金髪の二人
アリス・ミルトンはサイナヤの町の五階建ての家の一番上の階で暮らしていた。お祖母様が所有している、石造りの立派な館だ。五階全部がアリスの部屋で、お付きの女中までいる。
アリスはすべてを持っていた。サテンのドレスや絹の下着も、エナメル製の靴も小馬だって。象牙細工の小さな鏡だってエメラルドの櫛飾りだって!
お祖母様は十七歳の誕生日には、美しい瑠璃の入れ物に入った香水とお人形をくださったっけ。あの人形の目は本物のサファイアだった。小さなベッドだってついてきたわ。
祖母はアリスを溺愛していて、孫娘を喜ばそうと次々に高価な贈り物をするのだ。
ところがこの頃アリスは贈り物をもらっても、あんまり喜ばない。礼儀正しい子なのでお礼は言うし、笑顔で喜ぶふりだってする。でもすぐに物悲しい顔つきになってプレゼントをもらったことさえ忘れてしまうのだ。
痩せ細ってゆくばかりだった。青白い顔で遠くを見つめて……
アリスに何が足りないというのだろう?立派なお屋敷に大勢の使用人。あの子はもともと病弱な子だけれど……
縁組み人のヴェラ・スワンという女からの手紙を読んだ時、ばあさんは目から鱗が落ちたような気持ちになった。そうだ、アリスは結婚したがっているのだ。もう十八なのだし何も不思議はない。花婿を見つけてやろう。立派な花婿を!
アナベル・ミルトンは応接間にヴェラを通すと、赤いハイビスカスティーを召使いに持ってこさせた。ヴェラは大人しく温かいハイビスカスティーをいただいている。
アナベルはかくしゃくとしたおばあさんだ。裕福で、この地方では一、二を争う財産家だとか。
「孫娘は病弱なんですよ。朝の風にちょっとだけさらされただけで、次の日には風邪だの熱だの医者だので大騒ぎ。足首も弱いから、一晩の舞踏会で踊れるのは三回だけです。なかにはどうしてもアリスと踊りたくて、小賢しい真似をするのもいますがね。そういうやつは追い払って二度とこの館に入れないようにしてやりますよ」
お婆さんのシミの浮かんだたるんだ唇は延々と動いて、次から次へと言葉を発する。
ヴェラは和やかに相槌を打ちながら、いつになったら本題に入るのかしら、と考えていた……
令嬢は広い部屋の隅、鏡台の前に腰かけていた。ほっそりとして優美な腰つきの少女だ。気弱そうな眉に、とがった細い顎がなんだか寂しそうだった。桜色のおしろいを真珠の色をした頬にはたいている。
「祖母が話していた方ですね。私のお婿さんを探してくださるって……」
アリスは入ってきて寝台に座るように言った。
「枝豆スープです。お祖母様からお好きだって聞きましたわ」
ヴェラがスープ皿を差し出す。
アリスは礼を言うと、枝豆スープを鏡の前に置いた。
「結婚なんて実感が湧きませんわね。十八だから、そろそろ準備ができてもいいころなのに」
独特の魅力がある令嬢である。金髪の髪が蝋燭の光に輝いていた。
「誰だって結婚は怖いものですわ」
ヴェラが優しく言う。
「私はお見合いからもう怖いわ。祖母は私をとても愛しているんです。それで私のためになんでも完璧にしたがって……」
アリスはそう言うと目を伏せた。
「私の花婿になる方は家柄も財産も何もかもそろってなくちゃだめなんです。それに祖母は金髪の男性は軟弱だって言うんですよ」
男たるもの、冬の闇夜よりも濃い黒色の髪の毛を持ってなくては。金髪の夫と結婚したら生まれてくる赤ん坊は三日と経たずに死んでしまいますよ。たとえ、アリスが十三人子どもを産んだとしても、生き残る子は一人もいないでしょう。
ヴェラはアリスを可哀想に思った。アナベルがアリスを愛してることは間違いない。でもこんな愛し方ではさぞ息苦しいことだろう。アリスは愛という名の牢獄に閉じ込められていて、逃れ方も知らない。それに、と皮肉混じりに考える。仮にアリスが十三人も子どもを産んだら死んでしまうでしょうね。この華奢な娘が十三回もの出産に耐えられるわけがない。
アナベルは可愛い孫娘が逃げてしまったと知ったら、胸が張り裂けてしまうにちがいない。アリスが愛する祖母を傷つけてまで逃げられるわけがないのだ。
ヴェラは昨日会った、金髪の青年のことを思い出していた。やはり気弱で従順で祖父に人生を支配されている彼を。
これもちょっと皮肉な運命に導かれてのことかもしれない。ヴェラはその青年をミルトン家の令嬢の相手にと考えていたのだ。




