っ張ってしまったのだ。

 そんな、昔の石像のような顔面を褒めてくれる人は滅多にいない。

「メリハリのある顔だね」と言う、お情けを言ってもらう事は多々ある。たぶん、そう言うお情けを言ってくれる人達は、私にも乙女心があると言う事を察してくれているのだろう。

 例え、私の「メリハリのある顔」が、度々国王勅令を持ってくる、この国の大臣のいかめしい顔面に似ていようとも。


 そんなわけで、外見にあまり自信のない私は、度の入っていない眼鏡をかけている。レンズの高さのおかげで、額と鼻の出っ張り具合が緩和されて見えるからだ。

 近眼のレンズを使っていて目が小さく見える人が、「眼鏡を取ると美人」と言う話をよく聞くが、私としてはレンズの縁で目の周りが強調されたほうが、目が大きく見える気がしてしまう。

 瞳そのもののインパクトを求めるか、縁取りによるインパクトを求めるかの違いなのだろう。


 何処かの国では、女性は毎日出かける時に必ず化粧(メイク)をするらしい。目の周りにラインを描いて形を整え、塗り薬で睫毛を強調し、色付きの粉で綺麗に瞼を彩って、顔つきを整える事を楽しむのだ。

 そんな文化が当たり前の国に生まれればよかった。

 俳優やモデルなんかの、美を競い合う職業の人じゃなきゃ、日常的に化粧なんてしないんだもん。


 チャーマー村に住んでいる私の友達は、さっき書いたプリムとシフォニィの他に、リシャって言う、ちょっと病気がちの女の子がいる。

 彼女が生まれた時から、私は彼女のお姉さん役をやってたけど、最近は見た目の年齢が近くなったせいか、リシャも「お姉ちゃん」じゃなくて、「ポワヴレ」って呼ぶようになってきた。

 今年も、冬になると同時に、リシャは早速風邪を引いていた。

 熱もあって、目も充血しているのに、「風邪くらいで眠っていられない」って言って、市販のお薬を飲みながら、彼女の仕事である刺繡細工を作ってるんだもの。

 本当、呆れちゃうくらいの真面目っ子。もしリシャが無事に大人に成れても、とっても都合の良いお嫁さんになってしまいそうで、ちょっと心配だな。


 日記ちゃん。私の交友関係について、何か文句でもあるの? さっきから、三回も「リシャ」って書きなおしたわ。

 なんで綴りが「リシア」になるのよ?


 綴りがおかしくなる原因が分かった。日記ちゃんの中に搭載されている「人名判別機」の中に、「シャ」の文字が登録されてなかったんだ。

 多分リシャの名前以外でも、これから「人名判別機」の不具合は起こるかもしれないな。

 一々、個人名と読み仮名を登録しないと成らないのかしら。この辺りの不具合は、日記屋さんに問い合わせてみなくちゃ。

 シャルロットとか、シャイニーとかの名前は普通に書けるけど、判別機に登録してないと、語尾が「シャ」で終わる綴りに弱いみたいね。


 カーテンを避けてみたら、雪が止んでいた。真っ白な地面に青空が見えるのは、中央海流周辺の景色みたいで、何とも綺麗だ。

 ちょっと、ポストに郵便物を取りに行かなきゃ。

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